一癖二癖ありすぎだろ!

「それでね? それでフィア言ったの! 人間を滅ぼさないとって……でも……でも魔王様全然話聞いてくれないのおおおおおおっ! うわあああああああんっ!!!」

「そっか。それは大変だなぁ」


 俺は頭だけのこの子、フィアの頭を持っていた。

 結局、この子のことで分かったのはフィアという名前とデュラハンという種族の二つだけだ。頭が千切れたわけではなく、元々体と頭は分離している種族だ。とはいえいきなり生首が現れたら誰だって驚くに決まってる。


「よしよし、良い子だから泣き止もうな?」

「えぐっ……ひぐっ! 人間……お前は人間……でも優しいやつだ」


 止めどなく涙が溢れているが、拭う手がないので代わりに拭いてあげた。顔立ちは中性的でとてもかっこいい、だが声と仕草から女性だとは分かった。


「……………」


 フィアの頭を持って魔法陣に乗ったのだが転移は発動してくれず、この子をあちら側に返すことも出来ない。なので仕方なく、この子を頭だけとはいえ抱いて慰めているわけだ。


「フィアはお菓子とか食べるか?」

「お菓子!? 食べるぅ!!」

「……可愛い子だな本当に」


 ニアともリリスとも違う愛らしさを感じる。

 顔立ちだけ見れば俺より大人に見えるのだが……ま、今は気にしなくていいか。お菓子を食べたいと言われたのでアップルパイを持ってきた。一口サイズに千切ったところでちょっと気になった。


「なあフィア、このまま食べても大丈夫なのか?」

「大丈夫だぞ! 確かに繋がってないけど食べた瞬間体の方に行くからな! まあフィアも詳しいことは知らない!」

「そっか。それじゃあ、あ~ん」

「あ~ん♪」


 匂いからも美味しいと思ってくれたのか満面の笑みだった。

 あ~んと可愛らしく開けた口に入れてあげると、もぐもぐと噛みしめるようにフィアは食べた。


「……むっ!?」


 そして、ニアたちと同じように目を見開いて大きな声を上げた。


「なんだこれ凄く美味しいぞ!! 人間! これめっちゃ美味しい!!」

「そっかそっか。それは良かった」

「えへへ~♪ フィアは幸せだぁ!」


 ニコニコと絶えない笑顔にこっちまで頬が緩みそうになる。

 それからキッチリ完食してくれたフィアだが、何故かこんなことを言いだした。


「なあなあ、もっとフィアをお前に近づけろ! 胸元に額が当たるくらい!」

「え? こうか?」


 取り敢えず言われたようにしてみた。

 ちょっと微妙な感覚だけど、フィアの頭を胸に抱きしめる感じだな。するとフィアはクンクンと匂いを嗅いできた。


「……人間いい匂いだなぁ。フィアこの匂い好きだぞ!」

「それは安心したよ」

「……なあ人間、名前は何て言うんだ?」


 キラキラとした目で見つめられたことに苦笑し俺は名乗った。


「ノアっていうんだ。よろしくな」

「あぁ! よろしくしてやる! フィアはノアが大好きだぞ!」


 なんか本当に小さな子供を相手している気分だ。

 ニアもリリスも立派な大人だし、こうしてフィアみたいな子は新鮮だ。もっと抱きしめてくれと言われたので頭を撫でながら抱きしめてあげた。するとそこで魔法陣が輝き始めた。


「あら、随分仲良くなってるわね」

「ふふ、これを見越していましたが予想以上ですね」


 ニアとルミナスさんだ。ニアは向かいのソファに座り、その後ろにいつものようにルミナスさんが控えた。二人は俺と、俺に抱かれて笑顔のフィアを微笑ましく見つめている。


「ノア……ノア♪」

「あはは、なんだ?」

「何でもないぞ! にしし♪」


 ……本当に可愛いなこの子は。

 ニアたちが来たことにも気付かず、フィアはずっと俺から離れなかった。いや、離れないというよりは離れられないわけだけど。


「……この子は二人が?」

「いえ、全くの偶然だわ」

「そうですね。勝手にその子が転んで頭が取れただけです」


 頭が取れただけって結構なパワーワードだな……。

 さてさてどうしたものか、そう思っていると再び魔法陣が光り出した。そして現れたのは首から上のない甲冑を纏った存在だった。


 ニアとルミナスさんが動かないってことは安心してもいいのかな?

 その甲冑は俺の前に立つと、真っ直ぐにフィアを指さした……あ、そういうことか納得した。つまりこいつがフィアの体ってことか。


「はい」

「え? おいノア! なんで私を離すんだ! いやだああああああああっ!!」


 再び泣き始めたフィアの頭を甲冑が掴み、そのまま頭の位置に置いた。


「ビックリするわよきっと」

「ビックリ?」


 それは何を……そう思った瞬間、体を取り戻したフィアが口を開いた。


「ふん、ようやく体が戻ってきたか。本当に不憫なモノだ」

「……およ?」

「? どうしたノア、私の顔を不思議そうに見て」


 いやだって……えぇ?

 二重人格? そう思ってしまうほどの変化だった。首だけのフィアは明らかに小さな子って感じだったけど、今体を取り戻したフィアはその中性的な顔に似合った凛々しい喋り方をしている。


「その子、頭が離れると一気に幼児退行しちゃうのよ。頭が固いところがたまにキズだけど可愛いでしょ?」

「……へぇ」


 確かに……可愛いかもしれない。

 デュラハンとはいえあまり見ないタイプのキャラをしている。普段凛々しい姿だけど頭が離れると幼児退行って……属性盛りすぎじゃないか?


「さてフィア、人間を滅ぼすということはつまり……ノアも滅ぼすのかしら?」


 ニアがそう言うとフィアはビシッと動きを止めた。

 そして俺の顔をジッと見つめ、彼女はプルプルと体を震わせた。


「ですが……ですがそれでは――」

「ええい、結論だけを言いなさい!」


 パンと音を立ててニアがフィアの頭を叩いた。するとスルっと頭が取れて再び俺の腕の中に戻ってきた。


「滅ぼさない! フィアはノアが好きだ! だからそんなことしないもん!」

「言質取ったわよフィア。嘘だったら承知しないからね?」

「フィアは嘘を吐かないもん!」


 満足そうに頷いたニアと再び幼児退行したフィアだった。

 体に戻そうと思ったのだがフィアは不満そうに嫌だと口にした。残された体が困ったようにオロオロしておりちょっと不憫だ。


 取り敢えずフィアが満足するまでこうしていようと腰を下ろした。


「……え?」


 甲冑の擦れる音を響かせながら残された体は俺の隣に座った。

 そして大事なモノを抱き抱えるように俺の腕を取るのだった。硬い感触の甲冑に抱かれる経験は初めてだが……そこでフィアがキッと甲冑を睨みつけた。


「ノアに引っ付くな!! ノアは私のモノだぞ!?」

「……!?!?!?!?」


 心なしか甲冑の体も頭だけズルいと言わんばかりに抱きしめる腕が強くなった。

 これ……どういう状況なんだ。


「くくく……あはははははは!!」

「うふふ♪」


 フィアの頭と体に取り合いをされる俺を見て、ニアとルミナスさんは笑い続けていた。

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