第31話 迷宮こもごも

 大休止を終えた私たちは、再び迷宮の奥へと進んでいった。

「さてと、そろそろこのフロアも終わりかな……」

 手元のマッピングデータをみながら。私は笑みを浮かべた。

 しばらく進むと、通路は行き止まりになり、次の階層へと進む上り階段がみえてきた。

「……上り?」

 外でみた限り上層に伸びている感じではなかったので困惑したが、逆に面白くなってきた。

「よし、まずは罠解除してくる。合図したらついてきて」

 私はまた靴底に蛍光緑の明かりが光る特殊な粉を振りかけ、そっと階段を上りはじめた。「……あった。機械式だね」

 私は床石を剥がし、歯車を破壊した。

 張ってあったワイヤーが空回りして矢が放たれたが、身を守るために張っていた結界に弾かれて反対側の壁に突き刺さった。

「かなり強靱な弓だね、あるいはクロスボウか。まともに食らったら怪我じゃ済まないところだったよ」

 私は笑みを浮かべた。

 その後は順調に進み、階段を上りきったところに、いきなりそれがいた。

 ミノタウロスほどの巨大な体に頭が二つ。角がある茶色の方と、それがない白い首の方があり、共に私を睨み付けていた。

「ぎゃあああ!?」

 私は思わず階段に逃げ込もうとしたが、まるでお菓子でも摘まむように、指で私をひょいと持ちあげ、その魔物に捕まってしまった。

「こら、放せ!!」

 ジタバタもがいたところでどうにもならず、私はそのまま連れ去られてしまった。


 魔物に連れていかれたのは、壁の合間にある巣のような場所だった。

「な、なんだここ?」

 よく理由が分からなかったが、私は白い頭の方が吐き出したネバネバの糸で作られた網のようなもので全身を縛られ、そのまま動けなくなってしまった。

「こ、こうなったら……」

 私は風の攻撃魔法を使い、真空の刃が茶色の首に向かっていったが、あっさりと片手で弾かれてしまった。

 魔物がそっと親指を立て、シブい笑みを浮かべると、そのままどこかにいってしまった。

「……このまま置いてきぼり?」

 私はゾッとした。

 取り決めでは、あまりにも長い間なんの連絡もなければ、ビスコッティを先頭になだれ込んでくる予定だったが、ここを発見する事を祈るしかなかった。

 思わずため息を吐いた時、ドタバタと聞き覚えのある足音が聞こえてきて……そのまま目の前を通り過ぎていった。

「こ、こらぁ、なんで気が付かない!!」

 私が声を上げると、足音が戻ってきて、ビスコッティがひょこっと顔を出した。

「あっ、そんなところにハマっていたのですね。へんな糸もついていますし、なにをやったのですか?」

 ビスコッティが苦笑した。

「やったんじゃなくてやられたの。変な魔物に!!」

「分かっています。あなたの靴底についた蛍光緑の明かりが、ここで途絶えていますからね。ほんの冗談です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あ、あのね、マジギレするよ?」

 私は明確な殺意を覚えた。

「はいはい、今どうにかしますから……。これ、魔法の糸ですね。キャンセルしましょう」

 ビスコティが呪文を唱え、私の体が一瞬光りに包まれたが、なにも起きなかった」

「……効かないですね」

 ここにきて、初めてビスコッティが焦った顔をした。

 キャンセルとは、魔法の効果を無効にする魔法だ。

 ビスコッティの得意技の一つだけに、私もビックリした。

「あれ、どうしよう……」

「大丈夫、私がやる!!」

 スコーンが笑みを浮かべ、呪文を唱えはじめた。

「手加減ファイア・ボール!!」

 スコーンが放った攻撃魔法の火球が私の体の上を転がっていき……温かかくはなったが、それだけだった。

「おりょ、効かないね。もうちょっと出力をあげたいけど、火傷しちゃうし髪の毛がボサボサになっちゃうし、危なくてできないね」

 スコーンが悩みはじめた。

「うん、手で引っ張ってみよう。その前に、リナはなんか方法あるか?」

 アリスがリナをみた。

「うーん、私はキャンセルを使えないからなぁ。ショートソードで切ってみるか」

 リナが剣を抜き、その切っ先が網に触れた瞬間、いきなり網の締め付けが強くなった。

「ぐぇ……や、やめて……」

 リナが剣を引き、アリスが網を力任せにブチ破った。

「なんだ、簡単だったな」

 アリスが笑みを浮かべた。

 一同呆然とする中、私は財布から十クローネ札を取り出し、アリスに手渡してそのままひっくり返った。

「ん、なんだこの金は?」

「ナイスファイトのお礼……はぁ、こんな場所で死ぬのかとマジで思ってたよ」

 私は大きく息を吐いた。

「いらん、つまらん事するな」

 アリスは私の腹の上に渡した札を置いて、大笑いした。

「魔法チーム全員の教訓だな。なんでも魔法に頼るなって事か。まあ、真似しろとはいわんが、時々運動するのも悪くないぞ」

 アリスがまた笑った。


 なんだか疲れてしまったのでここで小休止を決め込み、ビスコッティが強固な結界を張った。

「また、変な魔物に襲われたら困りますからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あれ、なんだろうね?」

 私は水を飲むと、小さく唸った。

「あれといわれても、私たちは出遭ってないですし……」

 ビスコッティの言葉を皆まで聞かず、私は空間ポケットからノートを取り出し、自動筆記の応用で、詳細まではっきり分かるスケッチを描いた。

「なにこれ、格好いい!!」

 スコーンが声をあげた。

「ま。まあ、格好いいかもしれないけど、私みたいになりたくなかったら、油断はしない方がいいよ」

 私は苦笑した。

「パステル、念のため調べましたが、毒はありません。ただ拘束するだけのネットだったようです」

 ビスコティが私の額に手を当て、小さく笑みを浮かべた。

「そっか、ならいいや。ありがとう」

 私は笑った。

「しかし、それはなんだ?」

 アリスが問いかけてきた。

「恐らく、合成獣……キメラの一種だと思う。なるべくなら、戦闘を避けた方がいいけど、そうもいえないかもね」

 私は小さく息を吐いた。

 キメラとは、複数の生物を掛け合わせて融合させる、魔法の中でも邪道とされる技術だ。 恐らく、ミノタウロスをベースに様々な動物や魔物を合成したのだろうが、あまり趣味のいいものではなかった。

「警戒、その魔物が接近中」

 シノの声に私たちは武器を取って、迎撃態勢に入った。

「パステル、攻撃許可を。これ以上の接近は危険」

 シノが呟くようにいった。

「私も直感でそういってる。攻撃しよう」

 アリスが対物ライフルを取り出した。

「では、私も加勢しましょう、結界に、銃口が出るだけの穴をあけますね」

 結界に小さな穴が開き、三人が同時に銃を構えた。

「狙うのは頭部だぞ」

 アリスが短くいって、ド派手な発射音が迷宮内に響いた。

「有効。だが、倒せていない」

 シノが呟き、三人でひたすら狙撃を繰り返した。

「よし、倒したぞ。なんか、一杯出てきた」

 アリスが呟いた。

「それ、あの魔物を構成していた生物の可能性があるから。ビスコッティ、念のため結界の穴を塞いで強固にして」

「はい、分かりました」

 ビスコッティが呪文を唱え、結界をより強固にした。

 同時に外側からはみえず、中から外を監視できるように、ところどころに外からはみえない窓があいた。

「うわ……」

 通路を埋め尽くしたのは、無数の蜘蛛だった。

「うげっ、気持ち悪い……」

 スコーンが露骨に嫌そうな顔をした。

「師匠、今のうちに焼き払いましょう」

「分かった。結界壁の外に……」

 スコーンが呪文を唱え、放たれた火球が爆発を起こし、蜘蛛を一掃した。

「結局。、蜘蛛の集合体だったわけか。全然違う外観を作り出し、中身はこれ……シャレにならないね。下手に触ったら危ないところだった。

「やれやれ、悪趣味だね」

 私は苦笑した。


 結局、この階層にあった障害物はその蜘蛛の固まりだけだったらしく、罠などもなく無事にマッピングを終えた私たちは、上層へと続く階段の前に立った。

「それじゃ、行くよ!!」

 私は例によって光る緑の粉を靴底に振りかけ、自分の足跡を残して階段の罠をチェックしながら上っていった。

「問題ないね。それにしても、寒いな……」

 私は階段を上りながら、私は寒冷地用のコートを取り出して着込み、ジッパーを上げた。

「みんな、寒冷地対応で。メリダは持っていればいいけど、なかったら誰かのを借りて。普通のコートで耐えられる気温じゃないと思う」

『分かりました。どなたかにお借りします』

 無線からメリダの声が聞こえ、私は笑みを浮かべた。

 最後に無線用に左右にスピーカーが入っているイヤーマフラをして、装備は万全整った。

「さて、あと少しだ。階段が凍りついてやりにくいけど、頑張りますか……」

 私は息を吐いて緊張感を取り戻し、黙々と先に進んでいった。


 階段を上り終えてフロアに出ると、猛烈な吹雪と寒気が襲い掛かってきた。

「これはたまらない……。とりあえず、みんなを呼ぼう」

 私は無線で状況と、ここまでは大丈夫という旨を連絡した。

 階段で緑の粉を靴底に振りかける理由は、私が歩いた場所を辿ることで、罠にかかる確率を低くするためだ。

 決して安くはないのだが……そんな事いえないでしょ。これは。

 しばらく待っていると、分厚い防寒着を纏ったみんながやってきた。

「これは寒いですね。どうしますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね……。まずはこの気温に体を慣らそう。これじゃ、動きたい時に動けないよ」

「うん、いい判断だ。今までは亜熱帯の気候で、いきなりこれだからな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「よし、決まった。まずはテントを張ろう」

 私たちは猛吹雪の中、テキパキとテントを組み立てた。

 これで、色々な地域に行っているので、こういう環境でもテントを張るのは簡単だった。

「よし、できた。スコーンの虹色ボール、光量最大でばら撒いて」

「分かった、その前に……」

 スコーンがの炎の結界魔法を使い、テントを覆った。

「なかなか難しいけど、これは慣れの問題だね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そっか、でもいい感じでほんのり暖かいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「あとは虹色ボールだね。温度調整もしないと……」

「うん、最初は暖かくして、徐々に気温を下げていくから」

 私の指示にスコーンが頷き、テントに虹色ボールを転がしていった。

「よし、入ろう」

 私はテント内に入り、程よく調整された空気の中、分厚いコートを抜いた。

 あくまで体感ではあるが、三十度誓い気温から、いきなりこれである。

 すぐに慣れろという方が無茶な注文だろう。

 みんなでテントに入ると、メリダがコンロを取り出した。

「だ、ダメだって。ここはテントの中だよ!?」

 私は思わず声を上げた。

「大丈夫です、これは魔力で温める調理器具なので、みなさんの魔力があれば、かなりの熱量が期待できます。ついでなので、食事にしましょう。みなさん、お腹が空く頃合いだと思うので」

 メリダが笑みを浮かべ、簡単な食事を作ってくれた。

「うん、私は玉子好きだ。このオムライスは、なかなかナイスだぞ」

 アリスが今まで一度もなかった、料理について感想を述べた。

「うぉ、アリスが褒めた……」

 私は内心驚きながら、オムライスにスプーンを入れた。

「……こ、これは」

 アリスが褒めるだけあって、フワトロのタマゴとソース。中のご飯があえてチキンピラフになっているところが、拘りポイントか。

 みんなで楽しく食事を済ませ、まだ使う調理器具やスプーンを水で洗い、残りの紙食器を魔法で燃やした。

「ねぇ、ビスコッティ。この結界って中は丸見えだよね?」

「はい、恐らく丸見えでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「みえないようにできないかな?」

「それは可能だと思いますが、火の精霊力を使っている以上、どうしても光りが出てしまいます。これはどの精霊も同じようなので、私は非精霊系を使っていますよ。ノウハウを教えますので、あとは研究ですね」

 スコーンとビスコッティが笑った。

「よし、みんなゆっくり体を休めてね。この寒暖差はしんどいから」

 私は笑みを浮かべ、一緒に片付けしていたメリダと共に、テントに戻ったのだった。

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