第19話 リーダーの強さ

 アレクの町には巨大な墓地がある。

 だからどうという事はないのだが、時節柄肝試しと称して夜間に不法侵入するものが絶えないというので警備隊に通報が入り、人手が足りないので私たちも動員されることになった。

「全く、どこにでも迷惑野郎はいるんだよね」

 カンテラで足下を照らし、墓地の外周を回りながら。私はぶつくさ呟いた。

 今回、私たちは四チームに分かれている。

 私はメリダと組んで外周担当、ビスコッティとスコーン、ララとリナが組んで、シノとアリスという編成で、警備隊と協力して墓地内を巡回していた。

『こちらシノ。異常なし』

『ビスコッティです。暇です』

『リナだけど、これいつまでやるの?』

『アリスだ。暇すぎてでっかい屁をこいてしまったぞ。あと二時間だっけか。そうしたら、休憩中の警備隊員がくるんだろ?』

 それぞれのチームから、無線でやる気のない声が聞こえてきた。

 口調こそ変えていないが、待つのが得意のシノでさえ、なんとなくやる気がなさそうだった。

「みんな頑張ってよ。豚汁が待ってるんだから!!」

 このクソ暑いのにアレだが、今回の報酬は自警団名物豚汁飲み放題だった。

 なんでも、最新型の戦闘ヘリを買ってしまって予算がないという理由だったが、しっかりやってくれたら一機もらえるらしいので、そんなものどうするのかしらないが、アリスが早くも庭にヘリポートを増設してしまった。

『豚汁もいいが戦闘ヘリまであと何時間だ……。そうだな、あと一時間半くらいだ。依頼があったのは、自警団の休憩要員が交代するまでだったからな』

 アリスが少し気合いを入れた声でいった。

 どうやら、戦闘ヘリが欲しいらしいが、私は自警団名物の豚汁の方がよかった。

 この味は、さすがのメリダも出せないかもしれない。

「あの、私こういうの苦手なんです。かなり臆病なもので……」

 一緒に歩くメリダが小さく息を吐いた。

「臆病なのは、冒険者として合格だよ。まあ、臆病すぎたらダメだけどね」

 私は笑った。

 そのまましばらく歩いていくと、カンテラの明かりの先に墓地の壁を乗り越えようとしている一団をみつけた。

「おっ、いたいた」

 私は拳銃を抜いて、上空に向かって威嚇射撃をした。

 すると、壁を上ろうとしていた集団が一斉にこちらを振り向き、生意気にも金属バットなどを構えて、立ち向かう姿勢をみせた。

「……フン。メリダはちょっと後ろに。離れないでね」

「は、はい。怖い……」

 町の中で攻撃魔法を使うのは、原則として厳禁されているが、そんなもの使うまでもなかった。

「やめておいた方がいいと思うけどね……」

 全員で九人。その集団が飛びかかってこようと一歩踏み出した瞬間、私は拳銃で足や腕を撃ち抜いた。

「はい、正当防衛。そのうち回収されるから。じゃあね」

 ギャアギャアうるさい全員の傷を足でグリグリしてから、私はメリダを連れて先に進んだ。

『なんだ、バケモノでもでたか?』

 アリスの声が無線に入った。

「いや、ハエを叩き落としただけ。これで、一つ仕事をしたよ」

 私は笑った。

『そっちはいいな。こっちは暇だ。少しはよこせ』

「いいじゃん、暇で」

 私は笑った。

 ……遅れてやってきた取り押さえられた九名は、口々にいったという。

 バケモノより人間方が怖いと。


 夜明けとともに仕事は終わり、私たちは家に戻った。

 庭では警備団の炊き出し部隊が、もしかしたらメリダ以上かもという特製豚汁を作り、その様子をメモを片手に厳しく見つめるメリダの姿があった。

 私は久々にキッチンに立ち、簡単な煮物と炊飯をはじめ、冷蔵庫のぬか床からキュウリを数本取り出して切った。

「ちょっと古漬けになっちゃったな。まあ、いいか」

 私は小さく笑みを浮かべ、ちょっと豪華な朝食一式を揃えはじめた。

 やがて豚汁が完成し、警備隊員を交えての和やかな屋外パーティーのような感じで、大勢での食事を取った。

 全て食べ終わると、自警団のメンバーは大鍋と特大コンロを持って撤退し、私たちはたまには草むしりでもしようと、みんなでせっせと汗を流した。

「……まだかな」

 額の汗を拭ったアリスが、空を見上げながら呟いた。

「なにが?」

 私が問いかけると、アリスは髪の毛を手櫛で直した。

「……戦闘ヘリ」

「……あっそ」

 私は苦笑した。

 しばらく待つと、地鳴りのような爆音と共に一機のヘリが飛んできて、アリスが造ったヘリポートに着陸した。

「よし、きたぞ」

 アリスが暇そうにウロウロしていたビスコッティをキャッチして、自警団の説明もそこそこに、二人で飛んでいってしまった。

「あーあ……。どこにいくんだろ」

 私は空の彼方を見上げ、小さく敬礼した。


 暑い外から屋内に入り、エアコンの涼風に当たっていると、呼び鈴が鳴ったので玄関にいった。

 扉を開けると、いつもこの町で郵便物を配達しているおじさんだった。

「書留郵便だよ。パステルさん宛てだ」

「分かりました。お世話になっています」

 私は受け取りにサインして、差出人不明の書留郵便の封を開けた。


『銀狼の月リーダーよ。一人でこい。度胸試しだ』

 

 汚い紙に汚い字で書かれたその紙の他に、マップが一枚入っていた。

「はぁ、またこれか……」

 よくあるのだが、どこかの盗賊団とかそういう輩が、私に勝負を挑んでくるのだ。

 正確には、私たちのパーティだが、リーダーとご指名なら同じ事だった。

「さて、どうしたもんか……」

 なにせ、普通郵便ならまだしも書留郵便である。

 受け取ってないよって通じない相手なので、やはりいくべきかもしれない。

 冒険者は信用商売ともいえ、逃げたなんていわれたら気分が悪い。

「やれやれ、いくか……」

 私は玄関口にあるキーボックスの中からバイクの鍵を取りだし、空間ポケットにしまってあるサングラスをかけて、家の外にでた。               、    


 軽快な排気音を響かせながらオフロードバイクで街道を進み、指定のポイントが近くなると草地に入り、程よい場所でバイクを降りて、徒歩で指定された場所に移動した。

 妙に獣臭いなと思っていたら、そこにはゴブリンの大軍を従えた盗賊と一目で分かる男の姿があった。

「……うわ」

 私は思わず苦笑した。

「おう、本当に一人できたな。大した度胸だな!!」

 盗賊のお頭と思しきオッサンが喚き散らした。

「一人でって指名だったからね。それなのに、これはちょっとアンフェアでしょ」

 私は苦笑した。

 ここで、動揺を表に出したら負けである。

「うるせぇ、お前を倒せりゃなんだっていい。懸賞金五十六億クローネと……」

 オッサンのいうことなど知ったことじゃない。

 私は風の攻撃魔法を放ち、竜巻をおこして一網打尽にぶっ飛ばした。

「なんだ、大した事なかったね」

 私は笑った。

 帰ろうと体の向きを変えようとしたとき、ザワッと首筋に変な感覚が走り、私は瞬時に結界魔法を使い。身を伏せた。

 多数の光球が飛んできて私の周りに落ちて爆発し、生きた心地もしなかったが、不思議と光球は私の体には落ちず、空中で軌道修正されているようだった。

「……今回は四大精霊全てを説得してある。今のお前にいわゆる四大精霊の魔法は当たらぬ。ただ、長くはもたん。なるべく早く片付けろ」

 耳の奥底でそんな声が聞こえ、私は苦笑した。

「やり過ぎだけど、今回は助かった。では、いきますか」

 私は立ち上がり、鞘から剣を抜いた。

 ゴブリンたちの先にさらに構えていた二段目に、二十名ほどの魔法使いが立っていた

「お、おい、なにをしている!?」

 こっちがお頭だったか、隊列の最後方にいる派手な衣装を着たオッサンが、怒鳴り声を上げた。

 魔法使いたちの攻撃も激しさを増したが、私には全く効かないので、そのうち一人抜け、二人抜け……しまいには全員いなくなってしまった。

「に、逃げやがったな!!」

 一通り残ったオッサンが喚く中、私はツカツカとそれに近づき、わざと淡く切っ先が入るように剣を振った。

 派手な衣装がザクッと切れ、同じ要領で素っ裸にしてやると、私は素早く剣を収めお頭を一本背負いで地面に叩きつけ、横になったその体を思い切り踏みつけた。

「さて……アジトはどこ?」

 私は笑みを浮かべながら、拳銃を抜いた。

「教えるわけねぇだろ。きゃあ!?」

 私は一発撃って、お頭の右手の平に穴を空けた。

 ギャアギャアうるさい男を足で押さえ、私はもう一度アジトの場所を聞いた。

「だ、誰がおまえなんかに、ぎゃあ!?」

 今度は左手を撃ち、ジタバタもがくお頭の両足を撃った。

「いっておくけど、売られた喧嘩を買っただけだからね。報酬なしっていうのは、いくらなんでも虫がいいでしょ?」

 私は笑みを浮かべ、気絶している様子のお頭の髪の毛を引っ張り気手ビシバシ両頬を叩いて起こした。

「こんな場所で死にたくはないでしょ。早く吐いちゃいなよ」

 私は笑みを浮かべると、ようやくお頭が手で方角を示した。

「ここから遠くねぇよ。好きなだけ持っていけ!!」

「はい、上出来。そのまま救助を待ちなさい」

 私はお頭をそのまま地面に放り出し、親方が示した場所に向かった。

 程なくボロボロの小屋のようなものがみえてきて、私は服の迷彩度を最大にした。

 開けた草原をいくには、これがベストだろう。そういう判断だったからだ。

 アジトには十人ほど残っていて、ここがゴブリンを使役していた盗賊団だとわかった。

「よくあるタイプだけど、主力を潰した以上、攻略は不可能じゃないか……」

 私は見張りの隙をついて難なくアジトに潜入し、今にも外れそうな扉をゆっくりそっと開けて屋内に入ると、途端にアラームがなった。

「仕掛けてか……」

 私は拳銃を抜き、部屋に飛び込んできた三人を、問答無用で撃った。

 三人が倒れると私はサッと扉を閉め、迷彩モードを解除して室内を眺めた。

 すると、そこか諦めがみられる人たちが十名ほど、私をみて唖然とした表情を浮かべた。「人買いか。一番嫌いなタイプだな」

 私は怒りを噛み殺し、胸ポケットの無線機を取った。

『PX-4356より、自警団本部。大至急バスを送れ。座標は……』

 私はマップ上の座標を指定した。

 マッピングしなくても、ここまでの道のりはしっかり記憶している。

 ほとんど一本道なので、間違いようがなかった。

「以上、よろしく」

 私はバスの手配を終え、みんなに笑みを浮かべた。

「もう大丈夫だからね。私はゴミを始末してくるから」

 私は扉を開けて外に飛び出し、慌てふためいてた四人の盗賊を拳銃で撃ち倒し、さらに建物の陰に隠れていた族を撃ち……。合計十名の排除を終えた。

「思っていたより、留守番は少なかったみたいだね。あとはバス待ちか」

 中で救助を待っている人たちをこのアジトに置いていくわけにもいかず、私は建物の外にでて煙草を加えると、周囲を警戒しながらも気持ちをリラックスさせた。

「さて、今のうちにやっておくか……」

 私は敷地内に立つ建物の扉を開けていき、中のクローネ紙幣を改造型空間ポケットで吸い込んでいった。

 合計で六つの建物を空にした私は、再び小屋の出入り口に戻った。

 扉を全開にして、みんなが無事だと確認すると、ちょうどよくやってきた自警団の装甲バスに助けた面々を乗せた。

「お前はどうするんだ?

 運転席にいた自警団のメンバーから聞かれ、私は笑みを浮かべた。

「バイクできてるから大丈夫!!」

「そうか、分かった。あの見慣れたボロバイクなら、うちの団員が乗ってここまで回送している途中だぞ。早く仕上げをやっちまえ」

 運転席の自警団員が笑った。

「それもそうだね……」

 私は呪文を唱え、竜巻の魔法でアジトの建物を粉々に吹き飛ばした。

「これでおしまい。先に帰っていていいよ!!」

「ああ、バイクの隊員を回収したらな。相変わらず、盗賊潰しは得意だな」

 運転席の隊員が笑った。


 家に帰ると、どこかに戦闘ヘリ飛んでいったアリスとビスコッティはすでに戻っていて、全員和やかな空気が流れていた。

「さて、パステル。ちょっと話があります」

 ビスコッティがダイニングに私を連れていった。

「これです。硝煙臭いので、なにをやっていたのか分かります」

 ビスコッティが苦笑した。

「まあ、売られた喧嘩なら買わないとね。一人だっていうなら一人で行くよ」

 私は笑った。

「あのですね、こんなのバカ正直にいく方がどうかしています。せめて、バックアップの狙撃ができるシノを連れていくべきだったでしょう」

「そっか、それは考えなかったな。なんだ、この野郎って感じだったし」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、人助けもしたようですし、今回はいいですが……。次回やったらビシバシしますよ」

 ビスコッティが笑った。

「だってこれ、私以外の誰かを連れていって、盗賊に逃げられたらなにをいわれるか分かったもんじゃないよ!!

 私は笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る