呼べば来る
まさかの魔王が家にやってきた翌日のことだ。
またすぐに来ると言って帰っていったけど、まさか留守の時に来てしまって困らせたりはしてしまわないだろうか。
「……なんで俺が気にしてんだろ」
なんでこの世界にはスマホとかないんだろうな……。
ありもしないテクノロジーを残念に思いつつ、俺は昨日と同じように鞄におにぎりを詰めて家を出た。
「……げっ」
いつもと変わらない道中、そのはずだったのだが……今日は違ったらしい。
「よう、やっと来たなガキ」
現れたのは三人組の男だった。
こう言っては何だが洗濯していないだろう汚い服を身に着け、明らかに不潔な見た目だった。当然街の方でも見たことはなく、このような人たちの知り合いは居ないのだが。
「お前、最近よく飯を配ってるだろ? 着ているモノも良いし、ちょっと俺たちと話をしようじゃねえか」
「へへ、抵抗すんなよ? じゃないと何するか分かんねえからな」
「でもよ、別に痛めつければ良くないか?」
……これはちとマズいかもしれないな。
思えば異世界に来て初めてこういうゴロツキと出会った。ゲームや小説では大体序盤に出てくるかませ犬みたいなもんだけど……俺からすれば脅威には違いない。
「……………」
「ビビってやがんな。まあいい、家の場所を教えろや」
三人がナイフを片手に近づいて来る。
逃げないと……そう思っていた俺の脳裏にあの言葉が蘇った。
『いつでも私を呼んでちょうだい』
それを思い出した俺は彼女の名を呼ぶのだった。
「……ニア!」
本当に来てくれるのか、そう思った瞬間目の前に禍々しい魔法陣が現れた。
「な、なんだ!?」
「アニキ!!」
風に色はない、けれども黒い旋風が吹き荒れるように激しかった。
あまりの激しさに目を瞑っていたが、途中から俺に触れる風が弱くなった。いや何かが遮ってくれているのか?
「お待たせ、来たわよ」
「……あ」
耳元で囁かれたと思ったら、俺はニアに抱き留められていた。
昨日と変わらない姿でその端正な顔を俺に近づけており、俺はこんな状況ながらもドキドキしていた。
「……本当に綺麗な人だ」
「あら……ふふ……うふふふふ! ノアはやっぱり可愛いわね!」
「うわっ!?」
ぎゅうっと強く抱きしめられた。
露出の激しいドレスだからこそ、その開かれた胸元に抱きしめられてしまえば直接その柔らかな肌に頬を当たる。初めての感覚に更に心臓の鼓動が早くなり、良い匂いもして脳がクラクラしそうだ。
「……はは、なんだか分かんねえがとんでもねえ美人じゃ――」
ゴロツキの男が何かを言ったと思ったら声が聞こえなくなった。
どうしたのかと思って目を向けると、男三人が居た場所に黒い球体が出現していたのだ。
「私とノアの話を邪魔しないでほしいわね。消えなさい」
ニアが向けていた手をきゅっと握った。
するとその黒い球体はそのまま潰れてなくなった。たぶんだけど、今のであの三人は死んだんだろう。そうではなくどこかに飛ばされた可能性もあるが、たぶん前者で当たりだと思う。
「さてと、改めて昨日ぶりねノア」
「はい。昨日ぶりですニア」
俺がそう言うとニアは少し首を傾げた。
「……なんか違うわね。それはいつもの話し方?」
「えっと……確かに敬語を意識してますけど」
「敬語は抜きで良いわ。普段のあなたで話してちょうだい」
「……いいんですか?」
「もちろんよ」
魔王相手に敬語抜きで喋るなんて恐れ多いけど……でも確かに普通に話せるなら俺としても気が楽でいい。こっちに来てから知り合った人とは基本的に気を付けて話をしていたし。
「分かった。それじゃあこれでいい?」
「えぇ♪ それでいいわ」
ニアがそう言ってくれるなら俺としても安心だ。
「これから街にでも行くつもりだったの?」
「あぁ。おにぎりを作ったから売りにね」
「ふ~ん?」
ニアは俺の鞄に目を向けた。
そうだな……魔王の口には合うか少し気になった俺は鞄を開けておにぎりを取り出した。
「これ俺が作ったんだけど食べてみる?」
「いいの? それじゃあちょっと食べてみようかしら」
一応麦と海苔はこの世界にもあるが、中の具に関してはないものを使用している。今渡したのは梅干しが入っているが果たして……。
「あむ……っ!」
外側を齧り、梅干しの部分を食べた瞬間カッとニアは目を見開いた。
「これ……凄く美味しいじゃない! 何この少し酸っぱいのは……酸っぱいけど凄く合ってるわね!」
「良かった。それ梅干しって言って、それも故郷のモノなんです」
「へぇ……これを売りに行くの? これは売れるわ絶対!」
よし、魔王様に認められたぞ!
梅干し入りのおにぎりがそんなに美味しかったのか笑顔で完食してくれた。指を一本ずつ舐めとるように綺麗にする仕草は……かなりエロかった。なるほど、これが異世界の美女ってやつか。
「でも、良かったのか?」
「なにが?」
「魔王なのにすぐ来てくれたけど」
「全然大丈夫よ。案外魔王って暇だから♪」
そ、そうなんだ……。
あまりに軽い言い草に唖然としたが、いい加減街に行くことにしよう。
「腕を借りるわね」
「え?」
ニアは俺の腕を抱いて身を寄せてきた。
まさかこのままで行くのかとも思ったけど、どうやらそうらしく絶対に離さないと視線で訴えているようにも感じた。
「分かった。行こう」
「えぇ♪」
あぁでもそうだ。これだけは聞いておかないと。
「ニアは街にそのまま行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。魔王の顔は知られてないし、唯一知ってるとしてもあの時戦った連中だけだから。そいつらも今はベッドの上……一生そうかもしれないけど、それくらいだから安心して」
「分かった……うん、分かった」
あまり気にしてもダメだこういうことは。
俺はニアと共に街へ向かった。
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