第44話 迷宮への旅立ち
翌朝、朝食待ちでリビングでリナと魔法討議を重ねていると、ララが欠伸混じりに階段を下りていた。
「あー眠い……。あれ、いつも早いスコーンさんとビスコッティさんがいませんね」
ララが笑みを浮かべた。
「まだ早いし、寝ているかもね。特にビスコッティは、酒でも飲みすぎたんじゃない」
私は笑った。
「それもそうですね。なにをしていたんですか?」
「うん、魔法の将来についてとスライムを倒すのに、最低でも何キロカロリーの熱量が必要かだよ!!」
リナが笑った。
……よく考えると、魔法討議ではない。
私は苦笑した。
「そうですか。パステルさん、一本勝負しませんか?」
ララが笑った。
「え、遠慮しておく。勝ち目ないから」
私は苦笑した。
「冗談です。スライムは、なぜ剣で叩けないのですか?」
「それはね、粘液の塊だと思って。脳に相当する部分はあるんだけど、斬ろうとしてもするって逃げちゃうんだよ。それに、実際は消化液の塊で剣が痛むから、魔法で燃やしちゃった方が早いっていうのが定説だね」
私は笑った。
「なるほど、斬れないと聞くと斬りたくなりますね。スライムについて、もう少し研究してみます」
「凍結させるとバラバラにできるらしいよ。まあ、だったら最初から焼き払っちゃった方が、魔力の無駄にならないけど」
私は笑った。
「そうですか。バラバラいいですね。剣だけでできないかな」
ララは鼻歌交じりに空間ポケットを開き、別のソファに座って『大魔物辞典』とタイトルが書かれた本を開いて読みはじめた。
「……ララって、本気出すと怖いよ」
リナが笑った。
ちょうどその時、玄関の扉が開いて、傷だらけのミス・パンプキンとハウンドドッグ、アリスとビスコッティが入ってきた。
「ど、どうしたの!?」
「はい、パステルさんに家の構造図を読んで頂いた仕事を終えてきました。思ったよりガードが固かったので苦労するしましたが、無事にターゲットを始末してきましたよ」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「アリスのバカ。トイレ行きたいって変な事いうから囲まれた。バカバカ!!」
ハウンドドッグがアリスの体をポコポコ叩きながら頬を膨らませた。
「うん、生理現象だ。どうにもならん。無事ならいいだろ」
アリスが小さく笑った。
「と、トイレね。余裕ばっちりじゃん」
私は苦笑した。
「まあ、いいでしょう。過ぎた事です。私たちは少し休みますので、朝食ができたら起こして下さい」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑みを浮かべ、自室に戻っていった。
「おい、私たちも……ん、どうした?」
アリスが不思議そうな顔をして、ビスコッティをみた。
そのビスコッティの顔色は真っ青で、手に薬瓶を持っていた。
「マズいです。こんな時間になるとは思わなかったので、師匠に薬を渡していませんでした。急がないと!!」
ビスコッティは薬瓶を片手に階段を上り、スコーンの部屋の扉を開けて飛び込んだ。
しばらくすると、ギャーっと凄まじい悲鳴が聞こえ、後を曳く長いおならと共に、スコーンが階段を転がるように下り、私に抱きつくとそのまま気絶してしまった。
「ああ、師匠。ごめんなさい!!」
ビスコッティが慌てて後を追ってきて、私に抱きついたままのスコーンを離そうとしたが、一向に離す気配がなかった。
「な、なに!?」
「はい、薬と間違えて激辛ハバネロソースを飲ませてしまって。師匠は辛いものが苦手なんです」
ビスコッティが頭を抱えた。
「それは知ってるけど、どうするの。これ?」
私は苦笑した。
結局、スコーンはビスコッティが回復魔法で回復させ、三十分ほどビスコッティ正座でスコーンが説教したあと事件は解決した。
「ったく、ハバネロソースでよかった。変な薬だったら大変だよ」
すっかりしょんぼりしてしまったビスコッティに声をかけて肩を叩き、ソファから立ち上がった時、うっかりおならをしてしまった。
「あっ、ごめん。……ん?」
えっと、一部で変なヤツ呼ばわりされている私でも、自分のおならのニオイをじっくり嗅ぐ趣味はない。
しかし、そのニオイは明らかに腐敗魔力だった。
同時に、全身から腐敗魔力のニオイが漂いはじめ、私は大いに慌てた。
「な、なに、これ!?」
思わず声を上げた時、ビスコッティがすかさず薬瓶を手渡してきた。
「すぐに飲んで下さい」
「わ、分かった」
私はビスコッティがくれた薬瓶の蓋を取り、黄緑色の液薬を飲み干した。
「そのまましばらく座っていて下さい。予期していた事が起きました」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「予期していたって……」
「パステルの魔力が本来の魔力の、数倍高くなっている事を察知していたのです。あとは、師匠と同じです。体内の腐敗魔力をどう排出するか……体臭はすぐに効きますが、ガスはしばらく続くでしょうね。毎日、朝晩薬を渡します」
ビスコッティが笑みを浮かべ、私は大きくため息を吐いた。
「……恥ずかしいね、これ」
「大丈夫、慣れちゃえば平気。一緒にお風呂でおならロケットやって遊ぼう!!」
スコーンが笑顔になった。
「あとでね……。アリスにビスコッティ、寝なくていいの?」
「もうすぐメリダがくるでしょう。朝食を食べてからでいいでしょう」
「うん、お前も大変だな」
ビスコッティとアリスが笑みを浮かべた。
「全くだよ。ニオイはすぐ消えたけど、スコーンと仲間になったよ」
私は苦笑した。
少し遅い時間になって、メリダが食堂からすっ飛んできた。
「ごめんなさい、遅くなりました。団体の予約があって……。昨日の残りで申しわけありませんが、すぐに用意します」
メリダがキッチンに立ち、持ってきた料理を温め直しはじめた。
「……私、食欲ない」
それが腐敗魔力と分かっていても、おならはおならなわけで……止まらぬ嵐に、私は泣きたくなっていた。
「ぱ、パステル。臭くないから元気だして。私なんて、ほら。ぷ~!!」
スコーンが一生懸命フォローしてくれているが、あまり効果はなかった。
「ありがと、なにずっとこれだったの?」
「もっとだよ。ビスコッティの薬を飲むまでは、そのまま腐敗魔力だよ。普通の学校に行けなくて、小さな頃から入れる魔法学校だったんだよ。そこなら、理解してもらえるから」
スコーンが笑った。
「そっか、大変だったね。私のなんか、まだどうって事ないか」
私はソファに身を預け、小さく息を吐いた。
「うん、平気平気!!」
スコーンが笑ったとき、料理の匂いで気が付いたか、ミス・パンプキンとハウンドドッグが階段を下りてきた。
「あっ、大変。パステルが落ちこんでる!!」
ハウンドドッグがすっとんできて、私の前に立った。
「どうしたの、お腹壊しちゃった?」
「違うよ。あのね……」
私より詳しいスコーンが、ハウンドドッグに説明した。
「それ、パステルは悪くない。臭くないし平気。おいで!!」
ハウンドドッグが無理やり私の手を引っ張ってソファから立たせ、スコーンが背中を押して私をダイニングの椅子に押し込んだ。
「動けないように、縛っておく!!」
ハウンドドッグが私を手早く椅子に縛り付けた。
「こ、こら!!」
「拷問したくなった。いい?」
ハウンドドッグが笑った。
「……お好きに」
私はげんなりして答えた。
「ダメですよ。元に戻しなさい」
ミス・パンプキンがハウンドドッグの頭にゲンコツを落とし、ハウンドドッグは素直に私の縄を解いた。
「今日はカボチャの煮付けとカボチャサラダ、豚の生姜焼きにマグロのカルパッチョです統一感がなくてごめんなさい」
エメリアがテーブル配膳をしはじめ、全員が揃ったところで食事がはじまった。
「もう、嫌な事は忘れよう。カボチャの煮付けが美味しい」
私は笑み浮かべ、メリダの料理を食べ終えた。
「ああ、そうでした。パステルさんたちは、迷宮を求めているとビスコティから聞きました。お役に立つか分かりませんが、お隣のファン王国の山間部で迷宮が見つかったそうです。ファン王国は冒険者が多いですからね。すでに冒険者のテント村ができているそうです。なにをしても外壁が壊せず、誰も中に入れないとか……」
ミス・パンプキンの一言で、私の中で眠っていた血が目覚めた。
「あの、それはどういう……」
「これが資料です。外観の写真もつけておきました。どうでしょうか?」
私はミス・パンプキンから渡されたファイルに目を通した。
そこには、迷宮の概要が詳細に書かれていて、キューブ形の地表露出部の写真もあった。
「どこでこの情報を……」
「それは秘密です。私の特技は情報収集だと思ってください」
ミス・パンプキンが笑い、私は財布から十万クローネを出してテーブルに乗せた。
「少ないですが、情報料です。この情報買いました」
「あら、多いですね。この程度なら一万クローネ程度でよかったのですが、お返しするのは失礼なので、ちょうだいしますね」
ミス・パンプキンがお金を鞄にしまった。
「これはいくしかないな。誰も入れない迷宮か。楽しみ!!」
私は笑った。
「あの、これはお願いなのですが、私たちも迷宮に連れていって下さいませんか。なにかの役に立つかもしれませんし、経験は大事です」
ミス・パンプキンが椅子を立って頭を下げた。
「そこまで畏まらなくても……。いいですよ。留守宅はエメリアが見てくれているでしょうし、問題ありません」
私は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。私の方も手を打ちます。この家に警備網を張りますので」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「ほら、ハウンドドッグ。お礼はどうしたのですか?」
「あっ、ごめんなさい。ありがとう!!」
ハウンドドッグが私に抱きついた。
「さて、出発準備しないと。みんな、急いで!!」
私が声をかけると、ビスコッティが全員分の冒険者ライセンスを持って家から出ていこうとした。
「あっ、なにかの記念です。私とハウンドドッグも冒険者ライセンスを取ってきます。やり方は知っているので、ご安心下さい」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが家から出ていった。
「なぁ、コードネームで冒険者ライセンスって作れるのか?」
アリスが私に問いかけてきた。
「うん、できるよ。誰だか分かればいいから」
私は笑った。
「そうか、意外と緩いな。しっかし、ミス・パンプキンとハウンドドッグが迷宮か。想像もできん」
アリスが笑った。
一時間ほど経った頃、ミス・パンプキンとハウンドドッグが冒険者ライセンス片手に戻ってきた。
「これでお仲間ですね。ビスコッティ、お任せします」
「はい、分かりました。これで、全員冒険者料金で飛行機に乗れます」
ビスコッティが笑みを浮かべ、家を出ていった。
「エコノミーになる代わりに、料金半額は美味しいですね」
ミス・パンプキンが笑った。
「飛行機久しぶり。楽しみ!!」
ハウンドドッグが私と手を繋いできた。
「迷宮はお世辞にも快適じゃないぞ。覚悟してね」
私は笑った。
「大丈夫。私は臭いから。迷宮も楽しみ!!」
ハウンドドッグが笑った。
「なにが臭いんだか分からないけど、嫌じゃなければいいや」
私は笑った。
こうして、みんなで準備を進め、私は要確認事項をミス・パンプキンとハウンドドッグに聞いた。
「二人は拳銃が得意なのは分かったけど、他に特技はある?」
「そうですね……。暗殺術は心得ていますが、格闘術には少し自信がありますよ。ちなみに、私の弟子はアリスです」
ミス・パンプキンが笑った。
「あ、アリスに教えたの!?」
「うん、師匠だな。ヘボヘボだった私の腕を揚げてもらった」
アリスが笑った。
「……マジで強いな」
私は引きつった笑みを浮かべてしまった。
「私は銃ならなんでもイケるよ。用意しておく!!」
ハウンドドッグが私の手を離し、空間ポケットからバカスカ銃を取り出して、点検をはじめた。
「そ、そんなにどうするの?」
「うん、仕事用。これくらいないと、話しにならない」
ハウンドドッグが工具を片手に笑顔になった。
「そ、そう……。さて、シノとメリダを呼ぶか」
私は無線機を勝手に、笑みを浮かべた。
アレクの空港からファン王国に飛ぶ直通便はない。
一度、王都のフィン王国国際空港に飛び、そこからファン王国王都、さらに迷宮がある最寄りの空港まで飛び、そこからさらに鉄道で山間部を二時間走るというルートになる。
総移動時間十二時間近く。これは、ヘビーな移動になりそうだった。
ビスコッティが手渡してくれた航空券をみて、私は苦笑した。
遅れて準備をはじめたシノや、トロキさんに食堂を任せたというエリダも揃い、私は久々の迷宮に思いを馳せていた。
「さて、今度は魔物の始末です。ハウンドドッグ、勉強しましょう」
「うん!!」
ミス・パンプキンとハウンドドッグはやる気満々だった。
「うん、まあいつも通りだろ」
アリスが笑った。
「だと思うけどね。入れない迷宮か……その時点でやる気だよ!!」
私は笑った。
「準備できたよ」
シノが例によって空間ポケットから対物ライフルの先端をはみ出せながら、小さく笑みを浮かべた。
「シノさん。それはいけません。銃が見えていますよ」
ミス・パンプキンがすかさず指摘した。
「えっと、私の魔力ではこれ以上大きな空間ポケットが作れないので……」
「それは空間ポケットの研究不足ですね。中は亜空間です。試しに、『入る』と強く念じながら押してみてください。ハウンドドッグも大した魔力ではありませんが、これだけ銃が入ります」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「えっと……」
シノが目を閉じ、はみ出ていた対物ライフルを押すと、中に簡単に収まった。
「えっ!?」
「ほら、簡単なんです。気の持ちようで、いくらでも変化するのが空間ポケットなんです」
驚くシノに、ミス・パンプキンが小さく笑った。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、この程度なら」
それを見ていたスコーンが、驚きの表情を浮かべた。
「そうなの、そうなの!?」
「はい、魔法使いと呼ばれるほど魔力が高い方はそのまま大きな空間ポケットが作れますが、魔力が低い者は一工夫必要なんです。お役に立てたようでなによりです」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「私も準備ができました。マーケットで大量の食材を買い込んだので、当面は大丈夫でしょう」
メリダが笑みを浮かべた。
「よし、それじゃいこうか!!」
私は座っていたソファから立ち上がった。
「あの、パステルさん。交通費は……」
ミス・パンプキンが問いかけてきた。
「このパーティのルールなんです。こういう時は、共有資金から出すという。みなさんはパーティの一員ですからね。このルールを適用します」
私は笑った。
「そうですか……。では、あとで共有資金にいくらか追加します。私たちは出していないですからね」
ミス・パンプキンが笑った。
私たちはフルメンバーで空港への連絡バスに乗り、アレク空港に到着した。
空港内は閑散としていて、エアコンの効きすぎで多少寒かった。
「では、搭乗手続きをしましょう。もう開始していますので」
ビスコッティの声で、私たちはカウンターに行き、乗り継ぎが国際線なのでパスポートを提示した。
搭乗手続きを終えて出発ロビーに入ると、ちょうど搭乗予定のフィン王国航空の飛行機が駐機場で翼を休めていた。
「乗り換え時間にあまり余裕がありません。ファン王国行きの最終便なので」
ビスコッティが航空券を見ながら笑みを浮かべた。
「まあ、乗れればいいよ。搭乗案内はじまってるよ、乗ろう」
私は笑った。
こうして、全員が飛行機に乗り込み、まずはフィン王国王都の空港に向かった。
二時間半のフライトを終え、フィン国際空港に到着すると、ある意味本番の移動であるファン王国行きの最終便に乗るべく空港内を早足で歩き、今度はファン王国行きの最終便に飛び乗った。
いつも通りエコノミーではあったが、この便に使われている機体は全てハイクラスエコノミーという名前で改善されたもので、座席が広く正面には小さな画面もついていて、私は迷わず前方視界をチョイスして眺めた。
やがて離陸の案内が聞こえ、飛行機が動きはじめた。
この便がファン王国に到着するのは、明日の朝九時。ゆったり休める時間だった。
「はい、師匠とパステル。お薬です」
ビスコッティが、通路を跨いで一緒に並んで座っていた私とスコーンに薬瓶を手渡した。
「あ、ああ、例の薬ね。名札が付いてる。こっちがスコーンか」
通路際にいた私は、窓際のスコーンに薬瓶を手渡した。
「ありがとう。これがないとね!!」
スコーンは薬を飲み干した。
私も薬を飲んで空の薬瓶をスコーンから回収して、ビスコッティに手渡した。
こうして、私たちを乗せた飛行機は、一路ファン王国に向けて飛びだったのだった。
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