泣き虫の首無し騎士

「……あ~あ、鬱陶しいわね」


 魔王城での会議を終え、自室に戻ってきたニアールは呟いた。

 定期的に行われる定例会議のようなものだが、議題は決まって人間界への侵攻はいつにするのかというものだった。


 魔王であるニアールが殺されたかけたことは魔族全体に伝わっており、復讐に燃えている魔族が多いのも確かだった。単純に魔王であるニアールを崇拝しているのもあるが、特に理由なく暴れて殺戮をしたいと考えている者もおり、常にニアールは頭を悩ませている。


「お疲れ様です魔王様、今日も色々と言われたようですね?」

「本当よ! 頭の固い連中が!!」


 傍に控えるルミナスの言葉にニアールは声を荒げた。

 今すぐにでも人間界への侵攻を、そう考える派閥は四割ほどだが……それにしても面倒なモノだとニアールは思う。実を言えば人間界に侵攻しないのはニアールの意思によるものだ。


『私たちは元々人間に対して何かをするつもりはないの。あっちが勝手に攻撃してくるから反撃するだけよ』


 以前にニアールはノアにそう伝えた。

 この言葉に嘘はないが、それよりも大きな理由をニアールは伝えていない。それはノアに助けられたからだ。あの出来事はニアールに大きな変化を齎し、ただの人間であるノアに対して強すぎる想いを抱くに至った。


「……もしもノアに嫌われちゃったらって思うと無理よ」


 結局、人間界に侵攻しないのは恐ろしい魔王だと思われたくないからだ。

 ノアも世話になった人間が多く居る街だって他の魔族には関係ない。もしも魔族の攻撃によってその命が失われノアに嫌な気持ちをさせてしまったら……それを考えるとニアールは人間界への侵攻はしたくなかった。


 まあ色々と言ったが、今のニアールの最優先はノアというだけだ。それだけノアという人間に魅せられ夢中になっているのである。


「遅い恋の到来ですねぇ。距離の詰め方も唐突ですしね魔王様」

「うぐっ……そうかしら? でも嫌がってないし……」


 正面から嫌とは言わないでしょう、そうルミナスは小さく呟いた。

 とはいえ、ノアがニアールのことを受け入れていることは分かる。なので表面上の付き合いではなく、困惑しながらも自分たちとのやり取りを好ましく思っていることはよく分かっている。


(……お菓子も美味しいですし)


 今まで食べたことはないお菓子、ノアの故郷の物らしいが大変美味だ。ニアールもルミナスもリリスも、みんながノアのお菓子の虜だった。ワーウルフでもあるルミナスは結構食いしん坊で、正直なことを言えばノアのペットになりたいと思っている。そしてずっとお菓子をご馳走してほしいと思っているくらいだ。


 さて話を戻そう。

 ニアールの意思に従わずに勝手に行動しそうな派閥もあり、そこどう纏めるかがニアールの腕のみせどころだ。


「ま、変なことをすればぶっ飛ばせばいいかしらね」

「脳筋ですね相変わらず」


 うるさいわねとニアールは言葉を返した。

 そんな風に話をしていた二人だったが、バタバタと走る足音が聞こえてきた。ドンと音を立ててドアが開き、入ってきたのは甲冑を身に纏った女性だった。


「失礼します魔王様」

「あら、どうしたの?」

「フィア様? どうされたのですか?」


 フィア、それがこの女性の名前だ。

 黒いごてごてした甲冑が目立つが、それ以上に中性的な顔立ちは美しかった。ニアールやリリス、ルミナスに勝るとも劣らない洗練された美貌である。しかし、フィアはそんな美貌を歪ませ、強い口調でニアールに口を開いた。


「何故人間界へ攻めないのですか!? あの時あなたを守れなかった我らにも責任はありますが、王たるあなたを傷つけられた私たちの怒りはどこへ晴らせばいいのですか!?」

「……めんどいわねほんと」


 フィアの言葉に悪意はなく、全てはニアールを考えてのことだ。

 それは分かっている……分かっているのだが、ニアールの考える方針には反対的で今すぐにでも人間界へ向かうべきだと言っている。そう、フィアは人間を見下し滅ぼすべき存在だと考えているが故だ。


「私に一番槍をお任せください! 必ずや人間どもを根絶やしに――」

「必要ないと言っているの」

「魔王様!!」


 何故分かってくれないのか、詰め寄ってきたフィアだったが……。


「……あ」

「あら……」

「おや……」


 絨毯の端に爪先を引っ掛けた。

 そのままその重たい鎧の重力に従うように、ガシャンと大きな音を立てて床に倒れ込むのだった。そして、その倒れた拍子にフィアの頭が飛んだ。


「……相変わらずドジねアンタは」

「ふふ、それも可愛らしい……あ」


 フィアは周りの者たちが認めるドジっ子だった。

 勇ましい出で立ちと鋭い眼差しを台無しにしてしまうくらい、彼女はドジっ子だったのだ。大事なことなので二回言わせてもらった。


 そして、頭が飛んだ……それは千切れたのではなく、彼女はデュラハンと呼ばれる種族だったのだ。

 その頭はゴルフでホールインワンを演出するがごとく、ノアの家に繋がる魔法陣の中に吸い込まれたのだった。


「……良いのですか?」

「良いんじゃない? 私たちは遅れて行くとしましょうか」

「それもそうですね」


 二人はニヤニヤとバタバタと動き続ける残された体を見つめて呟いた。

 フィアは人間を滅ぼす存在だと考えている。そんなフィアとノアが会うことがあったら大変な気もするが……どうして二人が笑っているのか、その理由はすぐに判明することになった。






 モンさんの奥さんが無事に快復した。

 それは俺にとって一番の朗報であり、モンさんにも抱き着かれる勢いでお礼を言われることになった。今度飯をご馳走すると招待もされており、その時が楽しみだなと俺は思っていた。


「ニアとリリスには本当に感謝だ」


 ……またすぐにでも会いたいな、そう思った時だった。

 魔法陣が光り出し、ニアかリリスかなと思っていたが……俺の予想はすぐに裏切られた。


「……え? 生首?」


 光が止んだと思ったら生首が現れたのだ。

 綺麗な赤い髪で……えぇ?


「……何だよこれ」


 え? 嫌がらせ?

 そんなことを思いながら俺は首の元に近づいた。すると、ヌルっと首がこちら側を向いて俺は悲鳴を上げそうになった。だが、その首は泣いていたのだ。


「えぐっ……私の体ぁ……体がないのぉ!!」

「……大丈夫か?」

「人間? ……なんで人間が居るのぉ!? いやぁ怖いよ! 食べちゃやだあああああああああああ!!」


 ……何なんだろうこの子は。

 取り敢えず、泣き止ませることから始めようか。



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