第30話 迷宮初日

 迷宮の一層に無事に進入してから、いつも通り私が三歩先を歩き、そのあとをみんながついてくるというパターンで進みはじめた。

 カンテラの明かりでは心もとないほど広いくて天井が高い通路だったので、私は明かりの魔法に切り替えて、罠に気をつけながら歩いた。

 時々背後をを確認すると、みんな無事についてきていた。

「おっと……」

 私はハンドシグナルで『止まれ』と送り、呪文を唱えた。

 すると、十メートルほど五芒星のようなもので床が覆われていた。

「魔力感知識の罠か。これは面倒そうだ……」

 私は床に両手をつき、慎重に目の前の罠の解析をはじめた。

「……火の精霊。一定時間火炎放射。解除可能」

 私は呟き、呪文を唱えた。

 床の五芒星が急激に消えていき、私は念のため壁や天井を確認し、なにもないことを確認した。

 そして、これが一番ワクワクすると同時に最大級の恐怖である、罠が張ってあった場所へ一歩進入した。

「うん、問題ないね。多段式の罠かもしれないと思っていたけど、見立ては間違えていなかったか」

 多段式とは一つの罠に見せかけて、隠された罠があるというパターンだったが、これは今のところ問題ないようだった。

 私は靴底に闇の中でも光る蛍光緑の粉を振りかけ、ゆっくりと罠区間を抜けた。

「みんな、いいよ。私が歩いたあとから、なるべく離れないように、ゆっくり一列できて!!」

 私が声を上げると、みんなはソロソロと私の歩いた蛍光緑の足跡を踏んで歩いていった。「ん?」

 その途中でスコーンが足を止め、いきなり火炎の矢を数本放った。

 その矢は私を飛び越し、派手な爆発を起こした。

「な、なんかいたの?」

 私は恐る恐る背後を振り向いた。

 すると、黒焦げになったゴブリン二体と、だいぶひしゃげていたが、明らかに狙撃銃だと分かるものが転がっていた。

「……ゴブリンに狙撃されるところだった?」

 私はちょっとした怖気が走った。

「うん、なんか気配を感じたから撃ってみたんだけど、大当たりだったね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 ……こんな分かりやすい敵を見落とすなんて。

 私は内心ショックではあったが、おかげで気合いが入った。

「よし、みんな揃ったね。先に進むよ!!」

 こうして、私たちは迷宮の奥に向かって進んでいった。


 このフロアは、珍しく罠と魔物がバランスよく混在するようだった。

 今、私たちは牛が二足歩行しているような、ミノタウロスと戦闘を繰り広げていた。

 姿は大きいが力任せの攻撃しかしてこない敵に、私は最前線で戦うララとリナ、アリスの動きと、スコーンが魔法を放つタイミングを調整していた。

「スコーン、今!!」

「分かってる!!」

 前衛陣が引いた隙を狙って、スコーンが放った火炎の槍が何本も突き刺さり、大爆発をおこした。

「……これでもダメか」

 一度胴体に大穴が空いたミノタウロスだったが、すぐに再生して傷が塞がってしまった。

「引いて!!」

 ビスコッティが叫び、みんなが一斉に下がると、ビスコッティが珍しく攻撃魔法を放ち、床やミノタウロスが氷結した。

「今のうちに砕いて下さい!!」

「了解。攻撃する」

 そっと立射で構えていたシノが、ミノタウロスの顔面を狙って一発撃った。

 バキッと氷にヒビが入り、頭部から激しい出血をしたミノタウロスが、正体を失って倒れる事も出来ずにそのまま果てた。

 ミノタウロスの弱点は頭というのは知れ渡っていたが、ここだけ魔法は通じず直接攻撃するしかなかったのだが、動き回るうえに体が巨大なので倒すのは一苦労だった。

「あ、あの、あんなのよく倒しましたね。私は怖くて後ろでガタガタ震えているだけでした」

 メリダが苦笑した。

「メリダはそれでいいんだよ。泣かれると困るけど、頑張ってるよ」

 私は笑みを浮かべた。

 こうして、私たちはさらに迷宮の奥に進んでいった。


 先頭を行く私は、時折天井を確認しながら同時にマッピングし、さらに前方警戒も怠らなかった。

 天井を確認するのは、罠確認という意味もあるが、スライムなどが付着していないかの確認だった。

 地味な魔物ではあったが、まともに被れば死に至る侮れない存在であった。

「……うーん」

 私はマッピングしながら唸った。

 迷宮らしく、隠し扉や複雑に入り組んだ通路ではあったが、みんなの疲労度を考えると、そろそろ小休止が必要な頃合いだった。

「メリダ、簡単でいいからおやつ程度の食事は作れる?」

「はい、大丈夫ですよ。事前に作ってきたクッキーがたくさんあります」

 メリダが笑みを浮かべた。

「よし、ならこの辺りで小休止しよう」

 私は念入りに壁や床の罠をチェックして、問題ないことを確認すると、その場に腰を下ろした。

 みんなも腰を下ろし、ビスコッティが結界の魔法を使い、私たちはメリダのクッキーを食べて疲れを癒やした。

「はぁ、久々に気合いが入った迷宮だね。今は……」

 私はアッピングデータを見直した。

「まだこのフロアには未踏領域があるだろうね。これは大変だ」

 私は笑った。

「お、お酒~」

 ビスコッティが死にそうな声を上げたので、私はウィスキーの小瓶をビスコッティに放った。

「はい、直りました。問題ありません」

 ウィスキーを飲みながら、ビスコッティは笑った。

 時々、ビスコッティにはなんかエンジン的がもの搭載されていて、燃料が酒なんじゃないかと思うほど、疲れるとすぐに飲みたがるのだ。

 つまり、それだけハードな迷宮である。その証だった。

「それにしても、全員小傷だらけだね。ビスコッティ治せる?」

「はい、この程度ならこれで問題ありません」

 ビスコッティが全員に青く光る薬液が入った薬瓶を配った。

「これ苦いんだよね。一気に飲んじゃおう」

 私は薬瓶の栓を開けると、かなり苦い魔法薬を飲み、思わずゲップしてしまった。

 まあ、苦いだけの価値はあって、傷が綺麗に治ってしまったが、味の改善はちょっとだけ要求したかった。

「これ苦いです。でも、傷だけではなくニキビまで治ってしまいました。でも、苦いです……」

 メリダが涙を流しながら、笑みだかなんだか分からない表情を浮かべた。

「ビスコッティ、これの味ってなんとかならないの?」

 私は苦笑した。

「私もなんとかしたいのですが、これが限界なんです。材料のゴルンゴが……」

「えっ、ゴルンゴなんて使っているんですか。希少材料ですよ!?」

 メリダが声を上げた。

「はい。ですが、独自のルートがあるので、高いですが手に入れられます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうですか。どおりで苦いはずです。あれは、吐くほど苦いですからね」

 メリダが笑った。

「なんだ、これが限界の味か。確かに効きはいいから文句はいわないけど!!」

 私は笑みを浮かべた。


 小休止を終えた私たちは、再び迷宮の奥へと向かって進んだ。

 通路を進んでいくと、急に通路が狭くなり、しばらく進むと前方に複数の人影がある事を確認した。

「ん?」

 アリスが短い声を上げた。

 明かりの光球を人影に向けると、そこには『私たち』が立っていた。

「な、なに、あれ!?」

 思わず声を上げると、『私』も同じ声を上げ、すぐさま最前列から後方に下がった。

「あっ、いけね……」

 私も慌てて下がると、前衛チームが相手を牽制するかのように武器を構え、スコーンが呪文を唱えはじめた。

「『鏡面の法』ですね。滅多にみませんが、向こうは私たちが取るであろう行動をしてきます。気をつけないと」

 ビスコッティが注意を喚起し、スコーンが魔法を放った。

 赤色の膜が私たちを多い、『スコーン』が放ってきた攻撃魔法を全て弾いた。

「裏をかいてみたよ!!」

 スコーンが笑った。

「炎の結界魔法か。珍しいね」

 私は笑みを浮かべた。

 その間にお互いの前衛チームが衝突し、激しく斬り合いはじめたが、お互いに同じ手を使うだけに、なかなか攻略できそうになかった。

「まずは後衛を片付けよう。なにかいい手があれば……」

 私が考えていると、いきなりビスコッティが巨大な氷柱を飛ばした。

「考える前に行動です。最初の頃、あれほど説教したのを忘れましたか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 いま現在、ビスコッティが使える最強の攻撃魔法が炸裂し、『私たち』の後衛チームが根こそぎ吹き飛んで消えた。

 こちらの前衛は次々に相手を変え、直接自分が相対する事ないように戦っていた。

「うん、リナ。弱すぎて欠伸が出るぞ」

 アリスが自慢のパンチを『リナ』に叩き込むと、床に倒れてそのまま消えた。

「それ私じゃない。でも、なんなのこの強さ!!」

 リナが『アリス』と剣対拳の戦いをしていたが、圧倒的に押されていた。

「うん、簡単だ。私ならこうする」

 アリスが拳銃を抜き『アリス』を撃ち倒した。

「ちょっと、それ反則……『ララ』はどうかな」

 ローテンションの問題で、自分対自分になってしまったララが『ララ』をガンガン斬っていたが、甲乙つけがたい戦いを繰り広げていた。

「真面目にやってるな。私なら、誰かにバトンタッチしてる」

 アリスが笑みを浮かべた。

「そんな暢気な事いってないで、加勢したら?」

 リナが苦笑した。

「それは野暮だろう。まあ、どちらが勝つか目に見えている。あっちの『ララ』の剣が限界だ。折れるのも時間の問題だな」

 アリスが笑った。

 瞬間、派手な金属音が響き『ララ』の剣が折れた。

 そこを狙ってララが一発斬り込んで、そのまま『ララ』の姿が消えた。

「ふぅ、さすがマクガイバーです。これだけ斬っても、刃こぼれ一つありません」

 手で顔の汗を拭きながら、ララが笑みを浮かべた。

「そうだね。よし、仕上げしよう。シノ、あのオレンジ色に光っているオーブがみえるかな。また出ないように、破壊して欲しいんだけど……」

 そう、今まで相手が邪魔で狙えなかった、今は通路の行く先にオレンジ色の光が見えていた。

「分かった、やってみる」

 シノが巨大な対物ライフルを構え、立射で発砲した。

 弾丸は見事にオレンジ色のオーブを破壊したようで、派手な破砕音と共に砕け散る音が聞こえた。

 そう、あれがこの奇妙な現象を起こした元凶だ。一歩でも動くと再発動しかねなかったので、今のうちに破壊しておいたのだ。

「お見事。さて、みんな疲れたでしょ。少し戻って大休止にしよう。これ以上進むのは危険だから。

 私たちは少し戻って通ってきた安全な場所を選ぶと、私たちは大型テントを張った。

 まあ、雨風とは無縁の迷宮の中で、テントの意味があるのかといわれると微妙なところではあったが、束の間の睡眠を取るためには、やはり落ち着く方がいいだろう。

 テントの設営が終わると、私たちはスコーンが虹色ボールを撒いたあとで中に入り、ビスコッティが結界を張った。

「ここは下手な野外より安全です。私もたまにはゆっくり眠りたいもので」

 ビスコッティとアリスが珍しくテントに入り、メリダがテントの外で調理をはじめた。「うん、手伝ってくる。ついでに護衛だな」

 アリスもテントを出て、メリダのそばにいって、何の気なしに辺りを見回しはじめた。

「今日はポークソテーです。みなさん、取りに来て……あっ、すいません」

 程なくできあがった美味しそうな匂いがする料理を、アリスが器用に纏めて運びはじめ、私たちは迷宮初日を終わらせる事となった。

「はぁ、さすがになかなかヘビィな迷宮だね。今後は大変そうだなぁ」

 私は笑ったのだった。

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