第16話 次ぎに備えて

 アレクの町に帰ってから朝食を取り、私とメリダはなんでも屋にいった。

 これはメリダ自身の発案なのだが、ハーフエルフの彼女はどこか人間と違う感じがして、エルフの特徴である長い耳を持っている。

 この町の住人が、それでどうこうするとは思えないが、それでも無用なトラブルを避けるために、むしろ自分の方から素性を明かしてしまおうと、名札のようなものを作りたいといいだしたのだ。

「まあ、ここがその店なんだけど、本当にいいの?」

 私は最後の確認をした。

「はい、考えに変わりはありません。急ぎましょう」

 メリダが笑みを浮かべた。

 私は小さく息を吐き、メリダを連れて店内に入った。

 外は暑かったが、店内はスコーンが一つ百クローネで売っている、虹色カラーボールのおかげで涼しかった。

「なんだパステルか。そっちは新しい子か?」

 店のオヤジが笑った。

「そう、この前の仕事で出会ってね。この子たっての希望で、名札を作って欲しいんだけど……」

「へぇ、珍しい。どういうのだい?」

「なにか、どこかの会社の社員証みたいな感じで、首下げ式じゃなくて胸にピン止めする形で……」

 私はメリダの希望を伝えていった。

「まあ、大体イメージは湧いた。よし、作ってみよう」

 オヤジが機械を操作しはじめ、樹脂製の名札が徐々に形になっていった。

 しばらくすると、少し大きめの名札ができあがった。

「これでどうだい?」


 名前:メリダ・テレス

 種族:ハーフエルフ

 職業:冒険者

 パーティ名:銀狼の月(リーダー パステル・ウィンド)


 とまぁ、項目はそんな感じだ。

 ちなみに、私たちのパーティにも名前があって滅多に使う事はないが、一応『銀狼の月』という、なかなか大袈裟なものだった。

「でも、いいの? ハーフエルフだけ大文字にして赤く塗るなんて……」

「はい、これは私自身の覚悟の現れです。ハーフエルフというだけで、逃げ回るのはもう飽きました。これでいいです」

 メリダは笑みを浮かべた。

「そっか、じゃあそれをクリップで……」

「あっ、自分でやります。これは、私の我が儘ですから」

 メリダは笑い、名札を服につけると、自分の財布からお金を払おうとした。

「ああ、金はいい。こいつらから儲けようなんて、思ってないからな。こんな程度の仕事なら、いつでもきてくれ」

 店のオヤジが笑った。

「あの、そういうわけには……」

「メリダ、いくよ。ありがとう!!」

 私は困惑した様子のメリダの手を引いて、店の外にでた。


「要するに、私たちのパーティは信用されているどころか、この町の住人として扱われてるって事だよ。だから、気にしないでいいよ」

 名札を作った時にお金を支払わないかった事に対し、なにか気にしている様子のメリダに私は笑った。

「そうですか……。初めての経験で」

 メリダが笑みを浮かべた。

「逆に高値で吹っかけられたりしたんでしょ。この町の人たちは大丈夫だよ」

 私は笑った。

「はい、町の空気も明るくて気に入りました。海辺の風もいいです」

 メリダは大きく深呼吸した。

「あっ、そうだ。町の案内をしなくちゃね。特に、なにもないんだけど……」

 私はメリダを連れて、町のあちこちを歩いた。

 町の片隅には、立派な射撃練習場があり、対物ライフルも撃てるとあって、私たちもよく利用していた。

 今も練習している人がいるらしく、発砲音か聞こえるたびに、メリダは一瞬目を閉じていた。

「ん、なんだ、練習しにきたのか?」

 たまたま練習していたらしく、射撃場の出入り口から出てきたアリスが、笑みを浮かべて声をかけてきいた。

「違う違う、町案内の途中だよ」

 私は笑った。

「そっか、まあここにきたことだし、少し練習しておこうか」

 アリスがメリダの手を取った。

「あれ、その名札はなんだ?」

「はい、もう隠してコソコソするのはやめたくて……」

 メリダがアリスに事情を説明した。

「なるほどな、いい考えだ。私も作ろうかな」

 アリスが笑った。

「よし、練習しよう。銃は持っているか?」

「は、はい、パステルからいつも持っておけといわれているので」

 メリダは鞄の中から小型拳銃を取り出した。

「よし、さっそく練習だな。パステルも撃っていくか?」

「そうだね、最近撃ってなかったから、ちょうどいいか」

 私は笑みをう浮かべ、この町の住民なら誰でも使える射撃練習場に入った。

 中には数人撃っていて、主に拳銃コーナーにいたが、一番奥の対物ライフル用のブースでは、シノがひたすら撃っていた。

「……集中しているみたいだし、声をかけるのはやめておこう」

 私はその様子を見守ってから、拳銃のブースに入った。

 隣でアリスがメリダに教える声が聞こえ、私は拳銃を抜いて構えた。

 引き金を引くと、衝撃とともに弾丸が吐き出され、二十五メートル先の標的に穴が開いた。

 私は立て続けに引き金を引き、十七発全弾を撃ちきると、ブースにあるボダンを押してターゲットを手前に引き寄せた。

「うーん、散ってるな。集弾性が悪い」

 集弾性とは、どこに弾が集中して命中しているかという意味と同義である。

 これが優れていないと、いざという時に敵を倒せないばかりか、味方に当たりかねない。

「なんだそれは、お前も教えなきゃダメだな」

 アリスがヒョコッとこっちのブースを覗いた。

「えっ、私はいいよ!?」

「遠慮するな。そうだね、撃ってみろ」

「わ、私はいいのに……」

 こうして、穏やかな午前中は過ぎていった。


 昼食を挟み午後になると、リビングでくつろいでいたスコーンが、メリダの名札をじっとみていた。

「ねぇ、パステル。私たちも名札を作らない?」

 スコーンが笑顔で聞いてきた。

「名札が欲しいなら、ドッグタグの方がいいかな。首から下げる小さな金属板で、なにかあった時も、誰だか識別できるから。あと『銀狼の月』ワッペンもあるよ。肩につける小さなものなんだけど、まだビスコッティとアリスの三人でやっていったとき、記念で二十枚作ったんだよね。数を増やして、これを全員分の服につけようか」

 私は笑みを浮かべた。

「あっ、それいいね。さっそくやろう!!」

 スコーンが笑った。

「よし、戦闘服を全部持って、なんでも屋にいこう。この服はミスリル繊維がもの凄く細かく縫い込んであるから。ピン止めならともかく、縫い針だと折れちゃうからね。ワッペンも増やさないと足りないし」

 私は苦笑した。

「さて、どれだけ買ったかわからないけど、みんなまとめて持っていくよ。私は五着だけど、みんなサランさんから大量購入していたからね」

 私は笑った。


 浮遊の魔法が使えるビスコッティとスコーンに手伝ってもらい、全員分の戦闘服をメリダを連れていったなんでも屋に持っいくと、私はさっそく作業を依頼して三万クローネを支払った。

「そんなにいらないが、まあ、受け取っておこう。要するに、ドッグタグの作成とこれと同じワッペンを作って、その服の肩につければいいんだろ。万一に備えて、ワッペンはベルクロで取り外しができるようにしておこうか」

 店のオヤジはいうが早く、さっそく作業をはじめた。

 ちなみに、ベルクロとはいわゆるマジックテープのことだ。

「それじゃ、よろしく!!」

「ああ、遅くても夕方にはできると思う。なかなかいい品だ。ミスリル繊維がギッシリ縫い込んである……」

 オヤジはさっそく仕事をはじめた。

「じゃあ、任せたよ!!」

 私は笑みを浮かべた。


 ユイが情報集めに酒場にいったものの、これといってめぼしい情報はなかったそうだ。 まあ、そう簡単に迷宮がみつかるわけないので、これは毎度の事だった。

 昼食のあと、まだ練習が足りないとメリダを連れて、アリスは射撃練習場に向かっていった。

「そっか、こうすればいいんだ。でも、これじゃ威力の調整ができないな。アレをぶち込んでみるか……」

 リビングのテーブルの上に魔法書や資料を乗せたスコーンが、なにやら呟きながらノートにガリガリ書き込みをしていた。

「はい、師匠。お茶です」

 例のヤカンから冷たいお茶を注いだようで、ビスコッティが湯飲みをテーブルの上に置いて笑った。

「ありがと。さて、これでどうかな……。ダメだ、コントロールできないかも」

 なんの魔法を研究しているかは分からなかったが、恐らく攻撃魔法であることは分かった。

 どうやら難題に挑んでいる様子のスコーンに声をかけたら悪いので、私はビスコッティに任せて、射撃練習場に向かった。

 あまりに腕が鈍っていたので、これはイカンと思ったのだ。

 ちなみに、攻撃魔法の練習施設もあって、こちらは全長二十キロもある箱形の建物で、海に向かって延々と伸びているが、私はそこまでの攻撃魔法を扱えないので、一回しか行った事がなかった。

「さて、いるかな……」

 私は小さく笑い、射撃練習場の中に入った。

 予想通り、拳銃のブースにはメリダとアリスの姿があり、いよいよメリダが撃ち始めていた。

「はい、さっきもいったけど、撃った瞬間に目を閉じない。最初はみんなそうだから、これは練習するしかないか」

 アリスが苦笑した。

「はい、どうしても怖くて……」

 メリダが小さく息を吐いた

「まあ、そうだろうな……。私も苦労した」

 アリスが笑みを浮かべた。

「ん、パステルか。まだ撃ち足りないか?」

 どうやらこちらに気が付いたようで、アリスが声をかけてきた。

「あまりにも鈍っていたからね。ちょっと練習しようかなと……」

「うん、それはいい考えだ。どれ、メリダに見本をみせてやれ」

 アリスが笑った。

「あ、あのね。そんなに上手くないよ……」

 私は苦笑した。

「あの、参考までに……」

 メリダがそっと呟いた。

「参考にはしない方がいいけど……。まあ、みるだけなら大丈夫だよ。細かい事を聞くなら、アリスにお願いね」

 私はマガジンに十七発弾丸を装填し、それを銃にセットした。

 スライドを引いて初弾を装填し、まずは一発撃った。

 放たれた銃弾は二十五メール先にある標的の真ん中に穴を空けた。

「まあ、悪くないか」

 私は再び銃を構え、十七発一気に連射して様子をみた。

「うん、さっきよりはマシだね」

 私はブースにあるボタンを押して的を手元に寄せて。新しい紙を貼って二十五メートル先で止めた。

「毎日百発撃ち込んでいた頃を思い出すな。今では、多少マシにはなったと思うけど」

「そうだな。最初はド下手でどうにもならなかったが、今ではよくなった。メリダ、こうやって覚えていくんだよ。簡単には上手くなれないさ」

 アリスが笑った。


 ひたすら銃の撃ち込みを続け、やっと勘が戻ってきた頃には、日も傾いていた。

「ふぅ、まともになったか……」

 私は額の汗を拭い、後片付けをはじめた。

 隣で撃ってるメリダはまだ足りないようで、アリス指導でずっと続けていた。

「よし、私は先に上がるよ!!」

 私は二人に声をかけ、射撃練習場を出た。

 そのまま家に帰ると、もう仕上がっているであろうみんなの服を取りにいこうと、ビスコッティとスコーンに声をかけた。

「服ができているだろうから、引き取りにいこう」

「分かった!!」

 スコーンが楽しそうに笑った。

 私たち三人組は、いつものなんでも屋に向かっていった。

「おーい、できてる?」

「ああ、できているぜ。こんな感じでいいだろ?」

 オヤジが一着とって、私たちにみせた。

 右肩の部分に私たちのパーティを示す、遠吠えする銀狼と月の意匠があしらわれたワッペンがベルクロで貼ってあり、ドッグタグも全員分あった。

「おお、格好いい!!」

 スコーンが笑った。

「よし、戻るよ。結構な量だね」

 私は笑った。


 家に帰ると全員戻っていて、メリダが夕食の準備をしていた。

「服ができたよ。名札がついてるから、間違えないでね!!」

 私は全員に声をかけ、それぞれ自分の服を持って寝室に戻しにいった。

「おい、私とビスコッティのドッグタグは……」

「分かってる、氏名しか書いてないよ。最低限、それが分かればいいでしょ?」

 私は笑った。

「分かってるね。素性がバレたらいけない仕事もるしな」

 アリスが笑い、自分のドッグタグを受け取った。

 隣に立っていたビスコッティも笑みを浮かべ、ドッグタグを首に下げた。

 しばらくみんなで自室に戻り、服の整理整頓が続いたが、再びリビングに集まってきた。

「ねぇ、魔法ができたんだけど、明日にでも試射したいんだよ。予約大丈夫かな……」

 スコーンが心配そうに聞いてきた。

「分かった、確認してみるよ」

 私は胸ポケットの無線機を取りだし、トークボタンを押した。

「こちら3241ZZ、明日予約取れる?」

『3241ZZ。六ブース全ていている。全部押さえるか?』

「ありがと、全部よろしく。午前九時からで」

 私は無線を切った。

 わざと暗号を使っているわけではなく、こうしないとどこかで傍受されたときに、魔法の射撃場があるとバレてしまい、変な噂が広まったり試射の希望をする人が増えてしまったりと、面倒な事になるからだった。

 ちなみに。3241は私の事で、一回使ったら次の暗号へと変わる。

 後半のZZは魔法の練習場のことだ。

 私はポケットから暗号帳を取りだし、ページをピリッと破ってできるだけ千切ってからゴミ箱に捨てた。

 もう使えない暗号とはいえ、さすがにそのまま捨てるわけにはいかない。

「スコーン、明日は全ブース押さえたよ。どんな魔法かみせてね」

 私は笑みを浮かべた。


 メリダが作ってくれた夕食を終え、私たちはノンビリ時間を過ごしていた。

 ビスコッティとスコーンが、明日の試射に向けて確認作業をしていて、アリスが珍しく魔法本を読んでいた。

「おい、パステルでいいや。ここの意味を教えろ」

「でいいやって酷いな。どこ?」

 私は苦笑して、ソファの上で寝転んでアリスに近寄った。

 アリスが指さしたところは、魔法の基本中の基本の部分だった。

「ああ、それね。そこは……」

 私はなるべく噛み砕いて説明した。

「うん、そういう事か。もっと素直に書いて欲しいものだ」

 アリスが苦笑した。

「そういえば、リナは大丈夫?」

「なんとかね。色々作ったから明日試射してみれば分かる!!」

 リナは小さく笑みを浮かべた。

「そっか、楽しみだね。ちなみに、六ブースあるから全員でやっても足りるよ」

 私は笑った。

「へぇ、大規模だね。聞いたけど、長さが二十キロもあるんだって?」

「うん、あそこはこの町にある、魔法研究所の施設として建てられたんだよ。魔法研究所自体は廃れちゃって見る影もないんだけど、あの試射場だけは貴重だっていって、町で管理して運用しているんだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「なるほどね。魔法研究所なんてあるんだ」

「うん、あるにはあるよ。今や所長一人に研究者と助手が二名しかいないけど」

 私はわらった。

「それ、スコーンが聞いたらブチ切れるか。その研究所貸せとかいいそうだね!!」

 リナが大笑いした。


 夜も更けていい時間になった頃、リビングではスコーンとビスコッティがまだ検討会をやっていて、アリスとリナが黙々と魔法本を読んでは、呪文を作ってみるという作業をやっていた。

「みなさん熱心ですよ。夜食を作りました」

 メリダが笑みを浮かべ、小さなお椀に盛ったお粥を配って歩いた。

「あっ、ありがとう。でね、この辺りがこうビヨーンってなって、成功するはずなんだけどなぁ」

 スコーンがお粥を食べながら、黙々と資料を読んでいた。

「そうですね。そこをビヨーンじゃなくてビニョーンとしては?」

 ビスコッティが笑みを浮かべると、スコーンがハッとした顔をした。

「それだ、ビニョーンならより精度が高い。ビニョーンでいこう!!」

 ……意味不明だったが、どうやら二人には通じるらしい。

 私は苦笑した。

「おっ、いいところに先生がきたぞ。パステル、こっちにきて座れ」

 アリスが隣をバンバン叩き、私は苦笑してそこに座った。

 ちょうどアリスとリナに挟まれる形になった私は、二人からガンガン説明を求められ、私が答えられる範囲で答えていった。

「……つ、疲れる」

 私の専門はマッピングや罠解除であって、魔法ではない。

 せいぜい、出会い頭で遭遇した敵に、ファイアアローやファイアボールを一撃を叩き込み、隙を作るのがせいぜいだ。

 あまり高度な魔法の意味を、私に聞かれても答えられない。

 幸い、まだ私でも分かる範囲だったが、そこにスコーン先生がいるのに、真剣に検討会をやっているので、声をかける事ができなかった。

「よし、決まったね……。あれ、パステル。なにやってるの?」

「それがねぇ、魔法について聞かれて困っているんだよ。代わって!!」

 私は苦笑して、

「分かった。どんなの?」

 検討会で疲れただろうに、二人にちゃんとした魔法を教えなきゃと思ってくれたみたいで、私はソファから立ってスコーンと代わった。

「うん、さっそくきたね。ここはこうだよ。パステルって我流だったよね。魔法書を読んで自分で研究して。さすがに癖が強いね。私的にはこれも興味深いんだけど、今はちゃんと教えるタイミングだから、悪いけどその癖も直させてもらうよ!!」

「うん、そうして。正直、魔法は自信がないから」

 私は苦笑した。


 結局、午前三時近くまで魔法勉強をみっちりやり、改めてスコーンの攻撃魔法とビスコッティの回復魔法の凄さを知った私は、どちらかに弟子入りしようかと思ったほどだった。

 そんなこんなでみんなで教材や魔法書を片付けると、アリスが玄関の扉を開けると、なにか呪文を唱えはじめた。

 すると、庭に転がっていた握り拳大の石が持ち上がり、凄まじい速度で海に向かって飛んでいった。

 しばらくして、海の向こうで派手な爆光が上がり、アリスは満足したように頷き、再び玄関の扉を閉めた。

「うん、変なモノは撃ってない。怪しい船がウロウロしていたから、爆砕しただけだ。この魔法は使えるな。遠方で夜なのに、呪文を唱えはじめたら一気に視界がクリアになって、真昼の明るさで標的がみえた。あとは、ロックオンって頭で呟いたら赤いマーカーが出て、見事に命中したよ。距離は三キロちょっとだね」

 アリスが頷いた。

「そうだよ、これが攻撃魔法だからね。無駄な乱用は禁止だよ!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「……もう、これで魔法使いか?」

 アリスが小さく息を吐いた。

「そうだよ。まだ新米だけど、魔法使いなんだよ!!」

 スコーンが笑った。

「……そうか」

 アリスがそっと笑みを浮かべた。

「さて、みんな寝るよ。明日はちょっと早いから!!」

 私は小さく笑みを浮かべた。


 翌朝、いつも通りユイが酒場に情報収集にいったが、今のところはないとの事だった。 朝食を済ませると、さっそく魔法組五名は町外れにある魔法研究所に向かって。

 形だけとはいえ、魔法研究所の施設ということで、事務カウンタで五人分の使用許可をとり、魔法試射場へと向かった。

 中は明かりは点いているがほの暗く、窓もなく延々と伸びているので、どこか恐怖心を煽られるような感じだった。

 各ブースと外壁や天井、床に至るまですっぽり結界に覆われているため、中で派手な攻撃魔法を使っても、施設が壊れるという可能性は低かった。

「これはいいね。さっそくはじめるよ!!」

 スコーンが呪文を唱えはじめ、突き出した両手の平から猛烈なエネルギーを持った光の矢が一本飛び出し、ドコーンと派手な爆発が起きたが、衝撃波は結界が防いでくれるので問題無かった。

 これを皮切りに、みんな様々に魔法を放ちはじめ、ひっそり混じっていた私も控えめに魔法練習をはじめた。

「パステル、弱気だよ。気合い入れて!!」

 スコーンにはバレたらしく、いきなり激が飛んできた。

「気合いって……。これ以上魔力を込めると……」

「いいからやって!!」

 私は小さく息を吐き、呪文を唱えて全力で炎の矢を一本飛ばした。

 ものすごい勢いで飛んでいった炎の矢は、フラフラと迷走をはじめ、床に突き刺さって小爆発を起こした。

「ほら、ダメじゃん!!」

「違う、そうじゃない!!」

 スコーンが私の横にきて、素早く呪文を唱えた。

 放たれた炎の矢は、一瞬みえた施設の行き止まりで爆発して消えた。

「途中でフラフラするのは、まだ腕が未熟な証拠だよ。魔力コントロールが甘い!!」

 スコーンがブツブツ文句をいいはじめた。

「だって、至近距離でいいんだもん。遠距離は私の仕事じゃないよ!!」

「なにボロッコイ事いってるの。いざってなれば、パステルだって魔法要員になるかもしれないんだよ。せっかく使えるのに、なんで伸ばそうとしないの!!」

 その後、二十分くらいスコーンとの押し問答は続いた……。

 結局押し巻けた私は、真面目に練習を開始した。

 魔法が専門の魔法使いに押されたら、私が勝てるわけがなかった。

「しっかしフラフラするな………」

 床に突き刺さる事はなくなったが途中で魔力が切れてしまい、フラフラしていた炎の矢がシュッと消えてしまうのだ」

「あの、パステルは風の属性です。風の魔法でいきましょう」

 肩の上のユイが小さく笑みを浮かべた。

「そうだったね。まずは……」

 私は呪文を唱え、風の攻撃魔法を放った。

 無数の真空の刃が飛び、ドンと音が聞こえた事から、終点にぶつかったようだった。

「なんだ、やればイケるじゃん!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「自分の属性を忘れていたよ。さて、どんどんいこう!!」

 かくして、私たちはひたすら攻撃魔法の鍛錬を積んだ。


 結局夕方まで魔法練習に明け暮れ、私はヘロヘロになっていたが、みんな元気そうでなによりだった。

 家に帰ると、シノとララが唸りながら魔法の練習をしている様子だった。

「こっちはなに?」

 私はソファの上に倒れ、小さく笑った。

「はい、みなさん知っていると思いますが、弱結界のやり方をお二人が知らなかったようなので、生意気ですが教えていたのです」

 メリダが小さく笑みを浮かべた。

「弱結界ってあれか……」

 これは、魔法使いでなくとも使っている場合があるが、自分の周りを薄い結界膜で覆うというものだ。

 これには色々種類があって、難度はさして変わらないが、自分の姿を隠すというものがある。

 周囲の景色を取り込んで同化させる事で姿を隠し、歩く度に一秒ほど姿がみえてしまうが動き回ることも可能だ。

 持続時間は十秒ほどだが、練度が上がればそれだけ長くなり、魔力にもよるが十二時間という記録が残っている。

 かなり頑張っているようだし、この分ならすぐ覚えてしまうだろう。

「ダメだよ、そんなに力んじゃ。自然に任せて!!」

 スコーンがアドバイスすると、まずシノの姿が消え、次いでララの姿も消えた。

「二人ともそっちのバージョン狙いだったか」

 私は笑った。

 それから程なく、二人の姿が現れた。

「時間はこれだけですか。十秒って早いです」

 シノが苦笑した。

「もっと長い時間やりたかったら、常に小声で呪文を唱え続けるんだよ。慣れてくれば、一分くらいは余裕だから」

 スコーンが笑った。


 昨日は遅くまで起きていたので、今朝はゆっくりめの起床となった。

 欠伸をしながら階下にいくと、メリダが玉子焼きを作って待っていた。

「おはようございます」

「おはよう。早いね」

 私は笑みを浮かべ、朝食を取った。

「ユイ、いつも通りよろしく」

「はい、分かりました」

 換気のため、開いている玄関の扉から、ユイが外に向かって出ていった。

「今日は曇りか……」

 空は雲に覆われ、いつ降りだしてもおかしくない感じだった。

「外に洗濯物があったら、取り込んでおかないとまずいよ」

「はい、最初から洗濯はしていません。乾きそうになかったので」

 メリダが小さく笑った。

「それならいいね。みんなはどこにいったの?」

「はい、アリスとビスコッティは先ほどまでエアウルフを観ていましたが、今はヘリコプタのメンテナンスをしています」

「そっか、雨が降る前にポストにいこう。なにもきてないと思うけど」

 私は玄関でて門まで歩き、ポストにいくと黒い封筒が一通届いていた。

「えっと……。あれ、宛名が私だ」

 たまにやってくる黒い封筒。

 これは、国王から直接命令された裏仕事だった。

「おかしいな、ビスコッティが登録抹消手続きをしたはずだけど……」

 不思議な事もあるもんだと、私は封筒を持って家に戻った。

「難しい顔をして、どうしました?」

 メリダが笑みを浮かべた。

「……もしかしたら、今日でお別れかもしれない」

「えっ、どういう事ですか!?」

 メリダが声を裏返した。

「嫌な予感がするから、ビスコッティが戻るまで開封はしないけど、封蝋までしてある黒い封筒だよ。これ、国王直々の裏仕事をやるようにという、命令書が入っているはずなんだ。私もそのその資格を持っていたんだけど、ビスコッティに散々やられてライセンスを取り上げられちゃったんだよ。なのに、なんで……」

「そうですか。でも、縁起でもないことをいわないで下さい」

 メリダが笑みを浮かべた。

「なんかね、実際これがくると自信がなくなるよ。よくあんな資格取ったな……」

 私は嘆息した。

 なんとなく重い気分のまま、リビングのソファに座っていると、外からアリスとビスコッティが戻ってきた。

「あっ、ビスコッティ。こんなのがきちゃったんだけど……」

 私は黒い封筒をビスコッティに手渡した。

「あら……うげっ、しまった!?」

 ビスコッティにしては珍しく、慌てた様子でウロウロしはじめた。

「ど、どうしたの?」

「は、はい、バタバタしていて登録抹消手続きをしていなかったのです。しまった!?」

 ビスコッティが頭を抱えてしまった。

「ん、いい経験だ。いってこい……とはいえないな。ビスコッティのミスだぞ。どうするんだ?」

 アリスがビスコッティを睨み付けた。

「これ、ご指名があった冒険者は絶対に行かなければならないのです。その封を開けて下さい。もう、手遅れです」

 ビスコッティが、ついには床に崩れて泣き出してしまった。

「泣いたって意味がないぞ。依頼内容は……」

 私の手から封筒を取り、中身を改めたアリスが唸った。

「とある犯罪組織の壊滅だ。情報も色々書いてある。これ、パステルが死ぬぞ。限りなく百パーセントで」

 アリスが小さく息を吐き、紙を封筒に戻して私に返してきた。

「そもそも、覚悟も決めずに国家指定冒険者ライセンスなんて取ったお前もお前だぞ。パーティ資金の足しになるなんて、甘っちょろい考えでやるもんじゃない」

 アリスが私の頭に軽くゲンコツを落とした。

「さて、ビスコッティ。これはどうしたもんかね。一応、仲間を連れていってもいいことにはなっているが……」

 アリスが考え込んだ。

「……やりますか?」

 ビスコッティが、なにか決意の目をみせた。

「……やるか。そもそも、こんな制度自体が問題だ。国軍がやれ」

 アリスが息を吐き、私にはなにもいわず、そのまま黙って外に出ていった。

 しばらくすると、ヘリのエンジン音が聞こえ、二人はそのまま飛び立っていったようだった。

「はぁ、どこにいったんだだろう。こういう時のビスコッティって、絶対に行き先をいわないからなぁ」

 私はため息を吐いた。それしかできなかった。


 ヤキモキしながらなにも手がつけられず、待つばかりで数時間。

 もう夕方が近くなった頃合いになって、ヘリが戻ってきた。

「あっ、帰ってきた!!」

 私は慌てて玄関からでて庭にいくと、擦り傷だらけのアリスとビスコッティがヘリから降りてきた。

「パステル、いいですか。あなたは死んでいます。辻褄が合わなくなってしまうので。そして、ここにいるのは同姓同名の別人。意味は分かりますね?」

 ビスコッティが苦笑した。

「そういう事か……」

 私は苦笑した。

「一度命令を実行した者は、二度と国家指定冒険者から逃げられなくなるんだよ。だから、こうするしかなかったんだ」

 アリスが笑った。

 つまり、命令実行中に私が戦死して、最終的にはアリスとビスコッティが生き残ったという体を取ったわけだ。

 そうすれば、私の存在は国から消され、ここにいるのはいわばもう一人の自分だ。

「さて、痛む傷を治しましょう。この戦闘服、なかなか高性能ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、アリスに回復魔法をかけた。

 アリスの顔にあった傷が見事に消え、自分には使わなかった……というか、回復魔法は自分には効かない。

 代わりに薬瓶を取りだし、それを一気に飲み干した。

「これで十分です。報告書は私が書いて提出しますので、パステルはなにもしなくていいですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、家に入っていった。

「ったく、面倒かけやがって。まあ、お陰で攻撃魔法のテクは上がったがったががな。数百体のゴーレムがのしのし接近してくるんだぞ。もう、逃げるしかないだろ。こんなの」

 アリスが笑った。

「す、数百体!?」

「うん、やったらできた。弾よけにでもしようと思ったんだが、なんかボコボコ出てきてしまってな。ついでだから、そのまま行進させた。建物もぶっ壊したし、これ使えるな」

 アリスが笑って家の中に入っていった。

「……なんだそりゃ」

 私は苦笑した。

 すると、スコーンが家から飛び出してきて、私に虹色カラーボールを押しつけ、そのまま家に戻っていった。

「……あれ、ポッチがある」

 そのポッチを押すとドバンと破裂して、カラフルな光の球が無数に転がり出て、庭がきれいになった。

「落ち込むなって事かな」

 私は笑った。


 メリダが作ってくれた夕食を食べ、私たちはリビングでそれぞれ過ごしていた。

 スコーンが開発した『ビスコッティツヤツヤ』の効果で、お肌がツヤツヤもちもちになって、ビスコッティは上機嫌でお酒を飲んでいた。

「……試作はこれでいいね。あとは、少し改良して売ろう」

 スコーンがニヤッと笑みを浮かべた。

 まあ、それはともかく、私はいつものように冒険装備の点検をやっていた。

 よく使うザイルなどからはじまり、緊急事態用の無線や衛星電話の様子を確認し、一通りの作業を終えると、私は満足して空間ポケットを閉じた。

『銀狼の月、聞こえるか!!』

 胸ポケットの無線機に、いきなり切羽詰まった様子の男性の声が聞こえてきた。

「はい、パステル。どうしました?」

『町にドラゴンが接近中だ。グリーンドラゴンと推測される。興奮状態でブレスを手当たり次第に吐きながら近寄ってきていて、警備団では対処ができない。対応を求める!!』

 こりゃ大事だ。

 私は無線機を強く握った。

「分かりました。今からいきます!!」

 私はみんなをみて、スッと白面に戻ったビスコッティが小さく頷いた。

「よし、いくよ!!」

 私はみんなを連れて、家を飛び出した。

 程なく町を囲む壁の上にいくと、確かにブレスを吐きながらフラフラとこちらに向かって飛んでくるドラゴンの姿がみえた。

「距離千五百くらいだね。もう狙えるな」

 私は呪文を唱え、風の刃をドラゴンに向かって放った。

 しかし、こんなものでは効かないのは承知の上。

 狙いは、おびき寄せる事だった。

「ビスコッティ、距離千を切ったらはじめて。他のみんなは万一に備えて!!」

 私は剣を抜いて構え、みんながそれぞれの武器を構えた。

「……私の魔法なら仕留められるけど?」

 リナが小さく呟いた。

「まあ、いいからいいから。もしもの時は、スコ-ンと協調して攻撃魔法を叩き込んで」

 私は笑みを浮かべた。

 そうこうしているうちに、ドラゴンとの距離が詰まり、ブレスの焼け付くような熱が感じられるようになった。

 距離は十分、ビスコッティが呪文を唱えはじめ、私はそっとウンディーネに声をかけた。 現れたウンディーネは不可視状態で、ビスコッティの肩に手を乗せた。

「スリープ!!」

 ビスコッティが魔法を放った瞬間、辺りを怪しい霧が覆い、ドラゴンがボトッと草原に落ちた。

「よし、いまだ!!」

 私たちは一気に壁下に駆け下り、唖然としている自警団の車を勝手に拝借して、ドラゴンが落ちた地点を目指した。

 ビスコッティの魔力と、ウンディーネのブーストである。

 生物なら、これで眠らない方がおかしい。

 私たちは程なくドラゴンが横たわっている場所に辿り着き、まずは通称ブレス管と呼んでいる、燃料のようなものを吹き出す管を破壊して、厄介なブレスを吐けないようにした。

 その後、手足や翼を鋼線でギチギチに縛ると、私は衛星電話を取りだして、ある人物に声をかけた。

 すぐにいくとの事だったのでしばらく待っていると、大型トレーラーが草地を走ってきた。

 あとは、私たちの仕事ではない。

 礼金をもらったあと、私たちは町に戻った。

 勘違いしないで欲しいのだが、なにも裏社会の怖い人と取引したわけではない。

 この人たちはドラゴンパークと安直な名前がついた、ドラゴン専門の動物園という風変わりな施設を運用しているのだ。

 なるべく殺さないですむならそれでいい。

 それが、私の考えだった。

「さて、時間が半端になっっちゃったね。私はもう寝るよ」

 私は上の階に上がり、自分の寝室に入っのだった。

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