路地裏からこんにちはゾナです
「こうしてノアと一緒におにぎりを配るのも当たり前になってきたわね」
隣に居るニアがそう呟いた。
異世界に来てから日々の日課ともなっているおにぎりの販売、それにニアが付き添うようになってかなりの日数が経ったことになる。
ここにリリスであったりルミナスが加わることもそれなりに多く、いつしかモンさんを含め他の常連客からも当たり前の光景のように認知されることになった。
「下手に絡んでくる人間も居ないし、平和ってのはいいものねぇ」
人々に恐れられる存在の魔王が平和について語っているのもそれはそれでやっぱり平和な証なのだ。
「もう配り終えたし帰ろうか」
「えぇ、帰りましょう」
鞄を背負った俺の腕を取るようにニアが身を寄せてきた。
こうして二人きりの時はとにかく体を引っ付けようとする彼女にドキドキさせられる日々が続いている。恐ろしい魔王の顔はそこにはなく、どこまで行っても頼りになる優しいお姉さんだった。
「ねえノア、前にダンジョンに行こうって話をしたでしょ?」
「うん」
「明日にでも行きましょうか。巨獣の巣窟よりも難しいとされるダンジョン、それこそ何十人という大所帯でないと進むことが出来ないって言われている場所に」
それは……ちょっと怖い気もするけど、ニアが傍に居てくれるのならその恐れも不思議と軽減できる。彼女が傍に居るのもそうだし、指にはめられている指輪も俺を守ってくれるから。
「……はは、本当にこっちにも慣れたもんだな」
「ノア?」
俺は立ち止まってニアを見つめた。
俺がこの世界に来て初めて目にした現地人、魔王の称号を持ったとても強く凛々しい女性……同時にとても可愛くて、綺麗で、傍に居てほしいと思う存在だ。
「ニア、色々と本当にありがとう」
たくさんの伝えきれないお礼を言葉に乗せて……。
そんなつもりでありがとうと口にしたのだが、すぐにニアがギュッと抱き着いてきた。こうされるのも慣れたもので、本当に安心する温もりと柔らかさだ。
「お礼なんて私の方がたくさん言いたいくらいだわ! 私と出会ってくれて本当にありがとうノア……私、あなたに出会えて幸せだわ♪」
「……っ」
本当に真っ直ぐに言葉を伝えてくるな……。
そのまましばらく見つめあっていると、何か足音が聞こえたのでそちらに視線を向けた。すると路地裏から幼い子供を連れてゾナさんが現れ、彼女は俺たちを目を丸くして見つめていた。
「……何してんのよあいつ」
「何をしたんだろうね……」
路地裏、ゾナさん、幼い男の子……この時点で事件の匂いしかしない。
ゾナさんが何かを言って男の子と別れたが、男の子はチラチラとゾナさんを気にするように視線を向けながら遠ざかっていく……あの子の将来が心配になってしまうぞこれは。
「これはこれはお二人とも、ずいぶんラブラブなところを目撃してしまいましたね」
「私はそれ以上に大変な瞬間を目撃した気がするわね?」
「はて何のことでしょうか?」
うん、これは完全にやった後だろう。
こうしてゾナさんに出会ったわけだが、特に用もないので俺とニアは挨拶をして家に帰ることに。そうして足を動かした時、ゾナさんがこんなことを口にした。
「魔王様、それからノア様も。近々、勇者パーティに所属していた聖女がこちらに来るとのことです。王都を離れて静養を兼ねての訪問らしいですが……面倒なことになりそうなので魔王様はこちらに来ない方が良さそうですよ?」
「ふ~ん。そこはノア次第ね。ノアが来てほしいと言えば遠慮なく来るわ。それで聖女に見つかって面倒なことになりそうなら消すだけよ」
「……はぁ、そうでしたね。魔王様はそういう方でした」
取り敢えず、俺を挟んで物騒な会話はしないでいただけるとありがたい。
でもそうか、あの時の聖女がここに訪れるのか。
「静養ね……確かに自然が多いのは認めるけど、わざわざこっちに来なくてもいいでしょうに。殺してやろうかしら」
「あはは……」
「あぁノアには迷惑を掛けるつもりはないわ。大丈夫よ滅多なことはしないから」
そう言ってニアは安心させてくれる笑みを浮かべるのだった。
本来なら魔王であるニアの行動を制限することはできないし、ニアが俺のことを気にする必要もない。それでもこうして俺のことを優先して考えてくれることに、俺はやっぱり居心地の良さを感じていた。
「あ、そういえばニア」
「なに?」
「ライガルだっけ? 彼はあれから来たの?」
「あ~」
リリスのおかげで見つかることはなかったが、あのドラコのことが俺は気になったのだ。
「ふふ、気にしてくれるの?」
「それは……気になるかな」
ニアに対してアプローチを続けているライガルのことが気にならないと言えば噓になる。浮かない表情の俺を見てニアは安心してと口にした。
「大丈夫よ。あいつとは何もないし、何よりあいつが実力行使に出たところで私に勝つことはできないわ。ルミナスやリリスは厳しいかもしれないけど、フィアにすら負ける男だもの。何も心配することなんてないわ♪」
それは……安心できることなのかな。
でもどうしてこんなにも気になってしまうのか、胸がモヤモヤするのか、俺はもしかしてを考えてニアを見つめてしまった。
「まだ安心できないの? ならまた抱きしめてあげる」
ギュッと俺を抱きしめ、頭も撫でてくれた。
小さな子供でもないのにとても安心するこのやり取り、ずっとしていたいと思わせる不思議な魅力があった。
「あと一息ね♪」
「え?」
「こっちの話よ。それじゃあノア、帰りましょう」
パチンとニアが指を鳴らすと俺の家に移動していた。
そして当たり前のようにリリスがソファに座ってゆっくりしており、帰ってきた俺たちを見て駆け寄ってきた。
「お帰りノア君!」
傍にニアが居るというのに、リリスはニアを気にすることなく俺をその腕に抱きしめた。思えば最近はずっとこうして二人のどちらかに抱きしめられている気がするのだが、決して嫌ではなくむしろこうしてほしいと望んでいる俺が居た。
「リリス、私にも挨拶があっていいんじゃないの?」
「おかえりなさい魔王様。はぁノア君を抱きしめてると安心するわぁ♪」
「……こいつめ!」
ニアとリリスに揉みくちゃにされながらも、何とかその場を脱出するように俺は二人の抱擁から抜け出した。ちょっとは慣れたといっても、やっぱり二人に抱きしめられるのは照れるのだ。
「逃げちゃだめよノア君」
「そうよノア、リリスそっちに回りなさい」
「……えっと」
ジリジリと歩み寄ってくる二人から距離を取るように後退する俺、そんな俺に指をワキワキしながら近寄ってくる二人……どうしようねこれ。
捕まっても嬉しい時間なのは間違いない……けれど天国と地獄を行ったり来たりするのは目に見えている。あの出来事からさらに色気も密着率も急激に増加したリリスが居るのだから尚更だ。
「ノア、来たぞ……って何をしているんだ?」
「フィア!」
ちょうどいいところでフィアが来てくれた。
フィアに助けを求めようとしたが、俺の元に来ようとして何もないところでフィアは躓いた。そして首が体から離れてしまった。
「ノア! フィアが来たぞ!!」
「……………」
今だけはその純粋な笑顔だけが救いだよ……。
俺はフィアの頭を抱えながら、やっぱりニアとリリスに捕獲されるのだった。
「……ふぅ」
それにしても……俺はゾナさんからの話を思い出す。
近々訪れる聖女の存在、面倒なことにならなければいいなと願うばかりだった。
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