第26話 異形の陰

 明け方になって帰宅した私たちは、まずはお風呂に入って汚れを落とし、すっきりしたあと自室に入った。

 ちなみに、新しくエメリアに割り当てた部屋も、手抜きなくトロキさんが掃除してくれているので、なんの問題もなかった。

 じっくり寝て起きた頃には、もうお昼近い時間になっていた。

 階下に下りると、みんなは当に起きていて、メリダが昼食を作っていた。

「あっ、おはようございます。起きてこられないので、食事を片付けてしまいました。ごめんなさい」

 メリダが申し訳なそうな表情を浮かべた。

「気にしないでいいよ。はぁ、寝過ぎたな……」

 私は大きく伸びをしてからシャワーを浴び、眠気覚ましに散歩でもしようと庭に出ると、テント組のメリスさんとビスコッティが、なにやら相談をしているようだった。

「なにしてるの?」

 私が問いかけると、二人は笑みを浮かべた。

「魔法薬の研究です。面白いですよ」

 メリスさんが笑みを浮かべた。

「一緒にやりますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「今は寝起きだからいいや。さて、散歩……」

 私はテント組やみんなが、庭でそれぞれの時間を過ごしているのをみてから、笑みを浮かべ、そのまま門扉を開けて外にでた。

 町の門に向かうと、私は愕然とした。

 壁際に置かれた様々な兵器……昨日、ドラゴニアの里から消滅させたはずの兵器が、ごっそり転送されていたのだ。

「あれ……どっかでミスったかな」

 私は唸った。

「おい、どうせまたお前らの戦利品だろ。いきなり出現した時はびっくりしたがよ。ありがたく使わせてもらうぜ!!」

 警備団の団長が近寄ってきて、大声で笑った。

「そ、そうですか。ぜひ、使って下さい……」

 私は苦笑した。

「おうよ、これから使えるように配備しなきゃならん。ありがとうよ!!」

 団長は笑って去っていった。

「そんなつもりじゃなかったんだけどな。まあ、いいか……」

 苦笑して一歩踏み出そうとした時、足下に一発ライフル弾でも着弾したようで、石畳に弾けた。

 私は反射的に伏せ、拳銃を抜いて銃弾がきた方に向かって何発か撃った。

 しかし、手応えはなく私は胸ポケットの無線機を取った。

「非常事態、正門前!!」

 パーティに向かってだったが、その前に自警団が動き出し、団員が街道を挟んで反対側の灌木がユサユサ揺れるほどの銃撃を浴びせかけた。

「ふぅ……」

 私がゆっくり立ちあがった瞬間、今度はどこかで発砲音か聞こえ、私は昏倒してしまった。

「……く、くそ」

 なんとかその言葉だけ吐き出し、私の意識は真っ暗になった。


 意識を取り戻すと、そこは家の庭に置かれたテーブルの上だった。

「あっ、意識を取り戻しました。大丈夫そうです」

 白衣を着たテント組の一人が、小さく笑みを浮かべた。

「まだ動かないで。ビシバシしますよ!!」

 微妙に混乱気味のビスコッティが、私のおでこに軽くキスをした。

「……な、なにが起きたの?」

「うん、私から説明しようか。まずこの町に一件だけある病院に連れて行ったら、医師が食中毒で死にそうになっていた。それは無視して、今度はここに臨時で治療台を作って、魔法薬やら回復魔法やら使って、二時間経ってようやくお目覚めになった。平気だっていってるのに、死んじゃうってビスコッティが大暴れして邪魔だったから、縛って転がしておいたんだが、少しはマシになったな。パステルのところに居候してたから分かるが、お前ら本当に仲がいいな」

 アリスが笑った。

「ま、まあ、ビスコッティがなんかおかしいから、あっちの治療も必要かもしれないけど、私は平気っぽい」

 私はそっと身を起こし、そっと台から降りた。

「この服の抗弾性は大したものだな。これがなかったら、ほぼ即死だったぞ」

 アリスが嬉しそうに、私の服をパタパタと叩いた。

「しかも、自己修復だ。ハサミじゃ切れなかったなから、買ったときについていた専用のカッターを使って開いたんだが、今はもうすっかり元通りだ。ちなみに、八発食らっていたが、自警団が狙撃者全員を始末した。ちょっとした戦場だったぞ」

 アリスが笑った。

「そりゃまた……」

 私は苦笑した。

 どうも、やたらと盗賊団を潰したおかげで、裏社会では私は賞金首のようで、こうやって狙われる事もある。

 だから、基本的に私だけ無線は暗号名なのだ。

「うん、それじゃビスコッティの治療に入ろう」

 よほど私が危ない状態だったのか、普段は動じないビスコッティがさっきから変な踊りをしながらウロウロしているのをアリスがキャッチし、思い切りねちっこくキスをした。

「ぎょあぁぁ!?」

 瞬間、ビシバシしようとしたビスコッティを余裕でぶん投げ、そのお腹に足を乗せた。

「うん、直っただろ」

「な、なんですか。いきなり……その……」

 ビスコッティが顔を真っ赤にして両手で覆った。

「なんだ、こんなもん減るもんじゃなし。痛くなくていいだろ?」

 アリスが笑った。


 こんなあとでも腹は減る。

 というわけで、黙々とスパイスの調合をしていたらしい、メリダ特製カレーの準備が整い、私たちは外で折りたたみ椅子などを広げ、遅めの昼ご飯を食べた。

 サフランライスがアクセントのカレーは美味しく、機嫌が悪かった私の心も落ち着いてきた。

「少し辛めにしました。暑いので」

 食べながら給仕に忙しいメリダとエメリアは大変そうだったが、二人ともにこやかに笑みを浮かべながら楽しそうだった。

 こうして昼食を取っていると、頭の中に声が響いた。

『久々にお声がけします。いわゆる光の精霊です』

「パステル、急に真顔になってどうしたの?」

 不思議そうなスコーンに笑みを送った。

「そっか、大丈夫なんだね」

 スコーンは笑みを浮かべ、それきり黙った。

『いいようですね。接近していた異質な存在ですが。一時的でしょうが動きを止めました。今のうちに……』

 ……この際、姿をみせてみんなに聞かせた方がいいよ。いざという時に、仲間は多い方がいいから。

「……分かりました。他言無用ですよ。約束できますか?」

 光の精霊の事に、私はそっと口を開けた。

「知ってる人は知ってるだろうけど、私は精霊を見ることも話す事もできる。ここまではいい?」

 私の言葉にメリダとエメリアがポカンと口を開け、研究所チームが色めき立った。

「そ、それは本当ですか?」

 メリスさんが問いかけてきた。

「はい、みんな出てくるかな……」

 私が苦笑すると、私の肩の上にずらっと小さな精霊たちが並んだ。

「うわっ!? ……おっと、失礼。お話しはできるのですか?」

「はい、できますよ。でも、その前にこの子たちを作った……えっと」

 うまく説明出来ずにいると、四大精霊が引っ込み、人間の姿をした少し大きな精霊が二人現れた。

「うむ、私は破壊を司る、いわば闇の精霊だ。対極にいるのがこちらの光の精霊。創成を司っている。普段はこうして姿を見せることがないが、真実味を持たせるために現出したのだ。偉そうな口調になってしまうのは、そういうものとパステルが認識しているせいだ。元々は平身低頭のつもりなのだがな。さて、本題にはいろう。我々がこうしてパステルの元にいるのはわけがあってな……」

 闇の精霊と光の精霊は、事のあらましを簡単に説明した。

「そうですか、異質な存在。研究材料としては、これ以上の事はないでしょうが、そうもいっていられないようですね」

 エリスさんが呟いた。

「うむ、研究している暇はないだろうな。我々の分析では、二千三百年前に襲来した異世界の怪物とでもいうか、勝手に『グモルグ』と名付けたが、それである可能性が高い。あの時は、我々とまだ少数だったエルフ族で力ずくでなんとか追い出したが、倒すには至らなかった。その頃には、世界は焦土と化していたが、今回はガーディアンがいる。なんとかなるかもしれない。スコーンとリナといったか。よろしく頼むぞ。詳しい動き方は、直接語りかけるので安心して欲しい」

「わ、分かった。怖いよ!!」

「そっか、重責を担っていたんだね」

 スコーンとリナがそれぞれ声を上げた。

「それでは、我々はグモルグが止まった理由を探る。暇なら四大精霊と遊んでくれ。また会おう」

 光と闇の精霊がスッと消え、再び可視化した四大精霊が、居並ぶメリスさん一行を見つめた。

「お前、水と火、どっちを取る? どっちも中途半端で頼りないぞ」

 サラマンダとウンディーネがエリスさんの元にいき、サラマンダが火でウンディーネを炙り、ウンディーネがサラマンダに水をかけるという戦いがはじまった。

「えっと、突然いわれても……」

 メリスさんが困惑の表情を浮かべた。

「答えなら……」

「隙あり、水!!」

 メリスさんの体が光り、ピリッと痛んだか、体を一瞬ビクッと震わせた。

「あっ、これは……」

 手の甲に小さく浮かんだ文様をみて、メリスさんが声を上げた。

「それぞれの精霊には固有の文様があって、特にその精霊の力を使えるんです。水という事は回復や結界魔法に強くなったということです」

 まだ喧嘩をしているサラマンダとウンディーネをみて、私は苦笑した。

「は、はい、今まで開発した事がないですね。これはこれで、研究のし甲斐があります。魔法薬には制作者の精霊力は影響しませんし」

 メリスさんが笑みを浮かべた。

「た、逞しいですね」

「はい、この程度で動じているようでは、研究者ではありません。新しい可能性を追求するのです。これはワクワクしてきました」

 メリスさんは、さっそく『研究ノート』と表紙に書かれたノートを取り出し、カリカリ書きはじめた。

 他の十名もそれぞれの精霊がボカスカ弄り、ついにエメリアにたどり着いた。

「ん、コイツスゲぇぞ。土と水が半端なく強いぜ!!」

 サラマンダが近寄っていき、ノームとウンディーネが反応した。

「どれ……うむ、これはすごいな」

「はい、立派な森を作ったり、広大な畑を作れたり……。異例ですが、ここは二人で。ちょっと痛いですよ」

 ウンディーネが笑みを浮かべ、エメリアの体がピクンと跳ねた。

「イタタ……。あの、これで魔法を?」

「はい、水と土が使えますが。勉強が必要でしょう。これで、全員ですね。では、私たちは……」

 ユイを残して全員姿を消し、さすが研究者だけにメリスさんをはじめとした研究者五人と助手五人は、魔法を作って遊びはじめた。

「あ、あの、どなたか魔法を。ドラゴニア初の魔法使いになれる方法を!?」

 いきなりの事に、エメリアがウロウロしはじめた。

「なんだっら、私が教えようか?」

 私が笑みを浮かべると、すかさずビスコッティが私の顔面にパンチを入れた。

「……痛い」

「はい、痛くしましたから。十年早いです。土と水ですか……。どちらも使い手が少ない系統ですね。水は私が教えられますが、土はアリスだけです。困りました……」

 ビスコッティが困った顔をした。

「ビスコッティ、なにいってるの。教えるのはルーン文字だけだよ。あとは、自分で開発するものだよ。魔法使いなんだからしっかりしてよ!!」

 スコーンが笑った。

「そ、そうでした」

 ビスコッティが真っ赤になって俯き、研究所チームも併せて、魔法使い全員が笑った。「うん、だから脳筋魔法使いっていわれるんだ。おっと……」

 ビスコッティの無言のパンチをあっさりよけ、アリスが『やる?』という感じの笑みを浮かべた。

「だ、誰が脳筋ですか。ビシバシします!!」

 ビスコッティがアリスにビシバシした。

「ん? なんかやったか?」

 アリスがその手をねじり上げ、思い切りぶん投げた。

「さて、カレーを食べよう。美味いな」

「……この恨み。いつか」

 大変ご機嫌斜めのビスコッティが、私の頭にゲンコツを落とし、憤慨しながら席に戻った。

「ちょっと、なんで私を殴るの!!」

「前からでしょ。ムカつく事があったら、とりあえずパステルの頭をぶん殴る。そういう協定があるんです!!」

 ……かなり機嫌が悪い。放っておこう。

 私は小さく息を吐き、頭のコブを撫でた。

「それじゃ、エメリアには私がルーン文字を教えるよ。慣れてきたら、絶対必要になる裏ルーン文字もね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。


 カレーパーティも終わり後片付けしていると、買い物袋を抱えたトロキさんがやってきた。

「これから遅い昼食です。お隣で美味しそうな料理を食べているから、作ってくれとせがまれまして。カレーでしたか、料理名までは分からないけれど、なんだか食欲をそそると聞いて、てっきりビーフシチューかと。買い直すのも嫌なので、このままにします」

 トロキさんが笑みを浮かべた。

「あの、これスパイスの配合です。材料は似ていますので、今度はぜひ」

 メリダが笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。本格的ですね。今度試してみます。では」

 トロキさんが自分の家に帰り、私たちは再び片付けを再開した。

「さて……」

 無事に片付けも終わり、一息吐くと頭の中に声が響いた。

『グモルグに変化があった。『鱗』を飛ばして偵察行動に入ったと思われる。鱗といっても、粉末状のものなので視認する事は難しいだろう。最大限こちらで排除するが……』

 時間がなさそうなので、私は闇の精霊の言葉を最後まで聞かず、頭に浮かんだ呪文を唱えた。

 空に向かって掲げた手の平から淡い光りが放たれ、空が僅かに青い色に染まった。

「つ、疲れた……」

 私はその場にひっくり返った。

『一体、なにをしたのだ?』

 闇の精霊が声をかけてきた。

『結界魔法です。守る傘があればと……』

『なるほど、考えたな。そのアイディアを私たちも借りよう。世界はその星だけではないからな。これは、我々の仕事だ』

 闇の精霊からの声は、それきり途絶えた。

「ねぇ、パステル。凄まじく強力な魔力を放ったみたいだけど、なにやったの?」

 スコーンがひっくり返っている私の横に座って笑みをうかべ、光る手のひらを私にかざした。

「ん、なにしてるの?」

「魔力譲渡だよ。それじゃ動けないから。それで、なにしたの?」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「うん、闇の精霊からグモルグだっけ……それが偵察行動をはじめたらくしてね。粉末状の鱗を撒きはじめたから、この星だけでもって感じで、全世界を覆う結界を張ったんだよ。あとは、二人の精霊がやってくれると思うよ」

「そっか……でもね」

 急にスコーンが怒り顔になり、いきなり平手を食らった。

「そういう事は、みんなでやらなきゃダメだよ。今回はこの程度だったけど、魔力を消耗しすぎると死んじゃうよ。今度やったら、蹴飛ばすからね!!」

 スコーンがニコッと笑みを浮かべ、ポカンとしているリナとしょんぼりしているビスコッティを呼んだ。

「二人とも、魔力譲渡やるよ。リナは分かるけど、なんでビスコッティはしょんぼりしているの?」

「……私より凄い結界を使った。パステルのくせに、生意気にも使った」

 ビスコッティが呪文のように呟きながら、それでも光る手の平を私の上にかざしてくれた。

 リナも慌てて魔力譲渡してくれて、そこはかとなく寒気を感じていた体が温かくなった。

「これでいいね。もう大丈夫。あともうちょとで、気絶するところだったよ」

 スコーンが苦笑した。

「……そっか、危なかったんだね」

「危ないなんてもんじゃないよ。次からはみんなでブーストかけるから、いってね!!」

 スコーンが笑った。

「ブーストってなに?」

 私が聞くと、スコーンは笑った。

「なに、そんなのも知らないで、すっごい魔法使いになっちゃったの。あのね、魔力を一時的に増幅させる魔法なんだけど、自分にも掛けられるし、他人にもかけられる。普通は自分にやるんだけど、他人に託すっていうときもあるからね。この前、試しにリナでやったら、すっごい破壊しちゃったんだよね。草原の真ん中に湖が二個できた!!」

 それを聞いたビスコッティがいきなり復活して、リナとスコーンにビシバシ平手を叩き込み……またしょんぼりしてしまった。

「なに、ビスコッティ。また私が強烈な結界をかましたって、落ち込んでるの?」

 ビスコッティがしょんぼりと頷いた。

「だから、私の力じゃないんだって。素直に喜べないんだよ」

 私は笑った。

「……はい、そうですか。寝ます」

 しょんぼりしたままのビスコッティは、片付けを放棄して家に引っ込んでしまった。

「あれ、ビスコッティってあんなメンタル弱かったかな」

「メンタルが強くても、これには負けたって素直に思うよ!!」

 リナが笑った。

「そっか、まあいいや。あとでバナナを持っていこう。好物だから、それで直るし」

 私は笑った。


 片付けが終わってバナナを持ってビスコッティの部屋に行くと、一人でブツブツいいながらしょんぼりして、地味にトムキャットのプラモデルを組み立てていた。

「……うわ、これ酷いな」

 私は笑みを浮かべ、ビスコッティの前にバナナを置いた。

 ビスコッティはそれを無言で受け取り、皮ごと一口囓ると俯いたまま『おいしい』と呟き、小さく笑みを浮かべた。

「……な、なんか、可愛くなっちゃった。違う、これじゃない」

 私は小さく息を吐き、空間ポケットから新品のノートを取り出し、呪文を唱えた。

 これは、自動筆記という魔法で、記憶の中にあるものを書き出していくものだ。

 ノートのページにルーン文字が浮かび、パラパラともの凄い速さでページが捲られていき……あっという間にノートが一杯になった。

「これ、さっきの結界のシューメル語をルーン文字に翻訳してみた結果だよ。私には、もうなんだか……」

「それです!!」

 いきなりそのノートを引ったくり、ビスコッティが元に戻り、バナナの皮を剥いて食べながら、ノートを食い入るように読み始めた。

「なんだ、これか。いっておくけど、私の知識じゃ理解不能どころか、全部読む気にもならないよ」

 私は笑い、ビスコッティの部屋を出ようとして扉に近づいたところで、いきなり扉が勢いよく開き、モロに顔面直撃した。

「あっ、ゴメン。いたんだ……」

 声の主はスコーンだった、

「……死ぬほど痛い」

 私はその場に崩れ落ちた。

「び、ビスコッティ、パステルが重傷だよ。治して!!」

 スコーンがオロオロしはじめたが、ビスコッティはひたすらノートを読んでは、自分の魔法研究ノートにカリカリ書き込んでいた。

「おりょ?」

 ビスコッティが反応しない事を不審に思ったようで、スコーンがテーブルに近づいていった。

「ぎゃあ、なにこのルーン文字の束!?」

「うるさいです。静かにして下さい」

 ビスコッティがビシッといい放ち、スコーンが私のところに戻ってきた。

「……ねぇ、あれマジだよ。なにしたの?」

 スコーンがヒソヒソ声で問いかけてきた。

「……うん、さっきの結界をルーン文字に変換して自動筆記したんだよ。そしたら、急に火がついちゃって、研究をはじめちゃったんだ」

 私が苦笑すると、スコーンは目を丸くして 涙を流しはじめた。

「私、私のはないの!?」

 スコーンが私に引っ付き、体をユサユサした。

「え、えっと、自動筆記って記憶が頼りだから……。攻撃魔法がいいんでしょ?」

 スコーンが首を横に振った。

「回復魔法とか結界魔法がいい。ビスコッティとかパステルになにかあった時、代わりができないと困るから。攻撃はルーン文字の魔法で十分だよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「じゃあ、ビスコッティと同じになっちゃうけど……」

 私は新品のノートを取り出し、ババババっと自動筆記した。

「これだよ。読むだけで嫌になるけど……」

 私がノートを渡すと、スコーンはゆっくりページを繰り、顔を険しくした。

「……これ、危険すぎるよ。理に直接作用して、一時的に都合よく書き換えて、瞬殺で元に戻してる。これ、光りと闇の精霊と直接アクセスできるパステル以外に使ったらダメだね」

 スコーンがニヤッとした。

「それを、安全に使えるようにするのが腕の見せどころだよ。そのために研究するんだから。いい題材をありがとう。ビスコッティ、変な魔法作ったりしたらダメだよ!!」

「……はい、分かっています。これがなかなか」

 やっと正気に戻ったビスコッティが、バナナを囓りながらスコーンに答えた。

「さて、研究しよう。またね!!」

 スコーンがバタンと扉を閉じて、走っていく音が聞こえた。

「さて、私も研究します。一人にして下さい」

「分かった、程々にね」

 笑みを浮かべるビスコッティに手を振って外に出ると、私は庭に向かった。


 庭でもテントチームが先程の結界魔法を研究していて、さすがに十人もいると解析も早いようで、みんな一様にため息を吐いていた。

「あっ、パステルさん。先程の結界魔法ですが、発動部がどうしても分かりません。どうやって……」

「……悪用したり下手な事をしないということを信用して渡しますよ。ちょっと待って下さい」

 私は何回やるんだという感じで、新しいノートに自動筆記した。

「こ、こんなに……」

「あくまでも、ルーン文字変換した結果です。合っているかの検証はお任せします。私では不可能なので」

 私は苦笑した。

「はい、分かりました。もう分かりましたよ。この魔法は、このままでは世界崩壊の危機があると。そこは丁寧に抑えて、何らかの魔法を作りますね。思いつかなかった呪文がもうボコボコ出てきているので、これは楽しみです」

 五人の研究者が頷き、助手五人が眼鏡を光らせた。

「では、ちょっと研究を。安全性検証!!」

「はい!!」

 メリスさんがいきなり研究者の顔になり、自分のノートにガリガリ書き込みをはじめ、時々ページを破いて丸めて投げ捨て、それを素早く助手のみなさんがキャッチしてはゴミ袋に放り込みはじめた。

「あはは……。スコーンとビスコッティも呪文作りは速いけどね」

 私は苦笑した。

 その時、家の玄関の扉を押し開けて、スコーンが飛びだしてきた。

「助手がいるよ。暇ならリナ、手伝って!!」

「うわっ、ちょっと待って!?」

 スコーンがリナの手をガッチリ掴み、また家の中に入っていった。

「あーあ、大騒ぎだ」

 私は苦笑した。


 一連の新魔法ラッシュも収まり、夜を迎えた。

 メリダが作ってくれた夕食をテントチームにも配り、こちらもひとしきり食べ終えた頃、在宅時はいつも玄関の扉を少しだけ開けておくのだが、そこを通ってユイがファイルを持って入ってきた。

「最初にいっておきますが、これはお勧めできません。大洋の真ん中に黒い大渦が出現して、被害が出ているそうです。不思議な事に渦の真下は蓋でもしているかのようになっていて、吸い込まれた船はそこで堰き止められているようです。脱出しようにも大渦を上ることができず、救助のヘリも吸い込まれて墜落してしまうので、被害者は緩慢な死を迎えているとか……。酒場の与太話にしてはできすぎでしたし、いつもの情報屋も肯定しました。一言『近づくな』と釘を刺されて。これは、忘れましょう。あとは、ネタなしです」

 ユイは小さく息を吐く仕草をみせた。

「行くなっていわれたら、かえって行きたくなるのが冒険者だけど、みんなどうする?」

 私は笑みを浮かべた。

「やめよう。これは私の勘だが、大変な事になるぞ」

 珍しく、アリスが意見を述べた。

「アリスの勘は当たるからね。でも、みるくらいならって思いもあるんだよね」

 私が小さく笑みを浮かべた時、光りと闇の精霊がテーブルの上に出現した。

「ダメだ、そこはグモルグの台座のような場所だ。もう嗅ぎつけたか……」

 闇の精霊はため息を吐く素振りをみせた。

「はい、その通りなんです。もし、この世界に現出するのであればそこなのです。今は様子見しているようですが、そこに我々の力まで使えるパステルさんが近寄れば、一気に接近する恐れがあります。ですから、絶対に近寄らないで下さい。今から結界を張ります。スコーンさん、リナさん。力を抜いて下さい」

 リナとスコーンが顔を見合わせると、頷いて手足をだらんとさせた。

「では、いきます。このような時に備えて、理に非精霊系魔法を定義しておいたのです。これなら、気が付かれません」

 光りの精霊がニコッと笑みを浮かべ、スコーンとリナが高速で呪文を唱えた。

 パキンと音がして、一瞬二人の体が光ったかと思うと、それきりなにも起きなかった。

「ごめんなさい。こうしないと、人間の感覚では間に合わないのです。かといって、我々の力を使うと、二千三百年前の記憶があれば即時気が付かれる可能性があるので、こうせざるを得ないのです。もう、物質干渉は解いていますよ。自分の意思通りに動くか確認して下さい」

 笑みを浮かべた光の精霊に頷き、スコーンとリナは声を出してみたり、手足を動かしたりして、コンディションを確認した。

「うん、大丈夫!!」

「私も大丈夫だけど、ガーディアン……つまり、守護者ってこういうことか」

 スコーンとリナが苦笑した。

「はい、道具にしているようで申し訳ないのですが、我々では対処できない事もありますので、ご容赦を。そういう意味では、パステルは……アンテナ塔といういい方が適切でない事が正直なところですが、我々の力をこの星に落とす中心だと思って下さい。これも、精霊と直接コンタクトを取れる、たった一人の人間だからです」

 光の精霊は笑みを浮かべ、私は苦笑交じりに笑った。

「こりゃエラい事になったな。スコーン、リナ。よろしく」

 私は笑ったのだった。

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