第2話 佳乃が死んだ
一年前、佳乃が死んだ。
死ぬことは為男にもわかっていた。佳乃もそれを知っていた。
診断が下った時点で、どう隠そうとしたところで彼女が真実を知りたがるだろうということ、そして彼女の性格上知りたいことはなんとしても知るだろうということはわかりきっていたので、為男は隠さずに余命を伝えようと医師と話し合ってはいた。
それでも、為男自身が佳乃にそれを言うことだけはできなかった。
そんな勇気が為男にあるわけがなかった。
奥様は、残念ながら来年のこの時期までもつかどうかわかりません。
情けなくうつむく為男の横でその言葉を聞いた佳乃は笑っていた。
朗らかに、いつも通りに。
じゃあー、これから忙しくなるねえ。
強がりではなかった。本当に強いのだ。
そういう人だった。佳乃のそういうところが為男は好きだった。
医者の言葉通り、佳乃はそれから一年経たずに死んだ。
佳乃の言葉通り、ばたばたと忙しく準備をしている内に逝ってしまった。
最期は苦しんだはずだが、為男にはその記憶があいまいにしかなかった。
変わり果てていく佳乃の姿をみるのも、苦しむ声を聞くのも、為男の小さな心臓には耐えられなかったのだ。ましてやそれを記憶し続けるだなんて、それこそ死んでしまいそうなほどの恐怖だった。
為男は、だから、佳乃の死をよく覚えていない。佳乃の苦しみも、変貌も、ぼんやりとしか思い出せない。
為男の記憶の中の佳乃はいつも笑っている。余命を宣告されたときのように朗らかに、強く、笑っている。
笑っている佳乃のことだけは、はっきりと思い出せた。
佳乃が死に、
葬式も済み、
会社からはしばらくの休みをもらい、
少しだけ泣き、
看病も何もなくなった生活に徐々に慣れ、
心配していた家族も実家へと引き上げ、
会社にも復帰し、
気を遣われながらも仕事をして、
何か月かが経ち、
ある日いつものように一人暗い部屋に帰って、さあ自分も死のうかと自然にそう思った矢先のことだった。
まるでその小さな決意を合図にしたかのようなタイミングで、テーブルの上に放り出したスマートフォンから初めてきらりと星が流れた。
そして始まる『ジュ・トゥ・ヴ』
自殺の行く手を、軽快な三拍子が横切った。
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