第25話 戦いの終わり
その夜はそれからなにもなく、開けた翌日。
アリスたちが破壊したという中継基地まで進軍しようというアイディアが持ち上がり、まだおぼつかないが銃や対戦車ロケットの使い方を教えたので、十分可能とみんな息巻いていた。
「はい、分かります。ですが、私たちが引き受けた仕事は、あくまでもこの里の防御。やるのであれば里のみなさんでお願いします。人が減る分は、きっちり私たちでフォローから安心して下さい」
私は広場に集まった里長をはじめとした里のみなさんに、小さく笑みを浮かべた。
「そうか……では、我々でやろう。マップはあるのか?」
「はい、ありますよ」
私は昨夜アリスとビスコッティが偵察してきたデータに基づき、私が書き起こしここから敵の里までのマップを里長に渡した。
「うむ、それだけでもありがたい。それでは、さっそく遠征隊を組織して……」
里長がいいかけた時、私の頭のなかに呪文が浮かび、緊急事態と本能が叫ぶ寄り先に、私はそれを唱えていた。
私の全身が光り、元々展開されていたビスコッティの結界の上に、透明の強力な結界壁が展開された。
しばらく経つと、その結界の上で小爆発が無数に弾け、里長の顔色が青くなった。
「中距離ロケット砲ですね。まともに受けていたら、被害は甚大だったでしょう。こんなものまで配備していたとは」
私は苦笑した。
ロケット砲とは、その名の通りロケット弾を発射する兵器だ。
ロケット弾といっても色々あるが、これは中に大量の子爆弾を積み、それをばら撒くタイプのようだ。
「おい、これは先は進まない方がいいと思うが……」
アリスが笑った。
「そ、そんなものまで……。勝ち目はないぞ」
村長が顔色を悪くした。
「まずは、防御を固めましょう。私が張った結界は、よほどの事がなければ破壊できませんが、問題があります。それは、中からの攻撃もできないという事です。そのため、壁の内側だけ張ってあります。徒歩なら出入りできる程度の遊びはありますので、壁上からの攻撃は可能です。ロケット弾といっても、そんなに多くの残弾はないでしょう」
いったそばからまた攻撃があり、派手な音が響いたが、特に問題はなかった。
『敵観測員発見。排除する』
どこに潜んでいたか、壁上にいるはずのシノの声が聞こえた。
観測員とは、攻撃目標地点に陣取って、直接照準できない長距離攻撃の『目』となって、あれやこれやと着弾ポイントを修正する重要なポジションだ。
大きな銃声が四発聞こえ、シノの声が無線に飛び込んできた。
『クリア』
「お疲れ。結界内に待避して」
『了解。待避する』
シノが観測員を発見して排除してくれたお陰で、ロケット砲はもう使えないも同然だった。
「これで大丈夫でしょう。それで、中継基地まで進出するのは構わないですが、このような防備はできません。私たちは雇われの身なので、これ以上はいいませんが、慎重に検討してくださいね」
私は笑みを浮かべ、里のみなさんの輪から抜けた。
木の切り株に座り、みんなと朝食を食べていると、メリダがニッコリ笑って近寄ってきた。
「お疲れさまです。昨日はろくに食事も作れず申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。いま食べてるし」
私は笑った。
「いえ、お味はどうでしょうか?」
「バッチリだと思うよ。それで、なにかいいたそうだね」
私は笑みを浮かべた。
「はい、こんな状況ですが、あまり動じなくなってきました。これは進歩でしょうか?」
「そうだね。でも、緊張感はもってね。食事当番なんて地味な役でごめんね」
私はメリダに笑みを向けた。
「いえ、これはやり甲斐があっていいですよ。やはり、大鍋で調理した方が美味しいですし」
メリダが笑った。
壁の向こうでは、時たまロケット弾の無駄撃ちが起こす爆音が響いているが、これは気にしなくていいだろう。
「よし、今日も張り切っていこう!!」
私は笑った。
かなりよくなったが、この里のドラゴニアは銃に触れるのも初めてで、まだまだ戦力としてはおぼつかなかった。
その指導をアリスが行い、シノとビスコッティが監視権狙撃手として、壁上で待機していた。
「さてと……」
私は本来は背負って使う大型無線機のスイッチを入れ、敵の無線傍受を試みた。
ほどなく、暗号化もされていない平文で、怒鳴り声が聞こえた。
『なにが最強のロケットシステムだ。全然当たらないではないか!!』
……ちゃんと使えば当たるし、命中してもこの結界がある限りは、なにを撃っても貫通はできないけどね。
私は小さく笑みを浮かべた。
「なんだ、変な顔して?」
休憩なのか、汗を拭きながらアリスがやってきた。
「敵の無線を傍受していたんだけど、大混乱だね。敵の兵力も尽きてきたらしいよ」
「そりゃ結構。こっちも、新兵くらいの練度にはなったぞ。あとは、実戦で学ぶしかないな」
アリスが笑みを浮かべた。
「ねぇ、アリス。この前の石ミサイルで本拠地に一撃入れてみない。大慌てでボロを出すかもしれないから」
「そうだな。待ってばかりもつまらん。石の一個くらい投げ込んでもいいだろう」
アリスは小さく笑い、適当に握り拳くらいの石を手に取った。
「パステル殿、議論の結果が出た。まだろくに戦えない者を出すわけにはいかない。ここで防御に専念する事になった。引き続き頼む」
長引いた打ち合わせも終わり、近寄ってきた里長が頷いた。
「分かりました。敵の無線を傍受していたところ、どうやら大混乱のようなので、探りを入れる意味で、ここから魔法で攻撃してみます。一発撃てば敵の出方が分かると思います」
「それは助かる。ぜひお願いしたい」
里長が頭を下げた。
「これも仕事のうちです。では、少々お待ちください」
私は笑みを浮かべ、アリスと共に壁上にでた。
「敵の里まで十キロもない。目標を定めたら、一発だけ撃ってみよう」
アリスは石を片手に呪文を唱え、光の帯を曳いたそれはもの凄い勢いで加速して飛んでいった。
私は背負っていた無線機で敵の無線を傍受しながら、状況を探った。
「……命中だ。大層立派な御殿があったから、そこを潰してみた」
「いい狙いしてるね。無線はもう『里長~!!』としか聞こえないよ」
私は笑った。
「そうか、正直にあの御殿にいたか。里親を潰してしまったな」
アリスが笑った。
「なに、あちらの里長を倒してしまっただと!?」
壁上から下りて里長に報告すると、目を丸くして腰を抜かしそうになった。
「うむ、そこまでするつもりはなかったんだがな。一番大きくて立派な建物を狙ったら、中にいたようでな」
アリスが笑みを浮かべた。
「こ、これは恐れ入った。これでどう出るか、分からなくなったな。暴走した連中がなにか攻撃してくるか、素直に負けを認めるか……。ドラゴニアの流儀では、里長が倒されれば降伏するものだが」
里長は顎に手を当てて考え込んだ。
「私たちは様子をみます。ドラゴニアの流儀は知らないので」
「分かった。食事でも取って、ゆっくりすればいい。あのフキの煮物はなかなか美味いぞ」
里親が笑って、壁上に上っていった。
「よし、お言葉に甘えて遅めの昼食にしようか」
私は背負っていた無線機を下ろし、臨時の食堂のようになっている、テント下のテーブルについた。
「あっ、お疲れさまです」
メリダがすぐにやってきて、食事をテーブルに置いた。
「お疲れ。ドラゴニアの食生活は分かった?」
私は笑った。
「はい、意外といっては失礼ですが、野菜が中心の食生活のようです。山菜も好物のようですし、それはそれでやり甲斐があります」
メリダが笑った。
「そっか、そういえば肉が取れそうなものがないしね」
私は笑みを浮かべた。
「はい、たまに鳥を射って食べる食べるそうですが、なにかのお祭りや色々な行事の時くらいだそうです」
メリダが笑みを浮かべた時、ビスコッティから連絡があった。
『白旗を掲げた小型車が接近中。警戒』
無線の声は、いつもと違って鋭いものだった。
「おっと、ゆっくり食事もできないね。メリダ、ごめん。早食いするから!!
私たちは流し込むように食事を終え、メリダの頑張ってくださいという声に送られ、私たちは正門に向かった。
ちょうど壁上から里長が下りてきたところで、門番が大きな金属製の扉を開いたところだった。
私たちは走り、ちょうどそこから入ろうとしていた小型車を止めた。
「一応聞きますが、非武装ですか?」
私が問いかけると、車の運転手が頷いた。
「俺たちだって、好きでこんな事をしていたわけではない。お隣同士仲良くしようとしていたのに、里長が変わった途端がらりと雰囲気が変わってしまってな。怪しい人間の商人たちから武装を買い集め、こうして作戦もなにもなくひたすら突っ込ませるという戦いを強いられていたのだ。里長に逆らえば、それこそ命がないからな」
運転手は小さく息を吐いた。
「分かりました。信用していないという事ではないですが、念のためボディチェックさせて頂きます。降りて頂けますか?」
私の声にう頷き運転手が車から降りると、丹念にボディチェックしてナイフ一本も持っていない事を確認した。
「よし、車は問題ないぞ」
ずっと車をチェックしていたアリスが声を上げた。
「こっちも問題なし。里長、大丈夫ですよ」
私が笑みを浮かべると、里長は頷いて運転手に近寄り固く握手した。
「ドラゴニアでは、これが終戦合意なのだ。お互いに受けた損害はこれで問わない。どちらかが勝ちという考えはないのだよ」
里長は運転手を里の奥に連れていき、一緒に食事をとりはじめた。
「はぁ、長期戦覚悟だったけど、想定外の展開だったな。まあ、早く終わってよし!!」
私は笑みを浮かべた。
銃後の処理で、お互いの里が協力して、邪魔なあの中継基地の残骸を片付けたり、戦死した人たちの亡骸を弔ったり……。これが、かなりの大作業になった。
さすがに契約外とはいわず私たちも手伝い、向こうの里に行ってみたら、まるで兵器の見本市のようになっていて、地対艦ミサイルまで装備されていた。
「これ、どうします?」
私は近くにいた人に聞いた。
「はい、邪魔で不要なので廃棄なり売却なりしたいのですが、当てがなくて……」
「そうですか。こんな時の呪文は……」
私はこの兵器類がない状況をイメージした。
頭に浮かんできた呪文を唱えると、高い壁だけ残して全ての兵器が消え失せた。
「だんだん慣れてきたな……。コホン、全て廃棄処分にしました。ご安心ください」
私は笑みを浮かべ、目を丸くしているドラゴニアの女性に親指を立ててみせた。
「あの、今のは一体……」
「これが魔法です。なんでもできそうで、なにもできないんですよ」
私は笑って、片付けを手伝った。
結局、自己顕示欲満載だった、御殿のような家は徹底的に叩き壊して、スコーンの魔法で空けた穴に埋め、どこかのどかな里にした。
「よし、これでこっちの処理は終わりだね。戦闘より、こっちの方が大変だよ」
私は苦笑した。
全ての作業を終えた頃には、日もとっぷり暮れた夜になっていた。
修復のついでに石畳にして、適度な街灯もつけた里で里長に挨拶して、私たちはアレクに帰る事にした。
「それでは、世話になったの。また、気が向いたらくるといい」
里長が笑みを浮かべ、私も笑みを浮かべると、機体の扉を閉めた。
エンジンの金属音が跳ね上がり、ゆったりと離陸したヘリは暗闇の中アレクを目指して飛行を開始した。
「あれ、そういえばエメリアはどこにいった?」
頭のどこかにあったが、それどころではなかったので、探す暇もなかったのだ。
「まさか、戦死してないよね……」
スコーンが呟いた時、いきなり布張りの粗末な椅子の下からなにか出だ。
「おぎょ!?」
それがスコーンの股の間だったので、変な声を上げて飛び上がった。
「ご、ごめんなさい。怖かったので、隠れていたのです」
なにか出たもの……それはエメリアだった。
「あのな、それ反則だぞ」
ヘリを操縦しながら、アリスが笑った。
「はい、分かっているんです。でも、里抜けも兼ねてなんです。両親が戦いで亡くなってしまって、里のみなさんの好意で頂いた食料で生き延びていたのですが、これがもう惨めで……。お願いです、里に戻すのだけはやめてください。掃除でも洗濯でもやりますから、みなさんの家においてください!!」
言葉の半分を涙で濡らしながら、エメリアが叫ぶようにいった。
「そうか、分かった。一瞬、里にヘリを戻そうかと思ったが、そういう事情なら考えてやれ。パステル」
アリスが笑みを浮かべた。
「分かった、それじゃ留守中はお隣のトロキさんに任せているから、一緒に手伝ってくれる?」
私は笑みを浮かべた。
「はい、ありがとうございます」
エメリアは笑みを浮かべた。
「うん、いいことだね。でも、いつまで私の股間から顔を出してるの。恥ずかしいから、引っ込んで!!」
スコーンが笑った。
「あっ、ごめんなさい」
エメリアの顔が椅子の下に引っ込み、私は笑った。
ヘリは順調に飛行を続け、空が白んできた頃、無事に自宅に到着したのだった。
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