第45話 迷宮に到着

 ファン王立航空会社は、機内食の美味さに定評があった。

 もちろん、エコノミーはエコノミーなりの夕食ではあったが、それでも十分美味しくて、ビスコッティは有料のお酒を飲みはじめた。

 出発して二時間。まだまだ先は長かった。

 目の前のモニターで映画をみていると、眠くなった様子で隣のスコーンが寄りかかってきた。

「寝るにはまだ早いんだけどな。まあ、いいか」

 私が笑みを浮かべた時、二人で同時におならが出た。

「ちょ、ちょっと、スコーン!!」

 ……私は全てスコーンのせいにした。

 しかし、周りの人はそんなの気にする様子もなく、新聞を読んだり画面を弄ったりしていた。

「な、なんだ……」

 私はホッとした。

「……いちいち反応するのは子供くらいだよ。問題ないから」

 スコーンが呟き、腕を引っ張った。

 そして、通路を挟んで隣のビスコッティが、酒瓶の蓋を開けるタイミングに合わせて、私のお腹を強く押した。

 機内にシュポッと変な音が響き、ビスコッティが不思議そうに酒瓶のラベルを見直した。

「スパークリングはないはずですが……まあ、いいでしょう」

 私が赤面している私には気づかないかった様子のビスコッティが、美味しそうに酒を飲みはじめた。

「スコーン!!」

「ん、お返し。寝る!!」

 元気に声を上げ、スコーンは目を閉じてしまった。

「ったく、シュポッってなによ」

 私は苦笑した。


 気流の具合がよろしくないということで、三時間遅れでファン王国国際空港に到着した私たちは、次の乗り換えに困ってしまった。

 本来乗る予定だった便はとっくに出てしまい、並みいる冒険者たちで次発便から最終便まで満席だった。

「困りましたね。こうなると、鉄道しかありませんが、予約が取れるかどうか……」

 ビスコッティがたくさんボタンがある機械を取りだし、それに無線機をケーブルで接続すると、ベンチに座ってカタカタはじめた。

「……ダメですね。急行列車も満席です。夜行の特急も二人しか確保できません」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「だったら、普通列車でいいじゃん。たまには、冒険者らしく」

 私は笑った。

「普通列車ですか。途中乗り換え三回で六時間は掛かりますよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「いいじゃん、冒険っぽくて。問題は混雑具合だけど、どんなもんだろ?」

「そうですね……。では、指定席がある特別快速にしましょう。こちらは空きに余裕がありますし、乗り換えなしで目的地に到着できます」

「じゃあ、それにしよう。特急のキャンセル待ちに並ぶより、よほどマシだしね」

 私は笑った。

「では、手配しておきます。ここから駅までは直通バスで一時間くらいですよ」

「じゃあ、急ごう。迷宮が待ってるよ!!」

 私は笑みを浮かべた。


 連絡バスで無事に駅に着いた私たちは、ビスコッティが手配してくれていた切符を受け取り、改札を抜けてホームに移動した。

 特別快速列車といっても、普通列車の車両に指定席と自由席の区別を付けて、数駅通過するだけだった。

 そんなわけで、掛かる時間は普通列車と大差なく、せいぜい三十分程度早くなるだけだった。

「列車はもう来てるね。さっそく乗ろう」

 ホームに駐まっていた年季の入った車両に乗り込むと、指定された座席に座った。

 座席は二人乗りの座席を対向させて置いたボックス席で、私たち十一人が座るとなかなか壮観だった。

 席割りは単純で私とスコーンが並んで座り、向かい側にはミス・パンプキンとハウンドドッグ、その前にシノとメリダがとリナとララ、ビスコッティとアリスは贅沢な事に、四人掛けのボックスシートを二人で占領した。

 隣のホームから特急列車が発車していき、しばらくするとホームの発車ベルが鳴った。「さて、出発だね。どんな迷宮やら」

 私は笑みを浮かべた。

 ファン中央駅を発車した列車は、ゆっくりガタガタ揺れながら加速していき、早々にみえてきた次の小さな駅を通過した。

 エアコンは効いているが、ファン王国はまだ暖かく、窓を開けるとちょうどいい感じだった。

 今のところ特に問題はなく、目の前のミス・パンプキンとハウンドドッグがどちらが顔を広く伸ばせるかと、引っ張りあって遊んでいる側で、私はスコーンから一つ魔法を教わっていた。

「うん、いい出来だと思うよ。強度もバッチリ!!」

 スコーンが笑った。

 教わっていた魔法は、いわゆる魔法のロープで、迷宮によっては何本あっても足らないいロープの代用で欲しくなったのだ。

「よし、一つ魔法ができた」

 私は笑みを浮かべた。

「うん、いいことだよ。屋外なら、浮遊の魔法も教えるんだけど、ここは客車の中だからね」

 スコーンが笑った。

 指定席車は三両ありほぼ満席状態ではあったが、四両ある自由席車両の混雑に比べれば数段マシだった。

「浮遊ね……怖いな」

「最初はみんなそうだよ。十五センチくらいからはじめて制御方法を覚えながら、一メートルくらいまで上がる頃には、自分のものになっているはずだよ!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そっか、教えてね」

 私は笑みを浮かべた。

 列車はゆっくり進み、最初の停車駅に到着した。

 この駅では駅弁を売っているらしく、売り子が威勢のいい声を上げていた。

「なんか買う!!」

 スコーンが窓を全開にして近くの売り子を呼び、なにやら注文をはじめた。

「ミス・パンプキンとハウンドドッグの分も合わせて、フランクフルト弁当四つ!!」

「あいよ、千六百クローネね!!」

 スコーンはお金を支払うと弁当四つを受け取り、それぞれに配った。

「……フランクフルト弁当?」

 私は弁当の蓋を開けると、中に二つに切ったフランクフルトが容器に収められ、あとはご飯とおかず、漬物が入っていた。

「ま、まあ、いいか。いただきます」

 私が弁当を食べはじめた時、隣の本線を特急列車が通過していった。

「特急じゃ味わえない味だね。楽しみだな」

 私は笑みを浮かべた。


 その後、停車駅ごとにスコーンが駅弁を買うので、ちょっと待ったコールを出したあと、私はスコーンが買い溜めた駅弁を片っ端から食べはじめた。

「あっ、この駅には駅弁がないみたいだね。今のうちに食べよう!!」

 スコーンが溜まった駅弁を食べはじめ、ミス・パンプキンとハウンドドッグも美味しそうに食べはじめた。

「この牛のしぐれ煮美味しい。高いだけの事はあったね」

「うん、美味しい!!」

 スコーンが笑った。

「はい、美味しいです。久々ですよ。ハウンドドッグは初体験でしょう」

 ミス・パンプキンが笑った。

 その後は黙々と弁当を食べ続け、こりゃ夕飯はいらないなと苦笑した時、また隣の本線を特急列車が通過していった。

 時刻は夕闇。到着するのは夜の予定だった。

 列車が動き出し、鉄路はいよいよ山間部に差しか掛かった。

「もうすぐだね。問題は、テントを張る場所が空いてるかだね」

 私は笑った。

 私のテントは十人用の大型テントなので、設営可能な場所探しに苦労する事になる。

 十人用といっても、実際は十二人くらいは入れるので、これが大変だった。

「さて、みんなの様子でも見てこようかな」

 私は席を立ち、みんなの様子を確認して回った。

 長旅なのでほとんど寝ていたが、ビスコッティとアリスの席にきてギョッとした。

 いつも警戒態勢のアリスが爆睡し、ビスコッティが油性ペンで顔に落書きしていのだ。

「静かに」

 思わず声を上げそうになった私を、ビスコッティが手で制した。

「ここまで無防備なアリスは珍しいです。このペンは消えろと念じるときれいに消えますので、安心して下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 その時、私はシュポンという変な音のおならをしてしまったが、アリスは全く反応しなかった。

「ま、まあ、程々にね。列車をぶっ壊されたら困るから」

 私は苦笑した。

「……うーん、師匠ビシバシしますよ。むにゃむにゃ」

 アリスが器用に寝返りをうち、どっかで聞いた寝言を呟いた。

「どんな夢を見ているのでしょうか。こちらは大丈夫ですので、自分の席に戻ってください」

 ビスコッティの笑みに頷き、私は自分の席に戻った。

「まあ、みんな元気だね。なら、いいや」

 私は笑みを浮かべた。


 迷宮の最寄り駅は、コルシカといった。

 すっかり夜になっていたが、私たちを含めてほとんどの乗客がここで降りてしまった。

「よし、いくよ」

 私はみんなに声をかけ、客車からホームに降りた。

 駅の外では無数の明かりの光球が浮かび、ずらっと並んだテント群は怖いほどだった。

「想像以上に凄いね。まあ、いってみよう」

 私は苦笑した。

 駅の改札で切符を渡して外に出ると、テントなど張る場所はなかった。

「こりゃまいったね……ん?」

 どうやらどこぞの冒険者が区画を分けていたようで、小型テントと大型テントの区画を示す杭が立っていた。

「こりゃ気が利くね。さっそく、大型テント用の区画に行こう」

 私たちは、大型テント用の区画に向かって歩きはじめた。

 程なく大型テントが並んでいるのがみえ、こちらもそれなりに混んでいたが、テントを張るには十分なスペースがった。

「よし、ここにしよう」

 なにかと落ち着かない区画の入り口からなるべく離れ、光量を弱くした明かりの光球のしたでテントを設営し、雨が降っても大丈夫なように、テントの入り口からタープを張って、そこからビニールシートを垂らし、外からはなるべくみえないようにして、メリダが屋外コンロを設置した。

「今日はお弁当でお腹がいっぱいでしょう。明日の朝食から作ります」

 メリダが笑みを浮かべた。

「ありがとう。さて、テントに入りますか」

 いつも通りスコーンが虹色ボールをテント内にばら撒き、快適になったテント内に入った。

「面白いボールですね。これは、空調用ですか?」

「うん、他にもバリエーションがあるよ!!」

 スコーンが笑った。

「そうですか。衣類洗浄のボールがあるといいですね。なにしろ、仕事が仕事なので返り血を浴びてしまう事があるのです」

 ミス・パンプキンは笑みを浮かべた。

「うん、作ろうと思えば作れるけど、必ず虹色に光っちゃうよ。それでいいなら、すぐ作れるよ!!」

「光ってしまうのは構いません。ぜひ、お願いできませんか?」

「いいよ。ちょっと待ってね!!」

 スコーンは呪文を唱え、まだ起動していない黒いボールを四つ作った。

「ビスコッティとアリスもでしょ?」

 スコーンが笑った。

「はい、ありがとうございます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 スコーンがボールを四人に手渡すと、ミス・パンプキンとハウンドドッグが財布を取り出した。

「タダでもいいんだけど、お金を払ってくれるなら一個いくら?」

 スコーンが笑った。

「これは何回も使えるのですか?」

「うん、何回でも使えるし、うっかり落としても勝手に手元に戻ってくるよ。動けって小声でいえば作動するから!!」

 スコーンが笑った。

「そうですか。少し試させて頂きます。こういう道具は初めてで……。今はちょうど汗のニオイがありますので、『動け』ですね」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグがボールを片手に動けと呟くと、虹色に光り空気を吸い込む音が聞こえた。

「それ、フレグランスって呟くと、香りまで付けられるよ。血のニオイって、汚れを落としただけじゃ消えないでしょ?」

 スコーンが笑った。

 私もしょっちゅう魔物の一撃を食らうが、確かに回復魔法で回復してもらっても、自分の血のニオイは消えない。

 スコーンも一端の冒険者だ。このくらいは常識として知っていて当然だろう。

「あ、あの、香りは……」

 ミス・パンプキンが困った顔をした。

「冗談だよ。消臭って呟くと消臭されるから」

 スコーンが笑った。

「よかったです。では、さっそく……」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグがまだ黒い虹色ボールに囁くと、虹色に輝いたボールから吸排気音が聞こえ、同時にその体を魔法の光りが包んだ。

「これは凄いです。ぜひ、購入させて頂きます」

 ミス・パンプキンが財布を取り出した。

「あれ、洗浄は。全部の機能を確かめてからでいいよ」

 スコ-ンが笑みを浮かべた。

「では、さっそく……このテントは狙われています。殺気の消し方も分からない素人ですが、ビスコッティとアリスも気が付いているでしょ?」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが怖い笑みを浮かべた。

「はい、もちろんです。こういう場で強盗は付きものですからね」

「うん、ちょっと捻ってやろうと思っていたんだが、ミス・パンプキンとハウンドドッグが出るなら、私たちはテントの警備に集中できるな」

 ビスコッティとアリスが、空間ポケットからアサルトライフルを取り出して、笑みを浮かべた。

「では、行ってきます。ハウンドドッグ、出ますよ」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグがテントから出ていくと、私は苦笑した。

「また、大袈裟な。どうせ、三下でしょ?」

「まあ、そうだがな。だが、油断は禁物だ」

 アリスが笑みを浮かべ、ビスコッティと共にテントから出ていった。

 ありがちなのだが、こういった場所ではよく強盗が出没する。

 やっと着いたという隙を狙っての事だが、そんな事は百も承知で普段ならビスコッティとアリスが片付けてしまうのだが、今回はある意味で本職の出番だ。

 まあ、特に問題はないだろう。

 しばらく経つと、わざとだろうが血まみれのミス・パンプキンとハウンドドッグが帰ってきた。

「では、さっそく……」

 二人は虹色ボールを手になにか囁いた。

 すると、魔法の光りが二人を包み、血まみれの服がきれいになり、血液のニオイも完全に消され、ここを出る前と同じ状態になった。

「はい、これで全機能の確認が終わりました。一つ五十万クローネで百万で買い取らせて頂きます」

 ミス・パンプキンはスコーンにお金を支払った。

「さて、みんな寝ようか。いつも通り、ビスコッティとアリスが警備をやってくれるんでしょ?」

「はい、もちろんです。列車の中で寝ていたアリスが先ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、分かった。ゆっくり休むといい」

 アリスが笑って、テントを出ていった。

「そういえば、ミス・パンプキンとハウンドドッグって寝袋ある?」

「はい、屋外で眠る事がありますので。それにしても、このテントは広いですね。快適ですしいいことです」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが自分の寝袋を床に広げ、コロコロと床を転がって場所を空ける虹色ボールを物珍しそうにみていた。

「スコーン、みんなが寝る準備が整ったら、虹色ボールの光量を落としてね」

「分かってるよ。私も寝袋に入らないと!!」

 スコーンが寝袋を広げはじめると、ビスコッティが薬瓶をくれた。

「例のアレ対策です。夜は濃いめにしてあります」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私に薬瓶を渡してくれた。

「ああ、アレか。いつまで続くのやら……」

 私は苦笑して、薬瓶の中身を一気に飲み干した。

「それは、魔力の値が通常に戻るまでででしょう。下手をすると、一生かもしれません」

 ビスコッティの言葉に、私はげんなりした。

「これは面倒だね。はあ……」

 私は小さくため息を吐いた。

「あっ、パステルがしょぼんとしちゃった。こういう時はこれだ!!」

 スコーンが私のお腹を強く押すと、ポシュルルルパン!! という音が聞こえた。

「どう、打ち上げ花火!!」

「うん、ありがと。段々、体が人間じゃなくなってるような」

 私は苦笑して、お返しにスコーンのお腹を強く押した。

「あっ、そこはダメ!!」

 しかし、押してしまったので遅かった。

 スコーンの体が床で派手に高速回転をはじめ、体が宙に浮いた。

「……すげ」

 しばらく回転していたスコーンだったが、文字通りガス欠なのかいきなり床に落ちて、そのまま動かなくなってしまった。

「……ひ、酷いよ。あ、あんまりだよ。変な所押しちゃダメ」

 それだけ言い残し、スコーンはぐったり気を失ってしまった。

「やれやれ……。あとは私が介抱します。二時間もあれば回復するはずなので。パステルは休んでいてください」

 ビスコッティがぐったりしているスコーンを膝に乗せて、頭を撫ではじめた。

 気にはなったが、私の出る幕はなさそうだった。

「そ、それじゃよろしく。ごめんって伝えておいて」

 私は自分の寝袋に収まり、小さくため息を吐いた。

 山の天気は変わりやすい。

 テントを張ってからでよかったが、ぽつぽつと雨が降りはじめた音が聞こえ、大雨にならなければいいなと思ったのだった。

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