第34話 新装備

 家に帰ると、露天風呂の隣に人が一人入れるかどうかという程度の、カマクラのような建物が二つ建てられていた。

「あっ、ドームできてた!!」

 スコーンがその建物にダッシュしていった。

「なんだろ、あれ?」

「はい、魔法研究に必須なんです。ここには魔法試射場があるので、師匠も悩んでいたようですが、ついに我慢出来なくなったようで、広い庭を使って作ってしまったようですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、いくら掛かったんだろ?」

「はい、あのドームの中は最高の結界魔法が張られていて、材質も魔力吸収製の高いミスリル合金です。あのドーム一つで五千万クローネはかかります」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そんなに高いんだ。あれでなにをするの?」

「そうですね……。例えば強力な攻撃魔法開発したとします。完成したかどうかは、試射してみないと分かりません。まさか、それを町中でやるわけにはいきませんよね。ところが、それができるのがあのドームなのです。パステルも魔法を使えるなら、あの独特の感触は分かるでしょう。それが、設計通りに魔法ができたという証拠なのです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「へぇ、またなんでも屋のオッチャンに頼んだんだろうけど、支払いは大丈夫かな……」

 なにせ、珍しい魔法書や魔力で動く魔道具を購入してしまうのがスコーンである。

 所持金ががいくらか分からなかったが、私は二つのドームを出入りして確認している様子だったスコーンに声をかけた。

「ドームの様子はどう?」

「うん、完璧だよ。少しの魔力変動でも影響しちゃうから、結界魔法が放つ明るさしかなしかないから、ちょっと怖いけどね。入ってみる?」

 スコーンが楽しそうに私を誘ってくれた。

「うん、これも冒険だよ」

 私は笑った。

「中にも外にも開閉のポッチがあるから、それ押すといいよ。絶対、開放状態でやらないでね。意味がないから!!」

「あれ、スコーンは入らないの?」

「うん、狭いし魔力干渉を起こして危ないから!!」

 スコーンが笑い、ドームの一つに向かっていくと、扉が開かずにしょんぼりしてしまった。

「どうしたの。建設ミス?」

 私が聞くとスコーンが首を横に振った。

「あれ、中に入ると使っている人の名前が表示されるんだけど、ビスコティがこっそり入り込んで使ってるんだよ。それはあとで怒ればいいんだけど、パステルに一番に使ってもらいたかったんだよ。みせたかったっていうのもあるけど、桁違いに魔力が上がってるのに、使えなかったら意味がないでしょ。そのテストが終わらないうちに……開いてる方を使って。その間にビスコッティをしょんぼりさせてるから」

 スコーンの目に怒りの炎が点火した。

「分かった分かった、そう怒らないの。そういえば、建築費ってどのくらい?」

「そうだね。なんでも屋のオッチャンに頼んだから、切りよく五千万だって。それが二つで一億だよ。なんで?」

 スコーンが不思議そうな表情を浮かべた。

「みんなで使う設備や道具は、共有財産から出すって取り決めだったでしょ。ついでに、増やそうか。みんな魔法を使うし、二つじゃ足りないでしょ四つあれば足りるかな?」

「うん、十分だよ。さっそく、なんでも屋のオッチャンに相談してみる!!」

 スコーンが元気に笑って、家の門から出ていった。

「えっと、ドームの一つは空いてるな。入ってみるか」

 私は空いているドームの一つに入った。

 そこは、人が立って一人くらいのまさに小さなドーム状の建物で、目がチカチカするほどの強烈な魔力を放つ結界で覆われていた。

「jこれは長時間は辛いね。まさに、試験設備だね」

 私は笑った。

 その結界の明かりに照らされた、出入り口のポッチに書かれた『開』『閉』のうち、私は『閉』の方を押した。

 すると、重厚な金属が閉じ結界の明かりが強くなった。

「えっと、適当にやってみるか……」

 私は以前から使っていたファイア・アローという、比較的初歩の炎の矢を飛ばす攻撃魔法だった。

 瞬間、バチッともの凄い電撃のようなものが走り、結界が真っ赤に染まってしまった。

「え、えっと、これって失敗?」

 なんだか怖くなってしまったので、私は慌てて扉を開けようとなんどもポッチを押したが、扉は頑として開かなかった。

「あ、あれ、故障かな……」

 少しして落ち着くと、私は扉の解錠を試みたが、鍵自体がなかった。

「なんだこれ、どうすれば……」

 どうしていいか戸惑っていると、扉の小窓が開いてスコーンが顔を出した。

「大丈夫、故障じゃないよ。結界が赤く点灯しているのは、あまりに多量の魔力を蓄えちゃったから、生ガスにして放出しているだけだから。半端なく臭いよ!!」

「……臭いっていわないで」

 私は苦笑した。

 今になって気が付いたが、小窓の下に通話穴があった。

「ところで、なんで開かないの?」

「魔力が一定以上高くなると、この扉から勢いよく吹きだして爆発の危険があるからなんよ。ちょっと待ってて。安全になったら青い色に戻るから」

 スコーンが笑った。

「ところで、どんな魔法使ったの?」

「うん、私にとっては初歩の炎の魔法で、ファイア・アローっていうんだけど……」

 瞬間、スコーンが真面目な表情を浮かべた。

「いつもやってるヤツでしょ。それでこれか……。ちょうどドームからビスコッティが出てきたから、相談してくる!!」

 なにを相談してくるのか分からなかったが、スコーンはその場から離れていった。

 その間、結界の色は黄色に変わった。

 ちなみに、魔力の生ガスとは、その魔法で放出されたもので、使用されなかった無駄撃ち分である。

 これがまた、涙が出るほど臭いのだ。

 しばらく待っていると、のぞき窓からビスコッティが顔を覗かせた。

「あっ、もう青ですね。出てきて下さい」

 ビスコッティの声に頷き、私は開のポッチを押した。

 すると、扉が開きものすさまじい悪臭が流れ込んできて、私は思わず吐きそうになってしまった。

「ほら、どうしましたか。ドームの上にある吸排気口からでた、自分の魔力のニオイですよ。慣れなかったら、魔法を使えません」

 ビスコッティが意地悪をいった。

 そして、ポケットに入れてあった腕輪を私につけた。

「それは、魔封じの腕輪といって、普通の魔法使いなら文字通り魔法を封じられますが、今のパステルの魔力だと、ちょうどいい魔力抑制装置程度にはなるでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そこまで強くなっちゃったの?」

「はい、向こうで師匠が待っています。いきましょう」

 ビスコッティに背を押され、私はドーム一号機に向かった。

 壁に『1』と書かれているので、一号機で間違いないだろう。

「師匠、連れてきましたよ」

 ビスコッティが、難しい顔をして、一号機の前に立っていたスコーンに声をかけた。

「そんなの見れば分かるよ。パステル、さっきの一件でどう思った?」

「まあ、怖いと思ったよ」

 私は素直に答えた。

「じゃあ、攻撃魔法は合格だね。怖いって感じるのは、魔法使いとして正しいから。もう一つ、カチッって音がしなかった?」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「してないよ。なにかあるの?」

「うん、それが魔法事故の原因になる。魔力の暴走が起きたから、強制キャンセルされた時の音なんだよ。それが起きるとドーム全体が赤く光るから分かるけど、そのカチッが聞こえたら失敗だから」

 スコーンがニコッと笑み浮かべた。

「そっか、分かった」

 私は笑みを浮かべた。


 しばらくドームの見物をしていると、見慣れたなんでも屋のオッチャンが運転するトラが家の脇に止まった。

「おう、話しは聞いてるぜ。どうせ、足りなくなるなって予測していて、材料はあと六つ分用意してある。なんなら、全部使ってくれ。返品不可だからな!!」

 オッチャンが笑った。

「分かった、そういう事なら全部使ってくれていいよ。いつも通り前金ね」

 私は笑って家に入り金庫の扉を開けると、中からお金を取り、扉にを閉めて施錠した。「……まだ余裕があるけど、そろそろ『狩り』のタイミングかな」

 金庫の金属に映った私の顔は、多分ビスコッティも驚くかもしれないほど……ひたすらに凶悪だった。

「全く、どっちが盗賊団なんだか……」

 私は笑みを浮かべ、札束を持って外に出た。

「おう、マケてやりてぇところだが、今回はお宅の外でテントを張ってる連中が主導で動いていて、俺は材料到達係みたいなもんでな。なにせ、わけがわからねぇものばかりだからな!!」

「そっか、先にエリスさんがやっていたんだ。いつ食堂から戻ったんだろ」

 スコーンが不思議そうな顔をした。

「エリスだっけか。あの嬢ちゃんが設計図だけおいていったんだよ。特殊な素材を使うからって、職人一同も手配してくれた。だから、俺はなにもしていねぇから、この金は連中に配っておく。手数料十万だけくれ」

 オッチャンの言葉に、私は財布から十万クローネを取り出して、オッチャンに渡した。 そして、スコーンに一億クローネ渡すと、スコーンが突っ返してきた。

「これはもらえないよ。エリスさんにあげないとダメだよ!!」

「なんで? 実際にお金を出したのはスコーンでしょ。オッチャンが分け前を渡すだろうから問題ないし、これはスコーンのお金。ほら、空間ポケットを開いて!!」

 私が笑うと、スコーンはしばらく考えていたが、やがて空間ポケットを開いた。

「よく考えてみたらそうだね。じゃあ、一億だけ。半分はパステルのものだよ。あのドームの一発目の試験は誰でも嫌がるんだよ。特に極点テストっていって、想定された魔力の上限まで使って大丈夫か調べるんだけど、そんな術者自体がなかなかいないし、いたとしても、高額の報酬が必要だから、一億なんてやすいんだよ。あと六つ増えるみたいだし、大変だけどよろしくね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「要するに、他の七つでやればいいんでしょ。まずは一号機だね」

 私はビスコッティが占領していて、先程使えなかった一号機に向かおうとした。

「あっ、一号機は私が済ませておきました。攻撃魔法は使えるのですが、あえて得意な回復魔法でやってみました。攻撃魔法とは違いますが、魔法は魔法ですしちゃんと赤くなりましたよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいいのかな?」

「うん、それが極点テストだから。それにしても臭いね。近所迷惑かな」

 スコーンが笑った。


 ドームは簡単に作れるらしく、なんでも屋のオッチャンと一緒にきた職人の手によって、三時間程度で作業が終わった。

「おう、終わったぜ!!」

 やる事がないようで、トラックの運転室で煙草を燻らせていたオッチャンが声をかけてきた。

「ありがとう、またなにかあったらいくよ!!」

 オッチャンは右手親指を立ててからトラックを出し、私はさっさと極点テストを終わらせるべく、各ドームを回って強烈な反動を受けつつ攻撃魔法を放ち続けた。

 ビスコッティとスコーンが手伝ってくれたので、思いのほか全てのチェックが終わった。

 ドームから出ると、八日の青白い光りに包まれ、なかなか幻想的だった。

「あっ、明かりの魔法でイルミネーションまでやってくれてる。これ、中に影響がないようにやらないといけないから、かなり高額なんだよ。サービスかな」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「言い値でやってもらうと、いいことがあったりするんだよ。それにしても、メリスさんはどこにいったのかな。研究所かな?」

 私は笑った。

「ん、パステル。ちょっと服を脱いで。魔力痛が起きてるかもしれない!!」

「ええっ、こんな野外で!?」

 まあ、冒険慣れしているので、別に特別なことではないが……ええい、分かった。

 私が服を脱ぐと、ビスコッティがすっ飛んできた。

「こ、これでずっとやっていたのですか。両腕に違和感は?」

 ビスコッティが、慌てて回復魔法を使ってくれた。

「違和感というか、変な痛みはあるよ。すぐ治ると思っていたんだけど」

「治りません。酷くなると麻痺してしまう可能性もある重症なんです。慣れない魔力連続放出で体にダメージが蓄積されたのでしょう」

 ビスコッティは次々に魔法を変え、額に汗をかけながら、私の治療を続けてくれた。

「そういえば、魔法を使うたびに弾かれるような刺激があったよ。こんなもんだと思ったんだけど……」

「バカ、それが魔力痛のはじまりなんです。いってくれれば、即時対応できたのに……」

 ビスコッティが目で『あとでビシバシします』といっていた。

「ビスコッティ、それじゃダメだよ。魔法薬も使わないと……」

 スコーンが心配そうに呟いた。

「分かっています。ですが、まだその段階ではありません。中程度の魔力痛でよかったです。派手な反動があっても、それが当たり前なんて……」

「それは私の説明不足だよ。確認しにいったのが終わったあとで元気だから、余裕だねって思っていたんだよ。まさか、魔力痛なんで思わなかったよ。普通は魔力の残留臭で分かるんだけ、これだけ密度が高い生ガス臭の中で、気が付くのが遅れちゃったんだよ」

 いつもは元気の塊みたいなスコーンが、しょんぼりしてしまった。

「スコーンのせいじゃないから。ビスコッティも気が付かなかったし、無理した私が悪いんだから」

 私は苦笑した。

「うん、それでもダメ。キツい反動があったはずって、分かっていたんだよ。まさか、魔力痛を起こすレベルの反応だって分からなかったんだ。普通は、ドームが赤く点滅するから分かるんだけど、あまりに強すぎて反応しなかったぽい。ビスコッティ、なんとかなりそう」

 スコーンがしょんぼりしたまま、ビスコッティに問いかけた。

「はい、なんとかなります。これで、パステルもドームを使えますね。それぞれがリンクしているので、最大魔力の情報を記憶できます。これが、極点テストを嫌がる人が多い理由なんですよ。場合によっては命がけですからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ふぅ、ビックリした。これで終わり?」

 私が問いかけると、ビスコッティは腰の鞄から金色に光る薬瓶を取り出し、栓を開けた。

「これで終わりです。飲んで下さい」

 私は頷き、その薬瓶の中の薬を飲み干した。

 すると、全身が熱くなって腕の痛みなどきれいに消えてしまった。

「うん、大丈夫。これでいいの?」

「はい、早く服を着て下さい。パステルにも、一欠片の羞恥心はあるでしょうから」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あっ、ああそうだった!?」

 私は慌てて脱いだ服を着た。

「あれ、スコーンは?」

 いつの間にかどこかにいってしまったスコーンを探すと、一号機が赤く光った。

「ああ、全く……」

 ビスコッティが一号機に向かい、明かりが青くなるのを待って扉を開け、中からスコーンを引きずりだし、思い切りビシバシしてから私の元に戻ってきた。

「なんでも、私も魔力痛を起こさないと気が済まないとかで。それなりの使い手なので体が勝手にコントロールしてしまいます。まず無理なのですが……」

 ビスコッティが苦笑した。

「スコーンまでなったら大変だよ。いいから、気にしないで!!」

 私は笑った。

「……分かった。怒ってないならいいや」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「怒るわけないでしょ。スコーンが気が付いてくれたから、なんとか無事だったんだし」

 私は笑った。

「そっか、よかった」

 初めてみたかもしれない、しょんぼりしていたスコーンが笑顔になった。

「さて、家に入ろうか」

 研究所チームや食堂から帰ってこないメリダは、きっと忙しいのだろうと思い家の中に入ろうとした時、門の外に自警団の団長を示す旗を掲げた厳つい車が停車した。

「おや、緊急だ」

 私が門に駆け寄ると団長が降りてきて、大声を張り上げた。

「『西正義団』だ。街道を進む商隊のオンボロトラックを狙って、大軍で迫っているらしい。手が空いてるなら対処して欲しい。俺たちはここの警備から離れられん!!」

「分かった、今から急ぐよ。場所は?」

「ああ、商隊からの緊急連絡によれば、コルンの村の西らしい。場合によっては、村はすでに破壊されている可能性がある。とにかく急いでくれ!!」

「分かった、『お年玉』に期待するよ!!」

 私は笑い車に向かって走った。

「うん、私たちはこれだな」

 すでに暗くなり、闇に浮かんだ二機の攻撃ヘリを指さし、ビスコッティが笑った。

「お前たちは車で急げ。ヘリの始動には時間が掛かる」

「分かった、みんな急ぐよ!!」

 二台の車に分乗した私たちは、エンジンの暖機運転など知ったことかと、勢いよく家を飛びだした。

 最近になって取り付けたサイレンと非常灯を作動させながら、私たちは後輪を滑らせながら車を街道に突入させ、ひたすらコルンの村を目指した。

 運転手がいなくなってしまったのでスコーンがハンドルを握り、もう一台はリナが握っているようだった。

 コルンの村は街道を全力で飛ばせば三十分ほどで、アレクの町が警戒態勢に入るのは当然だった。

 しばらく飛ばしていると、二機のヘリが頭上を追い越していった。

 私は車載無線のマイクをとって、追い越していったヘリに連絡をとった。

「そっちはどう?」

『うん、もう間もなくコルン上空だ。ここからでも分かる、徹底的に破壊されているな。しかし、どうも様子がおかしい。低空で確認したが、どうやらゴブリンの群れのようだ。ビスコッティが先行して商隊に結界膜を張った途端、全く興味をなくしてアレクに向かっている。数は数百体はいるな。自警団の攻撃ヘリも上がった。全て通報済みだ。お前たちは村の残党処理と救助活動をしろ』

 アリスの声に私はため息をついた。

「そっちだったか。誤報はよくあるけどね」

 それだけ呟くと、私たちはコルンに向けて車を走らせた。


『停車』

 無線の声をきいたか、スコーンが急ブレーキで車を止めて私が外に飛び出すと、二号車の屋根の上にシノが対物ライフルを構えていた。

 シノは無表情で引き金を引き、三発打って屋根から飛び下りた。

「門前の三体クリア。サイレンと非常灯は消した方がいいと思う」

 それだけいうと、シノは車に戻った、

「そうだね、目立っちゃマズい」

 私も車に戻ると、サイレンと非常灯を消した。

 車ごと火中の村に飛び込み、扉を蹴破るように開けると、装甲されているボンネットに銃弾が弾けた。

「……銃か。人間が絡んでるね」

 私は空間ポケットからサブマシンガンをとりだし、こちらに向かってきた十体そこらのゴブリンをなぎ倒し、別方向から迫ってきた一団はリナとララが処理した。

「フハハハ、さすがにやるな!!」

 燃える建物の陰から、派手なマント姿が現れた。

「他にいないだろう。今頃、アレクの町は……」

 その時、胸ポケットの無線に声が入った。

『全目標制圧しました。問題ありません』

 ビスコッティの声を聞いて、私は笑みを浮かべた。

「片付いたって。アレクの自警団を甘くみない方がいいよ」

「な、なんだと、子飼いにしていたゴブリンどもを……」

 私はサブマシンガンを肩にさげ、拳銃を抜いて構えた。

「はい、あんたはもう用なし。さよなら」

 私は拳銃の引き金を引き、眉間に風穴を開けると、いわなくてもみんながやってくれている残党狩りの方に注意を払った。

『西方面制圧。東側のバックアップに入る』

 この村は南北を街道が貫く串団子形なので、南北はさほど戦力を割く必要がなかった。

「了解。私は村の様子をみて回るよ」

 私が慎重に一歩踏み出すと、無線ががなった。

『西側制圧。スコーンが重傷。搬送する。なお、残党は全て始末した』

「了解、それでいいよ。早くスコーンを!!」

 私はビスコッティ譲りの回復魔法をいくつか使えるが、怪我の様子によっては効かないかもしれない……。

 と、思った時、今の強烈な魔力では、下手するとスコーンが破裂してしまうかもしれない。

「ここはリナに頼むか。私は消火活動をしよう」

 私は呪文を唱え、想定より遙かに大量の水が両手から噴き出され、火災はあっという間に鎮圧された。

「……いよいよ人間じゃなくなってきたな」

 私は苦笑した。

 そこに、びっしり濡れたみんなが帰ってきた。

 簡易式の担架に載せられ、バタバタしているスコーンの右足が動いていなかった。

「右足っぽいね。一応、確認しておこう」

 私は例の魔法で魔力や体の様子を確認した。

「うん、右足だね。大腿部の骨がバッキリいちゃってる。リナ、よろしく!!」

「うーん、私の回復魔法じゃ骨折まで治せるか微妙なんだよね。まあ、やるだけやってみようか」

 リナが呪文を唱えスコーンの体がやんわり包んだ。

「おぎょぉぉぉ……」

 スコーンが悲鳴をあげ、そのままぱたりと動かなかなくなった。

「……呼吸はしてるね。気絶しただけだよ」

 リナが額の汗を拭き、私をみた。

「大丈夫、治ってるよ。でも、ギリギリだったね」

 私が笑うと、一台の軍用トラックがやってきた。

「おっ、街道パトロールか。いつも遅いんだよね」

 私は笑みを浮かべた。

 ……目が笑っていればいいけど。

「これはパステル殿、助力感謝する」

 トラックから降りてきた、馴染みの隊長が敬礼した。

「一応、残党狩りと消火作業は終わってるよ。あとは任せていい?」

「無論だ。そのためにきたような感じなってしまったが、申し訳なかった」

 隊長は帽子を取って一礼した。

「それは、犠牲になったこの村の人たちにね。それじゃ、私たちはやる事があるから、よろしく頼んだよ」

 私は自分で分かるくらい真顔になって、一号車の運手席に座った。

「……仮免許はあるもん」

 私は車のエンジンをかけた。

 気絶しているスコーンを担架ごと荷台に積み込み、みんなが車に乗り込むと、私は勢いよく車のアクセルを踏んだ。

 ヤツらの巣は分かっている。私は街道から外れ、しばらく進んで車を止めた。

 いくらなんでも、勝手も分からず突っ込んだりしない。

 暗視機能付き双眼鏡を手に、車から降りようとすると、無線ががなった。

『おい、どこにいく。まあ、見当はつくがな。もう少し待て、いま向かってる』

 アリスの声が聞こえ、私はみえないのを承知で頷いた。

 時間にして数十分だろうか。

 狙撃手であるシノと協力して敵の配置を確認していると、オフロードバイクに乗ったアリスとビスコッティが合流した。

「あれ、師匠は?」

「うん、足を骨折してリナに治してもらったんだけど、痛みで気絶しちゃって……」

 私は荷台で動かないスコーンをみた。

「分かりました……。師匠、骨折くらいでなんですか。気合いが足りません!!」

 ビスコッティは、暴れるスコーンを動けないようにしていたベルトを外し、胸ぐらを掴んで上半身だけ引き上げると、思い切りひたすらビシバシ顔を引っぱたき続けた。

「……んぁ。痛いよ」

 目を覚ましたスコーンに、ようやくビスコッティはビシバシをやめて笑みを浮かべた。

「……おりょ!?」

 スコーンが車から飛び降りると、不思議そうな表情を浮かべて、辺りを見回した。

「えっと、ここどこ?」

「ああ、えっとね……」

 リナが事のあらましを説明した。

「うん、折ったときも痛かったけど、治してもらう時も痛かったよ。なんか気絶しちゃったみたいだし、それはありがとうなんだけど、ビスコッティに教えてもらって、ドームで練習だね!!」

 ボコボコの顔のスコーンが、笑みを浮かべた。

「うん、それはもういいだろう。門の前に張っていた十体のゴブリンたちが動き出したぞ。手足を動かしてなにか確認しているようだな。なんだ、これは……」

 アリスの声を聞いて、私は一個思い当たる事があった。

「分かった、『血の隷属』だよ、詳しくは省くけど、私は食らった事がある。本当になんでもいうことを聞くしかなくなるんだよ。思考も停止するし、ろくなもんじゃない」

 私は地面に唾を吐き、ビスコッティが優しく背後から抱きしめてくれた。

「あれは術者のミスです。あなたのせいではありませんし、そうされて当然です」

「分かっているけど……思い出しちゃった」

 私は肩を落とした。

「おい、ゴブリンたちが逃げていくぞ。これでいいのか?」

「うん、呪縛が解けて慌てて逃げ出しているところだから。やっぱり、あのマント野郎が主だったか。いかにも、親玉臭かったしね。あとは、残った人間を処理していくだけ。ごめん、嫌な事を思い出しちゃったから、私は戦力にならないな。みんなで排除してくれると嬉しい。お宝集めだけ、私がやる。いいかな?」

「私も残ります。今のパステルは、過去を思い出してなにをするか分かりません。アリス、頼みますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、何があったかは聞かないが、かなりのトラウマだって事は分かった。よし、みんないくぞ!!」

 アリスの声でみんなが走ってアジトに向かって走っていき、逃げるゴブリンは無視して中に突入していった。

「はぁ、冒険者ライセンスを取る前だから、立派な殺人だよ。まあ、大事にはならなかったけど。相手の方が酷いって……。でもね、実家は医者だよ。怒られたなんてもんじゃなかったんだよ。三日くらい姿を消していたでしょ。最後は納得してくれたけど、その間ベッド拘束に点滴だけだったんだ。それ以来……本当は戦闘は苦手なんだよ。でも、それが役目だから私はやる。大丈夫だから、心配しないで」

 私は背後から抱きしめているビスコッティの腕でちょっとだけ涙をこぼした。

「役目じゃなくで、それが好きだとはっきりいいなさい。全く」

 ビスコッティが笑った。

『うん、結構人間の残党がいるぞ。人身売買で捕らわていた人間は皆殺しにされていた。さすがに私も頭にきたぞ。容赦はしないからな』

「あんまり無茶しないように」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「こら、気合いいれなさい。ビシバシしますよ!!」

 ビスコッティが私を突き放すようにして、笑い声を上げた。

「気合いね……。ビスコッティがライセンス持っていてよかったよ。変なヤツから私を救ったって形になったから。さて、中は大暴れみたいだし、しばらく待つよ」

 私は笑みを浮かべた。


『よし、クリアだ。取るものとって、さっさと帰ろうか』

 無線に飛び込んできたアリスの声で、私は車でビスコッティはバイクでアジトに向かった。

 敷地の中に入るとおびただしい数の死体の山ができていて、スコーンとリナがひっくり返っていた。

「ああ、その二人は重傷だ。混乱したゴブリンに棍棒の一撃を食らってな。早く治してやれ」

「はい……ああ、これは二人とも痛いでしょうね。腕を骨折しています。こういう時は……」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、腰の鞄から薬瓶を取りだして、息も荒い二人に飲ませた。

「痛み止めです。では、いきましょうか」

 ビスコッティが呪文を唱えると、二人の体が青く輝きパッと消えた。

「しばらく待ってくださいね。すぐに治りますから」

 ビスコッティの言葉どおり、すぐに呼吸を整えた二人が立ちあがり、折れていた腕を上下させてみた。

「……すげ」

 リナが呟いた。

「ビスコッティ、治ったよ。ありがとう!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「一日に二度骨折なんて、師匠も大変でしたね。一度目はなにが原因で?」

 ビスコッティが指をボキボキ鳴らし、逃げようとしたスコーンをあっさりキャッチした。

「うん、自分で仕掛けた罠にハマった。そこはやめておけといったのだが……」

 アリスが笑った。

「ほら、やっぱり。ビシバシします」

 ビスコッティが片腕でスコーンを正面に回し、宙吊り状態でビシバシと往復ビンタを何発も叩き込んだ。

「なんで、味方がダメというところに罠を仕掛けるんですか!!」

 ビスコッティが宙吊りにしたスコーンを離し、地面に降りたスコーンが小首を傾げた。

「なにが悪かったのかな。罠についてはパステルだ。ねぇ、どんなのがあるの?」

 ワクワクした様子のスコーンが、私にへばり着いた。

「そうだね、一番簡単な……おっと、真似するからダメ!!」

 私は笑い、ビスコティがスコーンを私から引っぺがして、またビシバシをはじめた。

「私が怒ったのは、罠の出来ではありません。わかるまでビシバシします!!」

「うん、あの二人は放っておいて、お宝ゲットに向かおう。これも、重要な仕事だろ?」

 アリスが笑った。


 さすがに歴史が長い盗賊団だけあって、お宝は相当な額になった。

 全て回収したあと、スコーンの攻撃魔法でアジトを完全に灰にして、私たちは車とバイクで無事にアレクの町に帰ってきた。

 その頃には明け方になっていて、私たちは家に戻った。

 扉を開けて中に入ると、エメリアとトロキさんが拭き掃除をしていて、メリダが朝食を作ってくれていた。

「あっ、おかえりなさい。どこかにお出かけでしたか?」

 メリダが笑みを浮かべた。

「うん、盗賊団潰しね。アレクでも警報がなったはずだけど……」

「はい、確かに聞こえましたが、食堂の方に没頭していて無視してしまいました」

 メリダが苦笑した。

「ダメだよ。避難シェルターに行かないと。さて、今日の稼ぎは多いぞ。

 私は笑みを浮かべたのだった。

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