第10話 仕事です
翌朝、列車は無事にアレク駅に到着した。
改札で切符を渡して駅から出ると、ちょうどいい時間帯だったので、私たちはユイがいつも情報収集に行ってくれる、町で一軒の大きな酒場に立ち寄って朝食を取る事にした。
店内に入ると二十四時間やっているだけあって、夜から飲んでいたであろう酔客などがポツポツいる程度で、時間帯も早朝に近いので、まだこんなものだろうと思った。
適当なテーブルに座って人数分の朝定食を頼んでしばらく待つと、ウェイトレスさんが料理を運んできてくれた。
「あっ、いつもの情報屋さんがいます。聞いてきますね」
肩に乗っていたユイが、店内のどこかに飛んでいった。
「さて、いいネタがあるかな」
私は笑みを浮かべた。
「そうそうないでしょう。まあ、ゆっくりしましょう」
ビスコッティが笑った。
食事を終えようとした時、ユイが戻ってきた。
「商隊護衛の仕事があるそうです。出発は今日のお昼で、カランザシティまでです。受けますか?」
ユイが笑みを浮かべた。
「分かった。報酬は?」
私は笑みを浮かべた。
「二百クローネです。お小遣い稼ぎにはいいかと……」
「分かった。受けるよ。カランザシティか……結構遠いな」
カランザシティは、この南部地域では最大の街である。
一般的な商隊は途中の村や町で物資の買い取りや販売もするので、場合によっては一週間は掛かるだろう。
報酬は安いが、護衛の依頼なんて大体こんなものだった。
「よし、これも冒険だね。みんな、気合い入れよう!!」
私は笑みを浮かべた。
家に帰って仮眠して、シャワーを浴びた頃には、ちょうど昼近くになっていた。
「みんな、準備ができたらいくよ!!」
私はみんなに声をかけ、待ち合わせ場所の町の広場に向かう事にした。
この家には広いガレージがあって、全て中古で揃えた様々な車両があるが、商隊がトラック三台で移動していると聞いたので、当然ながら車移動になる。
よく使う屋根も扉もないボロボロの四輪駆動車では、ちょっとばかり心許なかったので、これまた軍のお下がりである、ゴツい大きめの四輪駆動車にした。
車体が大きいわりには四人しか乗れないため、車は二台使う事になった。
私が乗る先頭の一号車には私とリナとシノ、ララ。最後尾につく二号車はビスコッティ、スコーン、アリスという割り振りをした。
車のエンジンがかかると轟音が響き、ハンドルを握るリナがゆっくり車をガレージから出した。
二号車も続き、助手席の私は無線のチャンネルを確認してマイクを取った。
「こちら一号車。無線チェック」
『二号車だよ。感度良好!!』
スコーンの元気な声が返ってきて、私は笑みを浮かべた。
二台連ねて門を出ると、いつも通りお隣のトロキさんが門扉を閉めてくれ、手を振ってお見送りしてくれた。
私は助手席の窓を開けて手を振って応え、シートに座り直してベルトをしめた。
鞄からマップを取りだし、カランザシティまでの街道をチェックしていると、町の広場に大型トラックが三台並んでいるのがみえ、一人のオッチャンが手を振っているのが目にみえた。
トラックに近づいてリナが車を止めると、私は助手席から降りてオッチャンに近づいていった。
「やあ、今回は頼むよ」
オッチャンはにこやかな笑みを浮かべた。
「リーダーのパステルといいます。これがライセンスです」
私は冒険者ライセンスを取りだして提示し、オッチャンが頷いた。
「ところで、七人と聞いていたが、私は全額前金で依頼料を支払う主義でね。少ないがこれを……」
オッチャンが差し出した封筒を受け取り、さっそく中身を確認すると十四万クローネも入っていた。
「あれ、二百クローネでは……」
「そんな事をいったのは誰ですか。子供お小遣いにもなりませんよ。一人二万クローネです。合わせて十四万クローネ。ご確認を」
オッチャンが笑い、私は半不可視状態のユイを真顔で見つめた。
「……てへっ」
なにか照れ笑いしたユイにデコピンをしてから、私は笑みを浮かべた。
「確かに頂きました。では、私たちは準備が出来るまで待機します」
「はい、よろしくお願いします。おっと、私はサランというものです」
オッチャンことサランさんが握手を求めてきたので、私はそれに応じた。
ちなみに、普通はもう一人のユイは見えないので、実質的には七人になる。
人数分纏めていくらという依頼が多いのだが、一人二万ならなかなかオイシイ仕事だった。
「では、商品と物資の積み込みがあるので。ここのマーケットは新鮮で安くていいですね」
サランさんは笑みを浮かべた。
基本的に商隊は決まった拠点を設けず、気ままに町や村を回り、販売と同時に名産物を仕入れては、他の町や村で売るという繰り返しで、ずっと旅を続ける冒険野郎だった。
なかなか憧れる仕事ではあったが、私たちはあくまでも『ダンジョン・ハンター』と呼ばれる種類のスタイルに拘っていた。
つまり、迷宮攻略を得意とするパーティではあったが、そうそう迷宮など見つかるわけではなく、普段はこうして護衛などの仕事で糊口を凌いでいた。
さて、準備が整いサランさんから出発を告げられると、荷物満載で倒れそうな三台のトラックたちの先頭に私たちがつき、後方に二号車がついた。
石畳で舗装された街道を進むうちに、反対側からやってきた三人組の冒険者と思しき人たちが手を上げた。
こちらからいうまでもなく、冒険者ライセンスを手にして振って見せたので、私は停車した。
後続のトラックも停車し、私は助手席から飛び降りて、三人組に近寄った。
バックアップで二号車のアリスがそれとなく拳銃を抜く素振りをみせ、私は笑顔で三人組に近寄っていった。
「悪い、食料を売って欲しい。それと、この先に町はあるか?」
「はい、ありますよ。アレクという田舎町で、私たちはそこを拠点にしている冒険者です。食料が必要ですか?」
「ああ、三人食われて装備もなくした。もう三日なにも食べていないんだ。今すぐ欲しい」
そのパーティの男性が苦笑した。
「そうですか。グッドラック」
これは冒険者同士のお約束で、仲間の誰かが死んでいるパーティに出会ったら、これをいうのだ。
「ああ、ありがとう。それより、なんでもいい。食事を取りたい」
小さくため息を吐いた冒険者に頷き、私はさっと右手を挙げて親指を立てた。
すると、トラックからサランさんをはじめとする商隊のみんなが降りてきて、冒険者三人から話を聞き始めた。
「分かりました。では、あまり消化によくないものはやめましょう。えっと……」
サランさんが商売をはじめ、私たちは全員車から降りて全方位警戒の態勢に入った。
「俺たちは運がよかった。まさに、グッドラックだったな」
ヘロヘロだった三人組が生気を取り戻し、町の方に向かっていく頃には、サランさんたちはあっという間に片付けをはじめ、私たちも車に戻った。
「さて、いくよ!!」
私は笑った。
カランザシティまでは、順調にいっても往復で三日は掛かる。
私たちの車列は特にトラブルもなく、順調に進んでいた。
「さて、そろそろいいでしょう」
肩の上のユイが小さく笑い、私の体が光った。
ピリッとした痛みが走り、左手の甲になにか不思議な文様が入れ墨のように浮かんでいた。
「こら、またイタズラ?」
私は苦笑した。
「いえ、真面目な話です。私たち四大精霊全てで話し合って決めた事ですが、私たちはこの世界の絶対的なルール……『理』の代弁者のようなものです。よくあるでしょう、この魔法は発動すらしなかったとかなんとか。あれは、局地的に理をねじ曲げる魔法というものを、そのくらいならいでしょうと、私たちが判断して許可というと偉そうですが、そんなニュアンスでOKだったりNGを出したものなんです。その手の紋章は、そんな許可なしに、無制限でやっていいという信用の証のようなものなんです。その代わり、分かっていますよね?」
ユイが小さく笑った。
「全く、変なプレッシャーかけないでよ!!」
私は笑った。
「はい、責任重大ですよ。間違えたら、世界が崩壊しかねませんから。まあ、仲がいいからという理由ではありませんよ。あくまで、厳正に審査した結果です。今頃、ビスコッティ、スコーン、アリスが同じような事になっているでしょう。その紋章は『風』です。それぞれ違うんですよ」
ユイが笑った。
「そういう事ってさ、最初にいっておくものじゃない?」
私は苦笑した。
『あのさ、いきなりなんか火の精霊が現れて、怖い事いって逃げていったけど。ビスコッティもアリスもだよ。なにこれ!?』
無線からスコーンの声が聞こえた。
「ユイの話を聞く限り大丈夫だって。普段通りでいいらしいよ」
『そうなの、そうなの!?』
「うん、落ち着いて。私もユイから食らった。気にしなくていいらしい。今まで通りで」
『ちょうど新魔法を開発していたんだけど、これ困ったな……』
スコーンのうなり声が聞こえた。
「誰にでもミスはあります。ダメなら発動しません。そのための精霊です」
ユイが笑った。
「スコーン、ダメなら発動しないって。安心していいよ」
『そっか、分かった!!』
スコーンの声が聞こえてきたとき、眼前に小さな村が見えてきた。
「さて、まずはここで商売かな」
私は笑みを浮かべた。
やはり村でトラックの車列が止まり、私たちは車から降りてそれとなく周辺を警戒していた。
アレクまで車で一時間もかからないが、全員が車の運転が出来るわけではなく、こういった村では町までの買い出しが大変なので、商隊がくるとこぞって買い物をしていくものだ。
ここも例に漏れず、数十人程度の住人たちが次々と買い物をしていった。
「パステル、平和でいいねぇ」
リナが笑った。
「はい、のどかでいいです」
ララが真新しいマクガイバーの鞘を握りながら、小さく笑みを浮かべた。
「油断はしないでね。こういう時は、なにかが起こるって……」
ビスコッティが買い物客に紛れて酒を大量購入していたので、私が拳銃を抜いてビスコッティを狙った。
瞬間、正気に戻ったビスコッティが拳銃を抜いたので、私はさっと拳銃をしまった。
「……パステル、ビシバシされたいですか。弾を入れた銃を人に向けてはいけません」
真顔で近寄ってきたビスコッティを、私はジト目で睨んだ。
「護衛だよ。ご・え・い!!」
私が怒鳴ると、ビスコッティは大量購入した酒瓶を空間ポケットに放り込み、私にゲンコツを落として離れていった。
「ったく、公私混同するなって。あっ、また買ってる。知らん!!」
誘惑に勝てなかったようで、また酒を買い始めたビスコッティに向け、私はべーっと舌を出した。
なにか、気を遣った様子で、シノがスコープだけでビスコッティに狙いをつけたようで、飛び跳ねて逃げていくビスコッティが、ちょっと笑えた。
「なにやってるんだか……ん?」
村が急に慌ただしくなり、警鐘がぶら下がっている櫓に一人上っていくのがみえた。
「戦闘配置!!」
私は胸ポケットの無線機を取りだして、櫓に上った人が指さした方向をみた。
そちらを首から下げている双眼鏡でみると、無数のゴブリンたちが接近しているのがみえた。
「……商隊がきて物資が豊富なタイミングを狙ったか」
私はハンドシグナルで合図を出し、スコーンとリナが魔法攻撃を開始し、シノが伏せ撃ちの体勢で、ここぞという相手を狙いはじめた。
「この剣自体が魔法剣なので、魔法は込められません。試しにやってみます」
ララがマクガイバーを抜き、横撫に剣を振った。
魔法剣とは、最初からなんらかの魔法がかけられたもの。
ララの一閃は空間を切り裂き、ゴブリンたちを真っ二つに引きちぎった。
「凄いです!!」
ララの目が輝いた。
「さすが、伝説にまでなった剣だよ。凄まじいこと」
私は笑った。
しかし、ゴブリンたちは軽く百体はいただろう。
突撃突貫のゴブリンだからまだいいものの、これで村を囲むような動きをされたら厄介だった。
「それじゃ、私も……『風の刃』!!」
今回はマッパーではないので、私は後列要員だった。
暴風が吹き荒れ、鋭く切れるほどに圧縮された空気の刃が、ゴブリンたちをしたたかに痛めつけた。
しかし、キリがない。
どこかで湧き出ているような勢いで迫ってくるゴブリンたちに、スコーンの魔法が炸裂した。
『光の矢・改!!』
スコーンの両手から巨大な白い光りの奔流が吐き出され、ゴブリンたちのど真ん中に命中して大爆発を起こし、群れを粉々に吹き飛ばした。
爆風で村の柵が一部壊れたが、これでゴブリンたちはほぼ一掃され、残されたゴブリンが逃げはじめたが、護衛が離れてしまっては意味がないので、残党狩りはやらない事にした。
「スコーンの最強の魔法が『光の矢』だって知ってたけど、また威力上がってない?」
私笑った。
「うん、改良している最中だよ。まだまだ甘いけど!!」
スコーンが笑った。
「あれで甘いのね……。まあ、いいや」
私は苦笑した。
こうして、サランさんの商売は夕方まで続き、その間特にトラブルはなかった。
ちなみに、この村には宿がない。
代わりに共同浴場があるので、ここを使わない手はなかった。
「さてと、一風呂浴びてテント張ろうか!!」
私は空間ポケットから一式取りだしながら、小さく笑ったのだった。
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