第6話 到着
夜行列車は順調に進み、私が不意に目覚めた時には、まだ深夜三時だった。
この時間、食堂車はパブタイムにといって、予約なしでお酒が飲めるスペースになることを知っていたので、私はビスコッティを起こさないように気を付けながら、そっと部屋を出た。
揺れる通路を歩き食堂車に着くと、私は入り口で冒険者ライセンスを提示した。
これで、料金が三割引になるので、とても重要な事だった。
テーブルに付くと、ウエイターがワインリストを持ってきたので、知っている銘柄のワインをチョイスして簡単な肴も注文した。
「はぁ、明日は迷宮か。楽しみだけど、気合い入れなきゃね」
私は独り呟いて小さく笑みを浮かべ、運ばれてきたワインを一口やって、簡単ではあるが本格的に作られた小皿料理を食べた。
しばらく独り晩酌を楽しんでいると、寝ぼけた顔で目をゴシゴシ擦りながら、なぜか白衣を着たスコーンがやってきた。
「おぎょ!?」
私がいることに気が付いたスコーンが変な声をあげ、私のテーブル席の椅子に座った。
「な、なんで白衣なの?」
「うん、暇だから研究してた」
スコーンが笑った。
グラスが運ばれてきて、私はボトルのワインをスコーンの前に置かれたグラスに注いだ。
「アヒージョとエスカルゴを食べたいよ。最近食べてないから!!」
スコーンが笑い、私はウェイターに注文した。
「あら、ここにいたのですね」
起こさないように気を付けたのだが、ビスコッティが笑みを浮かべてやってきた。
「うん、飲みたくなって。ちょうどワインがなくなっちゃったから、新しいのをサーブしてもらおう」
四人掛けテーブルの三席が埋まり、ビスコッティが新しいワインを注文し、運ばれてきたエスカルゴを一つ食べた。
「師匠はともかく、パステルが飲みなんて珍しいですね」
ビスコッティが不思議そうに聞いてきた。
「うん、なんとなくね。特にお酒が好きなわけじゃないけど、これが最後かもしれないし、だったら飲んでおこうかなって思ったんだよ。迷宮はそのくらいじゃないと」
私は笑った。
しばらく談笑しながらお酒を飲んでいると、アリスがフラフラやってきた。
「おっ、揃ってるじゃん」
アリスが開いている最後の椅子に座り、適当に注文した。
「このスパゲティが美味しいんだよ。酒のつまみにしては、ちょっとヘビーだがな」
アリスが笑った。
パスタはスコーンの好物である。
これはパーティ内でも有名で、アリスは笑って三皿頼んだ。
パブタイムでも、この程度の料理なら出してくれるのだ。
程なくパスタ料理が運ばれてくると、スコーンが一皿占領して食べはじめた。
「うん、美味しい!!」
白衣が汚れるのも構わず、口の周りをソースだらけにして、スコーンはご満悦のようだった。
「さて、今回の勝算はあるのか?」
アリスが笑みを浮かべた。
「どうだろうね。もう隠し階段も見つかっているだろうし、六層までいけるとは思うけどその下があるかは微妙かもね」
私は苦笑した。
「そっか、まあいけば分かる。スコーン、あんまり飲むなよ。明日は早いぞ」
アリスが笑った。
食堂車で料金を払い部屋に帰ろうとすると、金髪のお姉さんが声をかけてきた。
「あの、皆さん冒険者ですよね。私はソロで冒険者をやっているニムといいます」
ニムと名乗ったお姉さんは、ペコリと頭を下げた。
「あっ、これはどうも。リーダーのパステルです」
私は笑みを浮かべ、握手を求めた。
ニムは握手に応えてくれて、小さく笑った。
「ニムって聞いた事があるな。確か、ドラゴンキラーの……」
アリスが顎に手を当てた。
「はい、世間ではそう呼ばれてしまっているようですね。これのせいでしょう」
ニムは腰に下げていた剣を抜いてみせた。
「あっ、ドラゴンスレイヤー!?」
鑑定するまでもなく、私はその剣の素性を見抜いた。
ドラゴンスレイヤーとは、その名の通り対ドラゴン戦で真価を発揮する、特殊な魔法剣だった。
普通の剣としても使え、世界に一振りしかないという大変貴重で便利なものだった。
「はい、実際に何体か倒した事はありますが、最強といわれるレッドドラゴンにはまだ遭った事もないですし、ドラゴンキラーと呼ばれるほどの働きはしていません」
ニムが苦笑した。
「そうですか。この列車に乗っているという事は、ガロンゾの迷宮ですか?」
「そうですよ。冒険者なら、誰でも気になるでしょう。では、また」
ニムは最後に笑みを浮かべ、食堂車に入っていった。
「そっか、やっぱり他にもいるんだね。うかうかしていられないな」
私は笑みを浮かべた。
再び部屋に戻って、ビスコッティと軽くお喋りしたあと、私は上段のベッドに横になった。
こういうところですぐに眠れる私だったが、少し深酒が過ぎたようで、変に意識が高揚してしまい、なかなか眠れずにいた。
「ねぇ、ビスコッティ。睡眠魔法使って」
「ダメです。自然に寝てください」
ビスコッティの笑い声が聞こえてきた。
「そういうと思った。はぁ、眠れないな」
私は天上を眺めつつ、掛け布団を蹴り飛ばしてしまい、ベッドに座って編み物をしていたビスコッティに直撃してしまった。
「……ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
ビスコッティが、布団を投げ返してきた。
それを受け取って、私は眠ろうと必死に目を閉じたが、かえって寝れなくなってしまった。
「さて、私は寝ます。おやすみなさい」
そのうちビスコッティの声が聞こえ、程なく寝息が聞こえてきた。
「ズルいな……」
私は呟き、ベッドから下りて窓際に設置されている、壁に埋め込まれた小さな椅子を引き出しそれに座った。
ゴロンゾは元々小さな村だったのだが、迷宮発見以降は冒険者が押し寄せてちょっとした町になってしまい、冒険をやめて店を開いている者も多い。
そんな経緯から珍しく冒険者に優しい町となっているが、荒くれ者も多いので女の子が一人で歩けない程度の治安だった。
「ガロンゾか、久々だな……」
私は窓の外に広がる闇をみて、私は笑みを浮かべた。
今でも駆け出しという意識はあるが、まだ冒険者になりたての頃、最初に挑んだのがガロンゾの迷宮だった。
ビスコッティとアリスを連れて挑んだが、地下一階層で運悪く魔物の大軍に襲われ、ほうほうの体で逃げ出した記憶がある。
それからというもの、ガロンゾの迷宮で冒険者としての技術を磨き、やっとライセンスが取れた時は、思わず泣いてしまったほどだった。
そんな私にとって、ガロンゾの迷宮は様々な思いがある場所だった。
「どうしましたか?」
どこにいっていたのか、私の肩にユイが乗って、小さく笑った。
「うん、眠れなくてね。ユイはどこにいってたの?」
「はい、客車の屋根に座っていました。風に当たりたかったので」
ユイが笑った。
「そっか、風の精霊だもんね。あっ、そうだ。睡眠魔法を使えたよね。寝なきゃいけないから、よろしく!!」
私は上段ベッドに戻り、横になった。
「はい、分かりました」
ユイが笑みを浮かべ、全身が温かくなると、ようやくやってきた睡魔に身を預けた。
夜が明けても列車は走り続け、定刻通り十時半には到着できそうだった。
ゆっくりめに起きた私は、すでに起きて銃の分解整備をしていた。
「おはようございます。お弁当ありますよ」
下段のベッドに仲良く並んで座ると、私はビスコッティが差し出した弁当を食べた。
「さて、今日はまずテントを張って寝場所を確保してから動かないとね。足下見て、宿屋は高いから」
私は笑った。
ガロンゾの町は元冒険者がやっている宿屋が多数あるが、そのどれもが高い料金設定だった。
下手すると帰ってこない冒険者を相手にしているのだから、無理もない話ではあるが、多くの冒険者は町の外にテントを張って、そこで寝泊まりするのが常だった。
「はい、そうでしょうね。あと二時間くらいで到着しますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そうだね。久々の迷宮だよ。腕がなるね!!」
私は笑った。
「まあ、程々に。さて、他の部屋はどうでしょうね」
ビスコッティが無線機を取り、他の部屋にいるみんなに連絡した。
「全員OKです。あとは、時間を潰すだけですね」
ビスコッティが笑みを浮かべ、服を着替えはじめた。
「おっ、迷宮用の迷彩服をもう着るの?」
私は笑った。
「テントの中よりマシです。あなたも着替えなさい」
ビスコッティが笑った。
「そうだね。着替えておこうかな」
私も迷宮内で動きやすい服に着替え、あとは到着を待つだけになった。
「さて、あとちょっとだね。今頃、大混雑しているだろうね」
私は苦笑した。
列車は無事に定刻通りの時間でガロンゾ駅に到着した。
ホームに降り立った私たちは、やはり混んでいた改札の列に並び、駅員さんに切符を渡して駅から出た。
町の中に入るとかなりの数の冒険者が溢れていて、駅前にまで露店を出していたマップ屋は大繁盛していた。
「こりゃ、想像以上だね。迷宮の中は大渋滞じゃないか?」
アリスが苦笑した。
「そうだね。深夜を待っていこう。みんな、早い時間に潜りたがるから」
私は笑みを浮かべた。
「そんな事より、テントを張る場所を確保しましょう。この分だと、かなりの数があると思うので」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そうだね。まさか、攻撃魔法でぶっ飛ばすわけにはいかないし!!」
スコーンが笑った。
「当たり前です。やらないように、ビシバシします!!」
ビスコッティがスコーンに往復ビンタを何発も叩き込んだ。
「さて、いこうか」
私たちは町の外に向かって歩きはじめた。
程なく町から出ると、そこは一面にテントが広がり、場所を探すのに苦労しそうだった。 なんとか見つけた場所は、町から少し離れたところだったが、大型テントなのでちょうどよかった。
「さてと……」
私は空間ポケットから巨大なテントを取りだし、みんなで設営作業をはじめた。
余裕をみて八人が十分快適に寝られるように、特注で作ってもらったテント内にスコーンが虹色に光るボールを無数に放った。
これは空調管理機能があるボールで、温度はもちろん湿度なども調整してくれ、邪魔になりそうなところに近づくと、勝手に転がって場所を空けてくれるという、何気に高度なスコーン自慢の魔法だった。
「さて、テントはいいね。あとは、調理場を作ろうか」
私はテントにあるフックにタープという巻き取れる布地の屋根を張り、調理器具などを並べていった。
これに適所にランタンを設置すれば、野営準備は完了だった。
「よし、迷宮に潜るのは明日にしよう。今日は、長旅の疲れを癒やすって事で」
私は笑みを浮かべ、晴天の空を仰いだのだった。
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