あまりにも早い再会

 異世界に転生してから一カ月ほどが経過した。

 この一カ月は当然のようにこの世界に慣れるところから始まった。言語が通じるのは助かったが、地理であったり情勢であったりと覚えることが多かった。


「……魔王と勇者……か」


 俺があの時初めて転移した場所、あれがどこかは分からないが魔王と勇者パーティの戦いが行われていたのは本当だったらしい。

 俺は街で買ってきた情報誌……元の世界でいう新聞みたいなものだ。

 それを手に取り改めて見てみると、大きな一面の見出しとしてこんなことが書かれていた。


【最強勇者パーティ、魔王に敗北! パーティ全員が瀕死の重傷を負う結果に】


 あと一歩まで魔王を追い詰めるに至ったが、仕留めることは出来ず返り討ちにあったとのことだ。パーティに同行していた聖女の話では突如現れた人間の魔法により魔王の傷が完治、その後万全の状態に戻った魔王の手によって消耗していた勇者パーティは敗北したとのことだ。


「……これ、ヤバいんじゃねえか?」


 あの時は魔王がなんぼのもんじゃい、美女が傷ついているなら助けるやろがいの精神でスキルを使って彼女を助けたが……こうなってくると俺がやったことって人類に対する裏切りみたいなものだよな?


「……いやでも顔はたぶん見られてないし、きっと大丈夫だうん!」


 やっちまったかもしれないけど異世界に来てすぐのことなんだから勘弁してくれ。

 勇者たちは負け魔王が勝利したが、何故かあちら側が更なる侵攻をしてこないというのも不気味らしい。人間たちの恐怖を煽っているのか、それとも勇者を負かした余韻に浸っているのかは分からないが。


「俺は自分のことで手一杯だ。よし何も気にするな!」


 魔王を恐れている人たちは多いみたいだが、あまりにも平和過ぎて普段の日常を取り戻しているらしく、それは俺が女神に用意された家に近い街でも同様だった。


「荷物は持ったし……よし、行くとするか」


 俺はある物が入ったリュックを背負い街へと出向くのだった。

 さて、この世界に来て俺が始めたこと……それは簡単なものだ――ズバリお弁当を作って販売することだ。


 女神が用意してくれた食料を何でも無限に生み出してくれるマジックアイテム、それは俺の世界の食料を基準として生み出してくれるのだ。色々と調べたが、この世界の飯は言っては悪いが不味かった。


 それならば俺が元の世界の知識を元に料理をした方が良いし、飯に困らなくても金が全くないので、こうやって弁当を作って金に換えることにしたわけだ。


「お、兄ちゃん来たか!」

「おいみんな! 兄ちゃんがやってきたぞ!」


 街に着いた俺を見た門番さんが大きな声を上げると、それに続くように色んな人たちが俺の元に集まってきた。


 弁当とは言っても俺が作るのはおにぎりを二つ包んだものだ。おにぎりはこの世界にもあるけど、その中の具に関してはこの世界に存在しないモノを使っている。梅干しとか鮭とか、昆布とかがそれに該当するな。


「押すんじゃねえよ!」

「お前だろうがそれは!」


 少し騒がしくなってきたので俺はパンパンと手を叩いた。


「他人の迷惑になることはしないでくださいよ! そんな人には売りません!」

『分かりました!!』


 俺よりも大柄な人だって多いし、冒険者として活動して高そうな装備を身に着けている人も結構いる。そんな人たちが俺の言葉に一斉に返事をするのはちょっとおかしな光景だった。


「いつも通り銀貨一枚になります」


 銀貨一枚、これは元の世界の百円玉に該当する。

 おにぎり二つで百円と聞くとかなり安いだろうが、こちらとしては食材に掛かる金がないのでプラスにしかならない。


 あれよこれよという間におにぎりは売れていき、リュックに入れていた全てのおにぎりが完売することになった。


「……銀貨五十枚……五千円か」


 小袋でジャリジャリと音が鳴る大量の銀貨に頬が緩みそうになる。


「お疲れさまだ兄ちゃん。今日も美味かったぜ」

「ありがとうございます。二つだと物足りくないですか?」

「まあな。だが量より質だろ、その辺の不味い飯を食うより兄ちゃんの作る美味いおにぎりの方が腹は膨れるってもんだ」

「……あはは、ありがとうございます」

「また頼むぜ!」

「はい」


 色んな人はいると思うけど、この街の人たちはとても温かい。

 特に今話しかけてきた門番さんは初めてこの街に来た時に色々と案内をしてくれた人でお世話になったからな。


「よし、帰るか」


 おにぎりは売れたしとっとと帰ることにしよう。

 軽くなったリュックを背負い、俺は来た道を再び歩いて戻る。どうせなら転移魔法とか使えると便利なんだけどそれは我儘かな。


「ふぅ……」


 家に戻った俺は椅子に座って一休みだ。

 一カ月程度でこの異世界生活にもある程度は慣れた。あの一度しか使えない回復スキルについても特に何も思うことはなくなった。


「ちょい寝るかぁ」


 好きな時に寝て好きな時に起きれる、この悠々自適な生活のなんとも素晴らしいことか。ソファに横になり眠ろうとした俺だったが、ドンドンと玄関のドアを叩く音が聞こえた。


「……誰だ?」


 今までここに誰かが来たことはない。

 だからこそ、一体誰が来たんだと気になった。俺は玄関に向かいゆっくりと扉を開けた。正直これに関してはまだ元の世界の警戒心の無さが現れた結果だろう。

 もしも相手が武器を持っていたりしたらその瞬間俺は殺されている。だがそうはならなかった……だって、目の前に居た存在はもっとヤバい存在だったから。


「御機嫌よう人間、ご無沙汰しているわね――見つけたわよ♪」

「な……なんで……っ」


 漆黒の長い髪に歪曲した立派な角、端正な顔立ちは幼く見えはしても立派な女の顔をしている。露出の多い黒いドレスからは豊満な谷間を見せつけており、真っ白な太ももがとても眩しかった。


 護衛らしき獣耳を生やした女性を背後に従え現れたのは間違いなく、俺がこの世界で初めて会った住人であり……助けてしまった魔王だったのだ。

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