魔王のお部屋にお泊り

「いったたた……もう魔王様酷いじゃないですか!」

「アンタがノアに色目を使ったからでしょうに」

「ほんの出来心だったんですよ」

「それをやめなさいっての」


 目の前でニアとリリスさんが言い合いをしていた。ただ、こうして見ているとやっぱりニアが魔王とは思えないくらいの姿だ。


「きっとノア様はもっと威厳のある姿を想像していたのではないですか?」

「……まあ」


 ルミナスさんに言われ俺は頷いた。

 俺とのやり取りは本当に年上のお姉さんって感じだが、流石に部下とのやり取りに関しては魔王としての風格を見せていると思っていただけに少し意外だ。


「基本的に魔王様はこんな感じです。大切な場では平伏してしまいそうになる雰囲気を醸し出しますが、基本はこうですよ。そんな魔王様にみんな付いてくるのです」

「なるほど……でも」


 変に真面目にするよりはこっちの方が全然いい。緊張するばかりより、こんな姿の上司が居た方が職場も笑顔で溢れる気がする。現にリリスさんもニアと言い合いをしているが結構楽しそうにしてるし。まあさっき吹っ飛ばされたことは置いておくとして。


「やっぱり……頼りになるお姉さんって感じです」

「……ふふ、ノア様にはそう見えるのですね」


 はい、そう頷いた瞬間だった。

 一瞬視界がブレたと思ったらニアの腕の中に俺は移動していた。


「嬉しいことを言ってくれるじゃない。ほらリリス、ノアに免じて許してあげるから二度とチャームを使うんじゃないわよ」

「分かってますよ……本当にごめんね」


 別に大丈夫ですと伝えておいた。

 それから突然の訪問だったにも関わらず、客人だからとルミナスさんが紅茶を入れてくれた。どうやらこの世界にも紅茶ってのは存在しているらしい……うん、最高に美味しい。


「美味しいです」

「お口に合ったようで何よりです」


 頭を下げてルミナスさんはニアの背後に控えた。

 それにしても……ニアもそうだけど、リリスさんのこの恰好で傍に座られているのはやっぱり目の毒だ。チャームを使われているわけではないのに、彼女から伝わってくる色香が凄まじいのだ。


 そうしてチラチラ見ていると、クスッとリリスさんが笑った。


「そんなに気になるの?」

「あ……すみません」


 女性って結構視線に敏感らしく、少しでも胸元とかを見たらすぐに気付くらしい。それと同じことが今起きたわけだ。リリスさんは胸元を強調するように腕で挟むように中央に寄せ、ビキニのような面積の薄い布が捲れて大事な部分が見えてしまいそうだった。


「ふん!」

「あ」


 そんな夢がたくさん詰まった巨を越えた爆の乳に向かってニアが紅茶を遠慮なしにぶちまけた。


「あっついいいいいいいいいいいい!?!?!?」

「誘惑した罰よ色ボケ娘」


 胸にそれなりに熱い紅茶を掛けられ暴れるリリスさん。サキュバスクイーンって言ってたけど、そんな女王のような威厳は一切感じられなかった。


「おっぱいが火傷するじゃないですか!」

「してしまえそんな下品なモノは」

「あ~言ってはいけないことを言いましたよ魔王様! 私の部下である全てのサキュバスに謝って下さい!!」


 それってつまり、他のサキュバスの人もやっぱりこんな感じの人なのか。

 ちょっと想像してしまってごくりと唾を吞んだ。


「……っとそうだ」


 そこで俺は鞄から例の物を取り出した。

 形が不格好なアップルパイ、是非ともニアに食べてほしかった。


「あら、それは何?」

「これアップルパイって言うんだけど、せっかくだから作ってきたんだ」


 形は不格好ですけど、そう言ってニアに渡した。


「これはパンの一種かしら……でも、中に入ってるこのブヨブヨとしたものは分からないけどいい匂いがするわね」

「……美味しそう」


 ボソッとルミナスさんが呟いた。

 俺と視線が合うとルミナスさんは顔を赤くして目を逸らしたが、ずっと鼻がスンスンと匂いを嗅ぐように動いている。


「大丈夫ですよ。ちょっと多く作ったので……ちょうどルミナスさんとリリスさんのもあります」

「本当ですか!?」

「は、はい……」


 ルミナスさんそんなに欲しかったのね……。


「私もいいの? それじゃあいただきましょう」


 リリスさんもアップルパイを手に取り、ルミナスさんもせっかくだからと椅子に座ってテーブルを囲んだ。俺が見守る中、三人はほぼ同時にパクッと齧りついた。サクッとした気持ちの良い音が響き……そしてニアがおにぎりを食べた時と同じようにカッと目を見開いた。


「お、美味ししゅぎるぅぅぅぅぅぅ!!」


 ルミナスさんの絶叫が響き渡った。


「……これ、凄いわね。本当に美味しいわ」


 リリスさんにもウケはよさそうだ。

 俺が最後に目を向けたのはニアだった。


「……ノア」

「うん」

「あなたって天才? これ、意識飛びそうになるくらい美味しいんだけど」

「……そっか」


 よし、手ごたえは十分だ。

 まあ俺が天才というより、アップルパイってものを生み出した人が天才なんだけどね。今度作る時はもう少し形を整えられるように頑張らないと。


 それから三人は凄い勢いでアップルパイを完食した。

 大変満足そうにしたルミナスさんと、また食べたいと言ってくれたリリスさん。その言葉が本当に嬉しかった。


「ねえノア、あなたは今日どうするの?」

「帰りますよ」

「……そう」


 シュンと、ニアの表情が暗くなった。

 それを見た俺は慌ててしまい大変なことを口走ってしまうのだった。


「それじゃあ泊まってもいいですか――」


 俺は何を言ってるんだ、そう思った瞬間ニアがバッと顔を上げた。


「いいわよ! もちろん私の部屋に泊まりなさい! 一緒のベッドで寝ることにするわ!」

「……魔王様の扱いが上手いですねノア様」

「えっと……」


 急遽、ニアの部屋に泊まることが決定しました。

 本日のお勤めは終わりということでルミナスさんが部屋を出て行き、俺はノリノリのニアにベッドへ連れていかれた。


 ……それだけならパニックにはなったけど良かった。


「なんでアンタまで居るのかしらね……」

「いいじゃないですか。こうして人間と話す機会は早々ないですし、私としても気になるんですよ」


 特大サイズのベッドに俺とニア、そしてリリスさんが横になっていた。

 二人が俺を挟むように横になっており、お互いに何故かこれでもかと身を寄せてきており巨乳と爆乳がそれぞれ肩に触れていた。


「……俺、寝れるかな」

「運動すれば気持ちよく寝れるわよ? 私は準備万端――」

「リリス?」

「……何でもないです」


 結構自由奔放に見えるリリスさんだけど、やっぱりニアは怖いらしい。

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