第15話 節目の一つ

 商隊の護衛という仕事を終え、私たちは一路ホームであるアレクの町を目指していた。 メリダが加わってパーティは八人。これでもう限界だろう。

 人数が多すぎると諍いの原因になるし、六人から八人程度がちょうどいい感じだ。

「それにしても、メリダは大変だったろうね。ハーフエルフじゃエルフの集落にはいられないし、人間社会でも浮いちゃって溶け込めない。私たちのパーティに加わった事で、少しでも居心地がいいと嬉しいな」

 私は笑みを浮かべた。

 ハーフエルフとは、人間とエルフの間に生まれた子供だ。

 エルフの集落に入れば力ずくでも排除され、人間社会では奇異の目にみられて居心地が悪い。

 私は偏見がないのでなんとも思わなかったし、恐らくこのパーティの面々はみんなそうだろう。

 それよりも、料理を専門に作ってくれる人が加わってくれたことの方が嬉しい。

 迷宮で疲労困憊の時に料理なんて面倒だし、それが不味かったら最悪だった。

「まあ、すぐに慣れるんじゃない」

 リナが笑った。

「そうだと思うけれどね。さて、ぶっ飛ばして!!」

 私は笑みを浮かべた。


 途中の村々で止まる必要がないので、帰りはガンガン飛ばしていた。

 街道をいくうちに夕方になってきたので、私はそろそろテントを張ろうと無線で後方の二号車に伝えた。

 草地に車を乗り入れ、みんなで大型テントを組み立ててから、折りたたみテーブルや調理器具を取りだし、さっそくメリダが空間ポケットから食材をだして料理を作りはじめた。

「いい肉が手に入ったので豚汁にします。あとは豚の冷しゃぶとご飯も炊きましょうか」

 楽しそうに料理を続けるメリダをみて、私は小さく笑った。

「美味しそうな匂いがするね。楽しみ!!」

 近寄ってきたスコーンが、笑みを浮かべた。

「そうだね。出先ではロクなものを食べていなかったから、今後が楽しみだね」

 私は笑みを浮かべた。

「うん、これで下手な料理を作らないですむよ。私はイマイチ苦手だからね」

 スコーンが笑った。

「そうだね。私も得意とはいえないからね。ありがたい限りだよ」

 私は苦笑した。

「それじゃ、ビスコッティと一緒にアラームを仕掛けてくるよ。ご飯ができる頃には戻れると思う」

「うん、よろしく!!」

 私はビスコッティとともに、アラームの魔法を仕掛けにいったスコーンとビスコッティの姿を見送った。

 まるで護衛でもしているかのように、アリスがそばについて立っていたので、私はスコーンが作り出した、虹色カラーボールが敷き詰められたテントに入った。

 床一面に広がっているボールだが、そばに寄ると邪魔にならないように勝手に移動し、寝袋を広げれば勝手に退いてくれるので、なかなか便利だった。

「ここに入ると涼しくていいね。ご飯が待ち遠しいよ」

 私は笑みを浮かべた。


 ご飯ができたとスコーンが呼びにきて、私はテントからでると折りたたみ椅子とテーブルが一緒になったような屋外器具を使って食事をはじめた。

 滋味溢れる豚汁と美味しく炊けたご飯、これに冷しゃぶも加われば、他にいうことはなかった。

「やっぱり、専門家が作ると違うね。この豚汁はピリ辛で美味しい。スパイスを持ち歩いているんだ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、最低限のスパイスと調味料は持ち歩いているので」

 メリダが笑みを浮かべた。

「そっか、なら期待できるね。さすがだよ」

 私は笑った。

 こうして楽しい夕食の時間が過ぎ、穴を掘って使用済みの紙製容器を入れ、スコーンに燃やしてもらって元通り埋め戻した。

「あの、気になっていたのですが、普通の食器はないですか?」

「うん、水は貴重品だから使い捨ての容器を使うんだ。食器を洗うために水は使えないから」

 私はメリダに答え、小さく笑った。

「そうなんですね。勉強になりました」

 メリダが笑みを浮かべた。

「まあ、鍋とかフライパンはそうはいかないけどね。それでも、使う水は最小限だから、色々工夫が必要だよ」

 私は小さく頷いた。

「わかりました。ありがとうございます」

 メリダが笑みを浮かべた。

「さて、お腹も膨らんだし、片付けが終わったらテントに入ろうか。中は涼しいよ」

 私は笑った。


 元々十人入れるように設計したテント内は、八人入ってもまだ余裕があった。

 すでに寝袋は敷いてあり、あとは寝るだけの状態だったが、ここでもアリスとビスコッティペアが見張りをするといって、私がなにもいう暇もなくテントからでていった。

 寝るだけといっても、まだ時間が早い。

 スコーンは魔法書を読み、ビスコッティは大好きな酒を程々に飲み、リナとララはお互いに協力しあってヨガをやっていた。

 メリダは一人で冒険者ライセンスを取った時にもらった手引き書を開き、真面目に黙々と読んでいた。

「メリダ、なにかわからない事ある?」

「いえ、大丈夫です。結局、経験が物をいう世界だということが分かりました」

 メリダが笑みを浮かべた。

「そうだね、結局そこだよ。まだまだこれから!!」

 私は笑った。

「はい、頑張ります。私は早く迷宮にいきたいです。どんなものか、肌で知りたいので」

「それもそうだね。まあ、迷宮はそうそう簡単には見つからないけど」

 私は小さく笑った。

 

  夜になって、一発の銃声が聞こえ、私は飛び起きた。

「なに?」」

 私は寝袋から這い出して、拳銃を抜いてテントの外にでた。

「どうしたの?」

 アサルトライフルを構えたままのビスコッティが、小さく笑った。

「威嚇射撃です。なにかこそこそ動いていたので。盗賊ではないでしょう。冒険者のパーティだと思います」

「なるほど……」

 私は苦笑した。

 残念ながら、泥棒を働く冒険者も一定数いる。

 私たちが品行方正だとはいわないが、こういう輩よりはマシだと思っていた。

「あとは私たちに任せて下さい。ゆっくり休んで下さいね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 とりあえずテントに戻ると全員が寝袋から出て臨戦態勢を取っていたが、メリダだけ寝袋から出られずバタバタしていた。

「いつもの泥棒冒険者だよ。大したことはないみたいだから、大丈夫だよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そっか、よくいるアレか」

 リナが笑った。

「あの、大丈夫ですか?」

 こういった事に不慣れなのだろう。

 メリダが不安そうに声をあげた。

「うん、あの二人がいれば問題ないよ。怖かったら、鞄の中をみて」

 私は笑った。

「えっ、鞄の中ですか?」

 やっと寝袋から出たメリダが、脇に寄せてある自分の鞄を開けた。

「な、なんですか、これ!?」

 そこには、持ち運びに便利な小型拳銃が入っていて。それを取り出したメリダが、ワタワタしながら私に抱きついた。

「ごめんね、メリダと出会った時に入れたんだよ。いくらなんでも、丸腰じゃ歩けないからね。いざとなったらそれをみせて牽制すればいい。誰でも一瞬ビビるから、その隙に誰かが危険を排除してくれるよ。まあ、撃てた方がいいから、ビスコッティかアリスにみっちり仕込んでもらうけどね。魔法はダメみたいだから」

 私は抱きしめて小さく笑った。

「は、はい、分かりました。なぜ、魔法が使えないと……」

「みえないだろうけど、私の肩には四大精霊が全て集まって乗ってるの。普段は風の精霊だけ残っているんだけど、変わった精霊力の持ち主が現れたからユイが呼んだんだよ。あっ、ユイっていうのは風の精霊ね」

 私は笑った。

「そ、そんな事が……。姿は見えないのですか。私の目では、薄らと陰のように見えていますが、これが精霊ですか?」

「そっか、ある程度はみえるんだね。そう、全員が集まって相談したけど、どの精霊力も魔法を使えるほどではないし、無理に力をあげると壊れちゃうって結論がでたみたい。だから、精霊系魔法は諦めて」

「はい、分かりました。もとより魔法は苦手なので、これは困りません」

 メリダが私から離れ、手にある拳銃をマジマジとみつめた。

「……撃てるかな。でも、嫌だな」

 メリダがそっとため息を吐いた。

「撃てるかなではないぞ、撃つんだ。誰にでも身を守る権利がある」

 声が聞こえたようで、いつの間にかテントに入っていたアリスが、小さく笑みを浮かべた。

「は、はい!!」

「では、とりあえず持ちかたからいくか。グロック26ね……ちっこいから、私の手には合わないが、ハンドバッグにも入るサイズだし、護身用にはちょうどいいか」

 アリスが銃を床に置いて、メリダの前に座った。

「さて、銃を取る前にまずは心構えだな。いいか……」

 珍しく、真面目にアリスが説教をはじめた。

「こりゃ、長そうだ」

 私は苦笑した。


 説教が終わらないアリスに代わって私が動員され、暗視機能付きの双眼鏡で辺りを見回したが、これといった異常はなかった。

「シノ、いる?」

『配置についている。異常なし』

 忘れてはいけないシノが、闇の中でどこかに息を潜めている事を無線で確認した。

テントと車の周りを、ビスコッティと一緒に回っていると、いきなり派手な爆音が聞こえ、シノが発砲した事が分かった。

 ほぼ同時に私の右肩に痛みが走った。

『敵を撃破。一手遅れた』

「大丈夫、擦っただけだから。それにしても、狙撃までしてくるパーティか。威嚇射撃で逃げる程度じゃないって事だね。シノ、排除できる?」

『捕捉している。林の中に五人。狙撃手がやられて、動揺している様子。今ならいける』

「じゃあ、よろしく」

 闇の中で連続した発砲音か聞こえ、やがて静かな夜になった。

『目標沈黙。引き続き警戒を続ける』

 無線からシノの声が聞こえ、私は小さく息を吐いた。

「ライバルといえばライバルか。こういう争いは嫌だけど、仕掛けられた以上はやり返すだけだね」

 私は苦笑した。


 翌日、日が昇る頃になって、私たちは再び移動を開始した。

 朝の日差しは心地よく、まだ涼しい時間帯なので、私は車の窓を開けて、すがすがしい気分だった。

 車は街道を順調に進み、昼頃になると二号車のビスコッティが無線を入れてきた。

『そろそろお昼です。この辺りは、食堂があるような村がないとメリダに話したところ、この辺りに止めて下さいとの事です。止めますか?』

「そうだね。じゃあ、その辺の草むらで」

 私は車を草原に乗り入れ、助手席から降りると野外調理キットを出そうとした。

「あっ、私の物を使います。大きいので、効率良く作業できます」

 二号車から降りてきたメリダが、確かに大きな野外用キッチンとでもいうようなものを空間ポケットから取り出した。

「これはまた本格的だね。楽しみにしているよ!!」

 私は料理一切をメリダに任せ、折りたたみ椅子とテーブルを取り出して設置した。

 今日は晴天で気温が上がり、この時間はうだるような暑さだった。

「そうだ……」

 私は空間ポケットからタープという布張りの屋根を取りだし、柱を立てて設置した。

 これで、直射日光は防げるだろう。

「さて、どんな料理かな」

 私は笑った。


 今回のメニューは、夏だからこそということで、熱々のカレーだった。

 全員で汗だくになって食べ終わると、スコーンが虹色カラーボールを一個作って、テーブルの上においた。

 程よい涼風に汗を引っ込み、私は笑みを浮かべた。

「暑いのなんの……。でも、美味しかったよ」

「ありがとうございます。料理ならお任せ下さい」

 メリダが笑みを浮かべた。

「よし、ご飯も食べたし先に進もう。この調子なら、明日には着くよ」

 私がみんなに声をかけて片付けを終えると、再び車移動を再開した。

 行きは村があるだびに止まって、サランさんの商売があったために時間が掛かったが、帰りはほぼノンストップで街道を突き進んだので、思いの外早く帰れそうだった。

『九時方向よりゴブリンの群れが接近中。盗賊の姿もみえるので、共闘関係にある模様』

 ビスコッティから無線連絡が入り、リナが急ブレーキを踏んで車を止めた。

「盗賊子飼いのゴブリンか……面倒だな」

 私は剣ではなくサブマシンガンを構えた。

「メリダは私たちの後方にいて、全力で守るから!!」

「は、はい、わかりました。これが、戦闘……」

 メリダの緊張した声が聞こえ、スコーンとリナの攻撃魔法が炸裂した。

 盗賊もあわせて三十名ほどの盗賊団はこれでほぼ半数になり、怖じ気づいたか動きが止まった。

 そこに、またスコーンとリナの攻撃魔法が放たれ……そのまま跳ね返されて戻ってきた。

「まずい!!」

 ビスコッティが叫び、素早く呪文を唱えると、強固な結界が張り巡らされた。

 そこに跳ね返ってきたスコーンとリナの攻撃魔法が命中し、派手な爆音が響いた。

「リフレクトか。厄介だな」

 私は呟いた。

「シノ、魔法使いがいるはず。狙える?」

「ここからでは見えない。移動する」

 シノが対物ライフルを持って、素早く移動した。

「私がメリダを守るから、全員突撃。攻撃魔法は使わないで。リナ、防御魔法をよろしく!!」

 私の声にリナが反応して、全員が青白い光に包まれた。

「パステル、後方は頼みましたよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、アサルトライフルを片手にみんなと一緒に、残ったゴブリンと盗賊の群れに突っ込んでいった。

「よし……」

 私は拳銃を抜き、スライドを引いた。

「あ、あの……」

 メリダがどうしていいか分からないという感じだったので、私は笑みを浮かべた。

「最初はみんなこんなものだよ。私なんて、まともに戦えるようになるまで、三ヶ月はかかったし」

 私は笑った。

「そ、そうですか。なんだか、お荷物みたいになってしまって……」

「そういう事いわない。それに、メリダは美味しい料理を作るのが仕事でしょ。荒事はしなくていいんだよ」

 私は笑みを浮かべた。

『こちらシノ。別動隊を発見。始末する』

 無線にシノの声が入ってきて、連続する大きな発砲音か聞こえた。

「別動隊ね。少しは考えたか……」

 私は苦笑した。

 この別動隊が、事実上の本丸だったのだろう。

 ここからではみえないが、シノが全て倒したようで、今まで動かなかった本体が撤退する動きをみせた。

「あまり深追いしない程度で、なるべく数を減らして」

 私は無線機を片手に、前進して暴れているのが分かるみんなに声をかけた。

「おい、なに甘ったるいこといってるんだ。殲滅するから待ってろ」

 アリスの声が聞こえ、撤退すら許さない勢いで、ゴブリンを連れた盗賊団は一気に数を減らしていった。

「あ、あの、みなさん大丈夫ですか?」

「うん、現場の判断でそういってるから大丈夫。アリスは嘘はいわないから」

 私は笑った。

 結局、突然現れたゴブリン連れの盗賊の集団は壊滅し、逃げる者まで徹底的に叩きのめし、戦闘は終わりを告げた。

 帰ってきたみんなは怪我らしい怪我もなく、無事なことにホッとした。

「うん、久々に暴れたから、鈍っていた体にはちょうどよかった」

 アリスが笑った。

「みんなお疲れさま。大丈夫なら、先を急ごうか」

 私は笑みを浮かべた。


 とんだ邪魔が入ったが、再び車移動を開始した私たちは、街道を快調に進んでいた。

 途中の村を通過しようとしたとき、門に停止を意味する信号旗が立てられ、私たちは村の中程で停車した。

「どうしました?」

 私は窓を開け、近づいてきた若い男性に声をかけた。

「ああ、急病人なんだ。自宅の裏に生えたキノコが美味そうだと、焼いて食べたら高熱が出てしまって手に負えない。助けてくれ」

 男性は困り果てた様子だった。

「分かりました。まずはどんなキノコか教えて下さい」

 私は笑みを浮かべ、車から降りた。

 みんなで車を降り、その病人の自宅付近を見回すと、確かに茶色いキノコがたくさん生えていた。

「これは、ドクツルハリガタケという毒キノコです。急いで処置しないといけません」

 メリダが頷いた。

「分かるんだ」

 私は一本キノコを引き抜いた。

「あっ、だ、だめです、それに触ったら!?」

「……あっ」

 メリダの声と共に、私の意識は吹き飛んだ。


 気が付くつくと、私は診療所のベッドに寝かされ、もの凄い頭痛に辟易した。

「あれ。どうなったの……?」

「この馬鹿たれ。一緒に病気になってどうする。変なモノにやたら触るな」

 アリスが苦笑した。

「全くです。それでも冒険者ですか。ビシバシしないとダメです!!」

 ビスコッティが私の頬をビシバシ引っぱたいた。

「や、やめて、頭痛で死にそう……」

 私は掛け布団を、頭までかけて沈黙した。

「もう薬を注射してあるので、あと一時間くらいで頭痛はやむそうですよ。リナがいっていました」

 メリダの声が聞こえ、私は半分だけ顔を出した。

「これで、少しはわかったかな。冒険の鉄則、やたらと触るな」

「偉そうにいうな!!」

 アリスが私の額にゲンコツを落とした。

「……だから、やめて」

 私は泣きたい気分だった。

 全くもって、リーダーがこれではいかん。

 ちょっと、ヘコんでしまった。

「そういえば、病気の人は……?」

「とっくに治っています。あのキノコは、全て焼き払いました。あとはあなたの回復だけです。あとでもう一回ビシバシします!!」

 不機嫌そうなビスコッティが、私の鳩尾に拳を当てた。

「ほげっ!?」

 ……酷い。さすがに思った。

「当てただけです。さすがに、めり込ませたりはしません」

 ビスコッティが苦笑した。

「お願いだから、お説教はあとにして。頭が……」

「まぁ、まさか触れただけでこうなるとはな。よく、食ったヤツは平気だったな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「あの……他のみんなは?」

「エアコンが効いて、涼しい車内で待機中だ。頭痛以外は、もう問題ないらしい」

 アリスが笑った。

「はぁ、お腹空いたな……」

 私が思わず零すと、すかさずビスコッティが弁当を差し出した。

「はい、お弁当です」

 ビスコッティが笑った。

「あれ、いつの間に。ありがとう」

 私はそれを受け取り、お腹の上に乗せて頭痛が止むのを待った。

 結局、予想より早く頭痛は三十分ほどで解消した。


 思わぬトラブルで、村を出発したのはもう夕方だった。

 別に期限があるわけではないが、なるべく早く帰りたいのも事実だったので、今夜は徹夜で走る事にした。

 程なく日が沈み、周囲の景色が闇に包まれると、ヘッドランプが照らす明かりだけが頼りだった。

 この時間になると、遠方に向かう夜行長距離バスの出発時間と重なるため、数台の大型バスとすれ違った。

「あー……。なんかヘコんだ」

 私は俯き、思わず呟いてしまった。

「こら、リーダーがそれでどうする。メンバーが路頭に迷うぞ!!」

 ハンドルを握るリナが笑った。

「あの、甘い物です」

 ララが後部座席から板チョコを渡してくれたので、私は受け取って一口食べた。

「甘くて美味しいは?」

「……甘くて美味しい」

 ララが笑顔になった。

「はぁ、ヘコんだところで意味がないか。気持ちを切り替えよう」

 私は小さく息を吐き、頭を横に振った。

「その調子です。元通りに治らなかったら、私がもう一発ぶん殴らないとダメかなと思っていました」

 シノが笑った。

 ちなみに、私が治って診療所から出た途端、額に怒りマークを浮かべたビスコッティに捕まり、三十分近くビシバシされたばかりである。

「あのね、殴って直さないで……。まあ、いいや。ここはどこだ?」

「こら、マッパーがそれでどうする。黄金街道を跨いですぐだよ。それより、そろそろ眠いんだけど、その辺りで仮眠したいな」

 リナが笑みを浮かべた。

「そうだね。ちょっと休憩しようか」

 私は後方の二号車に無線連絡を入れ、リナが車を草地に乗り入れて止まった。

「お疲れさま!!」

 私はリナに声をかけ、車から降りた。

 外の空気を吸っていると、スコーンが黒いカラーボールを大量にばらまいた。

「二時間で消えるよ。眠気覚まし!!」

 スコーンが笑った。

 漂ってきた強烈なミントの香りが、半分眠っていた頭を覚醒させたが、今日の前進はここまでと判断した。

「よし、頭も冴えたしテント張るよ。これ以上は危険だから、仮眠を取ろう」

 私はみんなに指示をだし、カンテラの明かりで大型テントを張った。

 普段から迷宮の闇の中でテントを張っているので、こういうのはお手の物だった。

 急ピッチでテントを張り、私たちは中に入った。

「仮眠するだけだから、見張りはいらないかな……」

 なんとなく呟くと、アリスが私の頭をコツンと叩いた。

「おいおい、寝ぼけるんじゃないぞ。仮眠だろうがなんだろうが、私は見張るぞ。ビスコッティもな」

 アリスは笑みを浮かべ、寝袋に入ろうとしていたビスコッティをビシバシしてから、ズルズル引きずっていった。

 しばらくして、なにか大騒ぎしている様子だったので、テントの出入り口からみると、アリスとビスコッティが派手に組み手をしていた。

「……なんだ?」

 まあ、眠気覚ましなのだろう。

 そう結論づけて、私はそっと横になった。

 しばらくウトウトしていると、なにか美味しそうな香りがしてきたので、私は起きて寝袋から出た。

 テントの出入り口付近ではメリダが甘酒を作っていて、それをアリスとビスコッティが和やかに飲んでいた。

「温かい飲み物は、心を安らがせる効果があります。パステルも一杯いかがですか?」

 メリダが紙コップに甘酒を注いでくれたので、私は座ってそっと飲んだ。

 温かで柔らかい甘みが心に染みた。

 私は地面に座り、夜空を見上げた。

「……私はあらゆる場所で、迫害を受けてきました。あの村でさえ、どこか浮いていたんです。しかし、それで冒険者になったわけではありません。広く世界をみたくなったのです」

 メリダが苦笑した。

「まあ、冒険ってのは、人それぞれだからね。私と似たような理由だね。今や迷宮を中心にした行動をしてるけど、最初は当て所なく放浪していたんだよ」

 私は小さく笑った。

「そうですか。私はこのパーティの一員です。指示に従います」

 メリダが笑った。

「それだけじゃダメだよ。私をビシバシしてね!!」

 私は笑った。

 しばらく無言で夜空を見上げていると、バタバタと重低音が聞こえヘリが一機着陸した。

「ん、陸軍のヘリだな。焦げ臭い。故障か?」

 双眼鏡を覗いていたアリスが立ち上がり、降りてきた乗員と話をはじめた。

「なんだろ?」

 私は立ち上がって、明かりの光球を打ち上げ様子を覗った。

 確かに焦げ臭く、エンジンから黒煙を吹いていた。

「……なるほど、撃たれたか。最近の盗賊は無茶をするな。ビスコッティ、直せるか?」

 アリスがビスコッティを引っ張っていった。

「はい、どうでしょうね。エンジンが片方完全に死んでいます。やるだけやってみましょう」

 ビスコッティが呪文を唱えはじめた。

 私は小声でウンディーネを呼び出し、ビスコッティの肩に乗るように伝えた。

 ウンディーネがビスコッティの肩に乗った瞬間、周囲に散っていた青い光が一点に集まると、壊れたヘリのエンジンを貫いた。

「あれ、私……」

 ビスコッティの肩からウンディーネが消え、ビスコッティは不思議そうな表情を浮かべた。

 ……物質再構成魔法。

 より強力な回復魔法を求めて、ビスコッティが研究している課程で偶然生まれたもので、構造が分かっているものであれば、どこか壊れても直す事ができる対機械用の回復魔法ともいえた。

「直ったか?」

「恐らく直ったかと。試運転をお願いします」

 ビスコッティの声に乗員が頷き、コックピットに戻った。

 アリスとビスコッティが機体から離れると、排気口から魔力エンジン固有の青白い光を吐きながら、ヘリは夜空に向かって飛んでいった。

「うん、直ったな」

 アリスが笑みを浮かべた。

「おかしいな、あんなに強力だったかな……」

 自分の両手をみながら不思議がるビスコッティを目にして、私は小さく笑みを浮かべたのだった。


 仮眠を終えた私たちはテントを撤収し、再び車移動を開始した。

 まだ眠そうなリナに代わり私が車のハンドルを握り、ひたすら夜道を走り続けた。

 延々と走っていくと、例の町ごと吹き飛んでしまって、鉄板で迂回路が作られた地点に差し掛かった。

 街道警備隊のパトカーや戦車隊が居並ぶ姿を脇目にゆっくり走り、誘導に従って私たちは街道に戻った。

「全く、酷い事をするな……」

 私は小さく鼻を鳴らした。

「まあ、田舎ならバレないと思ったんでしょ。捜査状況は気になるけど、無用に引っ掻き回す事はないよ」

 リナが欠伸混じりに呟いた。

「それはそうだね。プロに任せるべきだ」

 私は苦笑して、車を進め再び街道に戻った。

 その後の行程は順調で、夜明けにはアレクの町がみえてきた。

「よし、帰ってきたぞ。今回はまあ、楽だったかな」

 私は笑った。


 家に帰るとメリダが目を見開いた。

「こんな立派なお屋敷を……」

「中古で安く買い叩いたんだよ。入ろう」

 私は笑った。

 みんなで家に入ると、さっそくメリダの寝室を決め、アリスが拳銃の使い方を教えると、さっそくメリダを庭に連れ出した。


 私はというと、リビングに盗賊団から奪い取ったお宝を床に山積みにして、懇意にしている買い取り屋の到着を待っていた。

 こういうお宝を現金化するためには、その道のプロに任せる。これが基本だった。

 しばらくすると玄関の扉がノックされ、白髪交じりのおじさんが入ってきた。

「おっ、きたきた!!」

 私は笑った。

「なんじゃ、凄いお宝が手に入ったと、朝っぱらから叩き起こして。大型トラックと十分な人足も用意した。では、買い取り査定に入ろうか」

 おじさんは笑みを浮かべ、さっそくお宝の鑑定をはじめた。

 貴金属製品はともかく、絵画になると値段が分からないので、ここはお任せだ。

 提示された言い値で頷く。これが、このおじさんとの付き合い方だった。

 量が多かったので、査定には時間が掛かり、終わったものから次々と運び出され、提示された金額は予想より多かった。

「これでいいな?」

「今まで文句いった事ないでしょ。もちろん、いいよ」

 私は頷きおじさんが出ていくと、テーブルの上に積まれた札束を八等分にして、残った端数を共有財産の箱に入れた。

「さて、みんな終わったよ!!」

 私が声をかけると、家の中にいたみんなはそれぞれの札束を自分の空間ポケットにしまった。

「あとは、アリスとメリダだね」

 しばらく待つと、アリスとメリダが戻ってきた。

「まずは構え方からだ……。おっ、仕事が早いな」

 アリスは自分の札束の山を空間ポケットに入れ、メリダの肩をそっと押した。

「あ、あの、この大金は?」

「今回の依頼で手に入れた臨時収入だよ。もうパーティーメンバーなんだから、いらないっていっても無理やり渡すよ!!」

 私は笑った。

「そ、そ、そんな、なにもしていないのに……」

「ほら、空間ポケットを開いて!!」

 メリダは困惑しながら、その札束を空間ポケットにしまった。

「あの、これは本当に……」

「いいからいいから。ちゃんと均等に分けたよ。ズルはしてないから!!」

 私は笑った。

「は、はい、ありがとうございます」

 メリダがカクカク頷いた。

「さて、朝食だね。メリダ、よろしく!!」

 私は笑ったのだった。

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