第2話 彼女。



 校舎裏。


 彼女はそこに居た。


 久野宮 涼花(くのみや すずか)が校舎に背を預けて文庫本を読んでいた。


 ユウリはゴクリと喉を鳴らした。


 サラサラと流れるような黒く長い髪。


 切れ長で吸い込まれそうな大きい瞳。


 ほんのり赤く、プルンと柔らかそうな唇。


 抜けるような白く透明感のある肌。


 同じ学校に在籍しているのだ……ユウリは目にする機会は何度もあった。


 ただ、改めて前にすると、彼女の美しさに圧倒されていた。


 圧倒されてユウリは固まってしまった。


 しばらく、そのままでいたのだが、不意に風が吹いて……スズカの長い髪が靡いた。


 スズカは手で髪を押さえたところで、文庫本から視線を外した。そこでユウリの存在に気付いて笑みを深めた。


「あら、着ていたのね。ごめんなさい……この推理小説に読みふけってしまったわ」


「呼び出しておいて遅れた。ごめん」


「私の方が偶然早かったのよ。気にしないわ。それで……」


 ユウリとスズカは黙ってしまった。


「よし、ごめん……突然呼び出して」


 ユウリは一度言葉を切った。


 そして、スズカへとまっすぐに視線を向けると、意を決して口を開く。


「俺と付き合って欲しい」


「いいわよ」


「やっぱり駄目だよなぁ。突然、呼び出してごめん……俺は行くから」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


「ん? どうした?」


「貴方ね。私はいいって言ったのよ?」


「……ん? アレ? 何が良かったんだっけ?」


「だから、貴方とのお付き合いをOKしたつもりなんだけど?」


「へ?」


「まさか、いたずらで告白した訳じゃないわよね?」


「いやいや、そ、そんなことはないよ?」


「何を動揺しているの?」


 スズカはジト目で、ユウリを見据えた。すべてを見透かされているような感覚に囚われて、自ら白状しようとしたユウリが口を開こうとした。ただ、そこでスズカが口元に手を当てて笑い出す。


「ふふ、アレだけ情熱的なラブレターをくれたんだもの。そんな訳ないわよね」


「う」


 ユウリは自身が書いた恥ずかしいラブレターを思い出して顔を赤くした。


「額縁に入れて私の部屋に飾ろうかしら?」


「絶対にやめて」


「仕方ないわね。ラミネート加工をして大事に仕舞っておくわ」


「読んだら燃やしてくれていい」


「ふふ、何かのスパイ映画? 面白いけど、それは駄目よ。もう私が貰ったモノだし」


「むう」


「それで?」


「どうした?」


「どうした? じゃないわよ。私達は今日から付き合うのでしょ? なら、これからどこか行きましょう?」


「え……あ……そうか。えっと」


「ふふ、そうだ。ラブレターには私と一緒に映画に行きたいとも書かれていたから……今日は映画にしましょう?」


「え、あ……」


 スズカに手を引かれる形で、ユウリはその場を後にした。去り際、物陰でスマホを構えていたテツヤがサムズアップしていた。






 ユウリはどこか夢を見ているような……ポーッとした表情を浮かべながらスズカに手を繋がれて歩いていた。


 ユウリとスズカが手を繋いで歩く姿を目にした者は一様に驚きの表情を浮かべていた。


 特にユウリやテツヤと同じ制服を着た男達は驚き……しばらくポカンと呆けて立ち尽くしていた。


「ねぇ? さっきから私の話を聞いている?」


「あ、ごめん。それで……何だった?」


「もう映画は何を見る?」


 スズカはスマホのディスプレイをユウリに見せた。そのディスプレイには今日の放映中の映画の一覧が表記されていた。


「えっと……クノミヤさんは見たい映画はある?」


「んーじゃあこの『名探偵コナロ19』を見たいわ」


「え、あ……うん、いいよ」


「意外だったかしら?」


「少しね」


「私、名探偵コナロの昔からのファンで。もちろん漫画も好きなんだけど。映画には映画の良さがあって……ただ、この歳になると一人で映画を見るのは恥ずかしいと思っていたの。付き合ってくれると嬉しいわ」


「分かったよ」


「ありがとう」


「まぁ子供の時からハマっているものって誰にでもあるよね」


「オオゾラ君にも何かハマっているものってあるの?」


「あぁ、うん。将棋をね」


「将棋好きなんだ」


「昔、じいちゃんに習ってからずっとやっていて、部活にも入っているよ」


「へぇ、ん? うちの学校って将棋部あったかしら?」


「廃部寸前だけど」


「そうなのね。あ、映画が始まるまで、時間がないわ」


「十七時か急ごう」


 映画の開演が近づいていることに気付いたユウリとスズカは急ぎ走りだした。




 映画が終わって、ユウリとスズカは近くの喫茶店に入っていた。


 スズカはコーヒーを一口飲むと、目の前に座るユウリへ問いかける。


「面白かった?」


「うん……」


「面白くなかった?」


「いや、なんだか緊張して、内容が頭に入ってこなかった」


「ふふ、そうなんだ。じゃ、今度また見に来ましょう?」


「え……あぁ、うん。そうだな」


「それとも、あのラブレターに書いてあった公園へピクニックに行きましょうか?」


「ラブレターのことは忘れてほしい」


「私の記憶力はそれなりに良くて、一字一句覚えてしまっているわ」


「そうか……」


「なんなら、ここで何も見ないで音読してみましょうか? 『拝啓久野宮 涼花さん。突然のお手紙ごめんなさい……』」


「やめてくれ!」


「そう? まだ私がちゃんと暗記しているか確かめられないんじゃない?」


「十分だから」


「そうかしら? 今度どこの公園へピクニックしに行くか決めましょうか?」


「そうだね」


 ユウリとスズカはしばらく雑談した後で喫茶店を出るのだった。




 ユウリとスズカの二人は喫茶店を後にして、スズカの自宅へ向かって歩いていた。


「ふふ、送ってくれるのは嬉しいんだけど、大丈夫かしら?」


「ん? 何が?」


「いや、可愛い貴方が夜道を歩くのは危ない感じがするわね。悪い人に付いて行ったりしちゃだめよ?」


「可愛いって……やめて」


「可愛いって言われるのは嫌?」


「うん。いつまでも小学生や中学生に間違えられる。俺はもっと男らしくなりたい」


「そう? けど私は今の貴方が好きよ?」


「うわ」


「顔が真っ赤」


「み、みるな」


「ちゃんと目に焼き付けておくわ」


「はぁークノミヤさんには敵わない感じがあるな」


「ふふ。そうかしら? あ、それで私のことはスズカって呼んで? 私もユウリ君と呼ばせてもらうから」


「そ、そうだよな」


「呼んでくれないの?」


「うあ……スズカさん」


「ふふ、ユウリ君よろしくね」


「ハズイわー」


「何を恥ずかしがっているの? 私達付き合っているのでしょ?」


「……そうなんだが。恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよ」


「そう?」


「そうなの。あと、まだクノ……スズカさんと付き合ったことが信じられないからかな? 起きたら夢だったと言うオチになるかもってひそかに思っているんだ」


「むう、それは困るわね。じゃ、明日、私が家まで迎えに行ってあげるわ」


「え?」


「ふふ、また明日。ここが私の家なの。送ってくれてありがとう」


「あぁ……また明日」


 スズカがユウリの前に出て、振り返ると微笑んだ。ユウリはそのスズカの微笑みを目にしてビクンと体を震わせた。しばらく見つめ合っていた二人であったが、我に返ったユウリが赤面して俯いた。


 それからたどたどしくユウリは別れの挨拶を再び口にすると、帰路につく。


 こうしてユウリとスズカの初下校デートは終わるのだった。



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