第33話 町での日常
メリダが作ってくれた夕食のあと、リビングでララと際限なくジャンケンをしてると、夜中に来客のようで呼び鈴がなった。
私は拳銃をそっと抜いて、玄関の扉を開けた。
「よう、なんだシケた顔をしやがって!!」
やったきたのはなんでも屋のオッチャンだった。
「なんだ、オッチャンか。お茶でも飲んでいく?」
「いや、暇がなくてよ。また今度な。それで用件だが、まずメリダの食堂が完成したぞ。まあ、中の設備を新品にして、壁紙を貼り替えただけだがな。内装は好きにやってくれ」
オッチャンが笑みを浮かべた。
「そうですか、ついに自分のお店が……。明日、トロキさんと一緒に見にいきます」
「分かった。鍵は渡しておくぜ」
オッチャンが鍵を四つメリダに渡した。
「よし、オープンを待っているぜ。あとはスコーンだな。公衆浴場に温泉を通すって話しをしただろ。お湯代はこれでいいか?」
オッチャンは一枚の紙をスコーン示した。
「へぇ、お金になるんだね。しかも、すっごい高い!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「いやまぁ、あの浴場は町営だからな、一度話しを通したんだ。そしたら大喜びしてよ。これでわが町の名物ができたって、破格の値段で買ってくれたよ。いっておくが、それは一ヶ月分だからな」
「一ヶ月でこんなになるの!?」
スコーンが声をひっくり返した。
「まあ、それだけの価値があるってこった。あと、これは外の連中には伝えてあるが、いちおう教えておこう。研究所の建て替え作業がはじまったぞ。最優先で寮の作業から始めてもらってる。いつまでもテントじゃ不便だろ」
オッチャンが笑った。
「そりゃそうだね。どのくらい掛かるの?」
「そうだね……。なにせ、拘り抜いた材料だからな。二ヶ月はかかるだろうな」
オッチャンが笑った。
「寒いか暖かいか微妙な感じの時期だね。なるべく早くしないと」
「分かってるが、材料が揃わないとなにもできねぇからな。まあ、こっちは任せろ。じゃあ、またなんかあったらな!!」
オッチャンは笑いながら、私たちの家から去っていった。
「まあ、色々上手く回ってるみたいでなによりだね」
私は笑みを浮かべた。
翌朝、私たちは隣のトロキさんを誘って、メリダの食堂に向かった。
メリダが真新しいシャッターの鍵を開けて上に押して巻き上げ、さらにおくにあったガラス製の扉をあけると、真新しい建物の匂いがした。
「凄い……希望通りです」
メリダが笑みを浮かべ、薄茶色の壁紙が貼られた店内に入っていった。
店内はカウンター席とテーブル席があり、ほどよい広さで居心地がよかった。
「へぇ、あのオンボロがこうなっか」
私は笑みを浮かべた。
「あれ、冷蔵庫もコンロも作動しません。壊れているとは思いませんが……」
メリダが困っていると、トロキさんが小さく笑い、キッチンの壁に設置されていた動力ブレーカーをオンにした。
すると、どこからか大きな音が聞こえ、メリダが目を丸くした。
「あの、今のはなにを……?」
「ここの魔力ジェネレータを作動させました。これで、問題ないでしょう。最新型なので、大気中を漂う魔力を吸収して、二十四時間可動出来る物ものですね。もちろん、店内に誰かいた方が効率がいいので、私の家にいる十人も参戦予定です。すでに、グループ分けも終わっていますよ」
トロキさんが笑った。
「へぇ、早いね。年中無休二十四時間営業だったような……」
「はい、この町には食堂がありませんからね。公衆浴場に温泉を引くという情報も耳に入っていますし、大繁盛必至でしょう」
トロキさんが笑った。
「それはいいけど、メリダが留守中はトロキさんだけになっちゃうよ」
「それは大丈夫です。全員が料理好きで、もちろん人によって味は多少変わってしまいますが、メリダさんの審査にればですが」
トロキが頷き、遅れて入ってきた十人が頭を下げた。
「そ、そんな。ああ、頭なんか下げなくても!?」
メリダが慌てて声を上げると、トロキさんが笑った。
「従業員ですからね。それぞれ、定番の肉じゃがを作ってきてもらいました。
トロキさんが笑うと、本人も含めて空間ポケットからホカホカの肉じゃがが盛られた器を差し出した。
「あれ、いきなり採用試験になっちゃたよ。ビスコッティ、どうしよう……」
スコーンがビスコッティの服を引っ張った。
「はい、当然だと思いますよ。留守を預けるのですから」
心配そうなスコーンの頭を、ビスコッティがなでた。
「……分かりました。こういうのは苦手ですよ」
メリダが苦笑して、真新しいテーブルに並んだ肉じゃがの試食をはじめた。
「……どれも美味しいですが、ばらつきがあるのでレシピを作りましょう。多少の誤差はあっていいとおもうのですが、ここまで違うとちょっとマズいので」
メリダだが笑みを浮かべた。
「はい、それがいいでしょう。その意見を聞きたかったのです。みなさん、このお店で出す料理のレシピを作って頂きましょう」
トロキさんが、ノートを何冊も取り出した。
「えっ、ここで書くのですか!?」
「はい、善は急げです。パステルさん、メリダさんをお借りしますね」
トロキさんの笑い声に笑顔で応え、私たちはメリダの食堂から出た。
「さてと……」
辺りを見回すと、あらかじめ途中までやっておいたといっていた、なんでも屋のオッチャンによる配管工事が終わったようで、広場の地下から湯気が噴き出し、これだけで町の雰囲気が変わってしまった。
「ふぅ、終わったぜ。よし、一番風呂はいただきだ!!」
たまたまいたオッチャンが汗と土にまみれて叫び、公衆浴場から公衆温泉に変わった建物ので入り口に向かってダッシュしていった。
「まあ、この町にはなにもないしね。これで、少しは発展するかな」
私は笑った。
なにもない田舎町が好きだが、たまにはこういう目玉施設があっていい。
そうすれば、住民税も下がるかもしれないので、遠回しの利益があるかも知れない。
そんな事を考えながら、私たちは誰がいうまでもなく、射撃場に向かった。
アリスがくれた防具はともかく、サブマシンガンは練習が必要だった。
「私は銃器が苦手で……」
ララが苦笑した。
「私も得意とはいえないな。でも、あるからには練習しておいて損はない!!」
リナが笑った。
「私、もうマシンガン持ってるよ!!」
スコーンがM-60を空間ポケットから取りだした。
「師匠、ダメです。大きすぎますし、使える場所が限られてしまいます。拳銃弾のサブマシンガンも持っておいた方がいいですよ」
ビスコッティがやんわり笑みを浮かべながら、スコーンを諭した。 「そっか、なら練習する。どんなの?」
「えっとですね、このMP-5は……」
スコーンに丁寧に説明をはじめると、ララも加わって勉強をはじめた。
「うん、お前はいいのか?」
アリスが笑みを浮かべた。
「私のサブウェポンはMP-5だよ。腕はともかく扱い方は知ってるよ!!」
私は笑った。
射撃場につくと、すぐ隣にある魔法研究所の建て替え作業の様子がみえた。
今は古い建物を取り壊す作業をやっているようで、かなり賑やかだった。
「うん、聞いた話しだが、射撃場の地下に夜戦エリアができたらしい。もちろん撃ち合うわけではなく、物陰から出てくる紙の的を狙うだけだが、やってみるか?」
アリスが笑みを浮かべた。
「へぇ、地味な存在だけどリニューアルしたんだね。いいよ、お手並み拝見!!」
私は笑い、みんなで射撃場にはいった。
射撃場に新たに追加された狭い下り階段を進むと、ほの明るい広大な近く空間が広がっていた。
「なるほどな。実戦ではもっと暗い場合があるが、まあ、こんな感じだろう」
ほんのり照らされたアリスが、笑みを浮かべた。
「これはいいですね。これから頻繁に通いましょう」
アリスの話しを聞いて、合流したシノが小さく笑みを浮かべた。
「そうだね。さて、暗視装置と……」
私は空間ポケットからヘルメットと暗視装置を取り出した。
「うん、付け方は教えた通りだ。分かるか?」
「分かってるよ。シノはもう準備万端みたいだし、さっそく始めようか」
私は単眼式の暗視装置を装着し、肉眼ではなにもみえないブースの先をみた。
「分かっているつもりだったけど、暗視装置があってもこれじゃ……」
私は一番近い場所に飛びでた的を拳銃で撃ち抜き、やや遠目に出た的を狙撃銃で撃ち抜いた。
「うん、実戦なら三回は死んでるな。苦労が分かったか?」
アリスが笑った。
反対隣で淡々と銃を撃つシノは、急に無口になってしまい、真面目に撃っているところをはじめてみたが、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。
「……パステルは狙撃が向いているかもしれない。試してみて」
シノが呟くように私に声をかけてきた」
「ビックリした……。狙撃か」
私はブースのテーブルにあるスイッチを押し、『ランダム』から『狙撃』に切り替え、狙撃銃のバイポッド……二脚をブースの上に置いて構えた。
暗視機能付きのスコープなので、ヘルメットにつけた暗視装置を上に跳ね上げ、遠くに現れた標的を撃ち抜き、次々現れる標的を片っ端から撃ち抜いていった。
「うん、筋は悪くないな。トレーニングすれば、一端の狙撃手になれるぞ」
アリスが笑った。
地下から地上にでると、眩しい日差しに目がチカチカした。
私たちが地下にいる間に、ビスコッティが残った面子にサブマシンガンの使い方を教え、ひたすら練習に明け暮れていた。
「あっ、地下はどうでしたか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「一応、一通りの練習はできるな。まあ、物足りないがよくできていたぞ」
「そうですか。私もいってみます。交代して下さい。
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ああ、いいぞ。パステルとシノは好きにしていてくれ」
アリスがビスコッティとみんなの指導を交代し、そのそのビスコッティが私の肩を掴んだ。
「……どんなところでしたか?」
「なに怖い顔してるの、ここと同じようにブースがあって、暗いだけだよ!!」
私は冷や汗をかいた。
恐らく、さっさと地下にいってしまったので、逆恨みしているのだろう。
「そうですか。となると、狙撃が主体っぽいですね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「それがね、『近距離』『中距離』『狙撃』ってモードがあって、切り替えるとターゲットが出る位置が違うんだよ。なかなか面白いよ」
私は笑った。
「なるほど、ちょっと行ってきます」
ビスコッティが、空間ポケットから狙撃銃を取りだし、地下への階段を下りていった。
「私も行こうかな……」
「やめておいた方がいいぞ。アイツはマジしかスイッチがない。私は遊べるが、アイツはマジだろうな。見る目が変わるかもしれん」
アリスが笑った。
「……いこう」
私はひっそりと地下への階段を下りた。
地下に下りると、淡々と銃を撃つ音が聞こえてきた。
薄暗いなかでみると、ビスコッティが無表情で淡々と狙撃銃を立射で撃っていた。
「……うわ、マジだ」
私は全身を怖気が走った。
「パステル、これはお遊び兼癖の修正ですよ。本気だったら、あなたが下りてきた途端にうっかり撃ってしまったかもしれません。ここは、そういう場ではありませんからね」
ビスコッティが小さく息を吐き、こちらは見ようともせず、再び淡々と撃ち始めた。
「……退散しよう」
私は小さく息を吐き、再び階段を上っていった。
地上にでると、アリスが笑った。
「どうだ、違う感じだったろ?」
「うん、遊びと癖の修正とかいってたけど、声に抑揚がないし月並みな表現だけど、カミソリみたいな空気だったよ」
私は苦笑した。
「まあ、遊びだろうな。こんな場所でマジになるわけがない。私なんて、完全に的当てゲームだったしな。ビスコッティが飽きるまで、お前も練習おくといい。特に狙撃だな。まだまだダメだ。私が教えよう」
「えっ、アリスの教えって厳しいのに!?」
私は慌てて逃げようとしたが、あっさりアリスにキャッチされてしまい、そのまま狙撃ブースまで連れていかれてしまった。
「よし、いいだろう。まずは二百からだな。お前もVSSを持っていたな。さっさと出して準備しろ」
アリスの言葉に私はため息を吐いて、特殊な用途向けに開発された、ほぼ無音のVSSという狙撃銃を取り出した。
「それで、撃てばいいの」
私は空のマガジンに弾丸を装填しながら、アリスに聞いた。
「うん、まず一発撃ってみろ」
アリスの一言に頷き、私はVSSを構えてレバーを引き、二百メートル先の人型を模したマンターゲットの頭部を狙って一発撃った。
ターゲットを手前に引き寄せると、撃った弾丸は頭部を撃ち抜いていた。
「そうだな、このくらいはこなしてもらわないとな……ん、シノか。どうした?」
いつの間にか、シノが狙撃銃を肩に下げて立っていた。
「はい、対物ライフルは慣れているのですが、VSSは慣れていなくて。お隣いいですか?」
シノがニコッと笑み浮かべた。
「無論、構わんぞ。このクソボンクラと一種に指導するか」
アリスが私の背中に足を乗せて笑った。
結局、昼食もまともに取らず撃ちまくった私たちは、食堂で頑張っているはずのメリダの様子をみにいった。
「どう?」
私が扉を開けて声をかけると、ちょうどカウンターで書き物をしていたメリダが笑みを浮かべた。
「今はみなさんで、メニュー作りをしています。私はこの前の迷宮についてのレポートを書いていますよ。もうすぐ終わります」
メリダが楽しそうに笑った。
「ああ、そうか。レポートの提出があったね。役所まで付き合うよ」
「はい、お願いします。あの、試作の料理があるので、みなさん食べて下さいませんか」
メリダの言葉に全員が頷き、まだ新築のような匂いが漂う店内に入った。
奥のキッチンでは、トロキさんをはじめとした、元コモン・エルフの十人がそれぞれ声を掛け合いながら、小鉢に料理を盛って試食を繰り返していた。
「あれ、メリダは調理しないの?
「いえ、やりますが、今は邪魔といわれてしまって、この間にレポートを書いていたのです」
メリダは苦笑して、テーブル席に私たちを案内して、小鉢を次々運んできた。
「どうでしょうか、みなさん率直な意見を求めています」
メリダの声に私は頷き、そっと料理に箸を伸ばした。
「美味しいよ。これ美味しいよ!!」
なぜか涙まで流しながら、スコーンが声を上げた。
「師匠、泣くほどでは……」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、これはオイスターソースが利いてていいね」
私は野菜炒めを食べながら笑った。
まあ、そんなこんなで、ちゃっかり遅い昼ご飯を済ませた私たちは、一時休止ということで、レポートを片手に楽しそうに歩くメリダを連れて、アレク町役場に向かった。
中に入ると同時に、スコーンが虹色ボールを大量にばらまいた。
「あれ、エアコンが効いてて涼しいけど……」
「ここ臭いもん。きっと、アレルゲンとかたくさんあるし、浄化しないと」
私の言葉にスコーンが反応し、大きな笑みを浮かべた。
「そ、そう……。誰も聞いていないよね?」
私は辺りを見回したが、幸い近くに人はいなかった。
「よし、臭いなら早く用事を済ませよう。冒険課と……」
勝手知ったる町役場である。
長いカウンターの端に、ポツンと『冒険者ライセンス更新窓口』と書かれている札が刺さっている窓口があった。
「さて、ここでやるよ。まずは、この紙に書いて……」
私は記帳台の下にある棚に置かれた青い用紙を取り出した。
「はい、ありがとうございます」
メリダがサラサラと書類を書き、私に差し出してきた。
「あの、これでよろしいでしょうか?」
私はメリダが差し出してきた用紙をチェックした。
「あっ、一個だけ。パーティー名は入れておいて。ブロンズのライセンスのソロで、あんな迷宮は無理だから疑われちゃうよ」
私は小さく笑った。
「分かりました。ごめんなさい、パーティー名を忘れてしまったのですが……」
メリダが苦笑した。
「まあ、滅多に使わないしね。そのブロンズのライセンスにも書いてるけど、『銀狼の月』だよ」
「はい、ありがとうございます」
メリダがサラサラ書いて私に差し出すと、記載事項を確認した。
「うん、大丈夫。サインもしてあるし、問題ないよ」
私が用紙をメリダに返すと、彼女はそれを窓口に差し出した。
「はいよ、更新ね。ほぅ……」
メリダのレポートを読んだ窓口のオッチャンが声をあげ、金色の樹脂板に必要事項を打ち出していった。
「おっ、いきなりゴールド!!」
私は笑みを浮かべた。
「まあ、当然でしょう。さて、あとは写真だけです。こちらへ」
メリダはオッチャンに案内で、カウンター後ろにある写真撮影ブースで写真を撮り、再び私たちのところに戻ってきた。
「しばらく待って下さいね。えっと……」
オッチャンが作業をはじめると、凄まじい轟音が聞こえた。
「……アリス、おなら派手すぎ。もうちょっと恥じらって」
「うん、パステル。なんか文句あるか?」
アリスが私にゲンコツを落とした。
「さっき、芋ばかり食い過ぎたな」
「うん、芋料理しか食べてなかったもんね」
私は苦笑した。
まあ、そんなこんなでメリダの冒険者ライセンスがゴールドになったところで、私たちは役場を出た。
時刻はすでに夜になっていて、様子をみたいということで食堂に向かっていった。
「さて、私たちの夕食は……さっき食べたばかりだから、いらないか」
私は笑った。
「そうですね。お腹いっぱいです」
ビスコッティが笑った。
「よし、帰って代わりに酒盛りでもしますか。ビスコッティが喜ぶから」
私が一言漏らしただけで、ビスコッティが変な笑みを浮かべた。
「私はあんまり飲めないから、よく冷えたミネラルウォータある?」
リナが笑った。
「あるよ。よし、行こう!!」
こうして、私の声でみんなで家に戻ったのだった。
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