第37話 魔法のお勉強

「な、なんでですか!?」

 ビスコッティが頭を抱えた。

「なんでもなにも、キーワードを見つければいいだけじゃん。迷宮の隠し扉といっしょだよ」

 私は笑った。

 ビスコッティ先生の魔法教室は、完全に私の勝利だった。

 まあ、勝ち負けではないが、丁寧に教えてくれるビスコッティがたまに出すテストを、私は完璧に全問正解でクリアしていた。

「こ、ここまで一年かかったのに……。もう、基礎が終わってしまいます」

 ビスコッティがしょんぼりしてしまった。

「ワハハ、これは愉快だね。弟子、なにをやってる!!」

 後ろでフラフープをしていたスコーンが笑った。

「はい、落ち込んでいる場合ではありません。えっと、次は……」

 ビスコッティが教科書のページを開き、今まですらすら書けていたペンが止まった。

「ん、これは……」

 ここにきて、ようやくビスコッティが笑みを浮かべた。

「ここが終われば基礎は終了です。どうですか、さすがに難しいでしょう」

「……これ、教科書のミスプリントだよ。こことここが矛盾しているし、同じ事を四回も書いているし、よくこれで基礎を合格できたね!!」

 私は笑った。

「えっ!?」

 ビスコッティが慌てて教科書を読んで、思い切り床に叩き付けた。

「これだから、苦労するのです。こんな大事な事……」

 ビスコッティが頭を抱えてうずくまった。

「はい、気が付いた。ビスコッティの欠点だったんだよ。制御が危ういな、でもなんでだろうって思って、ついでにその原因を探っていたんだ。教科書のどこ?」

 スコーンがフラフープを片付け、ビスコッティが投げ捨て捨てた教科書を拾い上げた。

「はい、ここです……」

 ビスコッティがため息を吐きながら、教科書のページを繰った。

「ああ、ここね……こりゃ酷いね。他のページもチェックした方がいいか……」

 スコーンが真剣な表情でパラパラとページを捲りはじめた。

 なんでも、これが出来なければダメという、スコーンとビスコッティ、リナの速読術だった。

「うん、他は問題ないね。これ、市販の教科書じゃないから、最後にとっちらかっちゃったみたいだね。書き直すよ」

 スコーンが呪文を唱えると、ページが一度空白になり、再び文字が浮かび上がった。

「これが正解。ビスコッティも読み直して!!」

「は、はい」

 私とビスコッティが教科書を前にして、私はノートにペンでサラサラと書き込んでいき、ビスコッティは読みながら頷いた。

「師匠、これなら納得です。パステル、これが基礎の最終試験ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 結局、魔力制御の勉強だけで午前中が終わり、食堂とこことの往復が忙しいメリダが作ってくれた食事を食べ、ここまでの確認ということで、私とビスコッティ、スコーンがついてドームに出かけた。

 すると、もう慣れた生臭い臭いと共に、ドームの一つからリナが出てきた。

「おっ、お揃いで。私は攻撃魔法の開発中なんだけど、上手くいかないんだよね……」

 リナは頭を掻きながら、家に入っていった。

「うん、攻撃魔法は難しいよ!!」

 ほぼ攻撃魔法専門のスコーンが笑った。

 私たちは立ち並ぶドーム群の、一番奥に向かっていった。

 すると、五号機の外壁が赤く点滅してた。

「おりょ、誰か使っている上に緊急警報だよ。恐らく、魔力の過剰放出が原因のトラブルだと思うけど、救助しないとダメだね」

 私たちは急いでドームに向かった。

「えっと……」

 スコーンがのぞき窓を覗くと、顔色が変わった。

「大変だよ、メリスが倒れてる。そういえば、貸したね」

 スコーンの目付きが鋭くなった。

「えっ、大変です!!」

 ビスコッティが慌ててハシゴを上り、空間ポケットから金槌を取りだし、天井のなにかを叩いた。

 すると、猛烈に凄まじい悪臭が漂い、私は思わずひっくり返えってしまった。

「自分の腐敗魔力を吸い過ぎたんだよ。もう一つ排気口があるんだけど、あまりに濃い腐敗魔力だと閉じちゃう。腐敗魔力は制御出来ないし、危ないから自分の責任って感じで」

 スコーンが出入り口付近にあるコンソールパネルを開いて、中の様子をモニターした。「うん、緊急排出装置のスイッチは押されてる。でも、あまりに魔力が高すぎて緊急閉鎖されちゃった形跡があるよ。パステル、私が魔力制御についてうるさくいうのは、これなんだよ。魔法って命がけなんだ。メリスはミスったね、すぐに分かる。攻撃魔法になると、使う魔力も半端ないから……」

 スコーンが小さく息を吐いた。

「まだ魔力の放出反応があるから生きてるよ。腐敗魔力も順調に抜けてるから大丈夫だね。お仕置きしないと」

 スコーンが笑みを浮かべた。


 ビスコッティが、庭のテントに滞在している研究所チームを呼びに行くと、全員そろって大騒ぎでやってきた。

「所長!!」

 ドームから運びだして、地面に寝かせてあるメリスさんにみんなが群がり、一人が担いで連れていった。

「あの子が第一助手なんです。一番ショックだと思います。この度はご迷惑をおかけしました」

 研究所チームが退散すると、スコーンが小さく息を吐いた。

「私も魔法だけ研究していた頃、可愛い助手がいたんだけど、うっかりミスして爆発させちゃって、誰も怪我しなかったんだけど、その子は私が第一助手なのに……って思い悩んじゃって、気晴らしでもしたかったんじゃないかな。バスに乗ってどこかにいこうとして、盗賊にやられて死んじゃったんだ。それが、本格的な研究をやめた理由。今でもちょこちょこやってるし、ビスコッティが助手みたいな事をやってくれてるからいいけどね」

 スコーンが苦笑した。

「へぇ、そんな過去が。冒険者でいいの?」

「うん、そのくらいがいい。ちょうど、フィールドワークにもなるし」

 スコーンがおならをしながら笑った。

「あっ、ごめん……」

「気にしないでいいよ。まだ漂っている腐敗魔力の破壊力で、それどころじゃない」

 私は起き上がって、笑った。

「ちなみに、師匠のおならの回数が多いのは、あまりに潜在魔力が高いので、体内で腐敗魔力が発生してしまうからです。そのままだと有害なので、ガスとして噴射されるのです。師匠から相談を受けて、調べてみた結果です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そ、そうなの、そうなの。なんで早く教えてくれないの。困るよ。気にしていたのに」

 スコーンが小さくため息を吐いた。

「へぇ、凄いね。体内で腐敗魔力が……」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「……恥ずかしいよ。なんとかならないの?」

「はい、色々考えてみたのですが、まさか潜在魔力を削るわけにはいきませんし、そもそもそんなことは出来ません。常時体から放出擦る手もかんがえましたが、今度は体臭が魔力臭くなってしまいます。それでは、いくらなんでも可哀想だと思い、師匠が寝ている間に腸管に細工して、ガスとして放出しなくても、体を循環して消化出来るようにしました。これでも臭いを抑えて回数が減った方なんですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべると、スコーンがポカンとした。

「……確かに回数は減ったし、臭わなくなったなって思っていたけど、そんな事したの?」

「はい、それしか解決方法がなかったので、もちろん害はないですよ」

 ビスコッティの顔に、スコーンのパンチがめり込んだ。

「だから、なんでこっそりやるの。怒るよ。怒っちゃうよ!!」

「嘘です。本当は私の魔法薬で抑えているのです。毎日一回、必ず飲んでもらっていますよね。それがその薬なので効果があるので、毎日ちゃんと飲んで下さいね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「な、なんだ、勝手に人体改造されたのかと思った。よし、二人とも練習だよ!!」

 スコーンは笑みを浮かべた。


 スコーンに手を引かれるように、私とビスコッティは別々のドームに入った。

「とりあえず、コントロール出来そうな程度の魔法を使ってみて。モニターしてるから、すぐに分かるよ!!」

 スコーンが笑顔でコントローラのようなものをみせ、ドームの扉が閉まった。

「よし……とりあえず、お得意のファイアボールか」

 私はまず試しに魔力の生ガスを噴射してみた。

 ピッと音が鳴り、通話口からスコーンの声が聞こえてきた。

「パステル、10%オーバー。不安定になっちゃうよ。もう一回」

「そんなことまで分かるんだね。よし……」

 私はまた魔力を空ぶかしした。

「今度は5%マイナス。ねっ、難しいでしょ?」

 スコーンの笑い声が聞こえてきた。

「難しいな。今度こそ……」

 私はまた魔力の空ぶかしをした。

 ドーム内は魔力臭くてどうにもならなかったが、スコーンに聞いたら極正常との答えが返ってきた。

「こりゃ魔法使いは大変だ……よっと」

 私はひたすら魔力の空ぶかしを続けた。

 何発も撃っていると、あまりの生臭さに逃げたくなった。

「逃がさないよ。魔法使いの苦労を味わって!!」

 スコーンが笑った。

「私は魔法使いじゃないんだどなぁ。よし、これで決める!!」

 私は何度目かの魔力放出を行った。

 ピッと音が聞こえ、スコーンの拍手が聞こえてきた。

「成功だよ。今の感覚を忘れないように、何回も練習して」

「うん、大体分かった。それにしても、臭いね」

「もう腐敗魔力が発生してるからね。まだ濃度は問題ないし、換気装置は正常に作動してるから問題ないよ」

 スコーンの笑い声が聞こえた。

「まあ、魔法が使えるマッパーがいてもいいか。練習練習……」

 私は立て続けに魔力を空ぶかしして、感覚を確かめた。

「うん、もういいね。どれも安定してる。いいセンスしてるよ。練習はこのくらいにして、魔法いってみようか。得意な魔法をやってみて」

 スコーンの声に頷き、私は風の攻撃魔法の呪文を唱えた。

 前方に伸ばした手から光りが生まれ、ピシッと消えた。

「成功判定がでたよ。おめでとう、これで魔法使いだよ。ひよっこだけど」

 スコーンの笑い声が聞こえた。

「もう大丈夫だよ。扉を開けて出てきて。この程度ならすぐに開くと思うから」

 スコーンの笑い声に私は小さく頷き、扉の『開』と描かれたポッチを押した。

 すぐに扉が開いて、スコーンと先に終わった様子のビスコッティが並んで笑みを浮かべた。

「これが、基礎の最終課題だよ。文句なしに合格だね。あとは応用だけど、これは知識だけだから、教科書を読めばいいよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そっか、分かった。ビスコッティ、ここまできたらとことんやるよ!!」

 私は笑った。


 再びスコーンの部屋に戻った私たちは、先にスコーンが添削してくれた魔力制御応用を学んでいた。

「ま、またしても……」

 ビスコティが頭を抱えた。

「だって、基礎と同じでキーワードを拾っていけばいいんだよ」

 基礎の座学と同じ展開で、私はビスコッティが教えてくれる内容を要点だけまとめてノートに書き込んでいた。

「わ、私はこれに二年かかったのに……」

 ビスコティがため息を吐いた。

「それがビスコッティなんだよ。私が教える時も要点だけ教えているのに、なんでですかって突き詰めようとするんだよ。それじゃ、私みたいに魔法オタクになっちゃうよって、何度もいってるのにね」

 私たちの後ろで、知恵の輪をやっていたスコーンが笑った。

「はい、全てを知りたいので……ダメですか?」

「いや、いいことなんだけど、私が教えているのは骨組みだけ。あとは自分で研究するんだよ。教えなかったでしょ?」

 スコーンが笑った。

「はい、どうしても教えてもらえなかったです。研究ですか、なるほど」

 ビスコッティが頷いた。

「もう十分な回復魔法や結界魔法を使えるんだし、いいんじゃないの?」

 私は笑った。

「いえ、探究心は重要です。冒険でもそうでしょ?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「まぁね。さて、先生教えて!!」

「はいはい、まずこれは……」

 ビスコッティが息を吐いた。

「こりゃもう、パステルも魔法使いだね。ちゃんと研究するように!!」

 スコーンが笑った。


 私の魔力制御応用の勉強も終わり、スコーンの部屋から出て階段から下りると、キッチンにはメリダが立ち、夕食の支度をしていた。

「あっ、お疲れさまです」

 メリダが笑みを浮かべた。

「そっちもお疲れ。食堂はどう?」

「はい、順調です。今はトロキさんたちが掃除しています。接客訓練も順調です」

 メリダが笑みを浮かべた。

「そっか、順調ならいいや。頑張って。手伝う事があったらいってね」

「はい、その時はお願いします。ご飯を用意しますね」

 全員がダイニングの椅子に座った時、スコーンがおならをした。

「あっ、ごめん。これからご飯なのに……」

 スコーンが顔を赤くして俯いてしまった。

「あっ、大丈夫。ビスコッティから聞いてるし、ニオイで分かるから。体内で腐敗魔力が出来ちゃうって、どれだけ魔力があるの!!」

 リナが笑った。

「えっ、そうなの!?」

 スコーンが驚きの声を上げた。

「はい、誤解されないように、みなさんには機会をみてお話ししてあります。今日、やっと本人とパステルに説明できました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、みんな平気ならいいじゃん。気にしないで」

「……優しいね。ありがとう」

 スコーンの顔に笑顔が戻った。

「うん、あの強烈なやつな。一つ聞くが、体は平気なのか。毒になるのだろ?」

 アリスが心配そうに聞いた。

「はい、生まれつきそうなので、体がそうできているのです。問題ないと思いますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、どこも異常ないよ。ありがとう」

 スコーンが笑った。

「ならいいが、心配になってな。ずっと聞きたかったんだ。私には分からない話だからな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「さて、料理が出来ましたよ。今日はカボチャの煮付けです」

 メリダが小皿に盛った料理をならべはじめ、私たちは舌鼓を打ったのだった。

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