第7話 珍獣との出会い

 ……深夜に迷宮にいこうとしたら、スコーンが冒険者ライセンスをどこかに落としたようでなくしていた。

「ど、どうしよう……」

 スコーンが背嚢や鞄をあさり、終いには中身を全部ひっくり返して探したが、全く出てくる様子はなかった。

「しょうがないね。この町の事務所で再発行してもらおう」

 私は苦笑して頷いた。

 ガロンゾの町にある役所には冒険者を相手にしているだけあって、年中無休二十四時間で開いている窓口がある。

 そこで身分証を提示すれば、冒険者ライセンスなどすぐに再発行してもらえるのだ。

「ごめんなさい」

 スコーンがため息を吐いた。

「よくある事です。いきましょう」

 ビスコッティがスコーンの頭を撫でた。

「じゃあ、いこうか」

 ビスコッティがテント周りに結界を張ってから、私たちはガロンゾの町を目指して歩きはじめた。

 ここから約三十分。そこしか、場所が取れなかったのだ。

 みんなでゾロゾロ歩いて町に入ると、その足で役場に向かった。

「えっと……」

 スコーンが用紙に必要事項を書いて窓口に提出すると、冒険者ライセンスは五分くらいで再発行された。

「おぎょ!?」

 窓口の係員から渡されたスコーンのライセンスは、ゴールドからプラチナに変わっていた。

「やってみるもんだね。おめでとう!!」

 私は笑った。

 冒険者ライセンスのランクは、レポートの提出で決まる。

 内容はもちろん文字数も決まっていて、これがなかなか面倒臭いので、ブロンズの熟練冒険者というのがたまにいたりする。

「かえって、なくしてよかったよ。欲しかったんだ、プラチナ!!」

 スコーンが笑顔になった。

 これで、私たちの中でゴールドなのはアリスだけになったが、コイツは自由人なので勧めるだけ無駄だった。

「さて、さっそく迷宮にいこうか」

 私は思わず笑顔を浮かべてしまった。


 迷宮は町外れにある。

 建物といえば建物だったが、四角い物体の一部に穴が開き、そこが出入り口になっている感じだった。

 あまりに有名なので、昔は初心者が挑戦する事もあったようだが、今は厳重な柵も作られ、出入り口にある門で冒険者ライセンスの確認を求められる。

 私たちはなんなく門を抜け、真っ暗な迷宮に入る前にカンテラに火を点した。

 そっと迷宮に入ると、私が先頭に立ち三歩ほど離れてみんなが続くという、いつもの隊形になった。

 クリップボードにはとうの昔にマッピングしたデータを挟んであるが、今もその様子と変わりはないようだった。

「それにしても、冒険者のテントが多いな。大渋滞か……」

 ピークは外しているはずだったが、カビ臭い空気が漂う迷宮の通路には、所狭しとテントが並んでいた。

「どこかのテーマパークか。ここは」

 アリスが苦笑した。

「まあ、三層まではこんな感じでしょ。サクサク進もう」

 あまりに冒険者が集まるため、これまで終点とされていた三層までは、魔物も狩りつくされ、罠も全て破壊されていて、目新しい事はなにもないといえた。

 しかし、油断してはならない。こういう場所で気を緩めると、思わぬところで足下を掬われるのだ。

「それにしても、邪魔だなぁ。隠し扉があるかもしれないのに……」

 私は頭をカリカリしながらため息をついた。

 あまりに冒険者たちのテントが密集しているので、ロクに壁や床を調べられなかったのだ。

「まあ、ここは帰りに調べられたら調べるとして、先を急ぎましょう」

 嫌がらせなのか、やたら臭い魔法薬のようなものをばら撒きながら、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。それにしても、それ臭すぎるよ。なに?」

「はい、マンドラゴラの抽出液と大王カエルを潰したもので作った特製の虫除けです。臭いですが、効果は保証しますよ」

 ビスコッティが笑った。

「ダメだよ、ビスコッティ。みんな気持ちよく寝ているのに」

 スコーンが不満そうにいった。

「こんな場所で寝ているのが悪いのです。さて、ここに用はないでしょう。あっても調べられません。先に進みましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 一層の通路を抜けて階段を下りると、一層よりは少なかったが、相変わらず冒険者祭りの状態だった。

「これじゃどうにもならないなぁ……。いっそ、テントを全部ぶっ壊すかな」

 私はイライラしながら、クリップボードの紙をみながらため息を吐いた。

 しかし、イライラしたら負け。

 私は一回足を止めて一呼吸を置き、ゆっくり進みはじめた。

 ビスコッティは相変わらず、嫌がらせとしか思えない臭い虫除けを撒きながら進み、他のみんなも、それなりに緊張した顔で歩いていった。

 結局、二層も通過するだけに留め三層に降りると、いきなりテントの群れが一気に減った。

「ここまでくれば、さすがに発見されたばかりの四層に挑むか。一度休もう」

 緩みきった神経を元に戻すべく、私はみんなに小休止と伝えた。

「ここまで違う意味で疲れました。一度テントを張っては?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。これからに備えて、軽く打ち合わせもしよう」

 私は笑みを浮かべ、地上に残してきたテントよりは狭くはあったが、人数分きっちり入るだけの中型テントを、邪魔にならない場所を選んで設営した。

「さて……」

 私たちはテントに入り、みんなで車座になって、私が過去にマッピングした情報を中央においた。

「今まではここが終点だったけれど、この先があると分かった以上は、どこかに隠し扉でもあったのかな。気が付かなかったな……」

私は頭を掻いた。

パーティ全員の命を預かるマッピング担当としては、ちょっと許せない事だった。

「まあ、そういう時もあるでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それで、どうするの?」

 リナが問いかけてきた。

「もう一回、この三層をマッピングしなおそうと思ってる。他にも見落としがありそうだから」

 私は嘆息した。

「それもいいけど、先に進んじゃダメかな?」

 スコーンが魔法書を読みながら笑みを浮かべた。

「それもいいけど、まずはここからだよ」

 私は小さく笑った。

「そっか、それじゃもういくの?」

 スコーンが魔法書を閉じた。

「まだまだ、私は資料を整理するから、みんなは適当に休んで仮眠を取ってもいいよ。ちょっと、時間が掛かるから」

 私は笑みを浮かべ、先ほどおいた情報を基に、ここの立体図形を頭に描いた。

「あっ、お手伝いします」

 肩の上に乗っていたユイが呪文を唱え、私の頭に手を乗せた。

 すると、虚空にこのフロアの三次元マップが浮かび、現在地が赤い点で示された。

「ありがとう。助かるよ。えっと……」

 私はその三次元マップを指先でクルクル回しながら、怪しい場所を探した。

「うーん、どこも怪しい場所はないんだよね……」

 私は三次元マップを細かく調べていった。

 こうなったら……と、また魔法書を開いたスコーンをみた。

「スコーン、悪いけど詳細探査魔法をお願い」

 私が頼むと、スコーンはびっくりしたようで、魔法書を落とした。

「あれ、初めてじゃない。マッピングで私の魔法を頼るの?」

「うん。この際恥だの外聞だのいってられないから、出来ればこのフロア全域を……」

 私がため息を吐くと、スコーンは笑みを浮かべた。

「早く先にいきたいんだね。分かったよ」

 スコーンが私の隣に座り、ユイが手を伸ばしてスコーンの頭に触れた。

 虚空の三次元マップに緑の点と黄色の点が浮かび、一気にカラフルになった。

「緑は他の冒険者のテントで害意がない存在、一個だけある黄色の点が階段。もし赤い点が出たら、それは魔物だから気をつけて」

 スコーンが点の意味を解説してくれた。

「そっか……魔物なし。階段はすぐ近くだね」

 私は収集したデータを紙に書き留めていき、結果としてこのフロアにはもうなにもないと結論づけた。

 普段スコーンにこの魔法を頼まない理由は色々ある。

 消費魔力が大きいらしく、そんなに長時間もたない事。魔力感応式の罠が発動してしまう恐れがあること。魔力に惹かれて魔物がきてしまうこと……等々だ。

 別に私の意地だけではない。こうやった方が見逃しがないが、マイナスの要素が大きすぎて頼めないのだ。

「よし、もういいよ。ありがとう」

 私が笑みを浮かべると、スコーンは額の汗を拭き、そのまま倒れるように眠ってしまった。

「やっぱり無理させちゃったか。悪い事したな……」

 私は小さく息を吐いた。

 その代わり、このフロアの構造が頭に叩き込まれたので、感謝しきりだった。

「師匠なら大丈夫ですよ。二時間くらい休めば動けると思います」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 前にも述べたような気がするが、魔法とは縁がなかったビスコッティが一端の魔法使いになれたのは、スコーンが色々教えたからだった。

 それがきっかけで、本人が嫌がるのも構わず、ビスコッティはスコーンの事を一方的に師匠と呼ぶようになった。

「だといいけど。本格的な魔力切れだったら、ちょっと悪いどころじゃないね」

 私はまた短槍した。

 一応、我流で魔法を使える私だったが、無理して魔力を使い切った時の怠さや頭痛は、それこそ二日酔いの比ではなかった。

「師匠もこのパーティの一員です。たまにはこういう事もあるでしょう」

 ビスコッティは小さく笑みを浮かべ、そっと右手を差し出した。

 私はため息を吐き、財布を取り出して中にいれておいた、国家指定冒険者ライセンスの副を差し出した。

 このライセンスは一般に提示するように作られた写真付きの正とその控えの副がある。 もし返納する場合は、その両方が必要だった。

「はい、素直でよろしい。これで、全てですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「分かってるよ。向いてないって事は。でも、パーティの資金稼ぎにいいと思ったんだよ。分かってね」

 私は苦笑した。

「いえ、分かりません。パーティの資金稼ぎでしたら、冒険で稼ぐのがあなたの理念だったはずです。分かっているのは、こういう冒険もしたかったからです」

 ビスコッティが私の頭にゲンコツを落とした。

「……痛い」

「それは、痛くしましたからね。ん?」

 ビスコッティがなにか気が付いたようで、顔を厳しくして拳銃を抜いた。

「ど、どうしたの?」

「なにか聞こえますよ。徐々に接近していますね……」

 ビスコッティは、テントの小さな、窓からそっと外を覗いた。

「……これは珍妙なお客ですね。幻獣『ポポポポポ』です」

 ビスコッティが笑い、しばらくすると『ポポポポポ……』という音が聞こえてきた。

「えっ、ホント!?」

 私は思わずテントから転げ出て、通路に飛び出した。

 しばらくすると、体は鹿で首から先が植物の茎のようになっていて、大輪の花を咲かせた奇妙な生き物がゆっくり歩いてきた。

 変な外見ではあるが攻撃性はなく、この特徴的な音は種を撒くために花から発射される音だった。

 食べ物も光りも水もいらず、一生涯全て種を蒔く行動に捧げるという謎の生態だが、種から大人になれる確率は限りなくゼロに近いという事から考えて、ある意味で正しい行動ともいえた。

「……な、なに、ポポポポポが出たって……ホント?」

 完全にダウンしていたスコーンが、テントから這い出してきて、私の肩に掴まった。

「うん、みるのはこれで二回目だけど、間違いなくポポポポポだよ!!」

 私は笑った。

「目がかすんで……よく見えないけど……なんか変なのが接近中なのは分かる。ポポポポポって本当にいたんだね」

 スコーンが弱々しく笑みを浮かべ、そのまま私に身を預けて気絶してしまった。

 遅れてテントから出てきたみんなは、意外と大きいポポポポポの姿をポカンと見つめた。

「私はスコーンが気になるからテントに戻るよ。みんな、間違っても攻撃しないでね!!」

 スコーンを抱きかかえてテントに帰ると、ドカンともの凄い音が聞こえた。

「あーあ……」

 私は苦笑した。

 恐らく、人が大勢いるのでびっくりしてポポポポポは反転して逃げ帰ったのだろう。

 その際、体内に溜まっている種をお尻から一気に吹き出すというのは経験済みで、臭くはないがおならのようなものだった。

 しばらくして、頭から種まみれになったみんなが、なんともいえない表情でテントに入ってきて、体中についた種を払った。

「……知ってたな」

 アリスが私を睨んだ。

「いいでしょ、貴重な経験だもん。恐らく、下の階から上がってきたんだね」

 私は笑った。

 スコーンを床に寝かせ、私は気を改めて先ほどの情報整理をはじめた。

「さてと……」

 この階層にはなにもないと分かった以上、あとは下の四層に下りるだけだ。

「スコーンの回復を待ちましょう。私が魔力を譲渡します」

 ユイが気絶しているスコーンの上に乗り、魔力の青い光りを放ちはじめた。

 魔力譲渡とはそのままの通り、誰かに魔力を分ける事だ。

 私たちの中ではユイしか出来ない高等技術で、風の精霊だけあって小さい体に似合わず魔力は断トツに高い。

 仮に私たちが出来たとしても、魔力とは生命力とほぼ同義で、相手を回復させるために命を落とす覚悟で……となってしまう。

 それは、到底出来るものではなかった。

「さて、今日はここまでかな。みんなも仮眠しておいて。地下四層はまだ未踏だから、注意力散漫じゃ困るから」

 私が笑みを浮かべると、みんなはそれぞれ寝袋を取り出してテント内に敷きはじめた。

 私も寝袋を敷き、ビスコッティが軽く結界魔法を使ってテントを保護すると、そのまま自分の寝袋に入った。

 眠れるときに寝る。これは、冒険者に必須の能力。

 私は魔力で灯っているランタンの明かりを小さくしてから寝袋に入り、そのまま目を閉じたのだった。

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