ニアの提案
「あの……ニアさん」
「ニアでいいわよ」
「ニアさん」
「ニアでいいわよ」
「……ニア」
「えぇ何かしら」
ニアさん……ニアが満足そうに頷いた。
彼女が魔王ということでまだまだ少し怖いのは当たり前だが、俺は単純に気になったことがあった。
「ニアさんに対して失礼なことを聞いてしまうかもしれないんですが」
「失礼なこと? ふふ、何でも聞いてみなさい。ノアに聞かれることならなんでも答えてあげるわ」
「そうですか? それじゃあ――」
なんか結構気に入られているみたいだな。
それはそれとして、俺はその失礼に当たるかもしれないことをストレートに聞いてみることにした。
「あの勇者との戦い、ニアさんが生き残ったのは世間的にはマズいですか?」
「あぁそのことね。人間からしたらマズいでしょうね。老聖女を犠牲にしても私を殺すことは出来なかったのだから」
老聖女とはそもそもなんぞや、ニアさんが軽く教えてくれた。
「聖女とは一人しかいない特別なモノではなくて、適正さえあれば誰でも聖女の称号を得ることが出来るわ。老聖女はずっと幼い頃から年老いるまで聖女としての条件を守り抜いた存在……だからこそ、長年積み重ねた魔力によって行使された魔法に私はやられてしまったってわけ」
「……なるほど」
普通の聖女の魔法ではなく、何十年にも及ぶ時間で練られた魔法をその身に受けたってわけか。
「聖女としての条件は色々あるけれど、一番は処女であることかしら」
「処女……っていうことはもしかして?」
「えぇ。あの聖女はババアになってまでずっと処女だったのよ。恋愛の一切を自ら禁止して生き続けるなんて、そんな色のない人生楽しかったのかしら」
それは……あれ? ということはつまりあれか。
さっきからの言葉を加味すると既に老聖女は死んでいる。つまり、老聖女は恋というものを自ら禁止し、その果てに練り上げた魔法は俺の手で無駄になったって認識で良いのか?
「……………」
俺、どえらいことをしてしまったのかもしれん。
ただそこまで深刻に考えるようなことはなく、名前を知らないし顔も知らないからかそこまでだった……俺って冷たい人間なのだろうか。
「そんな色のない人生を魔王様は絶賛謳歌中でございますが」
「黙りなさいルミナス」
「申し訳ありません口が滑りました」
「……こいつ」
今のやり取りを聞いて俺はマジかと思った。
何度も思うことだけどニアは超が付くほどの美人だと思っている。魔王だからこそそういうのは難しいのかもしれないが、引く手数多だと思うんだけどなぁ。
「ノア」
そこでニアが手を伸ばして俺の手に重ねた。
「思うことはあるかもしれないけど気にする必要はないわ。所詮争いがあれば力と運がモノを言うの。今回は私に運が味方しただけ、あなたという要素が偶然私に味方しただけなのよ」
「……………」
……確かに思うことはある。
でも気にしすぎても仕方ないか。でも一言だけ、老聖女さんごめんなさい。
「まあ色々と誤解されているみたいだけど、私たちは別に人間界に侵攻なんて考えてはいないわ。魔王とは討伐されるべきもの、そう勝手に人間たちが思い込んでこちらを攻撃するだけだし」
「そうなんですか?」
それは初めて知った情報だ。
どこで調べても魔王は人間界を侵略し暴虐の限りを尽くすとしか言われてないからなぁ。やっぱり色々知ってから物事は判断するに限る……ニアが嘘をついている可能性もあるけど、なんとなくその線は薄い気がする。
「聖剣は叩き折ったし、勇者含め他の連中もボロボロにした。しばらくは何も出来ないでしょうね。王国からしたらとんでもないことだろうけど」
「へ、へぇ……」
完全に俺のことが知られたら殺されてしまうなこれ……。
ニアのこととは別のことに恐怖を感じていると、ニアがポンと手を叩いて本題に入った。
「さて、本題に入りましょう。あなたは私のことを救ってくれたわ。これはどんなものを返しても返しきれない恩でもある。ノアが人間だとしても、恩人であるあなたに何も返さないというのは私自身が許せない。何か欲しいモノを言ってちょうだい」
「……欲しいモノ……ですか」
欲しいモノ……いきなり言われても困ってしまうな。
う~んと腕を組んで考えていると、ニアはこんなことを提案するのだった。
「何なら私でもいいわ。ノアが望めば私はあなたのモノになってあげる。ルミナスにもそうだし他の者にも文句は言わせない。どう?」
「どうって流石にそれはいいです!」
「……それってつまり、私はいらないってことなの?」
「あ……いや……その」
いや要らないってそういうわけでは……ただお礼とは言ってもその人自身をもらうのは違うかなと思ったのだ。
顔を伏せたニアに俺が慌てていると、ニアは肩を揺らして笑い出した。
「ふふ……あはははははっ! やっぱり面白いわねノアは。それにとっても可愛い子でますます夢中になっちゃう。それならこれでどう? あなたはいつでも私の力を借りることができる。あなたが呼べばすぐに駆け付ける助っ人みたいなものね」
……なるほど。
それは確かに心強い。これが欲しいっていうものはないので、俺は取り敢えずその提案に頷くことにした。
「決まりね。フフ……これでまずは一歩目だわ」
「……魔王様」
ブツブツと呟くニアにルミナスさんが頭を抱えた。
「取り敢えず今日はノアにとっても色々あったでしょうし帰りましょうか。またすぐ来ても良い?」
「あ、それは全然良いですけど……」
そう言うとニアは子供の様に満面の笑みを浮かべるのだった。
するとルミナスさんが近づいて来た。
「改めましてルミナスです。わたくしの方も自己紹介をさせていただきます」
「あ、よろしくお願いしますノアです」
こうして近くで見ると本当にこの人も綺麗な人だ。
ピクピクと動く獣耳が可愛いから触ってみたいけど、流石に失礼そうだから手は出せない。というか人の形をしてる時点で無理だ普通に考えて。
「ノア様、これから大変ですよ? 魔王様は確かに人々から恐れられる存在ですが、私が思うに色々と重い方ですので」
「重い?」
ルミナスさんは頷いた。
それから二人は転移で姿を消したが、俺はすぐに大きく息を吐いてソファに座り込んだ。
「……なんか色々あったな」
でも、これは終わりではなく始まりなのだと……何となくそう思った。
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