反する両者の立場
勇者は敗北した。
それは勇者を輩出した王都はもちろん、他の国々にもある種の混乱を齎す結果になった。だがそんな人類の敗北に反し、魔王側は一切の侵攻をしてくることはなく、恐ろしいほどの静けさの中で平和が保たれていた。
そんな中、魔王に挑みあと少しで討伐出来る寸前まで行った彼ら――勇者パーティの荒れようは凄まじかった。
「……クソがっ!! なんで俺がこんな目に……あああああああっ!!」
王城の医務室にて、片腕を失った勇者――ユウカンが声を上げていた。
万全の準備を期したはずだった。それなのにまさかのイレギュラーの介入によって作戦は失敗に終わり、魔王を倒すことは叶わず逆に自分たちが手痛い反撃を食らう結果になった。
「何だよアイツ……アイツのせいで!!」
突如現れた人間、奴のせいで全てが無駄になった。
勇者として倒すべき相手でもある魔王はともかく、全てを台無しにしたあの人間に対してユウカンはとてつもないヘイトを募らせていた。
「ユウカン、あまり暴れないでください!」
怒りに身を焦がすユウカンの声が聞こえ、聖女が飛び込んできた。
「うるせえ! 俺に指図するな!!」
「っ……ユウカン」
魔王との戦いによる敗北、それによってユウカンは大きく変わってしまった。聖女にとってそれは予期せぬことで、面倒なことになったと唇を噛む。
「……無駄に反抗的になって面倒ですねクソガキが」
ユウカンに聞こえないように聖女は呟いた。
誇り高き勇者パーティ、彼らも所詮は人だった。人類のため、役割のため、そうはいっても一番は己の欲望と目先の利益しか見えていない。
「……今頃俺はハーレムを作って悠々自適に暮らしてたんだぞ!」
女好きの勇者はハーレムを夢見ていた。
「……聖女としての地位を確固たるものに出来ていたのに……あの人間のせいで!」
魔王を討伐したパーティの一人として名を刻み、未来永劫最も優れた聖女として刻まれるはずだった未来も消え失せた。金と男に囲まれ過ごす、そんな幼い頃からの夢は無へと消えた。
勇者と聖女だけでなく、他のパーティメンバーも同様に現れたあの人間を憎んでいる。全てを台無しにしたあの人間のことを、満足に動かすことのできない体になってもずっと憎み続けていた。
「……くしゅん!」
「あら、風邪?」
「いや、誰かに噂でもされたのかな」
鼻がムズムズしただけだし風邪ではないはずだ。きっと誰かが噂でもしたのかもしれない。まあ、この世界に来てそんなに経ってないし噂をされるほどではないと思うけど。
あの日、俺が好奇心でニアの部屋に向かってから数日が経過した。
それからも俺の日常が変わることはなく、相変わらずニアが俺の家に来ることが続いていた。だが、ある一つの変化があった。
「本当にこの紅茶は美味しいわね。香りも上品だし、あっちに持って帰りたいほどだわ」
エロの化身でもあるサキュバスの女王、リリスも俺の家に来ていた。
いつの間にかニアだけでなくリリスもこちらに来るようになり、一緒に街におにぎりを売りに行くこともあった。
ニアも凄かったが、リリスは更に振りまく色気が凄すぎて色んな人たちから声を掛けられていた。屈強な冒険者がやはり多く、力づくで連れて行こうとした連中も居たがやはりそこはニアの腹心……リリスもかなり強かった。
『見た目は屈強でもあっちは小さそうね。消えなさい下郎』
見つめられただけで背筋が凍ってしまいそうな目付きに俺まで震えてしまう。
まあ、俺はリリスに抱きしめられていたので普通だったけど……まあでも、そんな風にリリスと距離が近い俺をあの冒険者たちは凄い睨んできたんだよな。
「持って帰ってもいいですよ? リリスさん」
「ノア君。さんはいらないし敬語も抜きって約束でしょ?」
「……ごめん、つい」
ある程度話をするようになって名前は呼び捨て、敬語も抜きというのが俺とリリスの間で決まりごとになった。
「ムカつくけど、ノアがこちら側に染まってくるのは良いことだわ。今のところ私とルミナス、リリスしか会ってないけど他にも良い子は沢山居るから」
「そうなの?」
「えぇ」
確かにまだ三人しか俺は出会っていない。
普通の人のような見た目なのか、それとももっと人外染みた姿なのか妙な期待が膨らんでいく。
「最近他のサキュバスの子たちが私に付いたノアの香りを気にしてるのよね。会ってみる?」
「それはやめなさい。アンタ以上に節操がないでしょあの子たちは」
「ふふ、大丈夫ですよ冗談ですから。サキュバスの中でノア君に触れるのは私だけと約束します」
「それならいいわ……うん?」
リリスの言葉にニアが何かおかしいと首を傾げた。
「……賑やかだな」
こうしてこの家が賑やかになることになるなんて思わなかった。
ルミナスさんは今日は居らず、ニアとリリスだけでもかなり賑わっている。そんな風に普通の人間である俺と、そんな俺よりも遥かに強い二人と楽しい時間を過ごしていたその時だった。
「……?」
「……誰かしら」
「どうしたんだ?」
突如二人が話を止め、外の方へ視線を向けた。
立ち上がろうとした俺をニアが制し、サッと手を振るうと外から何とも言えない叫び声が聞こえた。
「無粋な客ね。気にする必要はないわ」
「……えっと」
「大丈夫よ。魔王様のことだからきっと血の一滴すら残してないから」
それは……大丈夫なのか?
改めて少しだけ、この二人が規格外ということを思い知った俺だった。
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