第12話 商売はどこでも

 次の村までは、ほんの数時間の距離だった。

 荷物満載のトラックは歩みが遅かったが、それでも約三時間後には村がみえてきた。

「またここで商売かな。なかなか進まないね」

 私は笑った。

「それが仕事だからね。無理もない!!」

 ハンドルを握るリナが笑った。

 双眼鏡で眺めてみると、櫓の上で手を振っている人がみえた。

 よほど、商隊の到着が待ち遠しかったのだろうか。

 まだ少し距離があるのに、花火まで打ち上げての大歓迎である。

 これには、私も驚いてしまった。

「こりゃ大変だ。下手な事はできないよ!!」

 リナが笑った。


 私たちの隊列が村に入り、ちょっとした広場に車を入れると、サランさんが商売をはじめた。

「いや、助かったよ。私は村長のカレダという者だ。村で一台しかない車が壊れてしまってな。アレクに買い出しにも行けず困っていたのだ」

 まだ若いお兄さんが自己紹介の後、笑みを浮かべた。

「それはなによりです。私は護衛隊のリーダーをやっているパステルです」

 私も自己紹介した。

「そうか。これは可能ならであればの話だが、車の修理もお願いしたい。どうだ?」

 カレダさんは困り顔で、広場に駐めてあるピンクに白玉模様の、なんだか可愛いが使い込まれた感のあるピックアップトラックを指さした。

「そうですね……。ちょっと待って下さい」

 私は何気なく買い物客たちを監視していた様子のアリスに声をかけた。

「おーい、アリス。車を直してほしいんだって。できる?」

「ん、状態にもよるがある程度はできるぞ。どこだ?」

 近づいてきたアリスと一緒にカレダさんに案内されて、私たちは車に向かった。

 鍵は開けっぱなしのようで、カレダさんが車の扉を開けると、アリスがワイヤーを引いてボンネットを開けた。

「まずは、エンジンをかけてみるか。パステル、鍵を借りてくれ」

 アリスがエンジンの様子をみながら、そう声を駆けてきた。

「分かった。カレダさん……」

「鍵は運転席のサンバイザーに置いてあります。村の共有財産なので」

 カレダさんのいう通り、運転席側のサンバイザーを下ろすと、鍵が転がり落ちてきた。「アリス、いくよ!!」

 私はサイドブレーキとギアがニュートラルになっている事を確認し、キーを回してエンジンをかけようとした。

 すると、カカカカとなにかが空回り擦る音が聞こえ、私は小さく息を吐いた。

「バッテリ切れです。まずは、新しいバッテリを調達しましょう」

 私は運転席から降りて、サランさんを探そうとしたが、もうそこに立っていた。

「いや、商売のニオイがしたもので……。車用のバッテリですね。えっと、サイズは……」

 サランさんがアリスの隣でバッテリのサイズを確認している様子で、すぐに頷いた。

「このサイズなら在庫があります。しかし、もう一つ大きなバッテリをつけた方が、余裕ができていいですね。お値段は……」

 サランさんが電卓を叩いた。

「ここからお値引きします。こんなもので……」

「分かった、それで頼む」

 サランさんがトラックに戻り、重たいバッテリーをせっせと運んできた。

「よし、取り付けは私がやろう。古いバッテリはどうするんだ。その辺に捨てられないぞ」

 アリスが工具でバッテリに繋がっている端子を外し、新しいバッテリに交換しながら問いかけてきた。

「それは、私たちで責任をもって処分します。そのお代も含まれていますので」

 サランさんがニコニコしながら答えた。

「そっか、ならいい。パステル、もう一度かけてくれ」

「分かった」

 私は再び運転席に乗り、キーを捻ってエンジン始動を試みた。

 すると、魔力エンジン特有の金属音が聞こえ、無事に修理が完了した。

「これでいいだろう。あとは任せた」

 アリスが工具類を空間ポケットに放り込み、大騒ぎのトラックの方に向かっていった。「これは、ありがたい。少ないが礼金だ」

 カレダさんが財布を取り出そうとした時、私は笑みを浮かべてそれを止めた。

「サービスにしておきます。専門家ではないので、責任は負いかねませんので」

「そうか、ありがとう。これで、やっと買い出しができるな」

 カレダさんが笑った。


 村のみなさんの買い物が一段落ついた頃になると、今度は徒歩や車で移動している冒険者と思しき面々が、不足物資の買い出しをはじめた。

 その様子を監視がてら見ていると、食料は水がほとんどだったが、なぜか低温蝋燭や鞭などを買っていく男女ペアの冒険者たちがいたり、よく分からない変なモノを買っていくよく分からない人がきたり……。まあ、商売は順調そうだった。

「へぇ、売るだけじゃなくて買い取りもやるんだね。知らなかったな」

 サランさんの商隊は、売るのはもちろん冒険者が持ってきた財宝などの買い取りもやっているようだった。

「買い取った物は、どこかで売る。これが、基本てすよ」

 サランさんがニコニコしながら、呟くようにいった。

「では、サランさん。私の装備を見繕って下さい。今はありがちな革鎧ですが、これでは心許ないので……」

 私が笑みを浮かべると、サランさんはにこやかに笑みを浮かべた。

「それでは、見繕ってみましょう。胸の部分だけ覆うアダマント製のプレートがありますが、いかがでしょうか。お持ちします」

 サランさんがトラックに向かい、商隊のメンバーとともに装備を持ってきた。

「ご一緒にこの戦闘服などいかがですか。ゴワゴワするかもしれませんが、防刃性能が高いです。あとは、先ほどお話しした胸当てです」

 戦闘服と聞いて、よくビスコッティやアリスが着ている迷彩柄だけかと思ったが、ごく普通の服という感じで目立たないような色合いも豊富だった。

「分かりました。これを購入します……あれ?」

 いつでもどこでも白衣のスコーンが指を咥えてみていて、そのうちパーティ全員が指を咥えて私をジッとみていた。

「あ、あの……。いいから好きなの買えば?」

 私が苦笑すると、みんな一斉に買いものに走った。

 その代金は青い竜団のアジトから回収したお宝で支払い、共有財産に回す分を少し減らすことにした。

 こういった装備類は、基本的に共有財産からお金をだすのが、私のパーティでは当たり前だった。

「おっ、全員でイメチェンしたね!!」

 私は装備一式を揃えたみんなをみて、思わず笑った。

 スコーンはやっと白衣をやめて普通の冒険者に見えるようになり、アリスはついでにM60機関銃まで買って、やる気満々だった。

「はい、迷彩柄の戦闘服しかなくて少し困っていたのです。せめて黒が欲しかったのですが、なかなか売っていなくて……。でも、これで大丈夫です。

 今は複雑な迷彩柄が描かれた戦闘服を着込み、ご機嫌な様子のビスコッティは様々な色がある戦闘服も次々に購入していった。

 まあ、せっかく近くに商隊があるなら買ってよし。

 私は笑った。


 装備も変えて気分一新。

 買い物ラッシュが終わり、最後のお客さんが帰ったあと、サランさんの商隊は手早く片付けて出発の準備をはじめた。

 私たちも車に乗り込み、隊列を組んで村をあとにした。

「もうすぐで、エルフのテリトリーを通過するね。街道が通ってるし、人間とは友好関係だっていうから、問題はないと思うけど、警戒はしておこう」

 私は腰から拳銃を抜いてマガジンの残弾を確認し、再びホルスターに戻した。

 街道はやがて草原地帯から森林地帯に入り、もうすぐエルフのテリトリーを横断する事になる。

 今のところなにもないが、私は少し神経を尖らせた。

 エルフというのは森の妖精ともいわれる種族で、人間に極めて近い姿形をしている。

 人間とはなんとなく壁があり、中には好戦的な部族もあるが、ここのヒラル族はなるべく戦いを避ける穏健な部族だった。

 森林地帯に入って程なく、道路を塞ぐように二人のエルフが手を振っていた。

「止めて!!」

 私はリナに声をかけ、助手席から降りて二人に近寄っていった。

「どうしました?」

 私が声をかけると、二人とも頭を下げた。

「急ぎのところ申し訳ない。集落で流行病が発生してしまったんだ。商隊なら薬があると思ったのだが……」

 男性と女性のうち、男性の方が服の腕をまくって肌を見せた。

 肌が白いうろこ状になり、こうしている間にもポロポロと剥がれた皮膚が路面に落ちていた。

「白鱗病か……」

 白鱗病とはエルフ固有の流行病で、こうして肌が剥けていく事からはじまって、最後には死にいたるという重病だった。

 人間には感染しないが、だからといって放置はできないだろう。

 私は胸ポケットの無線機を取って、隊列の後方にいるビスコッティに話しかけた。

「ビスコッティ、白鱗病の薬って作れる?」

『はい、材料があれば簡単にできますよ。どうしたのですか?』

 私はビスコッティに事の次第を話した。

『そうですか。放ってはおけませんね。手持ちの材料で……あっ、足りないです。どうしましょうか……』

「それならサランさんに聞いてみる。なにが足りないの?」

 私はビスコッティが上げた材料をメモに書いて、それをただならぬ事と察したようで、トラックから降りてきたサランさんに、事の次第を説明しながらそれを見せた。

「はい、全部揃っています。急ぎましょう」

 サランさんがトラックに戻り、私は二人に薬を作れる者がいると伝えた。

「ありがとう、集落までは車でいけます。そこの林道を曲がって真っ直ぐです。私たちは先に戻ってみんなに話を通すので、よろしくお願いします」

 二人の姿がさっと森に消え、私たちはお世辞にも広いとはいえない林道をガタガタ走っていった。

 しばらく進むと、門が開けられたこぢんまりした集落の姿がみえてきて、私たちは集落内で車を止めた。

 車を降りるとなんともいえない腐臭が漂い、消毒薬のツンとしたニオイが混ざって、気持ち悪くなってしまった。

「これはキツいね……」

 思わず呟いてしまうと、後方からやってきたビスコッティにゲンコツを落とされてしまった。

「一番キツいのは患者さんです。では、薬作りをはじめましょう。スコーン、手伝いなさい」

「……はい」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、慌てた様子で真顔になった。

 サランさんから特別価格で譲ってもらった材料を集め、ビスコッティは集落の素朴な外観をした診療所に入っていった。

「スコーン、早く!!」

「……はい」

 広場に置かれた材料をスコーンがせっせと診療所に運び、程なくミントのようなニオイが漂いはじめた。

 三十分くらいだろうか。診療所から出てきたビスコッティとスコーンは、大量の注射器を持って、まだ生きている患者に次々に注射していった。

「この薬は即効性があります。三十分もすれば、効いてくるはずです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならよかった。あとは、片付けっていったらあれだけど、もう亡くなった方の弔いをしないとね。また、新しい伝染病が発生しかねないから」

 私は小さく笑みを浮かべた。


 数えても十数人の集落の事。

 再感染の危険もあるので、家の中にあった遺体を運び出す作業は私たちがやった。

 総計五名分の遺体を村の中央に集めると、他の皆が遺体を取り囲んでなにやら儀式をはじめた。

「これは『送魂の儀式』かな。初めてみるけど……」

 話は聞いたことがあるが、これをみるのは初めてだった。

 エルフの唯一神エテルバードから頂いた魂を再びお返しするという意味合いのもので、人間でいえばこれが葬儀に当たる。

 口々に呟かれる呪文のような言葉を聞いていると、こちらも背筋が伸びる思いだった。 やがて儀式が終わり、私たちは導かれて遺体に向かった。

「ここはエルフ式か……」

 私は目を閉じて呪文を唱え、他のみんながそっと手をあわせて頭を下げた。

 呪文を唱えるにつれて遺体の姿が薄くなり、スッとその姿が消えた。

 これは、私が使える唯一のエルフ魔法で、肉体を分解して魂を取り出すというものだった。

「ふぅ、成功した。エルフにしか効かないし、本来はここの司祭がやるものだけど、亡くなっちゃったからね」

 私は額の汗を拭いた。

 要はこれが使える司祭が亡くなってしまったので、以前教えてもらったこの魔法を使える私に白羽の矢が立ったというわけだ。

 みんなの祈りはそれを補助する役目があり、私たちだけではなく、集落全員で祈りを捧げた結果だった。

「さて、これでいいね。あとは任せて、私たちは退散しよう」

 エルフは必要以上に集落に人間がいることを好まない。

 薄情なのではなく、そういう価値観だと思って頂きたい。

 私たちは車に乗り、集落のみんなから祈りを捧げられながら、林道を走っていった。

「さて、街道に戻ったぞ。なるべく明るいうちに、次の村にいきたいな」

 私は笑ったのだった。

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