第47話 やっと入れた迷宮へ
翌朝も空は盛大に大泣きだった。
駅に行って情報収集してみると、この辺りは一度雨が降り出すとなかなか回復しないそうで、テントに戻った私は小さくため息を吐いた。
「うん、どうだった?」
見張りの休憩時間だったアリスが、心配そうに聞いてきた。
「一度降り出すと、なかなか止まないんだって。こりゃ、装備の点検日だね」
私は笑みを浮かべ、空間ポケットから様々な冒険セットを取り出した。
「えっと……」
じっくり丁寧に点検していると、ハウンドドッグが珍しそうにみにきた。
「これが冒険の装備? 格好いい!!」
「まあ、このくらいないとね。それでも、ダメな場合があるんだよ」
私は笑った。
「一個欲しい!!」
「……どれを?」
私は苦笑した。
「ハウンドドッグ、無茶をいわないことです。カラビナ一つでも重要なのですから」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべ、ハウンドドッグを回収していった。
「さて、ザイルやカラビナは問題ないね。ロープ類も問題なし。カンテラの調子が悪いけど、これは明かりの魔法で代用できるね。あとは……」
私は床に広げたそれぞれの道具を、じっくり点検していった。
その間、ミス・パンプキンとハウンドドッグはそれぞれ自分の拳銃を点検し、リナとララは剣の点検、臨戦態勢で待機しているのは、シノとアリス。ビスコッティは見張り、メリダは遅めの朝食を作っていた。
「そういえば、ビスコッティを焦らせたかな。ユイの分までチケットを押さえちゃったね。今は出てこないし、出てきても風の精霊だから席はいらないのに」
私は笑った。
「ユイって誰。美味しい?」
ハウンドドッグが目を輝かせた。
「い、いや、精霊だから食べられないと思うよ」
私が苦笑すると、ミス・パンプキンがハウンドドッグにゲンコツを落とした。
「意味不明な冗談をいっていないで、真面目に点検しなさい。あっ、パステルさん。ライフルもあった方がいいですか?」
ミス・パンプキンに聞かれて、私は頷いた。
「持っている武器は、全てチェックした方がいいです。本当に、なにが出てくるか分からないので」
「分かりました。ハウンドドッグも聞きましたね。チェックをはじめましょう」
「おいおい、ミス・パンプキン。手の内を晒す事になるぞ。いいのか?」
アリスが慌てて声を上げた。
「その覚悟の上の同行です。ここでなら、問題はありません」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「そうか、思い切った事をするなと思っただけだ。他意はない」
アリスが息を吐いた。
「さて、数が多いので大変です」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが、空間ポケットから次々に武器を取り出し、床に並べはじめた。
「凄い数だね。見たことないのもあるし……」
「暗殺といっても、地味だったり派手だったり色々あります。アリスやビスコッティは静かな方を得意としていますが、私やハウンドドッグはどちらも得意ですよ」
ミス・パンプキンが笑った。
「おいおい、それはないだろ。派手なのが少ないのは、ビスコッティが嫌うからだ。私が派手好きなのは知ってるだろ?」
アリスが笑った。
「もちろん知っています。あなたは某国で派手に暴れすぎて、指名手配されて逃げてきた身ですからね」
「ば、バカ、それを明かすな!!」
慌てたアリスをみて、私は笑った。
「そのくらい調べてあるよ。で、行き場所がなくて私の家に居候していたんでしょ。ビスコッティが教えてくれた」
「あのバカ……。よく平気だったな」
「だって、敵意は感じなかったもん。なら、問題なし!!」
私は笑った。
「おまえなぁ、少しは危機意識を持った方がいいぞ。迷宮に入るとアンテナ全開なのに、外じゃこれだからな」
アリスが苦笑した。
「いいじゃん。さて、武器には触れないよ。それが常識だから。終わったら朝ごはんにしよう。メリダ、時間調整よろしく」
「はい、もうやっています。あとは、タマゴを焼くだけです」
メリダが笑みを浮かべた。
メリダの朝食が終わっても、雨の具合は変わらなかった。
迷宮の偵察にいこうにも、時々爆音が聞こえたりするので、危険で近寄れなかった。
「まあ、いくなら夜だな。昼間は素人が適当に仕掛けた爆薬を使って爆破を試みているから、かなり危険だ」
これが、アリスの見解だった。
「はぁ、まさかこれで足止めだと思わなかったよ。しっかし、多いね。よくこれだけ集まったもんだ」
私は苦笑した。
小型テントエリアだけでも、二百はあるだろう。
大型テントエリアはそこそこ空いているが、それでも五十張りはあり、決して少ないわけではなかった。
「この迷宮は、今や全世界の冒険者が知っています。これからもっと増えるでしょうね」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた時、ビスコッティが外から帰ってきた。
「ふぅ、交代ですよ」
「うん、分かった」
ビスコッティとアリスが入れ替わり、すかさずメリダがビスコッティの分の朝食を手渡した。
「ありがとうございます。外は雪でも降りそうな気温ですよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
昨日、スコーンが撒いた保温の虹色に光らないボールのおかげでかなり楽だろうが、それでも寒いものは寒いだろう。
「お疲れ、どうだった?」
「はい、今のところ特におかしなところはないですね。相変わらず、爆薬をオモチャみたいに扱ってお祭り騒ぎをしているようですが、ここまで被害が及ぶ事はなさそうです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「爆薬ねぇ。アリスくらいの知識が欲しいね」
私は苦笑した。
「爆薬って、魔法使いはいないのかな。攻撃魔法なら、威力の調整が簡単なんだけど……」
スコーンが笑みを浮かべた。
「うちは例外だよ。普通はパーティに魔法使いが一人いれば、もう十分って感じなんだよ」
私は笑った。
「そっか、うちは逆に魔法使いの方が多い感じだもんね。だから、居心地がいいんだよ」
スコーンが笑った。
「まあ、その代わり私たちの出番がないけどね!!」
リナとララが笑った。
「そのうちあるよ。そういう意味では、アリスだって似たようなものだし」
私は小さく笑った。
「まあ、出なくていいなら楽でいいけどね。さて、剣でも磨くか」
リナがララの隣に座り、自分の剣手入れをはじめ、ビスコッティは雨で濡れたアサルトライフルの手入れをはじめた。
「さてと、私は少し寝るかな。少し寝不足なんだよね」
私は自分の寝袋に潜り、そっとを目閉じた。
ふと目を覚ますと、もう時刻は昼前になっていた。
「いけね、寝過ぎた……」
私は苦笑した。
ちょうどアリスとミス・パンプキンが交代するところで、出入り口で引き継ぎをやっていた。
「以上だ。問題ない」
「分かりました。では……」
ミス・パンプキンがアサルトライフルを肩に提げてテントを出ていき、出入り口にある乾燥虹色ボールで体を乾かして入ってきた。
「うん、かなり冷えてるぞ。メリダ、全員分のスープを作っておいた方がいいかもしれん」
「はい、分かりました。豚汁でも用意します」
いわれてみれば、床に敷いてある銀マットから冷気が上がっている気がした。
こればかりは虹色ボールでは防げないので、私は一枚多く着込んだ。
ついでに温度計をみると、テント内は二十五度で外気温は二度になっていた。
「こりゃ冷えてるね。二度じゃ雪が降ってもおかしくないよ」
私は苦笑した。
「うん、温かボールがあって助かった。あれがなかったら、ちょっとしんどかったかもな」
アリスが笑った。
「そっか、役だってよかったよ。光らないのが残念だけど」
スコーンが笑った。
「うん、光ったら目立ってしまうからな。ところで、暇な時メリダはこっちにきているのか。いくらタープとビニールシートに守られているとはいえ、寒いだろう」
アリスが心配そうな顔をした。
「あっ、そこは大丈夫。調理が終わったら、入るようにいってあるから。二十四時間立ちっぱなしなんていえないからね」
私は笑みを浮かべた。
「ならいいが……。よし、銃の手入れをしよう」
アリスは濡れたアサルトライフルの手入れをはじめた。
降り止まぬ雨の中、こんな調子で午後の時間は過ぎていった。
時は過ぎて夕刻になった頃、
雨がようやく少し収まり、このままではいつまで経っても迷宮に近づけないので、私とスコーンで偵察に出る事にした。
外は暗くなり、大混乱を避けるために戦闘服の迷彩を作動させて姿を消し、どうしても燐光が漏れてしまうが、気をつけてみないと分からない程度にしてもらった浮遊の魔法で、フヨフヨと迷宮に近づいていった。
小型テントエリアの上空を通り過ぎると、迷宮の壁を巨大なハンマーで叩いたり、性懲りもなく爆破しようと頑張っている人たちが群れていて、とても近寄れる状態ではなかった。
「これはダメだね」
スコーンの声が聞こえた。
「……迷宮の屋上に近づいて」
なにか思い当たる事があり、私はスコーンにお願いした。
「分かった。なにがあるの?」
「こういうパターンを知ってるだけ。滅多にないんだけどね」
私は笑みを浮かべた。
スコーンのコントロールで屋上に近づき、暗視機能付きの双眼鏡で見ると、そこには迷宮への入り口と考えられる、突起物のようなものがあった。
「やっぱり、トップダウン式の迷宮だ」
私は小さく呟いた。
一般的な迷宮は、地上から地下に向けて進んでいくノーマルタイプか、逆に上空を目指すボトムアップの形状だが、昔は地上部分だった場所だった出入り口が、長年の地殻変動か浸蝕によって、迷宮深層部が地上に現れてしまう事がある。
つまり、下で大騒ぎしているのは迷宮の奥深くを破壊しようとしているかも知れず、そう簡単には崩れないだろう。
「あるいは、最初からそう作られたから……か」
これもあり得る話しなのだが、盗掘などを避けるだめ、わざと迷宮露出部の上に出入り口を作る場合がある。
まあ、いずれにしても、迷宮の上部に出入り口がある事が分かっただけでも、十分な収穫だった。
「スコーン、私を下ろして。迷宮の入り口がみえたのなら、みんなで移動しないと。ビスコッティとリナを合わせて、そっと移動してね。私は罠チェックやってるから」
「分かった、気をつけて」
スコーンが私を迷宮の屋上に下ろし、再び離れていくのがみえた。
なにもコソコソする事はないのだが、下の大混乱を見る限り、ここに他のパーティを近づけないほうがいい。そういう判断だった。
私は屋上の罠チェックをはじめた。
調子の悪いカンテラだったがなんとか点灯し、私は丹念に罠チェックをはじめた。
「魔法の明かりじゃ目立つからね。こういう時便利だから捨てられないんだよね……」
呟きながら罠チェックをしたが、さして広くない屋上に罠はないようだった。
「一応、扉もチェックしておこう」
私は迷宮内に続く扉を確認し、罠などがない事を確認した。
「よし、こんなもんか。あとは、みんながくるのを待つだけだね」
私は笑みを浮かべた。
浮遊の魔法が使える三人が全員を迷宮屋上に連れてきてくれた時、雨はすっかり上がっていたが、かなり気温は低かった。
「あちらのテントは、結界できっちりガードしておきましたよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ありがとう、いつも通りだね。ミス・パンプキンとハウンドドッグ、初迷宮にようこそ」
私は小さく笑い、カンテラの明かりを頼りに扉の鍵を開けた。
中から生暖かい風が吹き出したが、特に危険なガスなどは発生していないようだった。
「みんな下がって待っててね。出入り口が危ない……」
私はビスコッティの声かけで、みんなが数歩下がったところで、罠チェックをはじめた。
「……うん、ないね。みんな、大丈夫だよ」
私は紙を挟んだクリップボードを片手に、迷宮内に踏み込んだ。
隊列はこうだ。アリスとリナ、ララが前衛で、後衛にスコーン、シノが付いて、メリダとビスコッティが最後尾だが、ここに未経験のミス・パンプキンとハウンドドッグに付いてもらった。
「さて、いくか!!」
私はみんなより数歩先を、マッピングしながら歩きはじめた。
今日はさほど奥まで進む気はない。すでに夜だし軽く迷宮の様子を確認して、テントを張るつもりだ。
「あの、パステルさん。そんなに前方を歩くと危険では?」
ミス・パンプキンが声をかけてきた。
「これが私の役割なんです。マッピングしながら、罠チェックと解除。みんなを巻き込むと最悪全滅なので、みんなより数歩先を歩くんです」
私は小さく笑った。
「そんな。危ない」
ハウンドドッグがこちらに向こうとしたところを、ミス・パンプキンが抑えた。
「迷宮には迷宮のルールがあるのでしょう。パステルさん、くれぐれも用心して下さいね」
ミス・パンプキンの声が聞こえ、私は頷いて答えた。
しばらく周ってみて第一階層は罠もなく、魔物の気配も感じなかった。
「これは、トップダウン式の迷宮だね。この階層は安全だから、一度テントを張って落ち着こう」
次の階層に向かっていく下り階段から少し離れた場所に、私たちはみんなで協力して予備テントを張って、スコーンが中に虹色ボールをばら撒いた。
ビスコッティがアラームの結界を張り、私たちはテントに入った。
「どう、初めての迷宮は?」
私は緊張が見て取れるミス・パンプキンとハウンドドッグに声をかけた。
「はい、仕事とは違う緊張感で刺激的ですね」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「パステルが危ない事をしてる。ダメ!!」
ハウンドドッグが頬を膨らませた。
「それが役割なんだよ。今は後方だけど、慣れてきたらスコーンと同じ列になってもらうかもしれないよ。魔物が出たら私は引っ込むから、その時はよろしくね」
私は笑った。
「うん、パステルがあの場所で仕事してくれないと、私たちは進めないんだ。ハウンドドッグの気持ちは分かるが、あまり困らせるな」
アリスが笑みを浮かべた。
「だったらいいけど、敵が出たら始末するから大丈夫!!」
ハウンドドッグが笑った。
「さて、メリダ。料理お願いね。まだ夕食を食べてないから!!」
「はい、分かりました。魚料理にしますね」
メリダが笑みを浮かべ、私は久々の迷宮に満足しつつあったのだった。
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