その名はニア
なんでこの人がここに……。
思わず扉を閉めそうになったが、よくよく考えればこの人があの時の魔王ならドアを閉めたところで家ごと破壊されてしまうじゃないか。
「……あ~」
俺の様子を見て女性は察したように笑った。
元の世界では考えられないような美女の笑みにドクンと心臓が跳ねた。とはいえこの女性が恐ろしい存在に違いはなく、頬を流れる汗は止まらない。
「突然でごめんなさい。あの時のお礼をさせてもらおうと思ってね」
「お礼……ですか?」
「えぇ。取り敢えず中に入ってもいいかしら? 魔王としての顔はあまり一般には知られてないけど誰が見ているか分からないから」
「そ、それならどうぞ」
取り敢えず二人を中に招き入れた。
正直いつ殺されてもおかしくない状況なので、色々と諦めかけているのだけは確かだった。もし殺されるなら痛みなく一瞬で消滅させてもらいたいところだけど。
「う~ん、やっぱり怖いかしら?」
「……だって魔王なんでしょ?」
「えぇそうよ。人々に恐れられる魔王そのものよ」
「なら怖いでしょ……」
「ふふ、それもそうね♪」
なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろうか。
取り敢えずリビングに招き入れた。元の世界の家具などをベースにしているので少し二人には珍しそうだ。
「珍しいモノがたくさんあるわね。どこの国のモノなの?」
「……えっと、故郷のモノです」
「そう……嘘は言ってないみたいね」
嘘を言ったら殺されたんでしょうか俺は。
ヤバい、あまりにガチガチに緊張している。凄まじいほどの美女が目の前に居るのもそうだし、いつ殺されてしまうか分からない恐怖の二重苦だった。
「……それで、何の用でしょうか?」
頼むから早くこの空気から解放されたい。
俺の問いかけに魔王は頷き、俺に頭を下げた。
「あの時はありがとう。あなたのおかげで私は生き永らえることが出来たわ。まあ人間側からすれば悪夢でしかないだろうし、あの勇者たちにとっても認めたくはないことでしょうけど」
「……はぁ」
そこまで言い切り、そしてと言葉を続けた。
「なぜ、人間のあなたが私を助けてくれたの? あの時の私は老聖女の魔法で魔力はガス欠だったし、勇者の聖剣に貫かれて満身創痍、おまけに血も失って後少しで死ぬところだった……ねえ、どうして?」
血のような真紅の瞳に見つめられた。
だが少し意外だったのは……全然恐ろしくはなかった。どこか安心するような、そんな何かを俺は彼女の瞳から感じた。
「……その……大した意味はありませんでした」
「ふ~ん?」
「軽い気持ちだったんです。こんな美人を助けるのに理由がいるかって、魔王なんて知ったこっちゃねえって感じでした」
本当にその通りだった。
魔王っていうのは確かに驚いたけど、転生したばかりの俺にとってそんなことを気にする余裕がなかったのだ。まあ、スキルが一度しか使えないって知ってたら渋ったかもしれないのは否めないけど。
「……こんな理由なんですけど……?」
っと、そこで俺は魔王と後ろに控える女性が目を丸くして見つめていることに気づいた。何か変なことでも言っただろうか、そう思っていると魔王がこう言葉を続けるのだった。
「あの時も思ったけれど、あなたは不思議な人間ね。普通ならば酔狂でも魔王を助けようとする人間はいない。むしろ、私を討伐したとあれば王都から莫大な褒賞が与えられるはずだわ」
「……なるほど」
「……本当に不思議な人間だわ。でも……ふふ♪」
なんで笑ったのだろうと俺は首を傾げた。
「私が美人だから助けてくれた……か。まるで幼い頃に憧れた物語のお姫様になった気分だわ」
「……ぷふっ!」
「おい、なんで笑ったのルミナス」
「も、申し訳ありません魔王様……くくっ」
ここに来てようやく控える彼女の声を聞いた。
獣耳……犬? いやオオカミかな。そんな感じの耳をピクピクと揺らしながら必死に笑いを堪えている。
「全くもう……あぁごめんなさい。あれは放っておいて」
「分かりました……」
綺麗な足を組み直し、魔王はこんな提案をするのだった。
「あなた、うちに来ない?」
「え?」
その提案に俺は驚いた。
これはつまり勧誘なのだろうか、疑問符を浮かべる俺に彼女は頷く。
「あなたの回復魔法は大したものだわ。いいえ、そんなレベルではない。確実に死ぬと思っていた私の傷を癒したんだもの。こんな使い手、易々と手放すつもりはないからね」
「……あ~」
なるほど、そう言う意味での勧誘だったのか。
彼女には申し訳ないが、すぐに俺は頭を下げた。
「すみません、それは無理です」
無理、そう言った瞬間首を飛ばされると思ったが俺は生きていた。
魔王もルミナスさん……も今の言葉に怒ったりはしなかった。
「ま、それもそうか。命を救ってもらったのだから無理強いはしないわ。でもあなたがもし敵に回ったりするのなら末恐ろしいわね」
「えっと、そのつもりもないですよ?」
「そうなの?」
俺は頷いた。
「だってもう、あの魔法は使えないんですよ」
「……え?」
そう、あの魔法はもう使えない。
一度しか使えない欠陥魔法だからだ。
「あの魔法はどんな傷も癒し、ダメージを回復することが出来る魔法です。でも一度しか使えないもので、あなたに使ったあの後に無くなりました」
まあ隠すまでもない。
けれどこれで彼女たちの俺に対する興味は失せるだろう。回復魔法に頼りにしていてそれが使えなくなったのだから。
「なら……どうして私に使ったの?」
「もう一度言いましょうか。目の前の美人を助けたかったからです」
二度目になるとちょっと恥ずかしいな。
頬を掻きながらそう言うと、魔王は黙り込んでしまった。
「……見つけたわ」
「え?」
「見つけたわ……私の……さま」
「えっと?」
ブツブツと何かを呟いた彼女は顔を上げた。
あまり変化はないように見えたが、彼女の瞳からはとてつもないほどの優しさを感じ取ることが出来た。
「ニアール、それが私の名前よ。気軽にニアと呼んでほしいわ」
「魔王様!?」
ニア、そう彼女は名乗った。
だがどうしてルミナスさんはそんなにも驚いたのだろう。
「あなたの名前は?」
「シノノメ・ノアです。ノアって呼んでください」
「ノア……ノアね。分かったわノア♪」
嬉しそうに彼女は俺の名前を口にした。
世間には名を知られていない魔王、彼女の名前を知ることが何を意味するのか、俺はそれを後に思い知るのだった。
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