第28話 無人島の珍客

 アリスが手配してくれた飛行機に乗るために、私たちは連絡バスで空港に移動した。

 バスが到着すると、アリスがレンタル飛行機のカウンターにいき、手続きを終えた。

「今回は国内だから楽なものだ。いこう」

 アリスは笑って空間ポケットを開き、中から白衣姿のテントチームの一人を引っ張りだした。

「うげっ、バレた!!」

 その白衣姿がワナワナと震え、アリスがゴチンとゲンコツを落とした。

「おい、全員確かめろ。絶対にいるから」

 私は頷いて空間ポケットを開き、五人も入っていた中身を引っ張り出し、アリスがゲンコツを落としていった。

「ぎゃあ、四人もいた!?」

 スコーンがまるで毛虫で入っていたかのような動きで中身を引っ張り出し、これで十人全員となった。

「ど、どうやって入ったの!?」

 スコーンが目を丸くして避けんだ。

「そ、それは、企業秘密の魔法で。中身は弄っていませんから、せめて島までは……」

 メリスさんが小さく息を吐いた。

「それはダメだよ。無人島だから、なにが潜んでいるか分からないし、責任がとれないよ」

 私は小さく息を吐いた。

「大丈夫です。私たちは私たちでなんとかします。空間ポケットの中の生臭さも我慢します。どうか……」

 メリスさんの涙目をみて、私はため息を吐いた。

「それじゃ、私たちの後を歩く事、研究所チームは研究所チームで行く事。この条件ならいいよ」

「あ、ありがとうございます。あの、この中で一番魔力が強そうなのはスコーンさんですね。失礼します」

 メリスさん一行は空間に裂け目を作ると、次々とその中に入っていった。

「だ、ダメだよ。いいって言ってないよ。もう入っちゃったみたいだけど……」

 スコーンが慌てると、勝手にスコーンの空間ポケットが開き、メリスさんが顔を出した。

「ご協力ありがとうございます。なにも触りませんので、安心して下さい。というか、触れません。あとで教えますので、これを代金代わりに」

 ワラワラしていたスコーンの動きが止まった。

「教えてくれるならいい!!」

「はい、でも入っているものはみえませんよ。私たちは持ち込んだテントを張って、中でコロコロしているだけです。こうしないと、お互いにみえなくなってしまうので」

 メリスさんが笑った。

「えっ、そうなの。そっか、みえるように改良すればいいんだ!!」

「……誰のをみるんですか?」

 私はバキボキと指を鳴らしながら、全一様に同じ行動を取った。

「な、なんでもない!!」

「ダメです!!」

 メリスさんが引っ込むと同時に、ビスコッティのゲンコツをスコーンがかわし、アリスのパンチを読んでクロスカウンターを打ち込み、仕上げの私のフライパン落としをかわした。

「ほう、やるな……」

 アリスが笑みを浮かべ、鼻から漏れ出た血をペロッと舐めた。

「だって、そんなハエが止まるようなパンチ……ぎゃあ、いっちゃった!?」

「……ふーん」

 アリスは笑みを浮かべ、あっという間にスコーンとの間合いをつめ、右のパンチをスコーンの顔の直前で寸止めした。

「いっておくが、これは本気じゃないぞ。ちょっとは驚いたか?」

「……死ぬかと思った」

 スコーンがその場に崩れ落ちた。

「さて、急ぐぞ。速度が遅い飛行機だからな。夕方までには着きたい」

 アリスはスコーンを立たせ、そのままオンブして駐機場を歩いた。

 しばらく歩いて着いた飛行機は、小型で小回りが利きそうだったが、なかなか使い込まれた機体だった。

「えっ、このボロッコイのでいくの?」

 アリスの背中にいるスコーンが微妙に嬉しそうにいった。

「『アイランダー タービン』だ。副操縦士席も客席としてつかうなら九人乗れるが、今回はそこはビスコッティの席だな。たまには機長を譲ってやろう。今日はなにか疲れ気味だ」

 アリスが笑みを浮かべた。

「へぇ、珍しい。分かりました、これでしたら大丈夫です」

「うん、横風にも強いいい機体だぞ。間違っても、ぶっ壊すなよ」

 アリスは笑みを浮かべ、私たちは機体サイドの扉を開き、蒸し暑い機内に入った。

 アリスはスコーンをシートに座らせ、そのスコーンが便利な虹色ボールを機内にばら撒くと、かなり心地よくなった。

 全員が席につくと、ビスコッティが管制塔と交信をはじめ、飛行機のエンジンが掛かった。

 二発あるエンジンが快調に回転をはじめると、機長のビスコッティが駐機場から飛行機を出し、ゆっくり滑走路に向かっていった。

「暇な空港でよかったです。ノンストップで滑走路への進入が許可されました」

 ビスコッティの声が聞こえ、操縦席と客室の境を分ける壁がないので、よく見える前方の景色を楽しんでいると、ビスコッティは滑走路手前の停止線で飛行機を止め、もう一度管制塔と交信し、そのまま飛行機を滑走路に進めた。

 一度滑走路端で止まってエンジンの回転数を一気に上げ、そのまま飛行機は離陸滑走をはじめた。

 驚くべき短距離で離陸した飛行機は、上昇しながら海側に旋回した。

 こうして、私たちは島への往路を進みはじめた。


 海洋上を進むこと二時間弱。

 進行方向に小島がみえてきて、夕暮れ迫る明かりもなにもない滑走路に向かって降下していった。

 正直、ビスコッティの操縦技術には一抹の不安があったのだが、滑り込むように衝撃が少ない着陸をしたので見直した。

「さて、降りますよ。ん、アリス?」

 ビスコッティが副操縦士席のアリスをみて、顔色を変えた。

 素早く腰の鞄から薬瓶を取りだし、栓を片指で弾くように開け、アリスに飲ませはじめた。

「あ、あれ、どうしたの?」

 私が問いかけると、ビスコッティが額の汗を拭った。

「病気です。風邪を悪化させると、希にこうなるのです。パステルも医者の玉子ならわかるでしょ?」

「いつ家業を継ぐっていったか分からないけど、私の目でみても異常なのは分かる」

 私は小さく息を吐いた。

 ……コランコリス。病名は分かっていた。致死率60%。

 だが、それだけだった。対処法など、まともに勉強していない私が知るよしもなかった。「まいりました。まずは下ろしましょう。ここは狭すぎます」

 私たちは苦労してアリスを滑走路上に下ろした。

「よし、今こそスコーンのポッケに入っているみなさんの出番です!!」

 ビスコッティが叫ぶと、スコーンが慌てて空間ポケットを開き、中から大きなテントを二つ取りだした。

「あれ、もう到着ですか?」

 昼寝でもしていた様子で、メリスさんがボケッとした表情で問いかけてきた。

「うん、到着。でも、早々にトラブル発生。仲間の一人がコランコリスで……」

 瞬間、メリスさんの目が鋭くなった。

「重病人発生。早くしなさい!!」

 テントからゾロソロ出てきたみなさんが、慌てた様子でアリスの周りを囲んだ。

「間違いありません。コランコリスです。早く治療しないと……」

「では、全身を縛っておきましょう。私は信用さているようなので大丈夫ですが、みなさんは条件反射で反撃する可能性があります」

 ビスコッティがザイルで縛ってアリスを動けなくすると、点滴をぶら下げるガラガラいうヤツを持ってきて、ビスコッティがアリスの顔面にまだがるように座って押さえつけ、足の方はメリダとスコーンが二人揃って乗って押さえた。

「いいですよ」

 ここにきて白衣に着替えた一人が頷いて、アリスに点滴の針を近づけた瞬間、アリスはジタバタともがいたが、ここまでやればさすがにあまり動けなかった。

「こら、ジッとしなさい。おしっこかけますよ!!」

 ビスコッティが笑って顔をビシバシすると、アリスは静かになった。

「今のうちです!!」

「はい、特効薬を作ったのです。これで、助かるでしょう」

 白衣姿の一人が笑みを浮かべた。

「ふぅ、ありがとうございます。手持ちの魔法薬では、とても対処できなくて」

 ビスコッティが苦笑した。

 私は一つため息を吐き、暮れゆく空を見上げた。


 実は、私が特注した大型テントは四つある。

 メーカーに駄々をこねたのだが、特注なのでそのくらい作らないと割に合わないといわれてしまい、四つになってしまった。

 家に二つあるので、残りは二つ。

 ここはそれぞれのチームに分かれて滑走路脇にテントを張り、うっかり縛ったままだったアリスを回収しにいくと、ザイルを解いた瞬間ゲンコツを落とされた。

「うん、それで途中で意識がないが、なにかあったのか?」

「イテテ……。うん、コランコリスにかかっていて、もうちょっとで死ぬところだったと思うよ。研究所チームにお礼いわないと」

 私は苦笑した。

「そうか……、それはヤバかったな。礼をいっておこう。あとは、ビスコッティにもお仕置きだな。なにか、不穏当な事をいった記憶がある」

 アリスは笑みを浮かべ、まず最初に自分たちのテントに入り、ビスコッティに強打を浴びせたらしく、その悲鳴が聞こえてきた。

「よし、制裁は終わった。あとは、こっちだな」

 アリスが隣の研究所チームのテントに入り、なにやら話し声が聞こえてきた。

「……今のうちに入っておこう」

 私はテントに入り、目を回しているビスコッティの頭を膝にのせ、いい子いい子していると、アリスがテントに戻ってきた。

「なんか、迷惑かけたみたいだな。謝る。病気なんて、せいぜい風邪ぐらいだからな。それすら、滅多にない」

 アリスが笑った。

「そうだよね。アリスが病気なんて、信じられなかったよ」

 私は苦笑した。

「まあ、一応人間だからな。そんなときもあるか。どうりで昼から倦怠感が酷かったわけだ」

「あのね、そういう時は早くいって!!」

 私は苦笑した。

「うん、今度からそうする。ところで、いい匂いがするが、メシの支度中か?」

 アリスが笑みを浮かべた。

「うん、メリダがやってる。気になるならみてきなよ。研究所チームの食料があまりに貧弱だったからって、纏めてやってる。煮物らしいよ」

 私は笑った。

「そうか、邪魔だと悪いから近寄るのはやめておくが、護衛が必要だろう。いってくる」

 アリスがテントから出ていき、私はビスコッティの頭にできたコブをいい子いい子した。

「そういえば、アラームは仕掛けたっけ?」

「あっ、忘れてたよ。いってくる!!」

 スコーンがリナを連れてテントから出ようとすると、外のアリスが空間ポケットにあった狙撃銃を取りだし、厳しい目をして留めた。

「……監視されているぞ。牽制に一発撃ってみる。多分、敵意はなさそうだが、いい気分はしないな」

 いうが早く、アリスはどこぞへ一発撃った。

 その発砲音で目覚めたビスコッティが、私を蹴り倒して拳銃を手に外へ飛び出していった。

「な、なにも、蹴ることないのに……」

 私は小さく息を吐いた。

「ご飯できましたよ。二人揃って厳戒態勢のようですが、なにかあった様子ですね」

 テント外から顔を出したメリダが、怯えた様子で声をかけてきた。

「なんか、監視されてるとか。相手に敵意はないみたいだね。アリスが牽制で一発撃っても、なにもしてこないから」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、ドキドキしました。大丈夫であれば、外のテーブルにどうぞ」

 私は笑みを浮かべ、みんなに声をかけて率先的に外に出た。

「アリス、どう?」

「うん、監視者は遠ざかったな。まだみているが、敵意は全く感じない。問題ないだろう」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、問題ないです。ご飯にしましょう。食後は、念のためアラームの設定を」

「わ、分かった。早く食べよう。リナ、急いで!!」

 スコーンが野菜の煮物を急いで食べ、同じく早食いしたリナと一緒にアラームのトラップを仕掛けにいった。

「ゆっくりでよかったのに……」

 私は苦笑した。

「はい、今度はゆっくり食べて頂きたいです。煮物は翌日の方が美味しいですから」

 メリダが笑った。

「よし、ご飯も食べたしゆっくりしよう。ここなら、アリスもビスコッティもゆっくりできるんじゃない?」

「バカ、監視者がいるんだぞ。私とビスコッティで警戒するのが普通だ」

「はい、私も気配を感じます。ゆっくりとはいかないですね」

 アリスとビスコッティが笑った。

「そっか、たまにはゆっくりしたいね!!」

 私は苦笑した。


 状況から考えて、さすがに酒盛りするわけにはいかず、多少酒を飲んでから寝袋に入った。

 しばらくうだうだしていると、急に尿意を覚えた。

「あーあ……」

 私は寝袋から出てテントの出入り口を潜ると、ライフルを手にしたビスコッティと出会い、苦笑して顎で行き先を示した。

 こんなこと、冒険では当たり前のようにある事で、せめてもとアラームが張られた内側の茂みの陰で用を足すと、空間ポケットからトイレットペーパーを出して拭き、パンツタイプの迷宮仕様の姿になって、再び立ちあがった瞬間、首にヒヤッとしたものが当たった。」「騒がないで。害意はないから。OK?」

 静かな女の子の声が聞こえ、私は頷いた。

「暗いけど、私はマールディア。この辺りの島で植物観察や種子を集めている『プラント・ハンター』だよ。よろしく」

 私の首からなにか刃物を取り除き、小さな笑い声が聞こえた。

「誰がやったかみていたけど、急いでやり過ぎだよ。アラームが効いてない」

 マールディアと名乗った女の子は笑った。

 しばらくすると、足音が聞こえビスコッティが顔を覗かせた。

「大きい……な、なんですか、あなたは!?」

 ライフルのフラッシュライトとに照らされたマールディアは、しまったという表情を浮かべた。

「まずい、逃げる!!」

 素早く森に隠れようとしたマールディアを余裕でキャッチしたビスコッティは、ビシバシしてマールディアがポカンとした隙に、両手を縄で縛って拘束した。

「いいですか、あなたの素性を吐いてもらいますよ」

 ビスコッティが笑った。

「うん、どうした?」

 やってきたアリスが、不思議そうな顔をした。

「はい、小鳥を一羽捕らえました。監視者は彼女でしょう。害意はなさそうなので、このままテントに連れ帰りましょう」

「分かった、じゃあ、私が足を持とう」

 こうして、私たちは予期せぬ珍客を迎える事になったのだった。

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