第23話 色々のはじまり

 翌日の天候は、あいにく小雨交じりの曇天だった。

 メリダが朝食の支度をしていると、玄関の扉がノックされた。

 私が出ると、メリスさんが笑みを浮かべて立っていた。

「おはようございます。あの、キッチンをお借りできないかと思いまして……。食材はマーケットで仕入れたのですが、調理器具の不具合で料理ができないもので……」

「はい、構いませんよ。メリダ、空きそう?」

「はい、もう少しです。食材があるようであれば、私が代わりに作りましょうか?」

 メリダが笑みを浮かべた。

「いえ、そこまで甘えるわけにはいきません」

 メリズさんが小さく笑った。

「そうですか……。たくさんの人に味わって頂きたいのですが」

 メリダは残念そうに呟き、苦笑した。

「分かりました、それではお願いします。野菜が中心で肉が少々と……」

 メリズさんが空間ポケットから食材を取りだし、キッチンの台に置いていくと、まずはこちらの朝食がテーブルに並んだ。

「昨日の料理をアレンジしたものです。先に食べていてください。次はメリスさんの料理をします。これがもう、楽しくて楽しくて」

 メリダが笑った。

「確かに、料理を作っているメリダって、生き生きしているよね。あっ、そうだ。なんでも屋から頼まれているんだけど、この町の広場に面して食堂があったんだよ。二ヶ月前に店主が腰を痛めて閉店しちゃったけど、ないと困るから誰かいないかって相談されていたんだよ。この町にいる間くらい、なにかやってみる?」

 私は笑みを浮かべた。

「えっ、そんな場所があるとは知らなかったです。どこですか?」

 調理の手を休ませずに、メリダが笑みを浮かべた。

「うん、あとでいこうか」

 私が笑みを浮かべた。


 メリズさんチームにの朝食ができた頃、起きだしてきた他のメンバーが、それぞれの朝食を持って外に出ていった。

 ダイニングやリビングを使っていいよとお誘いしたのだが、そこまでは甘えられないと固辞され、みなさんはテントで食事となった。

 玄関の扉がノックされ、私は扉を開けた。

「大人数で大変だと思って、煮物を作ってテントのみなさんに食べて頂きました。自分の料理を褒めて頂けるのは、嬉しい限りです」

 このトロキさんの一声で、私はピンときた。

「それなら、メリダと一緒に食堂やらない……」

 私は事のあらましを説明した。

「そこで、メリダが留守中は、トロキさんがやるって感じでどうかな?」

「はい、私は構いません。ずっと暇しているので」

 トロキさんが頷き、メリダも頷いた。

「それじゃ、行ってみようか。実は、合鍵を預かっているんだ。家賃はなんでも屋に入るけどね」

 私は笑った。


 小雨の中、傘をさして件の元食堂にいくと、私は合鍵でシャッターを開け中に入った。

「これは、なかなか年季が入った建物ですね」

 あちこちにシミができた内装をみると、トロキさんが苦笑した。

「これは、壁紙は全て張り替えですね。キッチンをみてきます」

 トロキさんとメリダが厨房に入っていって、しばらくなにやら弄っていたが、二人揃ってバツ印をだした。

「恐らく、長年の使い方で癖が付いてしまったようです。五口もある業務用コンロが一口しか使えないですし、ほかもダメな箇所が……。これでは、納得いく料理が作れません」

 メリダが小さく息を吐いた。

 こりゃダメだなと思った時、ヒョコッとなんでも屋のオッチャンが顔を見せた。

「なんかシャッターが開いていたからよ、ちょっと覗いてみたんだ。何だ、候補者でも見つかったのか」

「うん、やる気はあるんだけど、この中の様子じゃダメっぽい」

 私は苦笑した。

「そりゃそうだろう、まだ改装前だからな。やるならやるで、全部注文通りにするぜ!!」

 オッチャンが笑った。

「改修前だったのですね。それでは、話を進めましょうか」

 トロキさんが頷き、そっとメリダの肩を押した。

「えっ!?」

 メリダの声が裏返った。

「いいお話では?」

 トロキさんが笑みを浮かべた。

「そ、そんな、心の準備が……」

「話だけお話ししてみましょう。大家さんがなんでも屋さんであれば安心ですから」

 トロキさんが戸惑うメリダをリードして、なんでも屋がすぐに資料を持ってきた。

「それじゃ、家にいるよ。なにかあったら、無線で連絡してね」

 私は食堂から出ると、そのまま自宅に向かって歩きはじめた。

 小雨はやむ気配がなく、傘に当たった雨水がパラパラと音を立てた。


 家に帰ると、ビスコッティがなにかを探してウロウロしていた。

「どうしたの?」

「はい、希少な魔法薬の材料を入れておいた鞄がないのです。寝室に置いたのですが……」

 ビスコッティが考え込みながら、ひたすら探し続けていた。

「手伝うよ。どんな鞄?」

「はい、ありがとうございます。茶色の鍵がかかるもので……あっ!?」

 まさかと思って冷蔵庫を開けると、まさに茶色の鞄が食材の中に埋もれるようにして入っていた。

「な、なんでそこに。寒さに弱いものもあるのに!?」

 私を押しのけるようにして鞄を取ると、それを冷蔵庫から引き抜き、鍵を開けるのももどかしく、ビスコッティは慌てて鞄の中を確認した。

「……全滅です。魔法屋さんに行ってきます」

 なぜか私にゲンコツを落としてから、ビスコッティはトボトボと玄関から外に出ていった。

「……可哀想だな」

 私はその後をついていく事にして、そっとビスコッティの背中を追った。

 ビスコッティは俯いたまま目抜き通りから路地に入り、雲っている事もあってか、昼なのに薄暗い道を進んでいった。

「……あれ、そういえばこの町に魔法屋なんてあったかな」

 魔法屋とは、魔法と名がつくものは大抵扱っている店で大小様々あるが、大体はこういった裏路地や目立たないところにある。

 理由は様々だが、強盗避けの部分が大きい。

 魔法はとにかくお金がかかり、扱っているものが高額なので、目立たないようにしても、どこかに用心棒を忍ばせているのが普通だった。

「それにしても、どこまで……」

 路地をだいぶ進んだところで、ビスコッティはボロい木の看板が小さく出ている家に入っていった。

 一緒に中に入るのも気が引けたので、私は家の壁に寄りかかってビスコッティが出てくるのを待った。。

「傘があっても濡れちゃったな。帰ったらシャワーだ。いっそ、庭に小さな浴槽でも作って、露天風呂にを作っちゃおうかな」

 私は笑みを浮かべた。

 しばらくして、さらにしょんぼりしてしまったビスコッティが、私の目の前を通り過ぎても気が付かないほど落ち込んでしまっていた。

「……きっと、欲しいものがなかったんだね。ますます可哀想過ぎて、声もかけられないよ」

 楽天主義の私でもさすがに心配になり、その魔法屋に入った。

「いらっしゃい。みたところ……ん、なんだか不思議な精霊力を持っているね。まあ、いい。なんのご用かな?」

 店のオバチャンが柔和な笑みを浮かべた。

「あの、さっきのお姉さんがオーダーしたもので、足りないものはどれですか?」

「ああ、ビスコッティさんだね。えっと、ほとんど足りていないよ。うちは売り惜しみないからね。在庫がないものは売れないよ。特に最近はエルフのルートが不安定でね。ビスコッティさんが欲しくて欠品していたのは、全てエルフのテリトリーで採れるものなんだよ」

 オバチャンがため息を吐いた。

「分かりました、その材料を教えて下さい」

 私はメモ帳のページを一枚切り離し、店のカウンターに乗せた。

「それは構わないが、間違っても自分で採りに行ったらダメだよ」

 オバチャンが慌てた様子で注意してくれた。

「はい、もちろんいきません」

 私は笑った。

「絶対だよ。えっと……」

 オバチャンが紙に書いてくれたメモを受け取り、私は店の外にでた。

「トロキさん、聞こえますか?」

『はい、どうされました?』

 念のためと、トロキさんに渡しておいた無線機が役に立った。

「あの、突然ですが。魔法薬の原料を調達したいのですが、えっと……」

 私はメモの内容を読み上げていった。

『はい、その程度の材料でよろしければ常備しています、お譲りしますよ』

「ありがとうございます。すぐに取りに伺います」

 私はダッシュで家に向かい、トボトボ歩いているビスコッティを追い越し、私はトロキさんの家に向かった。

 呼び鈴を押すと、トロキさんが大きな紙袋を持って出てきた。

「これが注文の品です。お急ぎのようなので、代金はあとで頂きます。私たちにとっては、さほど高価なものではないのですが、人間がこぞって欲しがるので、異常な値段で売っているだけです。もちろん、私はエルフ価格ですよ」

「はい、ありがとうございます」

 私はトロキさんの家から自分の家に戻り、紙袋を玄関において私は中に入った。

『はぁ、魔法薬の材料がなくなっちゃった、どうしよう……ん?』

 扉の向こうでビスコッティの声が聞こえ、バタンとそれが力強く開けられた。

「パステル、ついてくるなら気配を出して下さい!!」

「いつも通りだったんだけどな、それより、早く支払いを済ませてきて!!」

「はい、紙袋の中に入っていましたが、この金額は冗談ではないですよね。通常なら一つも買えませんよ」

 ビスコッティが困惑の色をみせた。

「それは、仕入れ段階で値段をつり上げているんだって。ほら、早く支払ってきなよ!!」

 私は笑った。


 雨で濡れてしまったたので、私はシャワールームに向かった。

 すると、スコーンが笑みを浮かべて立っていた。

 シャワーブースが四つあったのだが、どうやらそのうち二つを潰して湯船を設置したようだった。

「へぇ、いいの作ったじゃん」

 私は笑った。

「うん、これでいつでもお風呂でゆったりできるよ!!」

 どうやら給湯器を交換したようで、シャワーでと風呂の湯温設定が別にできるようになっていた。

「湯張りしておいたから、一番風呂に入ろうか思っていたけど、急がないと風邪を引きそうなパステルとビスコッティに譲るよ。出る時にお湯を捨てないでね!!」

 それだけいうと、スコーンはシャワールーム……ではなく、浴室からでていった・

「ついにお風呂ができましたね。これはありがたいです」

 ビスコッティがようやく笑った。

「うん、入るよ」

 二人揃って頭を洗ったため、こりゃドライに時間が掛かるぞと思いながら、私はビスコッティと雑談していたが、体がだいぶ温まったので、私たちは同時に浴室から出た。


 脱衣所に入ると、濡れていた服に虹色ボールが置いてあり、もうすっかり乾いていた。「これ、凄いね」

 私が虹色ボールを手のひらに乗せると、いきなり温風が吹き出し、あっという間にちゃんと髪をセットして全身が乾いてしまった。

「……もっと凄いね」

「はい、師匠の十八番ですが、ここまで進化していたとは……」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「スコーンって面白い魔法を作るよね。もっとみたいよ」

  私は笑った。

「色々開発しているようですが、まだこれといったものはできないようです。四大精霊魔法は火だけになってしまったようで、非精霊系魔法で頑張っているようですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、面白いのみたいな。私はイメージして撃つってなったから、逆に不便になっちゃった。まあ、最後の切り札だし、別にいいけどね」

 私は笑い服を着た。


 午後になって、小雨の勢いはどんどん強くなり、心配になって庭のテントをみたが、特に問題は内容だった。

 いつの間にか母屋? との間にタープという防水布の屋根を張り、楽しそうでなによりだった。

「メリスさん、大丈夫ですか?」

 私は一応無線で確認の連絡を入れた。

『はい、問題ありません。隣の助手テントも異常ないそうです』

「分かりました。では、なにかあれば」

 私は無線を胸ポケットに戻し、小さく笑みを浮かべた。

 これは、先に聞いていた話なのだが、二十人のうち十名はそれぞれの第一助手を連れてきたらしい。

 どっちが偉いというわけではなく、助手は助手で研究者は研究者で分けた方が、お互いにストレスにならないだろうという配慮だった。

『あっ、そういえば午前中に研究所建て替えの見積もりができたのですが、予想よりかなり安かったです。これで儲けがでるのかというくらいに。もちろん、突貫工事で手抜きをしないのは分かる方でしたが、さっそく発注しました。外装は、なぜかピンクの白玉模様しかダメだといわれてしまったのでそうしましたが、あとはこちらの要望通りで大丈夫だそうです』

 無線でメリスさんの楽しそうに笑った。

「安いのはここが田舎だからだよ。そっか、ついに動いたか」

 私は笑った。

「食堂の方も正式に改装をお願いしました。ちょうどいい広さでいい感じです」

 メリダが笑みを浮かべた。

「おっ、決心がついたんだ」

「はい、トロキさんと共同ですが、ここにいるときは私が調理を、いないときはトロキさんがやると決めました。店員さんはトロキさんと同居の方々で、十人もいるので十分かと」

 メリダが笑った。

「こりゃ忙しいね。まあ、やる事があるのはいいことだよ」

 私は笑った。

 ちなみ、ララとリナは毎日朝から剣の鍛錬場に通い、いつ出かけても大丈夫なように特訓をしているようだった。

 私は私でトロキの空き時間に合わせて、アリスと射撃場に向かい、必ずいつもいるシノの様子をみるのが日課になっていた。

「どんどん大雨になるな。今日の練習は中止だね。こういう時に、出歩くものじゃない」

 雨の音に紛れて泥棒に狙われる事もあり、庭のテントが心配だった。

「おい、今日は練習しないのか?」

 アリスが笑った。

「いうまでもないでしょ。さて、今は何時だ?」

 時計をみると、ちょうどおやつ時という感じだった。

 メリダお手製のクッキーを摘まみながら、あのなんでも出てくる謎が深まるヤカンでストレートティを飲みみんなでのほほんとしていると、風呂から上がったスコーンがテーブルに加わった。

「いいお湯だったよ。みんなも浸かって!!」

「おっ、それはいいな。一人ではもったいない、誰かいないか……」

 アリスがキョロキョロと見渡すと、今日は早めに帰っていたシノが笑みを浮かべた。

「お互い銃の話でもしましょう。濡れて帰ってくるはずのリナとララの前に」

「うん、いいね。なかなかそんな機会もないしな」

 こうして、アリスとシノが脱衣所に向かい外は大去れになってきたが、私たちは快適に保たれたリビングでだらだら時間を過ごした。

 特にやる事もなく、私はそっとこっそり付けているビスコッティ閻魔帳を眺めながら、お酒で上機嫌のビスコッティにまた一つ付けて書いた。

『しょんぼり地味になってしまっても、一気に回復して酒を飲むと忘れる』

 ……よし。

 私はこれ専用に作った極小の空間ポケットを開き、そこに閻魔帳をしまうと小さく笑みを浮かべた。

 まあ、やった事といえばこれくらいで、ユイが酒場にいっても有益な情報はなかったそうで、商隊の護衛とかゴブリン退治みたいな、慣れっこの冒険者にとっては簡単な仕事でも欲しかった。

「そろそろ腐りそうだね。まあ、仕事がない時はないんだけどね」

 私は苦笑した。

 外では強風まで吹き始め、ビスコッティがリビングにある無線アンテナ操作スイッチを押した。

「これで一番低い状態になります。風が強くなりそうなので……」

 ビスコッティが笑みを浮かべた時、玄関の扉が勢いよく開いて、ずぶ濡れのリナとララが帰ってきた。

「ああもう、だから早く帰ろうっていったのに!!」

「そうもいかなかった事は、分かっているはずです」

 リナとララがいい合いをしているのをみて、私は苦笑して仲裁に入った。

「なにがあったか分からないけど、喧嘩はそこまで。スコーンが湯船を設置してくれたから、ゆっくり温まってきなよ」

 私は小さく笑った。

「えっ、お風呂あるの!?」

 リナが声をあげた。

 ちょうどよく、アリスとシノが上がったので、入れ替えでリナとララが脱衣所に入った。

「うん、いい湯だったな。これはいい」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、突っ張った神経が解れます。シャワーだけだと、これが難しくて」

 シノが笑った。

「あっ、これ忘れてた」

 スコーンが虹色ボールを、二人の脱衣カゴに入れて笑みを浮かべた。

 すぐに乾燥モードに入ったようで、凄い音が響きはじめた。

 対して、アリスとシノには例の体の乾燥モードで体の水を弾き飛ばし、髪型まで整えた。

「これ凄い……」

 シノが虹色ボールを見つめた。

「それ、何回でも使えるから取っておいて!!」

 スコーンが笑った。

「なるほど、これは便利だね」

 私は笑った。


 午後というより夜に近くなった頃、呼び鈴がな鳴ったので、私は玄関の扉を開けた。

 すると、先日のパーティー中に文字通り転がりこんできた、ドラゴニアの子が深刻な顔をして立っていた。

「よし、とりあえず中に入って。こんな天候じゃ、玄関で立ち話しは嫌でしょ?」

 私が笑みを浮かべると、ドラゴニアの子は小さく笑みを浮かべ中に入ってきた。

「おっ、誰かきたな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「あの、私はエメリアといいます。先日は大変失礼しました」

 エメリアは頭を下げた。

「いいよ、気にしないで。大丈夫だった?」

「はい、おかげで任務を達成できました。ありがとうございました」

 エメリアは笑みを浮かべた。

「任務といったな。軍属かなにかか?」

 アリスが少し真顔になった。

「軍というより、自警隊の下っ端です。私たちは、縄張りを巡って戦争状態にあります。先日は増援を求める書簡を、他種族に送りにいくという単純な任務でしたが、スタミナ切れで墜ちてしまったのです。大変ご迷惑をおかけしました」

「おいおい、私たちに礼をいうためにきたわけじゃないだろうな。なにかあるんだろ?」

 アリスが小さく笑った。

「えっ、なぜそれを……!?」

「バカか、お前は。最前線で戦っている自警隊の面子だぞ。いくら下っ端でも戦力の一つだ。抜けられるわけないだろ」

 アリスが笑った。

「はい、実はみなさんにご協力をお願いにきました。私たちの部族は武装が遅れていて、対抗できないのです。ドラゴニアは魔法を使えませんし、どうかお願いします」

 なにか怒られるだろうと身を固めたエメリアは、目を閉じて次の私たちの行動を待っているようだった。

「要するに、私たちを傭兵として雇いたいというのだろう。こっちもそれなりの見返りを要求するぞ。そうだな、八人分で八百万でどうだ。これでも格安だからな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。そのくらいであれば、なんとか工面できると思います」

 エメリアの答えと共に、アリスは思いきり吹き出してしまった。

「あのな、こういう時は値切るものだぞ。承諾してしまった以上、八百万だからな」

 アリスがエメリアの肩をポンと叩いた。

「よし、ここからが問題だぞ。うちのリーダーは、こういう依頼を受けようとしないんだよ。首を縦に振らなかったら、この話しはなしだぞ」

 アリスの言葉に、私は苦笑した。

「受けたも同然じゃん。条件は、私たちはあくまで防御に徹するのみ、期間は二十日。これでどう?」

 私がピシッと右手の人差し指を立てると、エメリアが目を輝かせた。

「ありがとうございます!!」

 うれしそうなエメリアの頭に、アリスのゲンコツが落ちた。

「おい、交渉が下手過ぎるぞ。言い値で買うな。こっちが条件を提示したら……お前は後方の防御要員が欲しかったのか?」

「い、いえ、本当は前線で戦って欲しいのですが、なかなかいいだせなくて……」

 エメリアが小さく息を吐いた。

「あのな、声をかけたのが私たちでよかったな。普通だったら、金だけもらって逃げるか無視するかだな。ようするに、戦って欲しいということだろ?」

 アリスが笑った。

「ならば、私は認めません」

 私は笑みを浮かべた。

「えっ、そんな……」

 アリスがニヤニヤしながら、エメリアの肩を押した。

「え、えっと……先ほど八百万というお話しがあったので、私はそれを受諾しました。それは無効ですか?」

「パーティのメンバーが勝手に話して決めて、私は完全スルーだもん。黙って聞いて、ことの次第を掴もうとしたんだけど、よく分からなくてさ。まず、エメリアの里と隣の里で喧嘩しているんでしょ。その手助けで私たちがいく。そこまでは分かったけど、なんで争いになっちゃったの?」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「はい、私たちの里は豊かな土壌に恵まれた、草原地帯にあります。ドラゴニアは高山を好むといわれてしまっているようですが、むしろ平地に住む者の方が多いです。それで、……」

 ちょっと長くなったので要点をまとめると、エメリアの里が肥沃な土地で、それを狙って紛争が巻き起こっているらしい。

 戦いなど滅多に起きないので、里はほとんど非武装で、狩猟用の弓など頼りない武器で反撃しているが、とても押し返せない……との事だった。

「わかった、そこまで話してくれたなら受けるけど、本来は洞窟とか迷宮を探索する事をメインにしている冒険者だからね。いわば業務外報酬でさらに二百万プラスで一千万っていったら?」

 私は笑った。

「そ、それくらいなら、里長もなんとか……。お願いします!!」

「おい、だから値切れ。私たちをどれだけ評価しているのか、わからん!!」

 アリスが笑った。

「はいはい、意地悪しないの。分かった、切りよく一千万ピッタリなら受けるよ」

 私は笑った。

「あ、ありがとうございます。私はさっそく里に帰って……」

「こら、誰が道案内するんだ。悪天候だし、なにも無理に夜間飛行する事はないだろ。今日は一泊していけ。パステル、いいだろ?」

 アリスに問われ、私は笑みを浮かべたのだった。

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