第5話 痛ければいいのに
佳乃の、二度目の、死は、初夏へと向かう季節のせいだった。
実際のところは為男の不注意も原因ではあったが、為男にはそれを認めることはできなかった。だから初夏のせいだった。
佳乃は粉々に割れ、その体の破片をつなぐように水が床に薄く広がり、活けていたハルジョオンがその中心でまだ凛としたまま横たわっていた。
すぐそこで、カーテンがはためいていた。窓は網戸だけを閉めて、風通しをよくするため開け放していた。前の晩は少し暑いと感じるほどだったのでそうしていたのだった。
ダイニングテーブルの端、景色を楽しめるようにと窓に近いところへ置いたのがいけなかった。
佳乃は強風によってかそれとも風にあおられて倒れたサイクロン式掃除機の持ち手によってか、倒され、床へと落下したようだった。
為男は惨劇の後をただ呆然と見ていた。
何時間そうしていたのかわからなかった。
佳乃の肉体だったガラスがただの無機質な物体に成れ果てて、夕暮れの赤い光を透かしていた。
為男は静かにその中で一番赤く光る破片を拾い上げた。
冷たかった。
硬かった。
水で少し濡れていたので、よく持つためにそれを部屋着の腹の部分で拭いた。
握ると、指から血が出たが、構わずにさらに強く握った。
痛くはなかった。
痛ければいいのに、と思った。
為男はその一番鋭く、薄く、危うく煌めいた部分を自分の首へとあてがった。
そうするしかないと思った。
自分の眠るすぐそばで佳乃が死んだ。
自分は気がつかずにのうのうと寝ていた。
その事に耐えられなかった。
すでにただのガラスの散乱となってしまった光景に、落ちた花と広がった水だけが、佳乃の生きていた証のように見えた。弔いの花と佳乃の体液だ。
自分の死体と血もそこに加われると思うと怖くはなかった。
首にあてがったガラス片を思いきり引こうとしたその時だった。
きらり、とスマートフォンから星が流れた。
そのまま軽やかな三拍子が続く。
『ジュ・トゥ・ヴ』だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます