第20話 冒険者の休日

 翌日、私はシノとメリダを連れて射撃練習場に向かった。

 すると、いつの間にかその脇に、剣術の鍛錬場がオープンしていた。

「へぇ、剣術ね。ララが喜びそうだ」

 私は笑った。

「よし、無線で連絡してみよう。ララは……」

 私は無線機のチャンネルを合わせた。

「おーい、起きてる?」

『はい、起きています。どうしましたか?』

「射撃練習場の脇に剣術の鍛錬場ができたよ。くる?」

『はい、もちろんいきます。今すぐいきます。待っていたんです!!』

 ララが声を上げ、皿が何枚か割れる音が聞こえた。

「落ち着いて……って、もう無線の電源が切れてる。早いな」

 私は苦笑した。

 しばらく待つと、キコキコうるさくてボロい自転車に乗って、ララがやってきた。

 本当はダメだが、荷台にはアリスの姿もあった。

 こちらに着く寸前、ボロい自転車は天寿を全うされたようで、後輪が外れ、前輪がはずれ、サドルもへし折れ、ハンドルが抜け……最終的には地面に突き刺さった前輪のフレームだけで直立し、限界を向けたフレームがぐしゃりと潰れ、単なるゴミとなった自転車から飛び降りたララとアリスが、決めポーズを作って路面に立った。

「それ、もう廃棄しなきゃって思って、サドルに『廃棄・乗るな』って書いておいたのにな」

 私は苦笑した。

「自転車はいいです。本当だ、鍛錬場がある」

 ララが笑った。

「まだ入ってないから、どんなものか分からないけれどね」

「はい、行ってきます」

 ララが鍛錬場に入っていった。

「私たちもいってみようか。見学に」

 私は笑った。

「私もいくか。最近振ってないし」

 リナが笑みを浮かべた。

「では、私は射撃場で」

 シノがスコーンを連れて射撃場に入っていった。

「では、私も。特にメリダは射撃練習が必要ですからね」

 ビスコッティが、スコーンとメリダを連れて射撃場に入っていった。

「じゃあ、私も銃だな。メリダに教えないといけない事がある」

 アリスは笑みを浮かべ、射撃場に入っていった。

「じゃあ、いこうか」

 私たちは鍛錬所の中に入った。


 鍛錬場の中はよく磨かれた一枚岩が置かれた広い空間で、そこでお互いに訓練用の木剣を使用した、一対一の戦闘スタイルで鍛錬が成されているようだった。

「こういうのワクワクします」

 ララが笑った。

「それじゃ、やってみる?」

 リナが笑った。

「はい、やってみましょう」

 あまり知られていないのか興味がないのか、中はそれほを混んでいるとういう感はなく、リナとララは端に置いてある木剣置き場の中から適当なものを選び。岩の上に乗って軽く一礼した。

 その後、上限に構えたリナと、下限に構えたララがほぼ同時に飛び込み、素早い剣戟が繰り広げられた。

「……強い」

 そんなララに声が漏れ、リナが一気に押し切って突っ込んだその隙に、ララは首筋に一撃入れた。

「あーあ、負けちゃった!!」

 リナが笑った。

「ふぅ、ギリギリでした。リナさんの剣術は、あまり見る事がないので」

 ララが笑った。

「そりゃまあ、魔法使いだしね。剣を使う事は滅多にないけど、毎日素振りくらいはしてるよ」

 リナが笑みを浮かべた。

「今度、その素振りにご一緒させて下さい。二人で毎日振りましょう」

 ララが笑みを浮かべた。


 鍛錬場を出た私は、射撃場に入った。

 拳銃のブースでは、今日の狙撃訓練は終わったのか、シノが拳銃を撃ちビスコッティは単独で撃ち、メリダのブースにはアリスが付きっきりだった。

「あれ、スコーンがいない……」

 なんとなしに探すと、隣の機関銃コーナーで、サブマシンガンを撃ちまくるスコーンの姿があった。

「……そこ、ライフル用なんだけどな。サブマシンガンは拳銃弾だから、拳銃ブースでいいのに」

 私は笑って、スコーンに声をかけた。

「あれ、終わったの?」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「うん、リナもララも見事な腕前だったよ。サブマシンガンなら……」

「じゃあ、こっちにする!!」

 スコーンは空間ポケットからM60軽機関銃を取り出すと、銃口のほぼ真下にあるバイポッド……二脚をガチャリとブースの台に置いて、五百メートル先のターゲット目がけてドバババと撃ち始めた。

「……カ・イ・カ・ン」

 ひとしきり撃ったあとで、スコーンの表情が艶やかになり、さらにドババっと撃ち始めた。

 なにか怖かったので、私はララとリナを連れて、その場から離れた。

 休憩用ベンチで休んでいると、ララがポーチからPPKを取りだし、リナは腰に挿してあったパイソンを抜いた。

「自衛用にこれも鍛えなくてはなりません。よろしくお願いします」

 ララが笑みを浮かべた。

「私も!!」

 リナが笑った。

「ちょ、ちょっと待った。私に教えろっていうの!?」

 私の声が裏返った。

「はい、そうです。ダメですか?」

 ララがPPKを私の手に乗せて、拝むような目でみた。

「私も真似しようかな。ダメ?」

 リナがキラキラ光る目で、私をみた。

「こ、こら、そういうのはビスコッティに頼んでよ!!」

 私は二人の銃を持ったまま、ベンチから立ち上がった。

「よし、立ち上がったぞ。契約は成立!!」

「はい、よろしくお願いします」

 リナとララが笑った。

「ああもう……。ビスコッティ、一人引き取って!!」

 私は撃つのをやめ、大笑いしているビスコッティをみた。

「いいじゃないですか。弟子が増えると自分も鍛えられますよ」

「意地悪しないで頼むよ。私は教えられるほど、銃が上手くないから!!」

 私はなにかにすがるような気持ちでビスコッティに頼んだが、笑ってばかりで相手もしてくれなかった。

「無駄だと思うぞ。プロは自分の腕を教えたりしない。私がおかしいだけだ」

 アリスが笑った。

「では、一つやってみてください。パステルの腕をみて、この人ならと思えるならパステルにつけばいいですし、ダメならば私が基礎くらいは教えましょう。手抜きはしないで下さいね」

 ビスコッティが笑みを浮かべたが、その瞳は笑っていなかった。

「……こりゃ、失敗したら撃たれるな」

 私はため息を吐き、開いている拳銃のブースに入り、台の上に弾薬箱を置いて、93Rを抜いた。

 三連射モードもあるこの拳銃だが、今回はもちろんセミオート。つまり、単発モードにセレクタをセットした。

 スライドを引いて、二十五メートル先のターゲットに向かい、私は常にフル装填してあるカートリッジを空にした。

 台のボタンを押してターゲットを引き寄せると、弾はほぼ頭と心臓部分に命中していたが、外れが何発もあり、ちょっと納得がいかない結果だった。

「どう、これだけ大外れしてるんだよ。それでも、私に教えて欲しいの?」

 私は苦笑した。

「はい、ぜひとも」

 ララが笑みを浮かべた。

「私は本当にいざという時の必殺兵器だから、一発当たればいい。それを、教えて欲しいんだよ」

 リナが笑みを浮かべた。

「ああ、それならビスコッティの方がいいよ。一発必中は慣れてるはずだし」

 私が苦笑した時、ビスコッティがリナの背後に現れた。

「はい、これでリナは一回死にました。そういう世界の一撃ですよ。銃を持っている間は、油断したらおしまいです。そういう教え方しかできませんが……」

「そ、それは嫌だな。やっぱりパステルがいい!!」

 リナが私の手から銃を取り、ララが自分の銃を取った。

「はい、それが正解でしょう。もし、パステルで不満ならアリスもいます。変えるなら今のうちですよ。まあ、冗談ですが」

 ビスコッティが笑った。

「……くれぐれも手抜きしないように」

「……分かってる。シャレにならないから」

 お互いの耳元で囁き合い、ビスコッティは私の肩をポンと叩いて自分のブースに戻っていった。

「ねぇ、私もいいかな……」

 スコーンがライフルエリアからやってきて、グラッチを片手に私をみた。

「いいけど、本当に基礎的な事しか教えられないよ。それでいいなら」

「うん、機関銃も魔法も使えない場面があるだろうから、一応持っているだけなんだけど、使えるようにしておかないと」

 スコーンがマガジンを抜いて、残弾を確認して再び戻した。

「分かった。一気に三人生徒が増えたか。こりゃ大変だ。

 私は苦笑した。


『授業時間』は長々と続いたが、みんな覚えがいいので助かった。

 三時間半ほどで私が教えられる事は全て三人に伝え、後は自主練して分からない事は聞いて下さいという感じで、三人とも夢中で射撃練習を続けた。

「どうですか、先生?」

 休憩用ベンチで休んでいると、ビスコッティが隣に座って笑った。

「よかったよ。みんながビスコッティを選ばなくて。そのえげつない練習方法、体で知ってるからね」

 私は苦笑した。

 実家にいる頃、冒険者になるに当たってトレーニングしておこうとビスコッティに教わったら、もう殴られ、蹴られ、投げられ……まあ、そのお陰で今があるので文句はいえない。

「私も安心しました。つい、体が動いてしまうのです。可哀想なのは、パステルだけでいいです」

 ビスコッティが笑った。

「また貧乏くじを引いたか。やれやれ」

 私は笑った。


 ひとしきり物理的な攻撃方法の鍛錬を行ったあとは、海上二十キロまで続く巨大施設、魔法試射場へと移動した。

 ここにくると、私は弱い。

 みんなに一発目に撃てといわれて、私はため息交じりに風の攻撃魔法を放った。

 すると、今までそれなりに撃てていた風の魔法が、全く撃てなくなっていた。

「あ、あれ……?」

 私は額に冷や汗をかいた。

「あれ、どうしたの?」

 スコーンが心配そうにやってきて、私の体に手を当てて呪文を呟きはじめた。

「……凄い事になってるよ。自分のために使おうとした魔力が、全て光と闇の精霊に吸い込まれちゃってる。これじゃ、魔法なんか撃てないよ」

 スコーンの目尻がピクッと上がった。

 ……これは、いわゆるマジギレの一歩手前だ。

 今までの付き合いで、私はそのくらい把握していた。

「うむ、説明が遅れたな。申し訳ない」

「はい、ここを伝える事を忘れていました」

 闇と光の精霊が、私の両肩に乗って頭を下げた。

「なに、パステルの魔法を封じちゃったの?」

 スコーンが食ってかかった。

「そうではない。ちゃんと使えるのだが、呪文が異なるのだ」

「はい、いわゆるルーン文字で書かれた魔法では、明かり一つ生み出せないのです」

 闇と光の精霊が厳かに語った。

「じゃあ、どうすればいいの!!」

 怒り爆発のスコーンを、ビスコッティが抱きかかえて押さえた。

「世界を創った言語、『シュメール』を使うしかない。これについては書物があるのだが、そんなものを読まなくても我々が理解している。パステル、少し頭が痛くなるがすぐによくなる。安心してくれ」

 闇の精霊の言葉通り、頭が少し痛くなったがすぐによくなった。

「ふぅ、大丈夫です」

 私は苦笑した。

「次いで私の番です。闇と光は表裏一体、二つを知らねば魔法は使えません」

 光の精霊の声が聞こえた途端、また頭に射すような痛みが一瞬走った。

「はい、もう大丈夫です」

 私は額の汗を拭いた。

「今回は特例措置なのだ。ガーディアン二人にそれぞれ片方の力を授けたのは、もう記憶にある呪文を一人で扱うには、人間では難しかったのだ。これについては魔法書というのか……詳細を書いた書物を急遽作成して、空間ポケットだったな。その中に入れてある。亜空間を利用しているとは、大したものだな」

 闇の精霊が笑った。

「私からも光のガーディアンに送ってあります。魔法作りに使って下さい」

 光の精霊が笑みを浮かべた。

「そして、パステルだが、今は闇と光が同居している状態になっている。そうしないと、我々がこの世界から切り離されてしまい、接近中の異質なものに対処できない。奪ってしまった魔法の代わりはこれだ。なにをどうしたいか念じるだけだ。すると、必要な精霊たちが力を合わせ、その通りかそれに近い事を引き起こす。その手はずは整っているので、試しにここで何か使ってみるがいい。では、我々は接近中の異質のものについて、より解析を進める。よろしく頼んだぞ」

 すっと光と闇の精霊が消え、私は大きく息を吐いた。

「はぁ、また妙な感じになったね。まあ、前向きに考えよう」

 私は苦笑して、試しに引き起こしたい事をイメージしてから風の攻撃を使った。

 放たれた無数の風の刃が施設の奥に飛んでいき、ゴン!! と、すごい音が聞こえてきた。

 「あれ、壊れてないかな……」

 まあ、穴が開くというメージはしていないので大丈夫だと思うが、念のために手元にある操作盤を動かし最奥部の壁を映したが、しっかりと結界で守られていて無事だった。

「よし、大丈夫。なんとなくコツは掴んだけど、まだあまり魔法を使わない方がいいね」

 私は笑みを浮かべた。

「なんかイラつくけど……、まあ、いいや。この魔法書って世界に一冊でしょ。これで、魔法開発に弾みがつくよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「なんか、怖い魔法をいくつも作れる。さすが、闇の精霊だね。これは、逆の意味で大変だな……」

 リナが苦笑した。


 今は撃つより研究が先と、早々に施設を出た私たちは、家に戻った。

 ちょうどトロキさんが洗濯物を取り込んでいて、私をみて不思議そうな表情をした。

「あの、パステルさん?」

「はい、どうしました?」

 私が返すと、トロキさんが笑みを浮かべた。

「はい、なにか精霊のようなものにみえてしまって。なにかありましたか?」

「はい、ここでは話しにくいので、よかったら中にどうぞ」

 私が笑みを浮かべると、トロキさんは笑みを浮かべ、取り込んだ洗濯物を家に入れると、私の家に向かってきた。

「さてと……」

 私は扉の鍵を開け、みんなで家の中に入った。

 中は蒸し風呂のように暑かったが、エアコンを全開にしてスコーンが虹色カラーボールをばら撒くと、室温は急速に程よくひんやりした空気に満たされた。

「トロキさん、どうぞ」

「はい、お邪魔します」

 まあ、鍵を預けて掃除などをしてもらっているので、今さらではあるのだが、そこは線引きというか、あくまでもお客さんはお客さんだった。

 リビングのソファに座ってもらい、ビスコッティが久々の変なヤカンで冷たいお茶を淹れ、うっかり変なポッチを押してしまったようで、ボコンとヤカンの横に引き出しが開き、優雅なお茶菓子が出てきた。

「わーい、ますます変なヤカン。ビスコッティ、どこ押したの!?」

「分かりませんよ。今はそういうタイミングではありません。真面目にお話ししましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、出てきたお茶菓子をそっとグラスの脇に添えた。

「面白いヤカンですね。ですが、今はそれどころではありません。みたところ、かなり強力な精霊を従えているようにみえます。それで、姿が一瞬だけおぼろになったり、少し大きくなったり小さくなったりしていたので、お声がけしたのです」

 トロキさんはお茶を一口飲んだ。

「まあ、こんな感じで……」

 私は苦笑して、トロキさんに状況を説明した。

「……こ、これは大事です。コモンエルフの間では、四大精霊全ての他に精霊がいなければおかしいと、研究している者が多数います。まさか、実在したとは……」

 トロキさんが目を丸くしてから、慌てた様子で答えてきた。

「正直、怖いよ。四大精霊は身近にあったから慣れているけど、その上は分からないからね」

 私は苦笑した。

「そういう事情でしたか……。あまり深刻に考えない方がいいですよ」

 トロキさんが笑みを浮かべた。

「まあ、気楽に構えてはいるけど、怖いといえば怖い」

 私は笑った。

「そうですね。事情は分かりました。さっそく、コモンエルフネットワークに情報を流しておきます。まだ大変な事が起きると認識していない者もいるようなので、闇の精霊をザナヒュー、光の精霊をドナヒューと名付けます。この末尾のヒューが大事なのです。これがついていると、もう揺るぎない事実と認識されますので」

 トロキさんが笑った。

「そうなんだ。これで、防衛網ができるのかな。正直不安ではあるけどね」

 私は笑った。

「では、私はこれで。くれぐれも、無茶しないで下さいね」

 トロキさんが笑みを浮かべ、私の見送りで家からでていった。

「なにが無茶なのか正直分からないけど、なるようにしかならないか」

 私は苦笑したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る