第5話 迷宮へ
「今度は盗賊討伐ですよ!!」
翌朝早く、二十四時間やっている酒場に出かけたユイが、一枚の紙を持って帰ってきた。
ちょうど朝食の支度中で、手が離せない私の代わりに、ビスコッティが受け取って紙をみた。
「この町の自警団からの依頼です。先日とは違う盗賊のアジトが見つかったようで、後顧の憂いを絶つために、小規模のうちに摘み取っておきたいようですね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そうですか。分かりました」
大皿に大量のポテトサラダを載せてダイニングのテーブルにのせ、私はビスコッティから紙を受け取った。
そこには、依頼内容と地図が描かれ、この町からさほど離れていない事が分かった。
「そっか。みんな、朝食のあとで準備が出来たらいくよ。大した依頼ではなさそうだから」
私は笑みを浮かべた。
「簡単な依頼ほど、油断はしないで下さいね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
私たちは、駐車場に駐めてある軍払い下げでベコベコのボロい車二台に分乗し、町から出て街道を進んだ。
「えっと……」
先頭車両の助手席に乗った私は、地図を参照しながら目的の盗賊のアジトに向かっていった。
途中で街道から外れて草原を進み、低山が続く山脈を目指した。
自警団の偵察部隊が、ここの麓にある放置された古城を根城に構えた数十人単位の盗賊団を見つけたとの情報だった。
「そろそろなんだけどね……」
私が呟く尾と、車を運転しているスコーンが頷いた。
「強力な魔力を感じるよ。敵に魔法使いがいるっぽい……」
スコーンの目が鋭くなった。
私は無線機のマイクを取り、後続の車を運転しているビスコッティに警戒を促した。
『はい、分かりました。気を付けて下さい』
ビスコッティの声が聞こえ、私は攻撃魔法の不意打ちを覚悟した。
「まあ、盗賊に魔法使いがいたらいけないって事はないけど、意外と大変かもね」
私は苦笑した。
地形の起伏を利用してなるべく見つからないように、地図に記されたポイントに向かっていくと、やがてボロボロの城のような盗賊のアジトが見えてきた。
「みつけた。スコーン、攻撃魔法!!」
「分かってるよ!!」
スコーンは車を止め、呪文を唱えた。
虚空に生み出された火球が飛び、古城を粉々に粉砕した。
「さて、あとは残敵の掃討だよ。いこう!!」
私の声にスコーンが頷き、車のアクセルを踏んだ。
その時、巨大な火球がこちらに向かってきたが、ビスコッティの防御魔法で弾き飛ばした。
「やってきたよ!!」
スコーンが叫び、再び攻撃魔法を放った。
ボロボロだった古城がさらに粉砕され、見る影もなくなったが、敵は散発的に攻撃魔法を撃ってきた。
「別個に撃つしかないか……」
私はスコーンに車を止めるように促し、後続車両も止まった。
後部座席からシノが飛び下り、対物ライフルで残敵を軒並みなぎ倒していくのが、双眼鏡越しで分かった。
こうして、まだ小規模な盗賊団だった事もあり、私たちは予想よりあっさりと依頼を達成した。
町に帰ると私は自警団から依頼料をもらい、そのまま家に帰った。
依頼料を全員で山分けすると大した額にならないのでそのまま共有財産に回し、ちょうど昼時だった事もあり、スコーンとビスコッティがキッチンに立ち、私たちはそれぞれ時間を潰していた。
しばらく経つと、いつも通り酒場に情報収集にいっていたユイが帰ってきた。
「大ニュースです。今まで地下三層までしかないとされていた『ゴロンゾの迷宮』ですが、六層まで到達したパーティがいるそうです。きっと、まだ深いと思いますよ!!」
ユイが珍しく興奮した様子で、私の肩に乗ってきた。
「えっ、ゴロンゾの迷宮が!?」
私は思わずソファから立ち上がった。
ゴロンゾの迷宮というのは、この辺りの冒険者なら大抵知っている場所で、今までは地下三層までしか発見されていなかった。
私たちも何度も足を向けたが、三層より深い階層までは見つからないでいた。
「先を越されてしまいましたね。探索にいきますか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「当然いくよ。今夜の夜行列車で出れば、明日の朝には到着するはずだから、さっそく切符を買ってこないと……」
私はリビングに置いてある、共有財産が入っている小型の手持ち金庫の取っ手を
を掴んだ。
「あっ、忘れてた。みんな、異存はないよね?」
私がみんなに問いかけると、反対意見はなかった。
「よし、切符を手配してくる!!」
私は金庫を片手に、家を飛び出した。
このアレクの町には列車が通っていて、小さいが駅もあった。
田舎町ではあるが、機関車付け替えのための空き時間を利用して、特急停車駅になっている。
私は特急の夜行列車の寝台券を確保するために駅の窓口にいって、二人乗りの個室を四部屋押さえた。
前は年季の入った青い車体の客車だったが、最近リニューアルされて全席個室の立派な客車に変わったので、冒険者ライセンスを提示すれば半額の料金になるとはいえ、ちょっと痛い出費だったが、冒険者である以上は必要な出費だった。
ちなみに、ゴロンゾの迷宮があるゴロンゾの町が終点になっていて、夜出れば明日の朝には到着する予定である。
「よし、切符は買ったしこれで冒険出来るね。楽しみだよ」
私は笑みを浮かべた。
家に帰ると、早くもみんなが旅に出る支度をしていた。
「あっ、私も急がないと……」
空間ポケットに入っている食料や水を確認し、八人が入れる大型テントやカンテラ、ランタンなどをチェックして、中から魔法書を一冊取りだして読み始めた。
これは他でもないスコーンが執筆したもので、ビスコティがお勧めだと紹介してくれたものだった。
ゴロンゾの迷宮はそれなりに危険な場所なので、一つでも魔法を作っていた方がいい。
そういう考えで、私はノートにカリカリと新しい呪文を書き出しはじめた。
「ん、なにやってるの?」
準備を終えたらしいスコーンが、私のところにやってきて声をかけてきた。
「うん、新しい魔法をね……。ここが難しい」
私は苦笑した。
「なに、攻撃魔法を作ってるの?」
スコーンが目を細めた。
「う、うん、そんな怖い顔しないで……」
「ダメだっていったじゃん。こんなところで躓いているようじゃ、とても危なくて使えない魔法になっちゃうよ。あえて厳しくいってるけど」
スコーンが私のノートを手に取り、サラサラとなにか書き込みをはじめた。
「ここの変数が重要なんだよ。この式で二十四なんて叩き込んだら、迷宮を爆破しちゃうくらいの派手な魔法になっちゃうよ。上限で十八。でも、パステルの数熟度だと十八はキツいな。十くらいでちょうどいいかもね。まあ、ちょっと熱いくらいになっちゃうけど、威嚇にはちょうどいいよ」
スコーンが笑みを浮かべ、ノートを返してくれた。
「……うん、分かった。そういう事か」
私は笑みを浮かべた。
スコーンは攻撃魔法の専門家なので、こういう事には厳しいのだ。
「その魔法書は上級者向けに書いたんだよ。パステルはこれかな……」
スコーンが空間ポケットから、何冊か魔法書を取り出した。
「参考までに読んで。まず『攻撃魔法入門』から、徹底的に研究しないとダメだよ。基礎は大事だから。まあ、防御魔法と回復魔法はある程度使えるし、そんなに難しくはないはずだけどね」
スコーンが笑みを浮かべ、私から離れていった。
「入門か。確かにそうか」
私は小さく笑った。
不足分の道具や食材を買い足ししたりで、準備は夜まで掛かった。
列車がくる時間になったので、私たち八人は揃って駅に向かっていった。
改札を通ってホームで待っていると、機関車二両に牽引された客車の列が滑り込んできた。
一応食堂車もあるがやたらと食事代が高いので、夕食は駅弁で済ませる事にして、私たちは開いた扉から客車内に入った。
まだ新品の匂いが漂う客車内を歩き、それぞれ割り当てた二人用個室に入ると、同室にしたビスコッティが下段ベッドを占領し、私はハシゴを上って上段のベッドに入った。
室内は二人で入っても余裕があるくらい広く、特に不便は感じなかった。
しばらく待つと発車ベルが鳴り響き、列車はゆっくり走りはじめた。
「ねぇ、ビスコッティ。弁当食べよう!!」
私はベッドに手荷物を置くと、ハシゴを下りて下段ベッドに座っていたビスコッティに声をかけた。
「はい、分かりました」
ビスコッティが笑みを浮かべ、私はビスコッティの隣に座った。
「はい、お弁当です」
ビスッコティが差し出してくれた弁当を手にして蓋を開け、キノコの炊き込みご飯とおかずが入り、なかなか美味しそうな感じだった。
「これが一番安かったのです。もう一つありますが、これは朝食用ですよ」
弁当当番だったビスコッティが笑った。
「そっか、駅弁は高いヤツは高いからね。これで十分だよ」
私は笑った。
ビスコッティと晩ご飯を食べ終えると、私は車窓を流れる景色をみた。
この辺りはなにもない草原地帯なので、夜の闇があるだけだったが、こういう移動も楽しみの一つだった。
「ガロンゾに着いたら、まずはマップ屋ですね」
ビスコッティが笑った。
マップ屋とは、冒険者が実際に歩いてマッピングした情報を売っている店で、地下六層まで発見されたとなれば、もう最新版に更新されているはずだった。
「あのね……。マッパーがマップ屋にいってどうするの!!」
ビスコッティの冗談に、私は笑った。
実のところ、私たちのようにマッパーがいるパーティは少ない。
マップ屋はそういった冒険者たちに情報を流す商売ではあるが、その情報が正しいかどうかは分からなかった。
「それもそうですね。ほんの軽い冗談です」
ビスコッティが笑った。
「さて、冒険者ライセンスでも確認しておくかな。あそこの迷宮、これがないと入れないから」
私は財布を取り出し、中に入れてある冒険者ライセンスを確認した。
ガロンゾの迷宮は出入り口に関所のような門があり、最低でもゴールド以上の冒険者でないと入れてもらえないのだ。
つまり、なかなか危険な迷宮という感じなので、私としてもそれなりに緊張していた。
「あれ、なにか落ちましたよ?」
ビスコッティが、私の財布から転がり落ちたカードを手にして……凄まじい形相になった。
「……なんですか、これ。おかしいと思っていたのです。この前の仕事で『パステルと愉快な仲間たち』となっていた事に。なんでパステルの名が出ているのかと、ずっと考えていたのですが」
思わず逃げようとした私を素早くビスコッティが腕を掴んで引っ張り、床にうつ伏せにして足を乗せて体重をかけた。
「いつ『国家指定冒険者』の資格を取ったのですか。吐かないと、このまま拷問しますよ。こういう仕事だって、骨身に染みるまで教えてあげます」
ビスコッティが、私の背中に乗せている足をグリグリした。
「わ、わりと最近だよ。報酬がいいって聞いて、こっそり取っていたんだよ。痛いからやめて!!」
私が答えると、ビスコッティがさらに体重を乗せた。
「あなたは甘くみています。確かにい高額な報酬ですが、それ以上の仕事なんですよ。これは没収です。取り消し手続きを取っておきます。せっかくなので、拷問の基本の爪はぎでもしましょうか。道具は常に持っていますので。耐えられるとは思いませんよ。失敗して捕まったら、これ以上はないと教えてあげますよ」
ビスコッティの氷のように冷たい声を聞いて、私の目から涙がこぼれ落ちた。
普段は優しいお姉さんを、ここまで怒らせたのだ。
いかな私とはいえ、さすがにこれは堪えた。
「ご、ごめんなさい……」
私が謝ると、ビスコッティが背中から足を退けた。
「はい、お説教はここまでです。この程度で涙を流してしまうようでは、とても裏稼業は出来ないですよ」
ビスコッティが笑った。
涙を拭いて立ち直り、私はビスコッティと世間話をしていた。
特急で深夜だけあって、今のところどの駅にも停車せずに、列車はひたすら走り続けていた。
そろそろいい時間ということで、私とビスコッティはお酒の小瓶で乾杯をしてから、それぞれのベッドに横になった。
ゴロンゾ着は明日の朝。
今から迷宮が楽しみな私だった。
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