第35話 冒険者の休日
翌朝、エメリアがポストから取ってきてくれた新聞を、リビングのソファで読んでいると、スコーンが隣に座っていきなりおならをした。
「あっ……」
「うん、お腹は快調だね。どうしたの?」
「え、えっとね、ビスコッティが深夜からドームにこもって出てこないんだよ。なんか聞いてない?」
スコーンが心配そうに問いかけてきた。
「そうだね、なにも聞いてないけど……みにいく?」
「うん、いく!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
私は新聞をテーブルに置き、スコーンと共にソファから立った。
庭のドーム群に向かうと、青く点滅しているドームの前に、アリスが立っていた。
「うん、きたな。故障らしくてな。扉が開かなくなったらしい。聞いた話しだと下手にぶっ壊すと危ないらしいからな。誰かくるのを待っていたんだ」
「えっ、そうなの。呼んでよ!!」
スコーンが扉に取り付いた。
「ビスコッティ、大丈夫!?」
スコーンが通話口から中に声をかけた。
『はい、大丈夫ですよ。どこが壊れたのか、ずっと点検していました』
「うん、多分吸排気口だよ。特に、排気口は詰まりやすいから!!」
スコーンは笑みを浮かべ、ドームの外壁にあるハシゴを上っていった。
「みんな、腐敗魔力が出るから覚悟してて。半端なく臭いから!!」
スコーンは空間ポケットから小さな金槌を取りだし、ドームの上にあるなにかを軽く叩いた。
すると、もの凄い臭気が漂ってきて、私はメリダの朝食を吐きそうになった。
「うん、臭い」
アリスが冷静に呟き、そのまま倒れてしまった。
「ああ、アリスが倒れた!?」
「あっ、助けにいっちゃダメ。ちょうど風下だったから、まともに吸っちゃったんだよ。慣れないと体が痺れちゃう!!」
スコーンがこの悪臭でも平気で笑みを浮かべ、ハシゴを下りてきた。
しばらくして、扉が開いてビスコッティが出てきた。
「あっ、アリスがやられてしまいましたか。よっと……」
ビスコッティが倒れているアリスを背負うと、そのまま家に連れていった。
「ま、魔法使いって、逞しいね」
「慣れてるだけだよ。そのうち、パステルも平気になっちゃうよ!!」
スコーンが笑った。
完全に伸びてしまったアリスを、ビスコッティがリビングのソファに寝かせて、せっせと介抱し、私たちはまた平和な朝を迎えた。
庭では朝からララとリナが剣技の練習に励み、メリダは早朝から食堂に出かけていた。
『こちらシノ。異常なし』
胸ポケットの無線機から、シノの声が聞こえてきた。
「なに、警備してるの?」
『その練習。いきなりではできない』
シノの答えに、私は笑った。
「みんな勤勉だね」
私は暇そうにウロウロしていたスコーンをキャッチし、ソファの隣に座らせた。
「あっ、そうだ。これあげる」
スコーンが私に虹色ボールをくれた。
「そのポッチ押してみて!!」
「これ?」
私がポッチを押すと、オルゴールの音色が流れはじめた。
「へぇ、また作ったの?」
「うん、暇だったから。もう一回ポッチを押すと止まるよ」
スコーンが笑った。
「そっか、ありがとう」
私は笑みを浮かべ、音を止めて空間ポケットにしまった。
「さて、アリスは何分で戻るかな。慣れないと一時間はかかるけど……」
「師匠、頑丈なので三十分くらいで戻ると思いますよ。もう痙攣が止まりました」
ビスコッティが笑った。
「へぇ、早いね。慣れないと二時間はかかるのに!!」
スコーンが笑った。
「でも、なんなのあれ。凄まじく臭かったけど……」
「うん、魔力って放出しちゃうと戻せないし、時間と共に腐っちゃうんだよ。それで、ドームには安全装置がついていて、吸排気口が動かないと扉がロックされちゃうんだ。変に魔力が出るとまずいから。その吸排気口が問題で、新品でも排気側がどうしても詰まりやすいんだよね。今回はそれだよ。ドーム内には腐敗魔力が溜まったままになるけど、ビスコッティが平気だったのは慣れてるからだよ。量も少なかったし。中から緊急排出来るタイプだったんだけどな。気づかなかったっぽい」
スコーンが笑った。
「なんだ、ビスコッティのミスじゃん。スコーンも、ちゃんと教えなきゃダメだよ」
私は苦笑した。
「うん、ちゃんと教えたよ。ビスコッティは旧式のぼろっちいタイプに慣れていたんだろうね!!」
「……師匠、ビシバシしますよ」
ビスコッティがスコーンを睨んだ。
「そういえば思い出した。ビスコッティの家の脇にドームがあって、よく悪臭を振りまいていたなって。あれって、これ?」
「はい、そうですよ。パステルの家にもあったはずです。ほとんど使っていなかったようですが」
ビスコッティが笑った。
「確かにあったけど、私の秘密基地を作って遊んでいたよ。なんだったか、やっと分かった」
私は笑った。
「そういう使い方をしないで下さい。あれは高いですよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
その後、特になにもなく時間は流れ、十分ほどでアリスが復活した。
「うん、死ぬかと思ったぞ。ちょっとした科学兵器だな」
アリスが頭を横に振って、ビスコッティの頭にゲンコツを落とした。
「貸しだぞ、全く……」
「今のゲンコツで帳消しです。さて、私は研究した成果をまとめましょう」
「ビスコッティ、なにを研究してたの?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「はい、ちまたに溢れる蘇生術の研究です。といっても、自分で開発して使おうというわけではありません。全否定の論文を書くための試験でドームを使っていたのです」
「ダメだよ!!」
スコーンが声を上げた。
「ですから、作るつもりはありませんし、そもそも不可能です。それを叩き付けて黙らせようと……」
「ダメ、やりたいバカに狙われるよ。ダメ!!」
スコーンが顔を赤くして怒鳴ると、ビスコッティはそっと拳銃を抜いた。
「私に勝てる人はいますか?」
「……ビスコッティのバカ」
スコーンは顔を膨らませて、ご機嫌斜めになってしまった。
「おいおい、それは自信過剰だぞ。らしくもない」
アリスがすかさず突っ込みを入れた。
「冗談です。やりませんよ、そんな下らない事。個人的に興味があるだけです」
「だから、それがダメ!!」
スコーンが怒鳴った。
「ダメですか。残念です。……実は、みつけてしまったのですが」
「ダメ、怒るよ!!」
すでに怒っているスコーンが、ついにブチ切れてビスコティを殴りにいった。
「はいはい、みつけた結果は『実現不可能』です。少なくとも、現代の魔法ではどうあがいても出来る分けないのです。そう怒らないで下さい」
ビスコッティが笑った。
「なんだ、ならいいや!!」
スコーンが笑顔になり、また私の隣に戻ってきた。
「……実は、スコーンさんには出来るのです。創成の魔法で。もっとも、私が相応しいと思う場合に限りますが。これは、スコーンさんにも送っています」
頭の中に、光りの精霊の声が聞こえ、スコーンが青くなった。
「び、ビスコッティ。大変な事になったよ、私は蘇生術が使えるらしいよ!!」
「えっ?」
スコーンの声に、ビスコッティが露骨に驚いた声を上げた。
「うん、光りの精霊の力らしいよ。もっとも、無制限じゃないらしいけど」
私は苦笑した。
「ど、どうしよう、私が一番嫌いな魔法なのに。パステルも使えるの。使っちゃダメ!!」
「分かってる。そんな怖い事しないよ。死んだらそれまで。それが、この世界の理なんでしょ!!」
私は笑った。
「おい、そういえば私たちの中で、まともに回復魔法が使えるのはビスコッティだけか。リナはあまり得意じゃなさそうだしな。だとしたら、致命的な弱点になりかねんぞ」
魔法にはあまり発言しないアリスが、ポソッと呟いた。
「そういえばそうですね。分かりました、リナに手ほどきしておきましょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「一応、私が使えるけど、ドーピングだから当てにしないでね」
私は笑った。
そのまま午前中はなにもなく、スコーンと顔を引っ張り合って遊んでいると、やっと剣技に飽きたか、リナとララが家に入ってきた。
「いい汗かいてきました」
「いやー、まいったまいった」
ララとリナが笑みを浮かべた。
「お疲れ、長かったね」
私は笑った。
「はい、今日はノリノリで」
ララが笑った。
「私は疲れたよ。風呂いこう」
汗だくのララとリナが風呂に向かうと、スコーンが虹色ボールを作って脱衣所にいった。
その簡に、ビスコッティが私の前にきて笑みを浮かべた。
「知っていますよね。私が自動発動式魔法で『蘇生術』を自分に掛けていること」
自動発動式魔法とは、特定条件で自動的に発動する魔法だ。
「知ってる。スコーンには内緒だよ」
「もちろんです。その理由も分かっていますよね」
「そう、もし自分が死んだら、回復魔法を使える者がいなくなる。だから、絶対に死なないようにするため。だから、リナには求められない限り教えない。でしょ?」
私は笑みを浮かべた。
「はい、その通りです。よけいな負荷はかけたくないですからね。ですから、こっそり安心していて下さい」
「それは、冒険者になるとき聞いた。今も変わってないなら安心だね」
「はい、ご心配なく。パステルのお守りは大変ですからね。さて、私は研究してきます。いい加減、攻撃魔法を少しでも作っておきたいですからね」
ビスコッティは笑みを浮かべ、階段を上っていった。
そこにスコーンが帰ってくると、私の隣に座った。
「ねぇ、攻撃魔法ってなんだと思う?」
「なに、いきなりだね。ぶっ壊す手段じゃないの?」
私が笑みを浮かべると、スコーンが笑った。
「それは素人考えだね。ダメだよ、変なのぶっ壊したら。そうじゃなくたって、今はとんでもない魔力を持っているんだから。攻撃魔法は、必要な時に必要なものを必要なだけぶっ壊す手段だよ。間違えないように!!」
「分かった。むやみに使ったりしないし、そもそも使うかどうかもわからないよ。私の立ち位置だと、なにか発見したら警告して下がるだけだから」
私は笑った。
「それはそうだけど、もしもがあるでしょ?」
「まぁね。よほどの緊急事態ならあり得るけど、そもそも攻撃魔法は苦手なんだよね」
私は苦笑した。
「苦手だから怖いんだよ。いきなり使って自滅したって例は、腐る程あるよ。魔法学校レベルだって、毎年何人も死んでるんだよ。だから、自信がつくまで使っちゃダメ。ドームで練習して!!」
「またドームか。臭いんだよ」
「そのうち慣れるって。ビスコッティが基礎を教えたんでしょ?」
スコーンが笑った。
「そうだよ。なにかあるの?」
「大ありだよ。回復に偏りすぎて、バランスが悪い。これ、致命傷になりかねないよ。よく攻撃魔法を使えたね」
「うん、基礎以外は我流だから。よく、荒削りで危ないっていわれる」
私は笑い、スコーンが笑みを浮かべた。
「確かに荒削りだね。勢いがあっていいけど、それだけじゃダメなんだよ。まあ、自分で考えるしかないから、なにかアドバイスは出来ないけど」
スコーンが笑った。
「ビスコッティって、すぐにブチ切れてビシバシするからなぁ。先生としては怖いよ。覚えるのが大変で」
「教えるのも大変だったよ。頭が固いから、なんか教えても理解不能なんだもん。魔法使いとしては優秀なんだけどね。特技は魔法薬か」
スコーンが笑った。
「まあ、いいんじゃない。さて、今日のお昼はなにかな。メリダがまだこないよ」
私は笑った。
昼を過ぎた頃、慌てて家に帰ってきたメリダが麻婆茄子定食を作り、自分は掻き込むように食べて、また出ていってしまった。
「食堂が忙しいんだね。いつオープンかな」
私は笑みを浮かべた。
「なるべく急ぐといっていましたよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そっか、開店が楽しみだね」
私は笑った。
「うん、シノはなにをしているんだ。まだ練習なら、ちょっとハードだな。私から連絡しよう」
アリスは無線機を取り、シノと会話をはじめた。
「無線で思い出した。ここのアンテナと繋いだ大型無線機はどうなの?」
私が問いかけると、ビスコッティが笑みを浮かべた。
「はい、作動していますが普段は音声を切っています。色々拾ってうるさいので」
「へぇ、たまには聞いたら?」
私が笑みを浮かべると、ビスコッティはリビングの傍らにある大きな無線機を弄った。『こちら特急バス三百六号、カランザシティ近郊で盗賊の襲撃に遭っている。至急応援を!!』
瞬間、私は椅子を蹴立てて立ちあがったが、ビスコッティが優しく抱き締めて止めた。
「カランザシティまで、車で半日はかかります。間に合いませんよ。だから、音声をカットしているのです」
「……悔しいな」
私は息を吐いた。
「できる事と出来ない事があります。さて、食器を洗いましょう」
ビスコッティの声に頷き、私はため息を吐いた。
どんより気分のまま食後の片付けを終わらせると、アリスがシノのご飯を持っていくとかで、塩結びを大量に作り、バスケットに入れて家から出ていった。
その後はなにもなく、私はリビングのソファに座って雑誌を読み、隣に座ったスコーンがシャボン玉で遊びはじめた。
「ねぇ、割れないシャボン玉って出来たら面白くない?」
スコーンが笑った。
「面白いけど、そんなの出来るの?」
「出来るか出来ないか、まずはやってみるんだよ。よし……」
スコーンは楽しそうに研究ノートに書きはじめ、シャボン玉を吹いては呪文を唱え、トライアンドエラーをはじめた。
「スコーン、そんなの作ってどうするの?」
「ん、これが基礎なんだよ。そこからヒントを得て発展させるんだ。虹色ボールだってそうだよ。まだ新バージョンを開発中だし」
スコーンが笑った。
今日は極めて穏やかで、骨休めにはちょうどよかった。
夕方になって、玄関の扉がノックされたので出ると、メリスさんが顔を見せた。
「新しくできた寮をみていました。まだ内装工事中でしたが、じきに終わるのでもう少しお庭をお借りします」
「うん、いいよ」
私は笑みを浮かべた。
「それで、図々しいのは承知ですが、いつの間にか立派なドームが八つもできあがっているので、一機お借りしてよろしいですか?」
「うん、いいよ。今は誰も使っていないはずだし」
私が笑みを浮かべると、メリスさんは封筒を差し出した。
「使用料です。無料でお借りするわけにはいきません。では、お借りします」
メリスさんが笑みを浮かべ、ドームに向かっていった。
「ほら、みんなドームを使うでしょ。大事なんだよ」
スコーンが笑った。
「そっか。そういや、メリスさんってなんの研究しているんだろ。聞いたかな……」
「聞かなくても分かるよ。私と同じ攻撃魔法だね。必ず左腕に腕輪を付けて、想定破壊量を確認するんだよ。それがあったからね」
スコ-ンが自分の腕輪をみせて、小さく笑った。
「へぇ、そんなのがあるんだ」
「うん、そうじゃないと危ないからね。さてと、私もドームにこもってくるよ。一個試したい魔法があるんだよね」
スコーンが笑って、玄関から出ていった。
「はぁ……今日はなにもなかったなぁ。冒険を休むのも冒険か」
私は笑みを浮かべたのだった。
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