第9話 『ジュ・トゥ・ヴ』は弾み続けた

 為男は再び狂った。



 次の佳乃は小さな金属製のオルゴールだった。


 整理できないままに残されていた佳乃の化粧道具入れの隅に忘れ去られたかのように置かれていて、ゆっくりと持ち手を回すと心細い金属製の『さくら さくら』の旋律が部屋の中に流れた。季節はすでに新緑の頃となっていたが、為男はその旋律に夜桜が散っていく姿を想像した。


 なぜ佳乃が化粧道具に紛れていたのかはよくわからなかった。

 何か思い入れがある品だったのかもしれない。

いくら考えても問いかけても佳乃はその答えを教えてくれないので、為男はそれ以上考えるのをやめて、ホームセンターで買ってきた金槌を使い、佳乃を平たい粉々の金属片になるまで叩き潰し続けた。



 次はぬいぐるみだった。


 かわいげにデフォルメされた熊の形をした佳乃。

 相当昔から持っていたはずだ。彼女が高校生の頃にそのぬいぐるみを買ったという話を聞いた覚えがあった。まだ付き合い立ての頃に初めて彼女の部屋に行ったときにも枕元に飾ってあったからよく覚えていた。

 初めて佳乃の部屋に行って、そういうことになるかも、と期待と緊張をしていたのに、そういうことにはならなくて……がっかりしながら安心したことを思い出し、為男は懐かしい気持ちを味わいながら、これも佳乃の持ち物であった大きな裁ち鋏で、プラスチックの瞳を虚ろに虚空にさ迷わせている佳乃を、細かく細かく、切り裂いた。



 この頃にはさすがに喜多瀬川も異変に気がついたらしく、生まれ変わりを告げる声にやや暗く重いものが混じっていた。



――立て続けに、佳乃さんばかりがそういうことになってしまうだなんて・・・・・・なんだか妙なことが起きるものですね。



 そう言われて、為男は素直に自分の思惑を口に出せなかった。


 これは自分でも意外に思った。

 いくら狂ったといえども、若干の罪悪感はやはり為男の胸のうちにあるようだった。

 その人間らしい自分の反応に、為男はどこか救われた思いを抱いた。



「す、少し、夜中に、寝相が悪くて暴れてしまうことがあるみたいで・・・・・・あの、あと、お酒を飲んでいたり・・・・・・僕の不注意ですね・・・・・・すいません」



 そうしおらしく言うと、うまい具合に罪悪感が声を迫真のものにして、喜多瀬川も若干の無理がある説明にも関わらず納得してくれたようだった。


 いやもしかすると彼女はその特殊な技能の一つで為男の行為に気がついてるのかも知れなかった。

 しかし少なくともそれを為男には問いたださず、次の生まれ変わりを告げてくれた。




 次は食器だった。


 どこにでも売っているような、白い無地のスープボウル。

 確かにそれは二人が一緒に暮らす前から佳乃が持っていた食器ではあったけど、しかしそこにどんな思い入れがあるのかはわからなかった。もしかすると、昔の恋人と買ったりしたものかもしれなかったし、誰かからプレゼントされたものかもしれなかった。

 真実がわからない以上どれだけ考えても妄想でしかないのだが、しかしその勝手な妄想が嫉妬の炎を燃やし、ムラムラと真偽もわからないままに炙られた為男は、思いきり佳乃を床に叩きつけることができた。




 その次はまた別の本、



 その次に麻のワンピース、


 次は毛布、


 スケッチブック、


 手帳、


 バッグ、


 また本、

 CD、

 万年筆、

 カーディガン、

 腕時計、

 またCD、

 コルクボード、

 スカート、

 だて眼鏡・・・・・・。

 



 為男は壊し続けた。



 喜多瀬川は生まれ変わりを告げ続けた。



 星は流れ続け、『ジュ・トゥ・ヴ』は弾み続けた。



 佳乃はそれでもまた次のものへ次のものへと体を変え、そして変える度に為男はそれを殺した。

 

 佳乃は悲鳴の一つもあげてくれなかった。


 血の一滴も流さず、抵抗もせず、死に続けた。


 為男は殺し続けた。

 

 殺す度に、殺しながら、為男は心のどこかでこれが最後になってくれと祈る。


 次は、次こそは人間に。

 いや人間じゃなくてもいい、意思の疎通が図れるような生き物に。

 例え虫でもいいから、なにかに生まれ変わってくれと祈り、そうすればこんなことをやめられると夢想する。


 しかし『ジュ・トゥ・ヴ』と共に告げられる生まれ変わりが、布や紙や木や金属やプラスティックで出来た物言わぬ佳乃であることを確認すると、いつも通り迷わずそれを殺しにいく。


 その矛盾に、すでに為男は慣れきってしまっていた。

 佳乃を殺すことに、ためらいも疑問も感じない。そういう風に変わってしまった。


 佳乃だけが変わらなかった。

 姿かたちは変わり続けてはいたけれど、何も言わず、抵抗もせず、ただ死んでいくということだけは変わることがなかった。


 為男のなすがままになって、死に続けた。

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