サキュバスの契約

 ニアからその報せを聞いた時、俺は真っ直ぐにリリスの元に向かうことを決めた。


「俺なら治せる! 絶対に!」


 何が原因かは分からないが、もう一度だけ使えるようになった回復魔法……正直欠陥魔法に変わりはないがそれでも、こちらに来てから親しくなったリリスを救うことに躊躇は全くなかった。


「……ノア君……ありがとう……ありがとう……っ!」


 あんなに苦しそうだったのにもう起き上がって大丈夫なのか、そうは思ったけどこの魔法の凄さは俺も知っている。だからこそ、もう大丈夫なんだと俺は確信を持っていた。そして同時に、ニアの時にも感じた体の中から何かが欠けていく違和感をまた感じたが、全然いいよと俺は気にすることはなかったのだ。


 不治の病とされるマナロスト、一度罹ってしまったら死への片道切符らしき病気すらも治すことが出来る回復の力……何度も使えたらそれはそれで、命が軽くなりそうな気もするので案外これでいいのかもしれない。


 転生するにあたってもらった魔法だが、自分よりも他者に使うことに後悔はしていない。ニアもリリスも、俺が救いたいと心から思ったのだから。





「……っ」


 ふと、目を開けた俺を出迎えたのは巨大な膨らみだった。

 柔らかそうな二つの膨らみが鼻先に触れ、とてもいい香りが漂っていた。頭の上からすぅすぅと規則正しく聞こえてくる寝息、同時に目の前の二つの膨らみも連動するように動いている。


「……リリス?」


 チラッと視線を上に上げればリリスの顔があった。

 そう、今俺はリリスに抱きしめられて眠っていたのだ。彼女はまだ眠っているがその表情はどこか幸せそうに微笑んでおり、俺の頭を大切そうに胸に抱えている。


「……そうか、そうだったな」


 昨日、リリスを助けるために俺はここにやってきた。

 マナロストを治したことで再び回復魔法は使えなくなったが、彼女を守れたのだから後悔はしていない。それこそ、取り返しの付かないことになった段階で知らされていたら俺は悔やんでも悔やみきれなかった。


「……リリス、本当に無事で良かったよ」


 心からの呟きが漏れて出た。

 昨日はあれからリリスは一切俺の傍から離れようとせず、ニアやルミナスも苦笑するほどだった。なので一日くらいはここに泊まればというニアの提案により、サキュバスたちが住まう区画にあるリリスの屋敷に泊まることになったのだ。


「……それにしても、本当に破壊力がヤバいな」


 あんなことがあったとはいえ、顔色が良くなったリリスは寝ていてもサキュバスとしての魅力を振りまいている。昨日多くのサキュバスを目にしたが、確かに元の世界では考えられないような肢体を見せつける人たちが多く居たが……正直リリスを前にすると霞んでしまう。


「朝だし色々とヤバいんだけど……」


 男だからこそ直面する生理現象という名の試練の時だ。

 しかも密着しているものだからリリスの体に触れており……ってあれ? なんかズボンの上から撫でてくる手がある?


「ふふ、私が処理してあげましょうか?」

「……っ!?」


 リリスの顔を見ると、彼女はバッチリと俺を見つめていた。


「おはようノア君♪」

「……おはようリリス」


 ……えっと、この最高に気まずい瞬間どうにかならんかな。

 リリスは言葉を失った俺に対し、クスクスと笑って言葉を続けた。


「隠そうともしてもダメよ。サキュバスは雄の匂いに敏感だからすぐに気付くの。ねえノア君、サキュバスクイーンの手腕に身を委ねてみない?」


 その言葉はとても魅力的で妖艶だった。

 そういったことに経験がなくてもすぐにでも頷いてしまいたい、そう思わせるほどの何かをリリスから感じたのだ。しかし、リリスも分かっているのか冗談だと苦笑した。


「流石に順序は考えてるわ。二番目は渡さないけどね」

「二番目?」

「何でもないわ♪」


 お互いに目を覚ましたことで体を起こす。

 昨日は特に辺りを見てなかったけど、流石はリリスの部屋ということもあって何ともエッチな雰囲気を感じさせる部屋だ。全体的に色合いもピンクだし、ベッドに囲む黒い透明なカーテンのようなものも……なんかちょっとエッチだし。


「ノア君、改めて本当にありがとう。何もかもを諦めた私に未来をくれたこと、本当に感謝しています」


 綺麗にお辞儀をするように、リリスは俺に向かって頭を下げた。


「良いんだよ別に。俺はただ、リリスを助けたかっただけだ。そして、助けられる力があっただけなんだから」

「ノア君……そうね。ノア君ならそう言うわよね」


 そして再び腕が伸びてきて抱きしめられた。

 俺の方もリリスを助けることが出来たんだと改めて実感し、その背中に腕を回して抱きしめた。


「……あぁ本当に。私はあなたに会えて良かった。あなたが私の王子様なのね」

「王子はちょっと言い過ぎだけど……」


 流石にそこまで言われるのは恥ずかしいんだが。

 顔を赤くした俺を見つめたリリスは表情を真剣なモノに変えた。そして、こんな提案を俺にするのだった。


「ねえノア君、私はあなたに何が出来るかを考えたの。それで思い付いたこと、私はあなたに生かしてもらった時間を使いたい。あなたに尽くしたい、あなたのことを想って生きていきたい」

「……それは」

「ふふ、難しいかもしれないけど単純なことよ。あなたの傍に居たい、ダメ?」


 ……若干の戸惑いはあったが、俺はリリスの言葉に頷いた。

 頷いた俺を見て嬉しそうにしたリリスは更に何か魔法を行使した。


「サキュバスはこの人だと決めた人と契約をすることが出来るの。これで私も魔王様のようにあなたに何かがあればすぐに分かるし駆け付けることが出来る。同時に、私の魔力があなたを守ることも出来る」


 その契約は断れる雰囲気ではなかった。

 リリスの契約を受け入れると、ニアに指輪をもらった時と同じように魔力が俺を包み込んだ。


「……まあその、他にも色々とあるのだけどそれはまたの機会に話しましょう。改めてよろしくねノア君」

「あぁ。よろしくリリス」


 なんか昨日から本当に色々あったけど、リリスが無事で良かった……本当にそれだけで俺は良かった。


「……あぁ♪ 紋様が疼くわね♪」

「え?」


 リリスのお腹の下に現れた紋様が輝いていた。

 それが何かは分からなかったが、リリスはその輝きを愛おしそうに見つめ、指を這わせているのを俺はただ黙って見つめていた……うん、凄くエッチな光景だった。





 サキュバスの契約、それはサキュバスが尽くしたいと思った人とのみ出来る。


 下腹部に浮かぶ紋様は消えることのないモノであり、尽くしたいと願う相手……つまり契約者が居ることを示している。

 サキュバスは男を夢に誘い、その精気を吸い取るのだが現実でも当然行うことは出来る。だが、この契約をした場合は話が変わり――その相手としかそういった行為が出来なくなるのだ。


 サキュバスとの契約はつまり、そのサキュバスに未来永劫愛されることを約束されることとなる。自らのアイデンティティを捨てても良いと思えるほどの強い想い、重たい愛を抱かれている証なのだ。

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