ダンジョンに行こう

 ニアとリリスさん、そして時々ルミナスさんが家に来るようになってから数週間が経過した。


 あれから俺の方もニアの部屋に向かうことは多くなったが、それでもあの部屋から出たことはない。魔王の住居というか、あちらの世界に興味がないわけではないがまだちょっと早いかなと思ってる。


「今日もサンキューな兄ちゃん」

「いえいえ、いつも買ってくださってありがとうございます」


 今日も今日とておにぎり売りである。

 新たに中に入れる具として明太子なども使ってみたが、やっぱりこれもすぐに人気になった。今ではおにぎりの中にどの具が入っているのか、そのドキドキを楽しむように買ってくれる人も増えて盛況である。


「……出来るならもう少し入る鞄とか欲しいな」


 買ってくれる人が増えても量は増えない、だから買えない人も出てくるわけで。鞄の大きさは変わらず、無限に中に入れることの出来る魔法の鞄なんてものはこの世界にないのかな。まああったとしてもかなりお金が居るんだろうけど。


「……?」


 そんな時だった。

 いつも笑顔で俺を出迎えてくれる門番さん、いま話しかけてくれたおっちゃんが何やら浮かない顔をしていたのは。


「モンさん、どうしたんですか?」


 ちなみにモン・バーンというのがこの人の名前だ。

 ……いや、門番にモン・バーンって完全にネタだろうと思ったけど本当にこの名前らしく初見の時は失礼ながら笑いそうになってしまった。


「……あぁ……ちょっとな」


 これは……何かあったなきっと。

 俺はモンさんの傍に近づき話を聞いてみることにした。最初は渋っていたが、何があったのかを話してくれた。


「実はよ……家内が病気になっちまったんだ」

「奥さんが?」


 会ったことはなかったがモンさんに奥さんが居ることは知っている。気立ての良い奥さんだと、笑顔でよく話してくれたからだ。もしかして、結構深刻な病気だったりするのか?


「医者の見立てでは血に関する病気らしい。すぐに死ぬことはないんだが、放っておくと息が出来なくなって死んじまうって話だ」


 元の世界で言う白血病みたいなもんか?

 よく分からないけど、奥さんが深刻な状態ってのは間違いないらしい。


「病院とかは?」

「はは……悔しいが、何年も門番やってるが金がなくてな。それにこの病気は珍しくはないが特殊な薬草がいるって話で、その調達に莫大な費用が必要らしい」

「……そうなんですか」

「あぁ……しかも金があってもその薬草は基本王都に持ってかれるらしくてこっちの方まで回っちゃ来ない。王都に向かうにしても、長旅に家内は耐えられねえ」


 そう話すモンさんの表情には諦めがあった。


「……悔しいが、これも運命なのかね」

「……………」


 俺は奥さんに会ったことはないけど、この街に一人で来た時初めて話したのはモンさんで、親切に色々と教えてくれたのもこの人だ。俺は……力になりたい、どうにかその薬草を手に入れる手段はないものか。


「ちなみに、その薬草はなんていうんですか?」

「ナンデモナオース草だ」


 ……ギャグじゃねえんだよな?

 まあそれはともかく、こういう時に自分の力の無さが恨めしい。

 あの回復魔法が無限に使えたなら今すぐ行って助けることができるのに、それが出来ない自分の無力さを呪いそうになる。


 それからモンさんと別れ、俺は家に戻ってきたが……まさかのリリスが今日は一人でやってきていた。


「リリス?」

「こんにちはノア君。お邪魔してるわよ」


 ま、こうして勝手に家に来てるのも珍しいことじゃない。魔法陣でいつでも繋がっているからだ。


「……ノア君、おいで」

「え?」


 帰ってきたばかりの俺はリリスに突然抱きしめられた。

 ストレートに言ってしまうと下半身に悪すぎる見た目と雰囲気なのに、こうして抱きしめられるととても安心する。リリスは部下のサキュバスたちを娘のように考えていることから、もしかしたらそこに母性のようなものを感じるのかもしれない。


「何かあった?」

「……実は――」


 だからこそ、俺は先ほどあったことをそのまま話すことにした。

 元々自分の無力さを呪いはしたが、彼女たちにどうにか出来ないかと頼んでみるつもりではあったのだ。だからタイミングは凄く良かった。


「なるほど、そんなことがあったのね」

「はい。モンさんは親切にしてくれた人で、だから力になりたいんだ」


 俺はリリスから離れ、頭を下げた。


「どうか力を貸してくれない――」

「いいわよ。もちろんあなたの力になるわ」

「……えっと、俺が言うのもなんだけどすぐに決めて良かったの?」

「全然良いに決まってるでしょ。魔王様だってきっとすぐに頷くだろうし」


 それは……うん、すぐに笑顔で頷いてくれることが想像出来た。


「それにしてもナンデモナオース草か……魔族は病気にならないから必要なくてストックはないと思うのよね。となると王都から少し離れたダンジョンかしら」


 あぁそうか、ダンジョンの中にしかないからお金も結構掛かるってことか。


「まあどこにあったとしても問題ないわ。今すぐに……あら、来たわね」


 リリスが魔法陣に目を向けると光り出した。

 するとすぐに人影が形成され、ニアが飛び出すように抱き着いてくるのだった。


「こんにちはノア! うん、一日一回は抱きしめてこそよねぇ」

「あはは……こんにちはニア」

「うんうん! ってリリス居たの」

「……魔王様、最近私に対する当たりが強くありません?」

「そうかしら? 別に泥棒猫とか思ってないわよ」

「……思ってるんですね」


 二人の和やかなやり取りに苦笑しつつ、俺はニアにも同じことを話した。


「いいわよ。それじゃあ行きましょうか」

「ちょ……」


 悩む素振りは一切なく、ニアはパチンと指を鳴らした。

 すると一瞬視界がブレたと思ったら全く見覚えのない場所に居た。俺を抱くニアから視線を外すと、目の前に広がるのは巨大な穴だった。


「……これが?」

「えぇ。巨獣の巣窟と言われるダンジョンね」


 おぉ……なんかそれっぽい名前だ!

 ってあれ? 今気づいたけどリリスが居ないんだけどどこ行ったんだ? そう思っていると隣に魔法陣が発動しリリスが現れた。


「ちっ、付いて来たか……」

「当たり前でしょうに! もう魔王様のおバカ!」

「アンタ上司に向かってバカとは何よ!」


 あ~また始まっちゃったよ。

 でもそうか……ここがダンジョンか。

 モンさんの為に薬草を取りに行くのが最優先事項だが、やっとこれぞ異世界だと言える場所に来てドキドキしているのも確かだった。


「それじゃあ行きましょうか」

「えぇ。ノア君は私と手を繋いでいましょうね」

「だから何でよ! 私がノアの手を取るからアンタはいらん!」


 ……大丈夫とは思うけど、大丈夫かなこれ。

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