第40話 これは戦場……かもしれない

 翌朝、メリダが朝早くからパタパタしていた。

「あれ、どうしたの?」

「はい、食堂でトロキさんの作業が終わったので、当初の予定を前倒しして今日オープンにしたんです。ごめんなさい、今日は夜まで戻れそうにありません。ご飯は作っておきますので」

 メリダがキッチンで笑みを浮かべた。

「おっ、それはいいね。見学に行ったらダメかな」

「今は大忙しなので後日……明日の朝なら大丈夫だと思います」

 メリダが笑みを浮かべた。

「分かった。楽しみにしておく」

 私は笑った。

「うん、おはよう。どうした?」

 珍しく少し遅めの時間に起きたアリスが、欠伸をしながら声をかけてきた。

「おはよう。メリダの食堂が今日オープンなんだって!!」

 私は笑った。

「ほう、それは楽しみだな。今日は忙しいだろうから、明日の朝にでもいってみるか」

「その話しを今していたところ。今日は迷惑だからね」

 私は笑みを浮かべた。

 こうして、みんなダイニングに揃い、メリダの話しをしたところ全員から拍手が起きた。「おめでとう。でも、冒険を忘れちゃダメだよ!!」

 私は冗談めかして笑った。

「もちろんです。そのためのトロキさんとの二人三脚ですから」

 メリダが笑った。


 朝食が終わって、リビングでビスコッティのビシバシ練習に付き合っていると、呼び鈴がなってエメリアが扉を開けた。

 そこには、警備団の団長と制服姿の国軍の偉そうな人が立っていて、制服の軍人が脱帽した。

「最近、この近くに魔物が多くてな。ついには国軍が駆り出されたらしい。しかし、この地域のマップがないみたいでな。詳しい者を探していたそうだ。パステルの出番だぞ」

 警備団の団長が笑った。

「名乗るのが遅くなった。第230魔法中隊隊長のアルフレッド・シュバルツ中佐だ。迷惑を承知で協力願えないだろうか。敵はオーガだ。兵員百名を連れているが、巣の位置が特定できん」

 脱帽していた帽子をかぶり直し、アルフレッド中佐は頷いた。

「分かりました。軍の依頼は受けない方針ですが、そういう事なら話しは別です」

 私は笑みを浮かべた。

「そうか、ありがたい。少ないが、これが報酬だ」

 アルフレッド中佐が、小袋を私に手渡した。

「分かりました。これがマップです」

 私は空間ポケットから、暇があると練習しているこの辺りのマップの中で、最新のものを手渡した。

「これはありがたい。司令部からは、詳細な情報がなくてな。なるほど、ちょうどPと書かれている地点だな。マップは預かっておこう」

「ポイントPまでは、かなりの距離がありますよ。どこかに前線基地を作らないとダメかもしれません。私が口出しすることではないですが……」

「そんな暇がないのだよ。それに、ここからはヘリで移動だ。ここの町長の了承も得ている。ここが基地になるのだよ」

 アルフレッド中佐が苦笑した。

「分かりました。できる限りのお手伝いはします」

 私は笑みを浮かべた。

 すると、くつろいでいたアリスとビシバシ練習などとうにやめていたビスコッティが中佐に近寄った。

「うん、少しでも戦力は必要だろう。私は魔物退治の経験が豊富だし、そこのビスコッティは回復魔法のエキスパートでやはり経験豊富だ。迷惑でなければ手を貸そう」

「……そうだな。正直、どう戦ってよいのかも分からん。助力を願う」

 中佐の言葉にアリスとビスコッティが頷いた。

「では、急かして申し訳ないが、さっそく出発するとしよう。なにからなにまで申し訳ない」

 中佐は敬礼を放つと、アリスとビスコッティと共に家から出ていった。

「よし、用事は済んだみたいだな。二人がいない間は、お前たちが頼りだ。なにかあったら、無線で呼ぶからそのつもりで」

 警備団の団長が笑い、玄関から出ていった。

「はぁ、こういうの苦手なんだよね。軍はダメだな」

 私は苦笑した。


 オーガとは、ゴブリン、オーク、オーガと続く三大鬼の一種で、一番体が大きく頑丈で攻撃力も防御力も桁違いに大きかった。

 だから、普通のライフル弾など効かず、攻撃魔法や対戦車ライフルでめった打ちにでもしないと、到底勝てる相手ではなかった。

「しっかし、なんでこんな草原のどまん中に……。オーガは山間の洞窟を好むはずなんだけどな」

 私はソファに座って呟いた。

 ……オーガというのか。あの魔なる者は。グモルグの鱗の影響だ。近くに半円形の黒光りするオブジェがあるはずだ。半透明だからみえるか分からんが、それを破壊しないとこの状況が続いてしまう」

「分かった。やってみる」

 私は頷き、みんなに声をかけた。

「状況が分かったよ。こんな草原にいきなりオーガなんておかしいと思っていたけど、グモルグの鱗のせいだって。まずは、アリスと連絡を取ってみる」

 私は胸ポケットの無線機を取りだした。

「アリス、聞こえてる?」

『うん、聞こえてるぞ。どうした』

 私は闇の精霊から聞いた話しをした。

『そうか、鱗か。まずそこを叩けばいいんだな。自警団の攻撃ヘリも上がっている。さっそく知らせよう。こっちはオーガの始末で手一杯になるだろからな』

「うん、よろしく。こっちはスコーンに頼んで、詳細探査と広域探査魔法を込めたオーブを作ってもらうから、監視は任せて!!」

『分かった。よろしく頼む。私たちはこれから、ヘリで移動する。またあったら連絡をくれ』

 私は無線機を胸ポケットに戻すと、空間ポケットから透明なオーブを取り出した。

「スコーン、話しは聞いた?」

「うん、すぐ作る!!」

 私から空のオーブを受け取ると、それをダイニングのテーブルに置き、小さく呪文を唱えはじめた。

 やがてオーブの色が変わり、ピンクに白玉模様に変わると、スコーンは笑みを浮かべた。

「これで大丈夫。よく新品の空オーブなんて持っていたね。高いのに」

 スコーンが不思議そうに聞いた。

「なんでも持ってろ。いつか役に立つ。これ、冒険の基本!!」

 私は笑った。


 スコーンが作ってくれたオーブをダイニングのテーブルの上に置き、私はそれに触れて広域探査魔法を使った。

 オーブの上にウィンドウが開き、町の中の様子がよく分かった。

 それによると、広場は軍関係者で占められてるようで、集中的に緑色の点が存在していた。

「こりゃ大騒ぎだね。メリダ、食堂にいくなら気をつけて」

 私は荷物を持って、慌てた様子で家を出ようとしていたメリダに声をかけた。

「はい、分かりました。早く食堂を開けないと……」

 そこに、久々にみるトロキさんが入ってきて、笑みと共に頭を下げ、メリダの手を引いて玄関から出ていった。

「護衛は任せろってか。昔聞いたけど、特技は格闘術だったかな」

 私は笑った。

 そのメリダたちの様子を追って確認すると、無事に食堂にたどり着いたようで、広場の周りにある建物の一つに入った。

『広場は大変な混雑です。間もなくヘリが到着するようで、大騒ぎになっています』

 メリダから無線連絡が届いた。

「無理しないでね。開店時間を考えた方がいいよ」

『それが、ありがたい事にもう並んでいるのです。軍の制服を着た人たちが……。制服ではない人は、黙々と準備をしている感じです。ちなみに聞いた話しだと、兵隊さんは全員魔法使いとか』

 メリダの声を聞いて、私は苦笑した。

「そっか、任せるよ」

『はい、もう開けちゃいます。忙しそうなので』

 メリダの声が聞こえ、私はオーブに手を当てて詳細探査の魔法を発動させた。

 同じウィンドウに四角いマークが現れ、それを広場に移動させた。

 すると、しっかりしたテントがいくつも設営され、無線のアンテナまで立てられている様子が、イメージではなく映像のような感じでウィンドウに表示された。

「よし、これでテストは完了だね。あとは、ビスコッティ視線とアリス視線で……」

 私のヘボい詳細探査魔法ではここまでは出来ないが、スコーンの場合は視点交換もできる。これが、スコーンに頼んだ理由の一つだった。

「しゅごい、こんな事も出来るの!?」

 スコーンが目を丸くした。

「これが、スコーンにお願いした理由だよ。ここまでクリアに視界が確保できるとは思っていなかったけどね」

 私は笑った。

「……研究する」

 スコーンがノートになにか書きはじめた。

「さて、どうなるか……」

 私は苦笑した。


 町を広域探査していると、陸側の方から青い点が四つ高速で移動してきた。

「ん?」

「あっ、青い点は航空機だよ。なにかあったのかな?」

 スコーンの声に、私は無線機を手にした。

「ビスコッティ、どうなってる?」

『はい、これからヘリ移動です。Pポイントまで十分くらいでしょう。私たちは先発の第一小隊に編入されました』

「分かった、気をつけて」

 私は無線機を胸ポケットに戻した。

「さて、ビスコッティ視点に切り替え……っと」

 ウィンドウの画像が変わり、ビスコッティは今まさに着陸しようとしているUH-60ブラックホークを見上げ、隣のアリスや軍服姿の誰かと言葉を交わしていた。

「これ、音声は拾えないの?」

 スコーンが問いかけてきた。

「スコーンの魔法でも音声までは聞こえないでしょ。それと同じ」

「分かった。残念だなぁ。研究しよう」

 スコーンが残念そうに呟いてから、ノートを開いてなにやら書き込みをはじめた。

 さほどでもないが時間は流れ、ビスコッティたちはヘリに乗り込み、広場から離陸して草原の上空に飛びでた。

 すぐ脇に自警団の攻撃ヘリが護衛に付き、ビスコッティたちは草原上空を低高度で通過していった。

 程なく、巨大なオークの姿を認め、護衛機が攻撃を開始した。

 そちらがやり合っているうちに、ビスコッティたちを乗せたヘリは、半透明の繭のようなおぼろげな物体から、一定間隔でオーガが現れてくる姿が見えた。

 視点の動きでビスコッティが叫んだのがみえ、ブラックホークがロケット弾を発射すると、命中と同時に繭は粉々に砕け散った。

『うん、アリスだ。鱗を破壊した。あとは地上戦だな。まあ、無事を祈っていてくれ』

「頑張って。一つ、通常のライフル弾じゃ効かないよ。対物ライフルでスレスレかな。対戦車ロケットを勧めるよ」

『バカ者、そういう事は最初にいうべきだな。まあ、ビスコッティも持ってるし、他も全員魔法使いだからいいが問題はないが、帰ったら私がビシバシしてやる』

 アリスが笑った。

「……首がもげるかも」

 私は苦笑した。

 ヘリはオーガが集中して、まだ勝手が掴めていないようで、ウロウロしているだけの集団近くに着陸すると、全員が素早くヘリから飛び下り、いきなり攻撃魔法の嵐が炸裂した。

「半端な魔法は効かないから。様子見なしで!!」

 私は胸ポケットから無線機を取りだし、ビスコッティに連絡した。

『分かっています。全員に伝達済みですよ。それでも、倒せたのは一体だけです。聞きしに勝る頑強さですね』

 ビスコッティの苦笑が聞こえてきた。

 あとは邪魔してはいけないので、無線でなにもいわず、ただ激しい戦いを見守る事にした。

 兵士たちが一人倒れ二人倒れ、そのたびにビスコッティが回復に走り、細かく視点を切り替えながらみても、まさに激戦だった。

「……こりゃ私の出る幕はないね。増援こないのかな」

 まるで私の呟きが聞こえたかのように、二機目のブラックホークが着陸して兵士が飛び出し、一番最初に到着したヘリが負傷兵を乗せ、離陸していった。

 この繰り返しで、全部で十五体のオークを殲滅した時は、動ける兵士はほとんどいなかった。

「……これがオークの怖さだよ。迷宮で何回か遭遇してるけど、一体で大変な思いをしたからね」

 私はため息を吐いた。

「そうだよね。十五体もよく倒せたよ」

 スコーンが小さく息を吐いた。

『ビスコッティです。これから町に帰投します。負傷兵の本格的な治療をしなくては。あなたちは、あぶれたオーガの襲撃に備えて下さい。そうはいないはずです』

 無線からビスコッティの声が聞こえ、私は頷いた。

「分かった。いない事を祈るよ」

 私はオーブに手を当て、広域探査魔法の範囲を半径五十キロに広げた。

「……いるね。スコーン、ここから家をぶっ壊さないように、攻撃魔法って撃てる?」

「撃てるけど、どうして?」

 スコーンがキョトンとした。

「逃げたオーガが五体いるんだよ。今のうちに始末しないと、人的被害が出る」

 私はため息を吐いた。

「わ、分かった。やってみる!!」

「その前に、青い点と赤い点が重なっているヤツは除外していいよね。恐らく、自警団の戦闘ヘリと戦ってるから」

 私が問いかけると、スコーンはウィンドウを確認して頷いた。

「そうだね。それで間違いないよ。って事は、ノーマークの二体だけだね」

 スコーンは頷き、呪文を唱えはじめた。

「……光の矢!!」

 スコーンが燐光に包まれ、ディスプレイに猛速で進む黄色い点が四本表示された。

「これで効くはずなんだけど……」

 スコーンが自信なさげに呟いた。

「スコーンの攻撃魔法でしょ。しかも、最強の『光の矢』四連射だもん。さすがに倒せるでしょ」

 私は笑った。

 黄色く表示された点があっという間に赤い点と重なって消え、両方の赤い点が点滅しすぐに消えた。

「クリアだね。お疲れさま」

 私は疲れた様子のスコーンに声をかけた。

「先に謝っておくよ。光の矢四連射なんて無茶したから、私の体内に腐敗魔力が充満してると思う。ビスコッティの薬でニオイは抑えられてるんだけど、しばらくおならが止まらないと思う」

 スコーンが苦笑した。

「分かった、みんな気にしないから平気だよ。さて、念入りに調べますか」

 私はオーブに手を乗せ、探査範囲をずらして調べていった。

「よし、問題ない。念のため監視は続けるけど、一段落だね。

 私は小さく息を吐いた。


 結局、その後はオークの反応はなく、私はオートモードに切り替えて小さく笑みを浮かべた。

「ねぇ、パステル。どうやってオーブのコントロールをしたの。普通はそれを作った人でないとダメなんだけど」

 スコーンが不思議そうに聞いてきたので、わたしは右手の平をスコーンにみせた。

「あっ、魔法陣。こんな複雑なの!?」

 そう、私の右手の平には、ペンで描いた複雑な文様ある。

 これが、操作のための魔法陣で、相手の魔法を自在に操る事が出来るが、それには対象の魔法使いが放つ魔力パターンを解析しなければならず、実戦ではほとんど使えない。

 これは、実家にいた頃、ビスコッティから教わったものだった。

「これで操作していたんだよ。ビスコッティから教わったんだけど、使う機会がなくて」

 私は苦笑した。

「私も初めてみた。もっとみせて!!」

 スコーンが私の右手をがっちり掴み、手の平の文様をジッと見つめた。

「うん、荒削りだけどちゃんとしてるね。これは安全だよ。研究する」

 スコーンが私の手にある魔法陣をノートに書き込み、サラサラとなにか書きはじめた。

 こうして、オーガ討伐戦は幕を閉じた。


 最初からそのつもりだった便利オーブをスコーンに渡し、私たちは家を出た。

 広場に向かうと軍が撤退準備をはじめていて、黒い死体袋をいくつもトラックに積んでいた。

 そんな中、アルフレッド中佐が近づいてきた。

「パステル殿、今回の助力感謝する。お陰で任務を達成できた。特にはぐれオーガまでは手が回らなくてな。ここの自警団長にも、先程礼を述べた」

 アルフレッド中佐は笑みを浮かべた。

「お役に立ててなによりです。あの、アリスとビスコッティは?」

「今は救護テントで助けてもらっている。まだはっきりしないが、こちらは半数がやられた。少ない犠牲ではないが、逆にその程度で済んでよかったとも思っている。私とて人間だ。指揮官としては、これでよしと思うが、個人的には思うところがあるな」

 アルフレッド中佐は苦笑した。

「そうでしょうね……。お気持ちお察しします」

 私は小さく息を吐いた。

 テント群の中で一際大きなテントで、ビスコッティとアリスが素早くなにかしている様子が見えた。

 邪魔もしれないと思いつつ近寄ってみると、昔はよく見た必死に回復魔法をかけているビスコッティの姿と、助けられなかった人たちを死体袋に入れては運ぶアリスの姿があった。

「これは近寄れないな……」

 その場を立ち去ろうとすると、ビスコッティが声をかけてきた。

「パステル、あなたも回復魔法が使えます。手伝いなさい」

「手伝いって……あっ!!」

 私は空間ポケットからオーブを次々に取りだし、この前開発したばかりの最強の回復魔法を込めた。

「みんなもやるよ。念じるだけで視野が動くようにしたから、魔力が少なくてもできる!!」

 私はみんなにオーブを渡し、まずは自分の体をスキャンしてもらった。

「……これ凄い。体内の様子がくっきり映る」

 オーブの上に開いたスクリーンの画像をみて、シノが声を上げた。

「これで、治療ができるね……うわっ!?」

 聞こえていたらしく、ビスコッティがオーブを一個引ったくっていき、治療を再開した。

「……欲しかったのね。こういうの」

 渡しは苦笑して、もう一個自分の分を作り直して、みんなでテントに向かった。

 汗のニオイと血のニオイ、そこかしこで聞こえるうめき声は、まさに地獄の光景だった。

「あのさ、私は体の中の様子なんて知らないよ」

 スコーンが戸惑いの声を上げた。

「大丈夫。相手の体に手を当てて、オーブに手を乗せるだけ。あとは勝手に魔法が発動して、相手の体をスキャンしていくから安心して。ディスプレイは監視用だよ。ヤバかったら自動的に止まるから、私かビスコッティに聞いて。みんな、急ぐよ!!」

 私は声をかけながら、手近にいた手ひどく傷を負った兵士の傍らに座り、床にオーブを置いて手を置き、片方の手を負傷兵に当てた。

 すると、虚空にウィンドウが開いて体内の様子が詳細に現れ、足から頭に向かってスキャンが開始された。右腕の辺りで止まった。

 そこの治療を行う回復魔法の効果を確かめ、再びスキャンが開始されると、数秒も掛からないうちにピッと音が聞こえて治療が終わった。

「体力を使っているから、すぐには動けないけどね。問題ないよ」

 私は彼に笑みを送り、すぐに次の負傷者に取りかかった。

「……パステル、悲しいメッセージがでたよ」

 スコーンが泣きそうな顔でやってきた。

「ん?」

「これ……」

 スコーンが私の手を引っ張って、ある負傷兵のところに連れていった。

 そこのウィンドウには『手遅れです』と、わざとそうしたのだが機械的なメッセージが表示されていた。

「……ほら、次。こういうのを防がなくちゃ!!」

「そうだね。次をやるよ」

 スコーンが頷いた。

 こうして、テント内の兵士の治療を終え、アリスが淡々と死体袋をトラックに運ぶと、さっそく基地施設の撤収作業がはじまった。

「はぁ、疲れたね」

 私は笑みを浮かべた。

「……五人も救えなかった。悲しいよ。あんまりだよ……」

 スコーンがしょぼんとしてしまった。

「うん、それが兵士だ。回収してもらっただけでもありがたいんだぞ」

 アリスが頷いた。

「そっか、でも五人もだよ。悲しいよ」

 私はスコーンの肩を叩いた。

「『手遅れです』って表示されたでしょ。あれはスコーンのせいじゃなくて、すでに手の施しようがなかったって事。自分のせいにしていたら、疲れちゃうよ」

「そっか、ならいいのかな。分かった!!」

 スコーンが笑顔になった。


 軍の撤収作業は早かったが、問題が起きた。

 最初に入った制服さんが、うっかり兵員にメリダ食堂の味を話してしまったため、指揮官の中佐が帰るといってもいうことを聞かず、食堂に長蛇の行列ができてしまったのだ。

「魔法使いは決めたらテコでも動かないですからね。軍人ならなおさらでしょう」

 ビスコッティが、空間ポケットにひっそり回復のオーブを入れようとしながら苦笑した。

「なるほどね。そのオーブあげるから、有益に使ってね」

 ビスコッティの手が止まり、悔しそうな表情を浮かべてオーブを地面に叩き付けたが、ボヨーンと跳ね返って、その顔面にクリーンヒットして倒れた。

「だから、耐圧耐衝撃なんだって。魔法使いなら、すぐに分かったはずなんだけど」

 そのまま地面に転がってしまったビスコッティに、手にしたオーブで回復に入ると、ウィンドウに『返事がない。ただの屍のようだ……なんてね!!』と表示され、生きてるならいやと無視して治療を開始した。

「ん、胃がん?」

 治療を進めるうちに、ビスコッティから意外なものをみつけてしまった。

「このポリープを分析して……」

 私はビスコッティの胃で発見したポッチを詳細分析した。

「……悪性だ。急いで治さないと!!」

 私はオーブを操作して胃の悪性腫瘍を消滅させ、転移箇所の探索をはじめた。

「イタタ……あれ、どうしたのですか。難しい顔をして……」

「動かないで。大事な事やってるから」

 ビスコッティは二十四才。若すぎるので進行も早い。

 案の定、そこら中に転移していたがん細胞を、私は一気に魔法で消滅させた。

「ふぅ、念のため再スキャン……オールクリア。よし」

 私は一つ息を吐いた。

「あの、どうしたのですか。ただならなぬ様子でしたが……」

「うん、気絶したビスコッティの様子を確認しようとして、このオーブを使ってみたら胃がんが見つかっちゃって……治療は完了したよ」

 私は笑みを浮かべた。

「い、胃がん!?」

 ビスコッティが固まった。

「酒の飲み過ぎだよ。そのわりには、肝臓は大丈夫みたいだけど。控えるように!!」

 私が笑うと、ビスコッティがショックで固まってしまったままになった。

「これ、回復魔法かどうか微妙だね。まあ、便利でいいけど」

 私は笑った。


 やっとビスコッティが復活し、なにか弱々しい笑みを浮かべた。

「ほら、病気が治ったんだから、しっかりして!!」

「はい、さすがにこれは驚きました」

 ビスコッティがようやく元気に笑った。

 メリダ食堂の列も徐々に短くなり、やがて最後のお客さんを吐き出すと、全員が大型トラックに乗って町をでていった。戦死者七十五名、半分どころではなかったが、全員の遺体が回収され、任務完了となればオーガ十五体相手なら、むしろ上出来かもしれない。

 オーガという魔物は、それほどまでに強いのだ。

「さて、お疲れだろうメリダに挨拶しにいこうか……あれ!?」

 メリダの食堂には、今度は町の人たちが押し寄せ、また長蛇の列ができてしまった。

「夕方か。ちょうど夕食の時間だね。挨拶は後に回そう」

 私は笑みを浮かべたのだった。

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