ドラコの彼はとても厳つい

 リリスが快復してから大分時間が経過した。

 前のように元気に歩けるリリスを見て俺はもちろん、ニアたちも喜んでいた。マナロストについて共有されたサキュバスからは会うたびに頭を下げられたりしてちょっと恥ずかしいが、それだけのことをしたのだとリリスから言われる日々が続いているのだった。


 そんな日々を過ごして少し、俺の日常にもある種の変化が起きていた。


「なあなあノア、今日はもう暇なんだろ? フィアと遊んでほしいぞ!」

「はは、そうだなぁ。ご飯を食べたら一緒に遊ぶか?」

「おう!」


 頭だけとなったフィアが嬉しそうに笑っていた。

 今俺が居る場所はニアが住む屋敷の食堂になるのだが、俺はキッチンの方へ視線を向けた。


「魔王様、リリス様もここでこの調味料を使うのです。良いですか? その後は時間に気を付けてください。長すぎても焦げますし、短すぎても火が通らなくてダメですから」

「……分かったわ!」

「難しいわね……これが料理!」


 ルミナスに教わる形でニアとリリスが料理をしていた。

 リリスと契約をした後のこと、何かしてほしいことはないかと言われたのだ。それで色々と考えた結果、こちらの世界の料理を少し食べてみたいと思った。人間界のモノではなく、この魔界の料理ってやつだ。


『りょ、料理ね……そう分かったわ!』


 ……まあサキュバスの女王として彼女が料理をしたことがあるはずもなく、早々にルミナスに泣きつき、そして興味を持ったニアもルミナスに料理を教わろうということになったのだ。フィア? フィアは最初から料理をするつもりはなく頭だけを俺に預けて遊ぶことを決めた。


「……って凄いな。フィアの体単独で料理してるじゃん」

「あ? 何してんだアイツ」


 自分の体だろ? 俺はかなりシュールな光景に思わず笑ってしまった。

 さて、そんな風にフィアとお喋りをしていると料理が完成したみたいだ。俺の知っている料理で似ている物を挙げるとチャーハンとか餃子みたいなモノだな。ただ色合いに関しては紫色という凄まじいものだけど。


「出来たわよノア!」

「食べてみてノア君!」

「……!!」


 ニアとリリス、フィアの体がソワソワするように俺が食べるのを見守っている。

 ……匂いは凄く良い、ウルフの肉であったり食人花の茎であったりとこの世界でいう美味しい食材が使われているのとのことだ……何度も言うが色はともかくな、色はともかく。


「……あむ」


 俺は覚悟を決めてその紫色の餃子みたいなやつを口に運んだ。

 熱い……でもちょうど良かった。噛みしめた瞬間、じゅわっと汁が出てきてとても美味しかった。ちょっと酸っぱい餃子って感じだな……それにこっちのチャーハンみたいなのもやっぱり酸っぱい。もしかしたら魔界の食事は元の世界より少し酸味が多いのかもしれない。


「……でも、普通に美味しい」


 そう、美味しかった。

 俺の呟きが聞こえたのかニアとリリスはホッとしたように息を吐き、フィアの体は嬉しそうに体を揺らしていた。その後ろでルミナスも口元に手を当てて喜んでいるのが見えた。


「ノア! ノア! フィアも食べたい!」

「分かった分かった。はい、あ~ん」

「あ~ん♪」


 零れないようにちゃんとスプーンに掬ってフィアに食べさせた。

 フィアも美味しかったのでもっと食べたいと言って、ほぼ交互に俺たちは食べながら作られた料理を平らげるのだった。


「……ふぅ、美味しかった。ニア、リリスもありがとう」

「そう言ってくれて嬉しいわ」

「そうね……これが誰かに尽くすという気持ちなのね」


 また機会があれば食べてみたいものだ。

 そんな風に和やかな時間を過ごしていた時だった。フィアの体が俺の抱える頭に腕を伸ばして首に嵌め、リリスが傍に近づいて抱きしめてきた。その豊満すぎる胸元に顔を埋められ、俺はビックリして声を上げる。


「リリス!?」

「静かに。ハイド」


 ハイド、そう呟いた瞬間俺とリリスを包むように黒い魔力が覆った。

 これは一体……疑問を浮かべる俺にリリスが耳打ちした。


「今私たちの姿は外から見えないわ。これは気配を遮断する魔法、それなりの実力者でも看破するのは無理な代物よ」

「……へぇ」


 それを今使った理由は一体何なんだろう。

 そう思っていると食堂のドアがバンと音を立てて開いた。入ってきたのは大柄な男で何とも厳つい顔をしていた。右目をなぞる様に入っている傷跡は歴戦の猛者を思わせており……なんか凄く強そうだ。


「ニアール、久しぶりに来たぞ!」

「来なくていいわよストーカーが」


 ……おや?

 何とも不穏な言葉がニアの口から飛び出した気がする……いや飛び出した。改めて男を見ると頭に長い角が生えており、トカゲのような尻尾が生えていた。たぶんだけどこの人も魔族の一員か?


「彼はライガル、種族はドラコになるわ」

「ドラコっていうと……龍?」

「その人間体の状態ね。あいつ、魔王様にゾッコンで事あるごとに求婚してるのよ。魔王様は断り続けてるけど諦める気がないのよね」

「へぇ……」


 でも、何となくこうして俺が姿を隠された理由が分かったかもしれない。

 まず最初のフィアの反応から察するに、魔族側は基本的に人間に対して良い感情を持っていない。それもあるし……俺がニアと親しくしているからかもしれないな。


「さあニア、暇なら俺とデートにでも行こうじゃないか――うん?」


 そこでライガル? 彼は鼻をスンスンとさせながらこちら側に歩いて来た。


「……はっ!? ちょっと何こっち来てんのよ!?」

「わぷっ!?」


 その場から動くようにリリスに更に強く抱きしめられた。

 二つの胸の間、つまり谷間に俺の顔が完全に埋まってしまいとんでもない状況になったことだけが分かった。天国と地獄を感じても俺は声を出すことは出来ず、リリスに全てを委ねるしかない。


「おい、ライガルやめろ!」

「うるせえぞ首無し。そこか!」


 彼の腕が伸びたが、黒い魔力の塊が飛んでその手を遮った。


「ライガル、いい加減にしなさい。今日は気分じゃないの、消えなさい」

「っ……」


 グッと空気が重くなった気がした。

 これはおそらくニアから放たれるもので、直に見つめられたライガルが動きを留めて大量の汗を掻いていた。


「魔王様がキレたわね。たぶんノア君が絡んだからだろうけど、こんな風に魔王様が怒ったことはないからライガルもこれは引き下がるでしょう」


 そうリリスが言ったように、ライガルはすぐに背を向けて去って行った。

 彼の姿がなくなった瞬間魔法が解け、俺とリリスの体は再び見えるようになった。


「ふぅ……」

「驚いたけど、こうしているのは興奮するわね……♪」

「うん?」


 あ、そう言えば俺はまだリリスに抱き着いている状態だった。


「こら、何をイチャイチャしてんのよ!!」

「そうだぞリリス!!」

「うふふ~♪ これはノア君を守るためだわ。こうしておっぱいで彼を包んだのもその方が守れるからよ!」

「嘘を言うな!!」

「そうだ! それなら私だって出来るぞ!!」


 睨み合う三人、俺はルミナスさんに手を引かれて解放された。

 それから喧嘩というか、色々と言い合いをする三人だが……やっぱりリリスがこうやって元気なったのがやっぱり嬉しいことだった。






 一方その頃、ライガルはしょぼんとしていた。


「ちょっと良い匂いがしてたから気になっただけじゃないか……なのにあんなに怒らなくてもいいだろ?」


 絶賛落ち込んでいた。

 あの行動はノアとリリスを暴くためでなく、単純にノアが持って来ていたアップルパイの匂いに釣られたのだ。


「……凄く美味しそうな匂いだったな」


 厳ついライガルの秘密はニアールたちも知らない。

 実は彼は甘党だということを。

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