第39話 退屈そうでそうでもない一日
翌朝、朝早くからビスコッティとスコーンが騒いでいた。
「ビスコッティでしょ。これ!?」
「違います!!」
リビングで騒ぐ二人の足元には、アリスがバタリと倒れていた。
「な、なに、どうしたの?」
私は慌ててアリスを介抱したが、異常に酒臭かった。
「あれ、飲み過ぎ?」
「そうだよ。飲み過ぎだよ。こんな事出来るのは、ビスコッティだけだよ!!」
スコーンが怒鳴った。
「ですから、昨日は飲んでいません。ワインをボトル一本だけです!!」
……ほら、十分飲んでる。
私は苦笑した。
「あれ、ボトルが出てきたよ」
倒れているアリスの体をひっくり返すと『エタノール』とラベルが貼られたボトルが転がり出てきた。
「あ、あれ……」
スコーンが慌てて腰の鞄を探った。
「な、ない、昨日ビスコッティからもらったエタノールがない!!」
「珍しく魔法薬の研究をしたいといったら……。師匠のせいじゃないですか。さて、回復させましょう」
ビスコッティが苦笑して、腰の鞄から魔法薬を取り出した。
「……普通さ。回復させてからじゃないの?」
私は苦笑した。
「いきなり師匠が突っかかってきたので、その暇がなかっただけです。えっと……」
ビスコッティが薬瓶の先端をアリスの口に差しこみ、そっと薬を飲ませた。
「これでいいでしょう。危険を意味する赤色に着色しておいたのが悪かったのか……薄めておいてよかったです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「これ、私のせいだよね。ごめんなさい……」
スコーンが床に座って俯いてしまった。
「いや、これはアリスが悪いよ。ラベルも読まずに飲んじゃったんだから。ビシバシしないと」
私は笑った。
「そうかもしれないけど、落としたのは私だよ。どう考えても……」
スコーンがしょぼんとしてしまった。
しばらく経つと、アリスがむくりと体を起こした。
「うん、よく寝た。ん、スコーンの様子がおかしいな。どうした?」
アリスが笑みを浮かべた。
「うん……私が落としちゃったから。ごめんなさい」
スコーンがさらに俯いてしまうと、アリスは笑った。
「おいおい、最終的に判断して飲んだのは私だぞ。私以外の誰も悪くないさ」
「そっか……ありがとう」
スコーンが笑顔になった。
「まあ、昔な戦場で酒が飲みたくなったがない。だから、消毒用エタノールにレモン汁を絞って凌いだ事があってな。薬瓶だしビスコッティが落としたのかと思って、赤い液体だしなにか効果がある魔法薬だと思って飲んだら、いきなり目眩がしてな。そのまま記憶が飛んでしまった」
アリスが笑った。
「もっとダメです!!」
ビスコッティがアリスにビシバシした……が、全て避けられた。
「もし、危険な魔法薬だったらどうするのですか。そのエタノールは魔法薬用に調整したもので、普通のアルコールと違います!!」
ビスコッティがもう一度ビシバシしようとしたが、やはりアリスは避けた。
「な、なんで避けるんですか!!」
「うん、お前にやられるとムカつく。それだけだ」
アリスが笑みを浮かべ、ビスコッティの額に怒りマークが浮かんだ。
「どういうことですか!!」
「どうもこうもない。そのままだ」
ビスコッティとアリスが組み合った時、スコーンが力んでまで特大のおならをした。
「みんな仲良くね!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「……分かった」
「はい、師匠……あっ、これ飲んで下さい」
すっかり醒めた様子の二人が急に我に返り、ビスコッティが緑色の液薬が入った薬瓶を、腰の鞄から取りだしてスコーンに渡した。
「ありがとう。これが、いつものおなら薬だよ!!」
スコーンが笑った。
食堂の方も落ち着いてきたようで、メリダがゆっくり朝食を作るようになった。
今日のメニューは、アジの開きとご飯、味噌汁、香の物だった。
「では、いただきます」
私の音頭で全員手を合わせ、このアレク名物であるアジの開きを美味しく食べ、炊飯器ではなく鍋で炊いた拘りのご飯を食べ、今日は魚の粗汁だった味噌汁を飲み……。みんな残らず完食した。
「ふぅ、ごちそうさま」
私は笑みを浮かべた。
みんなで食器をキッチンの流しに持っていき、メリダが嬉しそうに食器の洗浄をはじめると、エメリアが手伝に加わった。
二人はこれから作る軽食。これは、自然と決まった事だった。
「……おい、やるか?」
「望むところです」
アリスの声にビスコッティが返し、玄関から庭に出ていった。
「だ、ダメだよ!?」
慌てて後を追おうとしたスコーンの手を取って止めた。
「二人とも後を曳くタイプじゃないよ。ほら、利き酒合戦をはじめた」
私は窓の外をみて笑った。
「ホントだ……」
スコーンが笑った。
「しかし、平和な日々だねぇ。グモルグだっけ、あれどうしたんだろ?」
私が呟くと、頭の中に声が響いた。
「……うむ、問題ない。他の世界を破壊している」
「……はい、まだ余裕があるので、理に記して防御体勢を整えています」
闇と光の精霊の声が聞こえてきた。
「そっか、まだ平気なんだね。ならいいか」
「……うむ、油断はしないで欲しいが、今は大丈夫だ」
闇の精霊の声が聞こえてきて、それきりなにも聞こえなくなった。
「そっか、平気ならいいか」
「なにが平気なの?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「例のグモルグだよ。まだ平気らしいよ」
「それで、頭に声が届かないんだね。安心したよ」
スコーンが笑った。
「まあ、何事もなく終わればいいけどね。あっ、シノ。どこにいくの?」
対物ライフルを肩に下げたシノが、玄関の扉を開けようとしていた。
「いつもの見張りだよ。なにかあったら連絡する」
シノは笑みを浮かべ、外に出ていった。
「まあ、半分は習慣なんだろうけど、シノもよく続くなぁ」
私は笑みを浮かべた。
リナとララは家の目の前にある砂浜で、サンドゴーレムを作ると張り切りって出ていき、残った私とスコーンは、マーケットにでも行こうかと冷蔵庫をチェックしたが、メリダがきっちり管理しているらしく、食材ごとにタッパーや袋に入れられていて、その隣にある冷蔵庫には、ビスコッティの缶ビールが山ほど詰まっていて、なぜか一本だけエナジードリンクが入っていた。
「……こっちはいいや」
私はみなかった事にして、スコーンの手を引いた。
「マーケットにいく必要はないね。射撃場でもいく?」
「いく!!」
スコーンが笑った。
私たちが玄関の扉を開けると、庭で酒を飲んでいたアリスとビスコッティが目を向けた。
「ん、どっかいくのか?」
アリスが問いかけてきた。
「スコーンと射撃場に行ってくる。二人は飲んでて!!」
私は笑って、スコーンの手を引いて家から出た。
射撃場に行くと、今は誰も使っていないようで、中はガラガラだった。
「スコーン、拳銃からやろうか?」
「うん」
私とスコーンは拳銃エリアに行き、隣り合うブースに入ると、ターゲットの距離を五十メートルに設定した。
人型のターゲットが動き、設定した距離で止まると、私は拳銃を抜いてテーブルに置き、空間ポケットから百発入りの弾丸を一箱取り出した。
「さて……これで下手だとビスコッティに『ダメです!!』っていわれちゃうな」
私は笑みを浮かべ、マガジンに十七発の弾丸を装填すると、それを銃にセットした。
隣ではスコーンが射撃をはじめ、私も負けずに射撃を開始した。
一発ずつ丁寧に撃ち、ターゲットにビスビス穴をあけ、十七発全弾撃ちきると、ターゲットを手元に引き寄せた。
「あちゃー……。こりゃビスコッティにバカにされるどころか、ビシバシされるな」
十七発のうち、頭にヒットしたのが三発、心臓が五発。あとは全部致命傷にはなっていなかった。
「まあ、外さなかっただけマシだね。次!!」
やってないと鈍る。確かにそうだった。
結局、満足いく結果は出なかったが弾丸が切れた。
「まあ、このスコアはビスコッティには内緒にしておこう」
ターゲット用紙を剥がして空間ポケットにしまい、隣のスコーンに声をかけた。
「おーい」
「うん、待って。もうちょっとで、全弾頭に当たるから!!」
……私はこっそりしょんぼりした。
「そ、そっか、頑張って!!」
私は休憩用のベンチに座り、自販機でドクペを買って飲みはじめた。
「あーあ、ビスコッティに始末されないかな。隠したら」
私は苦笑した。
そのうちスコーンが撃つのをやめ、全弾頭に命中したスコアを持ってきた。
「当たった!!」
「……そう、いいな」
私は小さくため息を吐いた。
「次はなにやる?」
「うん、サブマシンガンでもぶっ放すか!!」
私は気持ちを切り替えて笑った。
散々撃ちまくって家に帰ろうとすると、スコーンが攻撃魔法練習施設を使いたいといいだした。
「研究所は建て替え中だし、使わせてもらえるかな……」
「いくだけいってみよう!!」
私たちは射撃場の近くにある、全長二十キロの細長いトンネルに向かった。
私たちが近づいて行くと、柵の前にいた警備員が手でストップの合図を出し、立ち入り禁止の意思表示をしてきた。
「ダメみたいだね。開放されたらまたこよう」
「うん!!」
スコーンが笑った。
私たちは踵を返し家を目指して歩きはじめた。
家に戻る途中でマーケットに寄り、この程度は扱っている拳銃の弾丸を買い、そのまま帰宅した。
「……いるかな」
門を開けて庭に入ると、ビスコッティが一人で酒を飲んでいた。
「あっ、帰ってきましたね。スコアは?」
やはりきた一撃に、まずスコーンが自分の的をビスコッティに渡した。
「あっ、やりますね。このところ練習していなかったのに、上出来です。パステルは?」
ビスコッティの言葉に、私はため息を吐いて空間ポケットから的を取り出した。
「……ビシバシします!!」
やはり、ビスコッティにビシバシされた。
「なんですか、これは。酔っている私でも、これよりは上ですよ。もっと練習しなさい!!」
「分かってるよ。鈍りすぎ」
私は小さく息を吐いた。
「ダメだよ。ビスコッティだって調子悪いときがあるでしょ。あんまりだよ。可哀想だよ!!」
スコーンが私の頭を撫でた。
「まあ、そうですけれど。ここまでは……。まあ、いいでしょう。中でアリスが酔い潰れて倒れています。起こさないように、気をつけて下さいね」
目の前のビーチで、出来てはすぐ崩れる不毛なサンドゴーレム作りをしているリナとララをチラッと確認してから、私とスコーンは家に入った。
リビングのソファでは、アリスが横になってスヤスヤ寝ていて、私とスコーンは別のソファに座った。
「それにしても、よく私を拾う気になったね。前のパーティでは屁こき娘とか呼ばれて、魔法が使えるから仲間に入れてやるって感じでさ。しまいには、あの洞窟に置き去りにされちゃったし、一人だったら死んでたよ」
スコーンがいきなり切り出した。
「あ、ああ、ずいぶん前の話をするね。そりゃ拾うでしょ。明らかに、仲間に置いていかれたってのが分かったから。そういうの嫌いだから、出会ったらぶっ殺してやるって、心の中では思っていたんだよ。まあ、進んだら罠にかかって死んでいたけどね。ざまぁみろって感じだったよ。埋葬もしなかったでしょ。私だって、そういう時はあるよ」
私は笑った。
冒険者の暗黙の了解で、死者を発見したら、可能な限り埋葬するというのがあったが、仲間を置き去りにするような輩にそんな気は湧かなかった。
「パステルもたまに鬼だよね。そういうところが、いいんだけど」
スコーンが笑った。
「そりゃ人間だからね、感情はあるよ。そうそうお人好しでもないよ」
私は笑った。
「でも、あの人たちと一緒だったら死んでたね。だから、ありがとう」
「お礼は何度も聞いたよ。一回で十分だから。それで思い出したけど、私たちはいつ冒険すればいいんだろうね。ユイはどこかに行ったきり出てこないし、情報がないんだよ」
私は苦笑した。
「魔法開発したじゃん。あれは立派な冒険だよ。一ついっておくけど、ビスコッティが自分に掛けてる蘇生術。あれ失敗だよ。死んでは生き返りを無限に続けちゃう」
スコーンが笑った。
「あれ、気が付いてたの?」
「私をなんだと思ってるの。魔法使いなら、余裕で見抜くよ。特に荒削りで魔力放出が過多のやつならね。ねっ、ビスコッティ」
スコーンが笑ってキッチンをみると、缶ビールを取りにきたらしいビスコッティが、唖然として立ち尽くしていた。
「よく分からないけど、やっちゃったみたいだよ。まだ実家にいたときでしょ。魔法学校を卒業したって喜んで、いきなり変な魔法を使って光り輝いたでしょ。怖くて逃げちゃったけど!!」
私は笑みを浮かべた。
「し、師匠、今の話しは本当ですか。バレてはいるなとは思っていましたが、永遠に生き続けるって……」
「うん、こういう事で嘘はいわないよ。なるほど、荒削りなのはそのせいか。ダメだよ、きちんと検証してからやらないと。一回解除して、もう一回やればいいんだけど、解除が出来ないんだよ。肝心な場所がごっそり抜けてるから、私でも解除できないよ。永遠に生きるのが嫌なら、早く検証してやり直しなよ!!」
スコーンが楽しそうに笑った。
「は、はい、飲んでる場合ではありません!!」
ビスコッティが慌てて階段を駈け上り、自室に飛び込んだ。
「……やったな」
いつ起きたのか、アリスがニヤニヤしながらスコーンをみた。
「うん、お仕置きにはちょうどいいでしょ。実際、ビスコッティになにかったら困るから、蘇生術を使っている事は不問にしてるけど、怖さを教えておかないと」
スコーンが笑った。
「えっ、あれ嘘なの?」
「うん、ただ精度が悪いから効かない可能性があるんだよ。お仕置きを兼ねて、もっと磨いて欲しかっただけ」
私の言葉に、スコーンが笑った。
「よし、私はビスコッティの邪魔をしてくる。見張りを兼ねてな。あのドームが必要なんだろ?」
「うん、慌てたビスコッティが暴走しそうだったら、ぶん殴って止めて!!」
アリスが頷き、階段を上っていった。
「……結構、酷いね」
私は苦笑した。
「だって、師匠だもん。出来が悪い弟子にはお仕置きしないと!!」
スコーンが笑った。
夕方になって、メリダが食堂から帰ってきた。
「お疲れ、どう?」
私はメリダに声をかけた。
「はい、順調です。今はトロキさんが提供するエルフ料理を、人間の口に合うように試行錯誤しています。食堂に泊まり込みですよ」
メリダが笑みを浮かべ、夕食の支度をはじめた。
「さて、今日も一日終わりか。そろそろ、迷宮が恋しいよ」
私は笑ったのだった。
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