第32話 迷宮島を後に

 翌朝、徹夜で暴れたらしく、ボロボロのビスコッティと小傷を負ったアリスがテントに入ってきた。

「……この筋力自慢が」

 ビスコッティがバタッと床に倒れて寝てしまった。

「うん、他愛もないな。私も寝よう。出発は遅くていいだろう」

 アリスは笑みを浮かべ、自分の寝袋に潜りかけた時、なにかの調合中だったのか、白衣をきた研究所チームの一人が入ってきた。

「あっ、失礼します。アリスさん、私はリシルと申します。あの……その……これを読んで下さい!!」

 少し眠そうだったアリスに薄ピンクの封筒を押し付けるように渡し、リシルは慌てた様子でテントから出ていった。

 アリスは頭をポリポリ掻き、封筒の中のお洒落便せんを手に取った。

「……うん、初めてだな。まあ、名前は覚えておこう」

 少し顔を赤くしたアリスが便せんを封筒に戻し、なんだか嬉しそうに小さく息を吐くと、それをそっと自分の鞄にしまい、寝袋に入って目を閉じた。

「……こんなアリス、初めてみた」

 私は隣でキョトンとしていたスコーンを胡座の真ん中に乗せ、ギュッと抱きしめた。

「ねぇ、スコーン。これはどうみる?」

「わ、分からないよ!?」

 ……だよね。私は思った。

「ま。まあ、変わった人もいたもんだ。もう一回寝よう」

 私はスコーンを抱きかかえたまま横になり、そのまま目を閉じた。


 昼頃になって、ようやく出発できる状態になり、メリダの料理で昼食を済ませると、私たちはまずマールディアを送りに船着き場に移動した。

 テントから開けた場所を歩くこと数分で、消波ブロックまで配置された、もはや港という感がある、立派な桟橋に小さな船が横付けされていた。

「今までは上陸に手間取ったけど、これで安心だよ。もし船が流されちゃったら、シャレにならないからね!!」

 マールディアが笑った。

 その時、頭の中に声が聞こえてきた。

「……うむ、喜んでもらってなによりだ。滑走路とやらはここだけだが、他の島も全て立派な船着き場を作っておいたぞ。そうでもしないと、余剰な力を消費できぬのだ。そこの群島は全部で二十一島あるが、漏れなく全てやってある。話してやるといい」

 私は頷き、マールディアに全ての島に同じような船着き場がある事を話した。

「えっ、マジで。今まで行きたくても行けない島がいくつもあったから嬉しいよ。でも、どんな力を持ってるの?」

 マールディアが一瞬だけ鋭い視線を私に向け、見慣れた笑顔に戻った。

 ……これは、話すしかないよね。

「うん、実は……」

 私は光と闇の精霊やらなにやら、今までの経緯を話した。

「そっか、嘘を見抜くのは得意技なんだけど、そうじゃないね。へぇ、スケールがデカいな!!」

 マールディアが笑った。

「デカすぎて困っているよ。半分あげたいくらい!!」

 私は笑った。

「それこそ冒険者だね。そっか、未踏の島にも行けるようになったか。さっそく見てくる。ありがとう!!」

 マールディアは自分の船に乗り込み、エンジンをかけて暖めはじめた。

「じゃあ、またね。暇ならくるよ!!」

 私は手を振って笑った。

「うん、こっちも。一番近い町だから、いつもアレクで買い物してるよ!!」

 マールディアが笑った。

 そのうちマールディアの船が動き出し、船着き場から離れていくと、私たちは滑走路に戻った。


 滑走路に近づいた時、いきなりガサガサと音が聞こえ、ドーム状だと分かる緑の膜に包まれた。

「さっそくきたか。そろそろ噂になると思っていたよ」

 アリスが笑みを浮かべた。

「どういうこと?」

 アリスに問いかけると、彼女は笑みを浮かべた。

「まだ遠いが、軽飛行機のエンジン音が聞こえる。噂を聞いて様子をみにきた連中だろう。ちゃんと迷彩機能もあるんだな。これは心強い」

 アリスが笑った。

「なんだか怖いです」

 メリダがそっと私の手を握った。

「大丈夫だから。攻撃されたりはしないと思うよ」

 私は笑った。

「まあ、あまり派手に動かなきゃ問題ないだろう。片付けをはじめよう」

 アリスの声に、私たちは片付けを開始した。

 テントを畳み空間ポケットにしまった頃合いになって、軽いエンジン音が聞こえてきてどうやら島全体を観測しているようだった。

「気にしない方がいいですよ。迷彩が取れたら、出発して大丈夫という事でしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私の右肩に自分の左腕を乗せた。

「じゃあ、すぐに帰れる準備をしよう。メリスさんたちは、また空間ポケットに入ってね」

「はい、分かりました。まずは、スコーンさんのポケットをお借りします。ここに、五人は入れると思います。あとはビスコッティさんで五人、お願いできますか?」

 エリスさんが一礼した。

「はい、いいですよ。最大まで開きます」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、空間ポケットを開いた。

 次いでスコーンが空間ポケットを開き、研究所チームが全員潜り込んだ。

「全く、次はないですよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「そうだよ、これじゃただ乗りだよ!!」

 スコーンが笑った。

「よし、みんな乗ってくれ。滑走路はこれだけあれば、十分飛べるぞ」

 アリスの声に、私たちは小型の可愛い飛行機に乗って座席に座り、アリスとビスコッティが操縦席に座った。

 しばらく待っていると、目の前を覆っていた緑の結界が晴れ、飛行機のエンジンがかかった。

 すると、タイミングがいいのか悪いのか、また緑の結界が張られた。

「パステル、エンジンを止めた方がいいですか?」

 操縦席からビスコッティが問いかけてきた。

「待って!!」

『……このくらいの音量であれば遮断します。安心して下さい』

 私が聞くより早く、頭の中に声が響いてきた。

「遮断しているから、大丈夫だって。便利だね!!」

 私は笑った。

「そうですか。ならば、このまま待ちましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、ゆっくりいこうか。無理に急ぐことはない」

 アリスが笑みを浮かべた。

 しばらくすると、再び結界が解かれた。

「……来訪者は去っていきました。今のうちです。あなたが去ってから、また結界を張ります」

「……マールディアの邪魔はしなでね」

「……はい、心得ています」

 私は光の精霊との会話を終え、アリスとビスコッティが離陸態勢に入る姿をみた。

「おりょ?」

 スコーンが声を上げた。

「どうしたの?」

 うん、ポケットに手紙が入ってて、虹色ボールを七個失敬したよ。マールディアだって!!」

 スコーンが笑った。

「あれ、どのくらいもつんだっけ?」

「うん、一個で一週間もつように設定しておいたから、七個あっても一ヶ月もつかなて感じ。いってくれれば、もっと長持ちするの作れたのに」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 それに合わせたように、飛行機は離陸滑走して、あっという間に離陸した。


 飛行機は順調に飛行を続けていたが、突然アリスが声を上げた。

「おい、みんないいか。ついでに、武器防具市場に寄りたい。どうだ?」

「うん、いいけどこのまま行くの?」

 私はアリスに答えた。

「うん、限定会員だけ使える滑走路がある。そうでないと、商品の航空機が着陸できないし、大量の物資を運ぶ輸送機が着陸できないからな。滑走路の存在は、秘密なんだ」

 アリスが笑った。

「そっか、そういうアクセス方法もあるんだね。ビスコッティも限定会員なの?」

「いえ、私は一般の買い物客ですよ。審査が厳しいので、私では通らないないのです」

 ビスコッティが笑う声が聞こえた。

「アリスは分かるけど、ビスコッティでダメって、どういう審査なんだか」

 私は笑った。

「さて、異論がないなら向かうぞ。ビスコッティ、ちょっと操縦してくれ」

 アリスがビスコッティに操縦を委ね、そのアリスはどこかと無線交信をはじめた。

「私もなにか買おうかな!!」

 リナが笑った。

「はい、私もなにか欲しいです。防具が軽装すぎて……」

 ララが小さく笑った。

「そっか、シノはなにか入り用なの?」

「そうですね。弾薬の予備くらいです。サイドアームは拳銃で間に合っているので」

 シノが笑みを浮かべた。

「よし、使用許可が出たぞ。本来は限定会員だけなんだが、今回は特別に全員降りていいそうだ。つまり、これは黙っていろって事だ。うっかりするなよ」

 アリスが小さく笑った。

「そのくらいは分かるけど……。まあ、私もなんか買うか!!」

 私は笑った。


 飛行機は順調に進み、陸がみえてくるとアリスが複雑な動きで、細かく旋回を繰り返した。

 すると、もう暗くなっていた地上に、突然滑走路に埋め込まれた小さな明かりが点灯し、青や緑の明かりも点灯した。

「うん、今回は成功したな。これが着陸のサインとはいえ、なかなか難しいんだ」

 アリスの笑い声が聞こえ、飛行機は無事に市場脇の滑走路に着陸した。

「よし、着いたぞ。まずはチェックが入る。みんな、冒険者ライセンスを出してくれ」

 アリスの声に、私は冒険者ライセンスを取りだした。

 ビスコッティが出入り口を開けると、戦闘服姿の市場の人たちが二人乗り込んできて、ライセンスをチェックしていき、メリダのライセンスをチェックしたとき、その二人が顔を見合わせた。

「ああ、そいつは大丈夫だ。私が身元を引き受けよう」

 二人の戦闘服姿が頷いて降りていき、アリスが笑った。

「迂闊だったよ。この滑走路を使うなら、冒険者ライセンスがシルバー以上なんだ。私の顔で身元を保証したから問題ない。さて、降りよう」

 アリスの声に小さく息を吐き、私たちは飛行機から降りた。

「ここは個人客の駐機料金が高いからな。目的は一つで一件の店しかない。それ以上欲しかったら、今日はやめてくれ」

 アリスは笑って私たちの先頭に立って歩いた。

 いかにも裏門というゴツいオッチャン立ちが立っている扉を開けてもらい、数段の階段を上ってまたもやゴツいオッチャンが立っていた出入り口を通ると、市場の中はこの前と同じく人がゴチャゴチャと歩いていた。

「メリダは私預かりだからな。手を繋いでいこう。どこかに紛れると大変だからな」

「はい、ありがとうございます」

 アリスとメリダが手を繋ぎ、私たちは人混みをかき分けるように進んだ。

 店の場所は近くだったようで、そこはかとなく怪しい気配を放つ小さな建物に入った。「おい、きたぞ」

 アリスがお店のオッチャンに声をかけると、オッチャンは無言で頷いて、様々な武器や防具を取り出してきた。

「みんなの分だ。好みに合うか分からんが、必要そうなものをチョイスしてみた。あとで分け合うとして、今は町に戻ろう」

 アリスが空間ポケットを開いて品々を収めていき、最後に札束を店のボロいカウンターに乗せ、そのまま店からでた。

「ここの店主は無口なんだ。逆に、喋る客も苦手だ。だから、みんながなにかいい出すまえに出たんだよ。むろん、一見さんお断りだ。口もきかないからな。ビスコッティも馴染みの店があるとおり、私にもあるんだ」

 アリスは小さく笑った。

「あ、あのさ、領収書……」

「滑走路が使える客に野暮な事はしない。あとは、飛行機に乗って帰るだけだ」

 アリスが笑った。

「それもあるけど、かなりの大金だったから……」

「だから、野暮な事いうな。気に入らなかったら好きにしろ。その程度のものだ」

 アリスは笑みを浮かべ、メリダの手を引いて歩きはじめた。

 それにはぐれないようについていき、再び階段を下りて滑走路脇の駐機場に出ると、私たちは飛行機に乗り込んだ。

「うん、他はかさばるから。スコーンにこれをやる。暇つぶしには、ちょうどいいだろう」

 アリスは笑みを浮かべ、グレーの表紙がついた書物を渡した。

「えっ、くれるの!?」

 アリスから書物を受け取ったスコーンは、なにか開こうとして上手くいかない様子だった。

「あれ、開かないよ。ビスコッティ……は操縦席だ。自分でやろう。どっかにポッチが……」

 スコーンが書物を弄りはじめた。

「よし、いこうか。ここからアレクなんて、飛行機ならあっという間だ」

 アリスが笑みを浮かべた。


 すっかり日も落ちた頃になって、私たちはアレクの空港に到着した。

 アリスと一緒に飛行機のレンタルカウンターにいって、返却の手続きと使用料の精算を行い、お金は私が空間ポケットにしまってある、共有財産保管保管庫から支払った。

 非常用もあるが、これは内緒なのでここで出すわけにはいかなかった。

「よし、いこうか」

 アリスに頷いて応え、私たちは空間ポケットから研究所チームを引っ張り出しているみんなの元に向かった。

「どう、そっちは無事?」

「うん、大丈夫だよ。行きより楽だったって!!」

 スコーンが笑い、ビスコッティが苦笑した。

「はい、大変ご迷惑お掛けしました。しかし、かなりの収穫がありましたよ」

 メリスさんが笑みを浮かべた。


 空港連絡バスでアレクの町中に入ると、私たちはそのまま家に帰った。

 研究所チームはテントに入り、私たちは家に入った。

 すぐにメリダが夕食の支度をはじめ、白身魚のムニエルを作り さらにパンとサラダをつけてエメリアと共にテントの研究所チームに持っていき、次いで私たちのダイニングのテーブルに食事が並んだ。

 

「それでは、私たちも頂きましょう」

 メリダがダイニングのテーブルにつくと、みんなで頂きますをして食べはじめた。

「うん、いつも通り美味しい」

 私は笑った。

「うん、これがないとダメだね!!」

 リナが笑った。

 こうして、楽しい夕食も終わると、アリスがリビングに移動し、空間ポケットから先程市場で買ってきた装備一式を取り出した。

「よし、分けるぞ。まずは……」

 アリスが丁寧にそれぞれのメンバーごとに、武器や防具の山を作った。

「またたくさん買ったね……」

 私は苦笑した。

「まあ、こんなもんだろ。とりあえず、身につけてみてくれ」

 アリスの声に、みんながそれぞれ防具や武器に手をつけた。

「そういえば、この迷彩服ってほぼ姿が消せるモードもあったよね。その上に防具つけちゃってへいきなのかな……」

「うん、手に持っていたり身につけているものにも効果があるらしい。そうでなかったら、宙をライフルだけが浮いて動いたりして、かえって目立ってしまうからな」

 私の疑問いアリスが答え、小さく笑った。

 ……まあ、それもそうか。

 私は納得して、頭を掻いた。

 みんなに配られた防具は私と同じ胸当てとサブマシンガンで、ララとリナには剣を研ぐ砥石もついていた。

「その胸当てはアダマント製だ。なんでも弾き飛ばすはずだぞ。あと戦闘用ヘルメットも人数分用意したが、これは好き好みがあるから、常時使用しなくてもいいと思う。あとは、全員分に単眼式の暗視装置も付けておいた。これは、ヘルメットにつけて使うんだ」

 アリスが付け方をレクチャーしてくれた。

「ありがとう。これで、また無敵に近くなったね!!」

 私は笑った。

「その考えには賛同しかねるな。無敵なんてない。これでも足りないって思うんだよ」

 アリスが笑みを浮かべたのだった。

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