第18話 光と闇

 結局、全員がマイ洗い桶と黄色いアヒルの玩具を持って温泉を楽しみ、忘れちゃいけないコーヒー牛乳を飲み、全員で並んでマッサージチェアでポコポコやってから、自分たちの部屋に戻ってきた。

「はぁ、いいお湯だったね!!」

 私は洗い桶や石けんやらを空間ポケットに放り込み、私は敷かれていた布団に寝転がった。

 さもそれが当然というかのように、ビスコッティが部屋の出入り口側、アリスが反対側の窓方向に陣取り、自然に警戒態勢ができた。

 暇になったので、ビスコッティは編み物をはじめ、アリスはせっせと銃の手入れをはじめた。

 スコーンが魔法研究ノートに楽しそうにガリガリ書き込み、リナは唸ってはスコーンに聞きながらノートになにやら書き込みして、シノとララは早々に布団に入った。

「あっ、忘れていました。レンタカーの手配は終わっています。八人乗りのミニバンで悪路に強いモデルです。まあ、古くてボロいと止められましたが、軍用車よりはマシでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「そっか、そうだね。それにしても、髪の毛がピリピリくるな。明日は、多分雨だよ」

 私は苦笑した。

「あなたのその天気予報は、かなり当たりますからね。ところで、私が先ほど買ってきた焼きそばを食べてしまったのは……」

 ビスコッティがボキボキ指を鳴らした。

「た、食べてないよ。スコーンが美味しそうに……!?」

「ダメです。いいわけ無用です!!」

 ビスコッティに特大のゲンコツを落とされ、私はトボトボと部屋を出て売店で焼きそばを買って部屋に戻った。

「濡れ衣だけど、ビスコッティがそう判断したら、私が犯人なんだね。だからこれ」

 私は床に座り、ビスコッティに焼きそばを渡し、缶ビールを開けて飲んだ。

 その一部始終をみていたスコーンが慌てて私に飛びつき、焼きそば代を渡してくれた。「分かってくれればいいのです。本当は、途中で止めてくれればよかったのですが、これも経験かなと」

 ビスコッティが笑い、泣き出したスコーンの頭をそっと撫でた。

「さて、明日は早いです。それを飲んだら休みましょう。スコーンも魔法研究は程々に」

 ビスコッティが笑った。


 翌朝、天気は予想通り雨だった。

 宿の入り口まで回してもらったレンタカーに乗り込むと、ビスコッティの運転で問題の遺跡に向かった。

 サイゼから遺跡までは、車で……えっと、順調にいけば二時間程度とマップ上で推測したが、雨でどうなるか分からなかった。

 なんでも、低山ではあるが険しい山道の先で、休憩しようとした冒険者がみつけたが、理由は分からないが慌てて逃げ出したらしいのだ。

 そこまでのマップはあるので、道に迷う事はなさそうだった。

 一時間ほど整った道を走り、山へ通じる林道に折れると、最初は砂利敷きだったが、段々砂利がなくなり、完全な未舗装路に変わった。

「ビスコッティ、無茶しないでね!!」

「はい、この程度なら大丈夫でしょう」

 運転席のビスコッティが笑みを浮かべ、器用にアクセルとブレーキをコントロールしながら、泥濘路と変わってきた林道に挑みはじめた。

 車は泥を掻き分けるように進み、雨でお休みなのか魔物も出ず、私たちは無事に遺跡にたどり着いた。

 防水ポンチョをきて全員で車を降りると、なにか異質な気配を感じた。

「……ビスコッティ。どう思う?」

 私は石版のような遺跡をみて、額に汗をかいた。

「……どうもこうもないでしょう。私たちの方に、遺跡が接近しています。一歩も動けません」

 そう、私たちは動いていないのに、遺跡の方からゆっくり接近してきているのだ。

 しかも、誰一人として動けない。

 異質な力がなんなのか、これは逆に興味深かった。

「スコーン、攻撃魔法撃てる?」

 私が背後を振り向いて聞くと、スコーンは真顔で首を横に振った。

「ダメ。ここで魔法を使ったら暴発するよ。なにかがおかしい……」

「分かった、それを確認したかっただけ。ユイの姿が消えちゃったから、なにかあるなと思ったから」

 私は笑みを浮かべた。

 そう、いつも肩の上にいるユイの姿が消えてしまったのだ。

 精霊なので死んだわけではないが、ここは四大精霊全ての力が働いていない特異空間だと察した。

「これ、遺跡に捕まったね。そうとしかいえない」

 私が笑みを浮かべた時、石盤が足下まできて、意識してないのに勝手にそこに乗せられた。

 どうやら『選ばれた』のは私だけらしく、他のみんなは心配そうに見つめていたが、ビスコッティだけ笑顔で軽く敬礼をして、笑みを浮かべた。

「やれやれ、昔からいつも貧乏くじを引かされていたもんね。ジャンボキュウリを盗んだ時も怒られたのは私だけで、ビスコッティは一人で全部食べちゃっていたし。まあ、いいか」

 私が乗った石盤は、そのままゆっくりと地中に降下していった。

 かなり深くもぐった時、そこには闇色に輝くオーブがおいてあり、選択の余地など与えられずにそれを取らされた。

「それで?」

 私の声を聞いたわけではないだろうが、乗っていた石盤が上昇をはじめ、程なく地上まで上がった。

 まだ動けないようで、みんなのホッとしたような笑みに、さざ波立っていた私の心も静まり、一息吐いた時私の体が動いた。

 手に持っていたオーブを両手で捧げ、そのまま石盤に叩き落として粉々に砕いた。

 これで用済みになったのか、異質な力が消え、ユイも肩の上に戻ってきた。

「私には分かります。あれは、理から外れたものの仕業です。助けられませんでした」

 ユイが小さくため息を吐いた。

「いいよ、私も予想外だったから。さて、なにが起きたのやら」

 私は石盤を下り、ビスコッティに近づいた。

「……いっておきますが、結果論だけは」

「……分かってる」

 私はビスコッティの肩にコンと頭を当ててから、小さく笑った。

 要するに『ここにこなければよかった』。これだけは、禁句だった。

 みると、石盤は粉々に砕け、雨に流されるように、急速に姿を消していった。

「さて、収穫はなかったけど、みんな帰ろうか。基本的に遺跡はハズレだからね!!」

 私は笑った。

「あの、大丈夫ですか?」

 メリダが心配そうに聞いてきた。

 恐らく、詳しい事は分からないが、なにか起きたかは察したのだろう。

「うん、平気。慣れてるよ」

 私は笑みを浮かべた。


 レンタカーで宿に帰り、飛行機の都合でもう一泊する事になった。

 みんなでゆったり温泉に浸かっていると、チクッと全身に痛みが走り、体中に複雑な文様の入れ墨のようなものが現れ、いきなり私の両脇に二人の女性が現れた。

「みなさん、初めまして。名乗りたいところですが、私たちに名前はありません。分かりやすく説明すると私は『光の精霊』、そちらは『闇の精霊』です」

 光の精霊は小さく笑みを浮かべた。

「迷惑でしょうが、私はこの子……パステルといいましたね。彼女を介さないと、こうしてお話しができません。何卒お許しください」

 光の精霊が微笑んだ。

「話は手短にした方がいいな。私たちは『破壊』と『創成』を司っている。破壊といっても、私が直接手を下すわけでない。私たちの子供というか分身である四大精霊全てに宿った両面性、つまり作る事と壊すことによってこの世界は成り立っている。その根源たる力の源が私たちというわけだ。本来は、知られてはいけない存在なのだよ」

 闇の精霊が苦笑した。

「はい、その通りです。ですが、みなさんを利用してしまう形になってしまいましたが、こうしてパステルの体を借りて封印の結界を解いた理由は、この世界に異質な力が接近しているので、その監視と対応のためです。ここまで育った世界を、壊されたらたまりませんからね」

「そういうわけで、いざという時のガーディアンとして心当たりを探していたのだが、ちょうどよくといっては失礼だが、。スコーンといったな。少し痛いぞ」

「おぎょ!?」

 スコーンが飛び上がり、複雑な文様の入れ墨のようなものが体に浮かんだ。

「まずは、私の力です。光……すなわち創成の力を授けました。こういう上から目線でしかいえないので、お許し下さい」

 光の精霊が笑った。

「うむ、そして私だな。リナとやら、お前には闇……破壊の力を授ける。二人にはそれぞれ最終手段の呪文を頭に書き込んでおいた。あとは、他の魔法と同様に好きに使っていいが、どちらも強い力だ。用心してくれ」

 闇の精霊が笑みを浮かべた。

「さて、そろそろ引っ込むとしようか。手間をかけて悪かったな」

「はい、みなさんの旅の無事をお祈りします」

 私の両サイドにいた二人がスッと消え、私は小さく深呼吸した。

「予想していた事態とは違ったけど、大事なのは変わらないか」

 私は苦笑した。


 のんびりとはいかなかったが、温泉を楽しんだ私たちは、部屋に帰ってそれぞれの時間を過ごしていた。

 ビスコッティとビールを飲んでいると、メリダとスコーンがやってきた。

「メリダが怯えちゃった。ビスコッティ、どうしよう……」

 スコーンの声に、私は笑みを浮かべメリダを胡座の真ん中に乗せて、頭を撫でた。

 なぜか、ビスコッティがスコーンは同じように胡座の真ん中に座らせ、頭を撫で撫でした。

「怯えているのは、むしろ師匠の方では?」

 ビスコッティが笑った。

「……うん、怖い。変な呪文が勝手に思いつくけど、今は使用禁止って出てきて……。こんなの初めてで分からない」

「それが、光の魔法の最終手段なのでしょう。そんな事より、もう解析は済んでいるのでしょう。光の魔法を作ってみては?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、解析はできているし、それを元にした回復魔法もいくつか作った。どうやっても、回復魔法しか作れないから、なんとかして攻撃魔法を作りたいんだけど……」

 スコーンが小さく息を吐いた。

「それでいいじゃん。私なんて攻撃魔法しか作れないよ!!」

 リナが近寄ってきて笑った。

「そうですか。それで、使えそうなものは?」

 ビスコッティが笑った。

「ダメダメ、こんなの使ったら町一つどころじゃなくぶっ飛んじゃう。使えそうで使えないから、今は威力を下げる方法を考えてるよ!!」

 リナが笑って、自分の布団に横になって、ノートにカリカリ書き込みをはじめた。

「あっ、攻撃魔法なら私がアドバイスできるよ。いってくる!!」

 スコーンが笑みを浮かべ、リナの隣に並んで一緒にカリカリはじめた。

「あの、私はちょっと怖いです。これが、冒険なんですね」

 私が抱えているメリダが、小さな息を吐いた。

「こんなのしょっちゅうだって。悪い事態を想定していたから、むしろよかったよ。これも経験だね」

 私は笑った。

「そうですか。この先不安で……」

「こら、もう辞めるとかいわないでよ。そんな暇があったら、今回の冒険レポートを書く。特ダネものだから、ウケると思うよ!!」

「はい、分かりました。さっそく書きます」

 メリダが笑みを浮かべ、部屋の隅にある応接セットのソファに座り、レポート用紙を取り出して、ゆっくりレポートを書きはじめた。

 ちなみに、私たちはもう慣れっこなので、帰りの機内でサラッと仕上げるつもりである。

 恐らく、十分もかからずにできると踏んでいた。

「よし、ビスコッティ。もっと飲もう!!」

「はい、喜んで。しかし、パステルもお酒に強くなりましたね」

 ビスコッティが笑った。


 みんなが寝静まったところ、布団の上で上体を起こし、私は姿を消していたユイを呼びだした。

「ごめんなさい。なにか、異様で怖かったもので……」

 ユイがため息を吐いた。

「話を聞く限り、四大精霊全ての親のようなものでしょ。そんなに怖がらなくても……」

「はい、そうなのですが。私たちには強烈なプレッシャーというか、恐怖心が舞い上がってしまって、とても姿を現せなかったのです。でも、もう大丈夫です。落ち着きました」

 ユイが笑みを浮かべた。

「ならいいけど。他の精霊は?」

「はい、問題ありません。みんな正気を取り戻しています」

 ユイの言葉に、私は苦笑した。

「なるほど、本来は姿を現せたりしてはいけないか。これだけで、四大精霊全てがこれだけ慌てるんだから」

「はい、私たちは勝手に生まれたものかと思っていたのですが、生みの親がいたというだけでショックなんです。でも、私たちが破壊と創成を兼ね備えている理由が分かりました」

 ユイが笑った。

「そういう事かって感じだもんね。しかし、私は精霊通信機か!!」

 私は笑った。

「パステルほど、精霊に好かれる人はいないでしょうね。私にも理由が分かりませんが、そういう人なのでしょう」

 ユイが笑った。

「なんだ、それ……。まあ、いいか。嫌われるよりはいいから。それじゃ、お休み!!」

 私はユイを撫で、再び布団にもぐって目を閉じた。


 翌朝、宿を引き払った私たちは、タクシーで空港に向かった。

 途中で魔物らしきものを何度かみかけたが、私と目が合うと大慌てで退散してしまった。

「……明らかに、私に怯えている」

 私は苦笑した。

 そんなこんなで無事にタクシーは空港に着き、ビスコッティが今日の一番便を手配してくれた。

「まだ時間があります。少し歩きますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。展望デッキにでもいこう!!」

 私は笑みを浮かべた。

 反対意見はなかったので、私たちはエレベータで最上階の屋上にいき、展望デッキに移動した。

 夏の熱い日差しの中、時折着陸してくる飛行機や離陸する飛行機を眺めつつ、展望デッキの売店でソフトクリームを買って食べていると、暇つぶしの時間は終わり、私たちはエレベータで出発カウンターのある一階に下りた。

「それじゃ、手続きしよう。メリダはもう一回やってるから、やり方は分かってるよね?」

「はい、大丈夫です」

 メリダが笑みを浮かべた。

「さてと……」

 そう大して人がいないカウンターでパスポートとチケットを渡し、搭乗券を受け取ってそのまま出発ロビーに移動した。

 みんなが無事に手続きを終えると、すでに搭乗がはじまっていた飛行機のゲートに向かい、いつも通りエコノミークラスのシートに腰を下ろした。

「今回は成功したのか不発だったのか分かりませんね」

 隣に座ったビスコッティが苦笑でした。

「どう考えても成功でしょ。他人では経験できない事があったんだから。まあ、金銭的にはマイナスでも、それが目的じゃないからね!!」

 私は笑った。

「いえ、金銭的な事ではありません。光と闇の精霊がいっていませんでしたか。異質な力が迫っていると。それがなにか分かりませんが、私たちがその騒ぎの中心人物になってしまいました。これは、大変ですよ」

 ビスコッティが小さく笑った。

「うん、くるならこいって感じだもん。そうするしかないしね。さて、帰ってゆっくりしよう!!」

 私は笑い飛行機の出発を待った。


 無事にギザール王国を出発した私たちは、空路アレクの町に向かって順調に旅程を消化していた。

 まあ、あとは帰るだけなのだが、新たに体に刻まれた文様のせいか、微かな痛みがまだ残っていて、その力の強さがよく分かった。

 なんとはなしにビスコッティと雑談していて、ラーメン店に入って頼むものはラーメンかチャーハンかで議論がはじまろうとした時、スコーンがやってきて眠そうな目を擦った。

「ビスコッティ、リクライニングを最大にしたらぶっ壊れちゃって、百八十度倒れたままになっちゃったんだけど、どうしよう……」

「それは私にいわれても……。みてみましょうか」

 ビスコッティは苦笑して、席を立って後方に向かって歩いていった。

 ちなみに、機内で魔法が使えないように妨害装置が設置されていて、空間ポケットも開けないようになっていた。

 しばらくしてビスコッティが戻ってきて、笑みを浮かべた。

「一発殴ったら直りました。不具合の原因は不明ですが、追及する事もないでしょう」

「な、殴って直す。さすが、ビスコッティ」

 私は笑った。

「はい、とりあえず殴ってみるのは基本です。さて、ラーメン店に入ったら、私はチャーハンです。なにか問題でも?」

「はいはい、ラーメン店だよ。なんでメシを食うの。麵でしょ普通!!」

「メニューにあるので、どこに問題がありますか?」

「あのね、あれは邪道だって。ラーメン店はラーメンを食べるところだよ!!」

  ……まあ、下らない議論は、着陸まで続いた。


 アレクの空港から町に戻り、私たちは家に帰ってちょうど掃除をしていたトロキさんと会った。

「あっ、お帰りなさい……。あれ、パステルさんとリナさん、スコーンさんから異質な力を感じます。なにかあったのですか?」

 トロキさんは目を真剣なものにして、私に問いかけてきた。

「まあ、今回の冒険は……」

 私は旅の様子をトロキさんに語った。

「……異質な力の接近ですか。里落ちしたとはいえ、コモンエルフ族とのパイプはあります。全エルフに伝える必要がありますね。その三人の様子をみてただならぬ事と察しました。さっそく手を打ちましょう。その前に、掃除を済ませますね」

 トロキさんは、笑みを浮かべた。

「……あの、なにか心当たりがあるんですか?」

 私が聞くと、トロキさんは少し考える様子をみせたが、すぐに笑みを浮かべた。

「今から千年近く前の話です。今回とは関係ないでしょう。変な先入観を持たれてしまうと困るので、その話は置いておきましょう」

 トロキさんは笑みを浮かべた。

「そうですか。漠然としすぎていますが、そういう事にしておきます」

 私は笑った。

 その後、トロキさんは素早く掃除を済ませ、ダイニングのテーブルの拭き掃除で〆て終わりになったようだった。

「では、私はこれで。お疲れさまでした」

「ありがとう!!」

 トロキさんが笑みを浮かべて家から出ていき、私は小さく息を吐いた。

「まあ、分からない事を考えてもどうにもならんか。ご飯食べよう。メリダ、よろしく!!」

 私は笑ったのだった。

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