第24話 お仕事初日

 翌朝、メリダが朝食を作ってくれていると、バタバタと轟音が響き、アリスが椅子を蹴倒すような勢いで外に飛び出していった。

 私も庭に出てみると、二重反転翼という変わった形式の翼を持つ攻撃ヘリが、先にもらっておいてある同型機の隣に降りていて、アリスが受け取りの書類にいくつもサインしていた。

「これで、アリスの我が儘は完了だね。さて、早く出かける用意しないと……」

 私は笑みを浮かべ、家に戻った。

 出かける用意といっても、大した事ではない。

 ささっと髪の毛を手櫛で揃え、ポニーテールにすれば終わりである。

「さてと、エメリアはどうかな?」

 私はまず自室の確認をして、忘れ物がないことをチェックすると、客室というか空き部屋だった寝室を使ってもらったエメリアの様子をみにいった。

 扉をノックすると、起きたばかりというエメリアが寝ぼけた顔で出てきた。

「おはようございます」

「おはよう。その様子じゃしっかり寝られたようだね。お疲れさま!!」

 私は笑った。

「あっ、そうでした。急がないと!?」

 そこまで忘れていたようで、エメリアは急にアワアワしはじめた。

「いいから朝食を取って。寝癖が凄いからシャワーが先でもいいよ」

 私は笑い、おおよそこれから戦地に赴くとは思えない、ゆったりした時間を過ごした。


 地図には載っていないが、エメリアの里は、アレクからさほど遠いわけではないそうだ。

「私の飛行速度で大体三時間ですが、未熟者なので一時間に一回休憩が必要になります。地図上ではここになります」

 エメリアの示したポイントは、街道から遠く離れた草地だった。

 地上を走って行く時間が掛かるが、これこそヘリの出番だった。

 今回は二機の戦闘ヘリはお休みで、代わりに弾痕だらけのボロいブラックホークにロケット弾やら対戦車ミサイルやらを積み込み、さらに三十ミリガンポッドも搭載して、やる気満々の戦闘ヘリのようになってしまった。

 私たちはヘリに乗り込み、エメリアに無線機の使い方を教えて分かれた。

 先にドラゴンの姿になったエメリアが空に舞い上がり、次いで私たちのヘリが離陸した。

 アレクの町から遠ざかると、エメリアが低空飛行をはじめたので、アリスとビスコッティの操縦でヘリも低空飛行に入った。

 一面の草原上空を飛ぶことしばし。

 ちょうど出発してから一時間とちょっというところで、エメリアが地上に降りたので、ヘリも着陸した。

 閉じていた扉を開けて外にでると、荒い息をついた人間状態のエメリアが草地に転がっていた。

「大丈夫?」

 エメリアに駆け寄って声をかけると、小さく笑みを浮かべたエメリアがなんとか立ちあがった。

「もうちょっと……あ、あの!?」

 私は見ていられなくなり、エメリアをお姫様抱っこしてヘリに戻り、アリスに離陸を告げた。

「目的地の座標は分かってるでしょ。まずは、そこに飛んで!!」

「分かっているぞ。この方が早くていいし、エメリアの様子をみたら妥当な判断だ」

 アリスが小さく笑い、ヘリを離陸させた。

 再び低空飛行をはじめたヘリの中で、私は疲弊しきっているエメリアにどうしたものかと困ってしまった。

「取りあえず、回復だね。ビスコッティは忙しいから、えっと回復魔法……パステル!! ……いけね、私だった。えっと、スコーン、なんでもいいから使える?」

「おぎょ!?」

 まさか回ってくるとは思っていなかったようで、スコーンが変な声をだした。

「そりゃいくつか開発したけど……ああ、あれなら大丈夫かな。それでも、強力過ぎるな。……よし、アレだ!!」

 ビスコッティが呪文を唱え、ヘリの機内全体が一瞬青く光った。

「おっ、これいいな。快適だ」

 アリスが笑った。

「うん、一人じゃ強すぎるから、全員にかけたよ。よかった、成功した!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「師匠、どうですか。初めての回復魔法らしい回復魔法は?」

 ビスコッティが笑った。

「うん、難しい!!」

「それが分かればいいです。攻撃魔法より難しいんですよ。回復系研究者が多いのも、それが難しいからなんです」

 ビスコッティが笑った。

「分かったような気がするけど、私は攻撃魔法がいいな。突き詰めていくと面白い!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「まあ、攻撃魔法が使えるのはリナと師匠だけですからね。ララの魔法剣は剣術に分類されますし、使い手を選ぶので。あれ、そういえばパステルは全ての魔法が使えるという状況では?」

「うん、そうなんだけど、なんか怖くて滅多に使えないよ。イメージを浮かべて使うって、かなり高度だよ。ルーン文字の魔法なら、考えて作れるから計算もできるんだけど」

 私は苦笑した。


 エメリアも無事に回復し、程なく前方に村らしきものがみえてくると、急作りと分かる板の壁にむかって銃撃を加えている集団と、中で必死に防戦している様子の人たちが見えてきた。

「ここです。下ろして下さい」

「分かった、その前に邪魔者を排除しよう」

 アリスが頷き、ヘリに搭載されている三十ミリチェーンガンが砲撃をはじめ、攻め込もうとしている側の人たちがバタバタと倒れていった。

「す、凄い……」

 エメリアがやや呆然としながら呟いた。

「本来、こういう目的で使うものだからな。今のうちに着陸地点を教えろ。まずはお偉いさんに話を通しておいてくれ。私たちはできる限り、相手の本拠地を叩きに行く。いいな?」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。その辺りの空き地へ……」

 ヘリが着陸すると、閉めておいた機体の横にあるスライド式の扉を開け、エメリアが地面を走っていった。

 その間にヘリは離陸し、草原に刻まれた相手の進撃ルートを辿って低空飛行でつき進んだ。

「おっと、あれはヤバい」

 進路上に戦車を三両みつけ、アリスはヘルファイアミサイルを発射した。

 狙い違わず三両に命中し、炎上するそれには目もくれず、ひたすら進んでいくと、相手の仮設基地のようなものがあった。

 こちらが接近していくと、一斉に対空砲火が襲い掛かり、アリスはロケット弾を全弾一斉発射してそのままUターンしてエメリアの里に向かっていった。

「こりゃなかなかだな。単体での航空攻撃は危険だ。今回撃った事で、対空兵器を持ってくる可能性もあるしな。戦車を破壊できただけでもよしとしよう」

 アリスは笑みを浮かべた。


 エメリアの里に帰ると、空き地に四角い線が引かれ、ここに着陸しろと意思表示されていた。

 ヘリが着陸すると、私は開けたままにしておいた機体横の口から飛び下りて、エメリアが迎えにくるのを待った。

 しばらくすると、エメリアは笑顔でこちらに向かってきた。

「里長が話しをしたいそうです。こちらへ……」

 ここだとヘリの音であまり聞こえないので、私はエメリアに案内されて里の奥に進んだ 打って変わって、ノンビリした雰囲気が漂う農村のような場所にいくつも家が並び、その中で少し大きな建物に案内された。

「お主たちが、エメリアの連れてきた傭兵じゃな。金はある。こういう事は、前渡しが常識だろう」

 私は縁側に積まれた札束を数え、きっちり一千万ある事を確認して、空間ポケットにしまった。

「それで、戦況はどうなっていますか?」

「うむ、ハッキリいって最悪だな。里の入り口の防御すらままならん。本来は茶の一杯でもノンビリ楽しんで頂きたいが、今はそうもいえん。至急対応頂きたい」

 里長は小さくため息を吐いた。

「分かりました。やれるだけやってみます」

 私は笑みをうかべ、エメリアを連れてヘリの場所に戻った。

 その頃にはみんなヘリから降りていて、さっそく順調を開始していた。

『こちらシノ。配置についた。異常なし』

 早くもポジションに着いたシノから無線に連絡が入った。

 私の傍らではM60を空間ポケットから取りだし、やる気満々のスコーンが笑みを浮かべ、ビスコッティが結界で里全体を覆った。

「私は門の外にでます、リナも一緒です」

 ララの一言に、私は無意識でストップをかけた。

 頭の中に呪文が浮かび、私はそれを唱えた。

 瞬間、里全体が光り、壁全体が高く金属でできた頑強なものに変化した。

 ……物質変換魔法。話しには聞いていたけど。

 私は苦笑して、ポカンとしているスコーンを背中から抱きしめた。

「反則だよ、これ……」

 私は苦笑した。


 結局、この壁のおかげで配置が代わり、壁上のポジションに十名ほどの里の人が私たちが提供した、夜間対応の双眼鏡で見張りをおこなう事になった。

 あと、シノが壁上のどこかに潜んでいて、いざという時に備えてリナとララは交代で起きて、その時を待つという感じだった。

 攻撃がなかったので、メリダが作った昼食で里のみなさんとともに食事を楽しみ、時は流れて夜になった。

 アリスとビスコッティは壁の外に出て偵察をおこない、定時連絡をしてくる体勢を整えた。

 私はあまり得意ではないが、壁上で総指揮を執っていた。

「スコーン、眠くない?」

「大丈夫!!」

 壁上で仲良く並んで伏せているスコーンがM60を構えながら、ニコッと笑みを浮かべた。

「眠くなったら交代ね。さて……」

 私も双眼鏡で辺りを警戒していると、夜風に紛れて微かなニオイがした。

「……油かな」

 思わず呟いた時、ビスコッティから連絡が入った。

『PポイントよりAポイントに向かう車列を発見。装甲車六両』

 私は無線でリナとララに準備するように伝え、総員戦闘配置の信号弾を撃ち上げた。

リナとララが飛び起きて里の外に飛び出て物陰に潜み、双眼鏡越しに敵車列がみえるようになると、私は隣のスコーンに声をかけた。

「ビビらせてやる。スコーン、車列は分かる?」

 同じように双眼鏡を見ていたスコーンが頷いた。

「その先頭車両狙えるかな。ドラゴニアには魔法がないから、これで戦意を喪失してくれれば……」

「分かった」

 スコーンは呪文を唱え、炎の矢を車列の先頭車両に向かって叩き付けた。

 爆発と共に粉々になった先頭車からは、火だるまの人たちが飛び散って地面に転がり、お世辞にもいい気持ちはしなかったが、なにを今さらという感じだったので、気にはしなかった。

「……スコーン、おならしたでしょ?」

 私は違うニオイを嗅ぎ取り、思わず苦笑した。

「ち、違うよ。ニオイは似てるけど、魔力の調整でもれた生ガスの臭いだよ。魔力って臭いから!?」

 スコーンが慌てて私の体を揺さぶった。

「あれ、そうなの?」

「うん、この臭い慣れるまではキツいんだよ。……ついでに。ちょっとだけおならしたけど」

 スコーンが笑った。

「なんだ……。まあ、おならはいいとして、どうなったかな……」

 双眼鏡ごしにみえる装甲車の車列は速度を緩めたが、中から搭乗していた戦士を吐き出しつつ、重機関銃で応戦してきた。

 距離千メートル。敵からしたら、十分な射程だった。

「うぉっ!?」

 私は顔を壁に埋もれさせる勢いで伏せて敵弾をかわし、私は胸ポケットの無線機を取った。

「リナ、ララ。接近してくる敵がいたら処理して。そこまで手が回らないから」

『分かった、任せて。魔法の使用は?』

「もちろんOKだよ。任せる」

 私が無線を切ると、さっそくリナが攻撃魔法を放つ様子がみてとれた。

『アリスだ。B地点より主力戦車十両の出撃を確認。里を包囲するつもりだ』

「……これはまずいな」

 私スコーンの背中を叩き、壁の上を走った。

「ど、どこにいくの!?」

「こっちからは戦車だって!!」

 私たちが裏門に達した時、すでに戦闘が始まっていて、十両の戦車が集まっていて、そこら中から壁に向かって発砲していたが、素材不明の金属の壁はそれを難なく弾いていた。

 壁上にはヘリから荷物を下ろし、昼の間に使い方を教えた銃火器装備の警備隊員の姿があり、声をかけたが大丈夫と返事が返ってきた。

「パステル、詳細探査で全部みつけたよ。撃つから!!」

 スコーンが連続詠唱で巨大な光の矢をいくつも放ち、そこかしこで大爆発が起きた。

「こりゃまた……。なんかストレスたまってた?」

「うん!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「……ごめんなさい」

 なぜか分からないが、私は謝った方がいいと頭を下げた。

「いや、ビスコッティが……それはいいや。こっちは全部みたいだよ」

 スコーンの声に、私は双眼鏡で辺りを見回した。

「大丈夫みたいだね。普通、歩兵が随伴してるものなんだけど……」

 これで分かった。

 強そうな兵器を手に入れたものの、扱い方を知らない。

 これは、大きなアドバンテージだった。

「VRVO13より各位。敵は近代兵器の扱いになれていない。その隙を突いて!!」

 私は全員に無線で知らせた。

『こちらシノ。その意見は肯定。銃をただ撃ってるだけ』

 シノから反応はあったがリナとララからの応答がなかった。

「よし、次は正門だ!!」

「ま、待って!!」

 私はさらに増援でやってきた防衛隊十人と入れ替わるように、M60を抱えたまま走るスコーンの様子を確認しながら、再び正門前に戻るとそこは三十人ほどの敵兵が固まっていたが、リナが負傷したようでララ一人が奮戦している最中だった。

「まずは、敵兵を退けないと。スコーン、援護射撃しておいて!!」

「分かった!!」

 スコーンの機関銃が敵をなぎ払い、ララがチラッとこちらを見上げた。

「明かりの魔法追加か。えっと……」

「それなら私がやる!!」

 機関銃を撃ちながらスコーンは呪文を唱えた。

 明かりの光球が十個ほど上がり、ララの剣が光を帯びた。

 ズバッと横薙ぎに剣を振ると、空間が裂けて三十人ほどの敵兵は一撃で真っ二つに裂かれて倒れた。

『ありがとうございます。暗くてどこに何人いるか分からず、これができなかったのです』

 ララの嬉しそうな声が聞こえた。

「それはよかった。今夜はこんな感じかな」

 私は胸をなで下ろした。

『うん、無事だぞ。ついでに、昼間の邪魔な中継基地を破壊しておいた。やはり、空爆よりこっちの方が正確だな。帰投する』

『ビスコッティです。二人で敵の里まで偵察してきました。里は防備が手薄です。本職には負けますが、簡単なマッピングもしました。帰ったら検討しましょう』

 次いでビスコッティの声が聞こえ、私は小さく息を吐いた。

「気をつけてね。寝ないで待っているよ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「シノはやっぱり警戒?」

『肯定。一晩くらいは平気』

『おい、シノ。私と交代しながらだ。一人でやるものじゃない』

 シノの無線にアリスが割り込み、笑いごえが聞こえた。

『それは助かる。よろしく頼む』

 シノの声が、心持ち安心したものに聞こえた。

「あんまり無理しないでね」

 私は無線で全員に声をかけたのだった。

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