身も心も、魔力すらもあなたを守る

「なるほど……フィアがその鞄をプレゼントね」

「うん。かなり助かるよこれ」


 ニアと共にいつもの日課である街へのお出かけだ

 今日来た時からずっと、俺が抱えているフィアからプレゼントされた鞄をジッと見ていた。何でも収納できる魔法の鞄、一応この鞄以上に大きなものはそもそも入らないがそれでも利便性は凄い。


「ねえノア、今度は私とどこかのダンジョンに行きましょう。巨獣の巣窟以上のダンジョンならもっと凄いモノがありそうだわ!」

「お、おう……」


 フィアには負けないと言いたいのか燃える目をしたニアの勢いに押され、俺はコクリと頷いた。

 さて、いつものようにおにぎりを売るのだが……こうして便利な鞄が手に入ったのだからお菓子とかも持って来れそうだな。とはいえ持って来れる量が増えるだけで作るのは俺だし、結局限界はあるけどどうにか頑張ってみるか。


「よう兄ちゃん、それに嬢ちゃんも良く来たなぁ!」

「こんにちはモンさん」

「来てあげたわよ~」


 ちなみに、ニアはモンさんと会話をする程度には顔見知りになった。

 それはニアを含めてルミナスやリリスもそうだが、俺に付き添う形で街の一部の人にはなるがそれなりに話すようになったのだ。


「あぁそうそう」

「ニア?」


 いつもよりも多くのおにぎりを配り終えたところでニアが耳元に顔を寄せてきた。


「その鞄のことは自分から言い触らさない方が良いわ。一応高価なマジックアイテムだし、高ランク冒険者ですら持っている者も多くはない。ちゃんと対価を払うことで譲ってくれと言うならまだマシだけど、中には力づくで奪い取ろうとするクズも居るからね」

「……分かった」

「ふふ、まあそうなったらなったで私が蹴散らすけど。それでも一応気を付けれることは気を付けた方がいいわ」


 なるほど、確かにそういう連中も居るのはお約束だな。

 そこまで言ってニアは何かう~んと唸りながら腕を組んで考え始めた。そして何かを思い付いたのか、懐から指輪のようなものを取り出した。


「そうよ忘れてたわ。これ、ノアに渡そうと思ってたの」

「指輪?」

「結婚指輪みたいなものじゃないわよ。それはそれで素敵だとは思うけど、こんな禍々しいものに名前を刻みたくはないしね」


 ニアが見せてくれた指輪のようなリングは紫色を基調としたものだ。中央に小さな赤い宝石が埋め込まれており……確かに禍々しさを感じる。


「これは私の魔力を練り合わせたモノなの。これを付けているとあなたに何か危害が及ぼうとすると私の魔力が盾になって守ってくれるわ」

「……おぉ絶対防御」


 どこかで聞いたことがある響きに心が躍った。

 でもこんなにも便利なモノをもらってもいいのだろうか。目を合わせた俺を見てニアは笑みを浮かべて俺に手渡した。


「これでもあなたが呼んでくれないうちに何かあったら、なんてことを思うこともあったのよ。用意するのが遅れてしまったけど、それだけノアのことを私が大切にしている証だと思って?」

「……っ」


 ……イケメン過ぎるだろニア。

 ついつい照れくさくなった下を向いてしまった俺にニアが思いっきり抱き着いて来た。いつもされている抱擁に心が落ち着くと同時に、もう少しこうして居たいと思わせる安心感があった。


「ニア……ありがとう」


 抱きしめてくれるその温もりに応えるように、俺も彼女の背中に腕を回した。魔王と恐れられているニアではあるものの、こうしてみるととても細い体をしていて知らなかったら魔王とは思えない。


「ノアからこうして抱きしめてくれたことは初めてじゃない?」

「そう……だっけ」

「えぇ。良いモノねこういうのは……こんな温もりも久しく忘れていたわ」


 それからしばらく俺たちは抱きしめ合っていた。

 そして、名残惜しさを感じながらも体を離し……俺はニアからそれを受け取るのだった。


「ちなみに私もお揃いのモノを付けているわ。こうしていると疑似的に繋がっているからあなたの身に何かが起きた時すぐに駆け付けることが出来る」

「へぇ」


 俺は何も考えずにそのリングを人差し指にはめた。


「薬指でもいいのに」

「……それはまあ流石にね」

「……そうね。でもいずれはちゃんとした指輪を……」


 ブツブツと呟いたニアだったが、俺の体に少しだけ異変が起きた。

 異変といっても深刻なものではなく、指輪から何かが這うように俺の体に纏わりついたのだ。黒く禍々しい波のようなもの……一瞬見えたそれはやはり禍々しかったがこれはもしかしたらニアの魔力?


「察しの通り、それは私の魔力よ。聖女のような魔力に比べれば禍々しくて冷たいから人間のノアにはちょっと気持ち悪いかも――」

「そんなことないよ。とても安心する……ニアを傍に感じるから」


 そう伝えるとニアは体をプルプルと震わせた。


「……あぁダメだわ私。もうゾッコンもゾッコンよ……というわけで」


 ニアは大きく深呼吸をして、そのまま両の手を広げて俺に飛びついて来た。


「ノアあああああああああああっ!! はぁこれよこれこれなのよぉ!!」

「……ちょ、ちょっと苦しいってニア!」

「むっはああああぁ!!」


 あ、これはちょっと暴走してますね……。

 ちなみに、ここは街中なので多くの目が俺たちを見ていた。ニアの姿もある程度見慣れたモノだろうけど、パッとしない見た目の俺と傾国の美女と言っても差し支えないニアが抱き合っている光景はどんな風に見えるのか……あ、誰か近づいて来た。


「麗しいお嬢さん、俺と――」


 聞いたことがない男性の声だったが、すぐにびゅんという音を立てて聞こえなくなった。相変わらずニアは俺を胸元に抱きしめていて何かをした様子はないけど、たぶん何かしたんだろうなぁ。


「ねえノア、時に相談なのだけど……私と同じ時間を生きてみる気はない?」

「え?」

「……っと、ちょっと早とちりだったかしら。今のは忘れて」

「? 分かった」


 それから俺とニアは揃って家まで戻った。

 アップルパイを所望されたのでご馳走すると、表情を蕩かせるように美味しそうに食べてくれた。そこで俺は少し気になったことを聞いてみた。


「なあニア、リリスはどうしたんだ?」

「リリス? 最近調子が悪いとかで部屋から出てこないのよね」


 仕事で忙しいと思っていたけどどうやら調子が悪いのか……大丈夫かな?

 傍に居たら居たであの色気に戸惑わされることは多いけど、ニアと同じようにリリスも既に日常の一部みたいなものだからやっぱり気になってしまう。


「あの子もノアが大好きだものね。大丈夫よ、すぐに会えるようにはなるわ」


 その言葉に俺は頷いた。

 しかし後日、俺はリリスの身に何が起きたのかを知ることになった。

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