第9話 帰途にて
今さらながら、この世界にある万物は全て四大精霊の力で創られ、その存在を維持されいる。
魔法もまたそれで、基本的には体内に眠っている四大精霊の力を行使することで、様々な事象を引き起こす。
しかし、世の中には非精霊系魔法と呼ばれる、自分の魔力だけでオリジナルの限定空間を作り出し、なにかを成す魔法もある。
それが、身近なところで空間ポケットなどの簡単なものから、スコーンが得意とする攻撃魔法、ビスコッティが得意とする結界魔法や回復魔法に至るまで、少なからず開発されているのが実情だ。
「うーん……」
帰りの列車の切符を買ってからテントに戻り、私は魔法研究ノートを開いてカリカリ書き込みをしていた。
「なにやってるの?」
スコーンが近寄ってきて、私に問いかけてきた。
「新魔法の開発だよ。特にテレポートは、早急に開発しておいた方がいい気がするんだよね……」
テレポートは瞬間移動の魔法だが、何キロも移動出来るようなものではなく、せいぜい十数メートル移動出来れば十分と考えていた。
しかし、現状では失敗する確率がほとんどで、成功しても数メートル。消費魔力とのバランスを考えると、限りなく失敗に近い代物だった。
「やっぱり、非精霊系は難しい?」
スコーンが笑顔になった。
……これは、語りたくなった合図だ。
私は苦笑した。
「えっとね、非精霊系は……」
スコーンが語り出し、私はそれを聞きながら、カリカリ書き込みを続けた。
「えっと、ここは?」
私はスコーンにノートを見せると、語りながらチラッとノートをみた。
「そこ、変数は二十三じゃなくて二十五。それでね、えっと……」
「ありがと」
私はさっそく魔道方程式の数値を書き換え、電卓を取り出して計算をはじめた。
「ねぇ、これじゃおかしな値が……」
「だから、そこはそれでいいの。そっちの関数をぶち込めば正常値になるから。えっと、どこまで話したっけ……」
……熱心に語っている時のスコーンは、こういう場合はチョロい。
それを、私はよく知っていた。絶対に正解を教えないスコーンでも、こういう場合は気が緩むのだ。
「……だから、非精霊系は難しいんだよ。分かった?」
「うん、分かった。ところで、こんな値が出たんだけど、あってる?」
私は書き込んでいた研究ノートをスコーンに示した。
「しーらない。自分で実験してみるものだよ!!」
急にまともに戻ったスコーンが、笑って離れていった。
「……あってるな。これは」
もうスコーンの行動パターンは、大体把握していた。
研究の結論が間違えていたら、こんな事はいわずに再考を促してくれるのだ。
「さて、呪文が出来たか。あとは……」
私は呪文を唱えた。
瞬間、光りが走ったかと思うと、テントは私たちを乗せたまま数メートル移動した。
「テスト完了。これなら大丈夫そうだね」
私は笑った。
夜になって列車の時間が迫ると、私たちはテントの撤収作業を行い、全てきれいに片付けた。
「みんな、実験するよ!!」
私は呪文を唱えた。
瞬間光りが走り、私たちは居並ぶテントの中に瞬間移動した。
「のわぁ!?」
テント内にいた、みるからに冒険者という出で立ちをの人が、食事の器をひっくり返して驚きの声を上げた。
「お邪魔しました!!」
私は笑って瞬間移動を繰り返し、ゴロンゾの駅まで皆さんに大迷惑をかけながら移動した。
「はぁ、疲れた……」
いくらなんでもこれは無茶だったようで、魔法の完成度を計ることには成功したが、大した事はない私の魔力は限界を迎えていた。
「あの、ビシバシします!!」
ビスコッティが私の頬を、自慢の高速往復ビンタで何発も叩いた。
「なにを考えているんですか。みなさんの迷惑です!!」
ビスコッティが、さらにゲンコツを落とした。
「だって、練習しておかないと……」
「ダメです。またビシバシします!!」
……結局、したたかに引っぱたかれてゲンコツを落とされた私の顔は、きっとジャガイモのようにボコボコになっていただろう。
「そ、そんなに怒らなくても……」
「ダメだよ。迷惑かけちゃったら。私もビシバシする!!」
今度はスコーンが私の顔をビシバシしまくった。
「な、なんで、みんなで……」
「ダメなんだよ。これが攻撃魔法だったら大惨事だよ。魔法を使えるなら、それなりに自制しないと。分かるかな……」
スコーンがふくれっ面で私に説教をはじめた。
「それでまあ、ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
スコーンが笑みを浮かべた。
こんな事をやっている間に列車が入線してくる時間が迫り、私たちは改札で切符を差し出してハサミを入れてもらって受け取り、そのままホームに向かった。
駅弁を買い込み長旅の準備をしていると、程なく入線してきた銀色ボディが眩しい客車に乗り込み、それぞれ割り当てた部屋に入った。
同室のビスコッティがやはり下段ベッドを占領し、私は上段ベッドに上った。
「今回の収穫といえばこれか……」
私は腰の剣を外し、ベッドの上に置いた。
売れば逆に値が付くか心配なくらいの逸品だったが、もちろん売るつもりはない。
こんなものがガロンゾの迷宮などという、冒険者なら一度はいくようなメジャーな場所に眠っているとは思わなかった。
「何度も行ってみるもんだね。これはめっけ物だよ」
私は笑みを浮かべた。
ビスコッティが物静かに編み物をはじめた時、部屋の扉がノックされ私はハシゴを下りて扉を開けた。
そこには、泣いたようなあとがある、ララの姿があった。
「あの、どうしたの?」
私の問いかけに、ララが頷いた。
「どうしても諦められないないんです。マクガイバーを譲ってください。剣士の夢なんです。聖剣とまでいわれる伝説の剣ですから」
ララがグズグズ泣きながら、家の近所にあるうどん屋の永久無料券を差し出した。
「あの、お金がなくてこれしか……」
ララはついに泣き崩れてしまった。
「あーあ、分かったよ。私には過ぎた剣だからね」
私は笑みを浮かべ、うどん屋の無料券を押し返すと、ハシゴを上ってマクガイバーを取ると、それをララに手渡した。
「あ、ありがとうございます。これが、マクガイバー……」
ララは笑みを浮かべ、そのまま通路を走っていった。
「やはり、そうですよね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、当たり前だよ。私と模擬戦をやったとき、ララがマクガイバーに気を取られて、本腰じゃない事は分かっていたしね。剣士は剣が命!!」
私は笑った。
「剣で思い出しましたが、あなたの剣はそろそろ手入れしないとダメですよ。いざという時、折れてしまいかねません」
ビスコッティが笑った。
「そうかな……。正確には、『取れてしまう』でしょ?」
私は使い慣れた自分の剣を抜き、精密ドライバーでひっそり隠してあるビスを回した。
何カ所もあるビスを全て外すと、ミスリルで出来た剣がかぱっと開き、中にある金色の剣が姿を見せた。
「聖剣エクスカリバー。さすがのララも、これは見抜けなかったか」
私は笑った。
かなり前になるが、仲間とはぐれてウロウロしていたスコーンと出会う事にもなった名もなきかなり高難易度の迷宮で、最奥部に眠っていたこの剣を手に入れたのだ。
金ピカであまりにも目立つため、急ぎ作ったのがこのミスリルソードカバー。
カバーといってもちゃんと斬れるし、普段はこれで十分だった。
「剣の使い方もろくに知らないのに、そんな物を持ち歩いても宝の持ち腐れですよ。まあ、パステルらしいですが」
ビスコッティが笑った。
「いいじゃん、別に。さて、確かにヒビが入ってるね。このくらいなら、魔法で直るかな……」
私は『再生』の呪文を唱えた。
正確には魔法ではないが、四大精霊全てに囁きかける事で壊れた物を直すものだ。
ミスリルも四大精霊の力で生み出されたものなので、この程度の欠損なら簡単に直せるはずである。
「よし、直った」
使い込んでボロボロになりかけていたミスリルソードカバーを、再びエクスカリバーの上に被せて鞘に収めた。
ちなみに、理屈上は好き放題なんでも作れるのだが、それは四大精霊全てが拒否するので安心だった。
「さて、もうちょっとで出発時間だね。ビスコッティ、取っておきがあるんだけど飲む?」
私は笑った。
ガロンゾを出発した夜行列車は、順調に鉄路を進んでいた。
私が空間ポケットから、取っておきの酒を次々と出し、ノンべぇのビスコッティが上機嫌で飲む中、私はそのお付き合いもそこそこに、窓際の椅子を引き出して真っ暗な景色を見ながら、さきイカをモソモソ食べていた。
「パステル、キャビアはありますか?」
「……」
私は黙って空間ポケットからキャビアの瓶を取りだし、それをビスコッティが受け取って喜んでいた。
「これで十万クローネ以上だね。あとで、徴収しよう」
私はそっと呟き、こっそり笑った。
まあ、それは冗談として、テレポートの魔法乱発で魔力を削ったせいか、どうにも眠くて堪らなかった。
「はい、危険レベルです。魔力譲渡します」
肩の上のユイが呪文のようなものを唱えはじめ、体の中に活力が戻ってくるのを感じた。
「ありがとう。調子に乗りすぎたね」
私は苦笑した。
しばらくはノンストップのはずの列車が、急に速度を落として草原のど真ん中で停止した。
『お客様にご連絡致します。この先の区間で戦闘が発生しているため、しばらく停車いたします。お急ぎのところ申し訳ありません』
室内に車掌さんの声が届き、ビスコッティが酒を飲む手を止めた。
線路脇には数キロごとに警備隊の詰め所が置かれ、魔物や盗賊などの襲撃に備えて目を光らせている。
だから安心して乗れるのだが、一応警戒しておく事にした。
「さて、どうなるか……」
私はいつでも剣や銃を抜ける心構えをした。
ここでは戦況が分からないが、しばらくするとゆっくり列車が走りはじめた。
「無事に排除出来たみたいだね」
私が笑みを浮かべると、ビスコッティがキャビアを肴に酒を飲みはじめた。
「やはり、お酒はいいですね。疲れている時には、これ以上の薬はありません」
ビスコッティが陽気に笑った。
「しっかし、酒好きは変わらないね。村じゃ一番だったものね」
私は笑った。
あまり大きな声ではいえないが、ビスコッティは未成年のうちから酒を飲みはじめたらしく、成年する頃には故郷の村で一番の大酒飲みに成長してしまっていたそうな。
本当に肝臓が頑丈というか、凄まじい飲みっぷりだった。
「はい、これも才能の一つです。これでも、飲み始めは酔ったものです」
ビスコッティが笑った。
「まあ、程々にね。さて、私は寝るよ」
ユイが魔力を分けてくれたお陰でマシになったが、疲れが抜けない私はハシゴを上って上段ベッドに移動して、ゆっくり休む事にした。
掛け布団をかけてしばらく横になっていると、自然と睡魔がやってきて私は素直にそのまま目を閉じたのだった。
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