第4話 幻の島

 翌朝、たっぷり休んだ私たちは、庭にある弾痕だらけでボロボロになった軍用輸送ヘリコプターに、開店したばかりのマーケットで仕入れた空間ポケットに入らない分の食料などを積み込み、出発の準備を整えてきた。

「アリス、どのくらいで到着する」

 私はコックピットでビスコッティと一緒に、なにやらチェックしている様子のアリスに声をかけた。

「そうだね……二時間くらいかな。そんなに遠くはない」

 アリスが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいいね」

 私も笑みを浮かべた。

 程なく準備を終え、全員が乗り込んでキャビンのスライドドアを閉じると、アリスとビスコッティがヘリのエンジンをかけた。

 魔力エンジンの甲高い金属音が機内に響き、メインロータが回る重低音が聞こえてくると、ボロいヘリは庭から空に飛び立った。

 海沿いにある家なので、すぐに海上に出てアリスは海面を擦るような低空飛行で、ヘリを進めた。

「さて、今回は冒険できるかな……」

 私は笑みを浮かべた。


 海面すれすれを飛んでいたヘリが、いきなり急上昇したかと思うと急旋回した。

 窓の外を見ると海面が大きく盛り上がり、巨大なイカのような魔物が姿をみせ、大きく足を振ってこちらを攻撃しはじめた。

 こちらに向かって振り下ろされる足を器用に避けながら、アリスとビスコッティはヘリを飛ばして魔物か遠ざかっていった。

「……サンダーボルト!!」

 敵の攻撃範囲から少し出たところでスコーンが攻撃魔法を放ち、激しい電撃を受けた魔物はそのまま海中に姿を消した。

「スコーン、ナイス!!」

 アリスが笑った。

 再び超低空飛行に戻ったヘリの先には、巨大な空母とその護衛艦隊が見えてきた。

「普通なら、艦隊上空は飛行禁止なんだけどね。コネがあるから話はつけてある。さすがに空母に着艦はできないけど、通り過ぎるだけならいいって」

 アリスが笑って、飛行コードを上げた。

 ビスコッティがよく分からない航空用語で会話をしながら、なにやら機械類を操作しアリスに向かって右手の親指を立てた。

「よし、いくか」

 ヘリは駆逐艦の上空を通過し、空母を跨ぎ越え、反対側の駆逐艦の上空を駆け抜け、再び超低空飛行に戻った。

 しばらくすると、また海面が盛り上がり、先ほどの巨大イカ……クラーケンが姿を見せた。

「おっと、またか……」

 アリスが飛行高度を上げた時、ロケットエンジンの赤い炎が一瞬見え、連続して何度も大爆発が起きてクラーケンがバラバラになって吹き飛んだ。

「さっきの艦隊からだね。ここぞとばかりに、何発も対艦ミサイル使いやがって」

 アリスが小さく笑った。

 こうして、私たちは約二時間のフライトを経て、島上空に差し掛かった。


「パステル、ここでいいのか?」

 島の上空を旋回しながら、アリスが問いかけてきた。

「うん、ここだよ」

 マップを参照しながら、私は答えた。

「わかった。それにしても、着陸ポイントがないな……」

 島は全体がこんもりした森に覆われ、アリスがちょっとぼやいた。

「うん、あそこのビーチしかないな。広さは申し分ないし……」

 結局、島の南端にある大きなビーチに目標を定めたようで、アリスはそこにヘリを着陸させた。

 閉じていたサイドドアを開け、機内に残した食材は非常用として残し、私は鉈を手にして先頭に立って進んだ。

 下生えの草を、鉈で払いながら進むことしばし。

 直感で危険を感じ、私は次の一歩を留めた。

「えっと……」

 背が高い草で見通しが悪かったが、鉈で丁寧に草を払うと、そこは落ちたら助からないなという高い崖だった。

「危ない危ない……」

 私は手にしたクリップボードにバツ印を書き、迂回路を探してひたすら森を進んだ。

 時々後ろをみて全員揃っている事を確認しながら進んでいくと、妙な気配を感じて私は拳銃を抜いた。

「敵襲!!」

 私の声で前衛組が前に出てきて、ララとリナが剣を抜き、アリスがアサルトライフルを構えた。

 それは、動く植物という感じで、本来なら根の部分を器用に動かし、花のような場所から凶悪な牙をむいて私たちの前に立った。

 スコーンが呪文の詠唱をはじめたが、それより早くララとリナが斬りかかり、アリスがいつでも撃てるように構えた。

 初めてみる魔物にどうなるかと思ったが、ララとリナの一撃であっさり斬り倒され、私はそっと胸をなで下ろした。

「どうやら、ここは大変な島かもしれないですね」

 ビスコッティが小さく笑った。

「そうだねぇ、でも冒険らしくなってきた」

 私は笑った。


 崖を迂回した私たちはヘリで上空を旋回している時にみつけた古い集落跡を目指していた。

 コンパスを片手にマッピングしながら進むうちにガサガサと音が聞こえ、私の背丈の二倍はありそうなカマキリが三体行く手を塞いだ。

「おぇ、カマキリは苦手」

 スコーンが露骨に嫌な顔をしたが、敵は待ってくれなかった。

 素早く戦闘態勢を整えた私たちに向かって、その大きな鎌を振り下ろしてきて、ララとリナは剣で受け止め、大きく跳んで後退したアリスの体を掠めて怪我をさせた。

 そこに、シノが放った対物ライフルの弾丸が一体の体に命中したが、弾かれてしまってダメージを与える事が出来なかった。

「か、固い……」

 シノが呟く声が聞こえた

「へぇ……」

 アリスがニヤッと笑みを浮かべ、空間ポケットから長い刀身が自慢の両手剣、バスタードソードを取りだした。

 普段は銃器や素手で戦うアリスだが、時々これを使う事があった。

「そりゃ!!」

 アリスが巨大カマキリの一体に肉薄し、振り下ろされた鎌を避け、その体にバスタードソードを叩き付けた。

 緑色の体液がこちらまで激しく飛んできて、まずは一体倒した。

「魔法剣!!」

 ララが叫び、刀身が光る剣を片手に残ったカマキリの一体に向かって斬りかかっていった。

 これがララの得意技で、剣に魔法の効果を付与する魔法剣のという、使い手が極めて少ない剣士の一人だった。

 振り下ろされた鎌をスパッと切り、そのままカマキリの体に剣を突き刺すと、派手に体液を撒き散らしながら、二体目が倒れた。

 リナが相手していた最後の一体に向かって火球が飛び、粉々になって吹き飛んだ。

 リナは剣も使えるが魔法も使えるオールラウンダーで、こういう時は存分に活躍できるのだ。

 バックアップで呪文を唱えていたスコーンが詠唱をやめ、防御魔法を使おうとしていたビスコッティも呪文詠唱をやめた。

「よし、いこうか。ビスコッティ、アリスの怪我を治してね」

 私は笑みを浮かべた。


 その後は特に戦闘もなく、私たちは森の奥に向かって進んでいった。

 そのうち、まるでそこだけ場違いなように、森に飲み込まれそうな集落跡にたどり着いた。

「……ん、なにかおかしい感じだな」

 私はその集落から異様な気配を感じ、そっと足を止めた。

「これは、弱いですが結界が張られていますね。解除しましょう」

 ビスコッティが呪文を唱えはじめた。

「スコーン、攻撃魔法の準備だけはしておいて。心構えでいいから」

 私の指示にスコーンは小さく頷き、心持ち構えた。

 ビスコッティの呪文詠唱の声がやみ、バリッと音がして結界が崩れると、驚くべき事が起きた。

 一瞬激しく光ったかと思うと、崩壊してボロボロだった建物が綺麗に並び、食事の匂いまで漂ってきたが、全くの無人だった。

「……いきましょう」

 念のため、ホルスターから拳銃を抜いて、私はそっと集落に足を踏み入れた。

 人の声でもしそうなほど立派な集落だったが、試しに一軒の家の扉をノックした。

 少し下がって拳銃を扉に向けて待ったが、全く誰の応答もなかった。

「……入ってみるか」

 扉をそっと開け中をみると、食卓に湯気が立つ目玉焼きやスープ、パンまでのっていたが、肝心の人が忽然と消えていた。

「……これ、まずいかも」

 私の直感が危険を察知していたが、まずは集落中を見て回ろうと思い、みんなで固まって移動した。

 途中で何件も家をみたがどこも全く同じようなもので、私は夢でも見ているのかとさえ思った。

「あのさ、なんか強力な魔力を感じるんだけど……」

 スコーンが指さした場所には、赤く光るオーブが置かれた祭壇のようなものがあった。「いってみましょうか」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私は頷いた。

 なにがあっても対応できる心構えをして、みんなで祭壇に近寄ると、乱雑にメモのようなものが散っていた。

 それを一つに集め、スコーンが読み始めると、私を含めてみんな周辺警戒に入った。

「……酷いな。これ」

 スコーンがぽそっと呟いた。

「どうしたの?」

「うん、これ時間を操る魔法の実験をやったみたいなんだよ。古代語で書かれているんだけど、一人の魔法使いがどこからかやってきて、みんなを幸せにしてあげるとかなんとかいって騙したんじゃないかな。これはその呪文、集落ごと時間を旅しようと思ったらしいね。もう千年近く前の日付が書いてあるけど、集落は廃墟になって残っていたってことは、失敗した可能性が高い。私も研究だけはした事あるけど、とても人間が扱えるものじゃないよ。今頃、どこか時空の狭間を彷徨っているかもしれない。アリス?」

 スコーンが真顔でアリスに声をかけた。

「ん?」

「このオーブを爆破できないかな。この島自体が、おかしな事になっているかもしれない。飛び立ってからでいいから、なにか方法があればやって欲しいな。魔法を撃ち込むと、ささらに狂うかもしれないから」

 スコーンが頷いた。

「できるよ。待ってて」

 アリスが笑みを浮かべ、ビスコッティと共同でなにか仕掛けをはじめた。

「これC-4なんだけど、壊せるかな?」

「うん、少しでも欠ければいいから。オーブって意外と脆いんだよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「分かった。ビスコッティ、急ぐよ!!」

「分かってます。ここに、リモートの起爆スイッチをつけて……」

 グレーの四角い棒状のものをオーブに張り付け、ワイヤーを引いて爆薬の設置は無事に終わったようだった。

「終わったよ」

 アリスが笑みを浮かべた。

「うん、ありがとう。さて、急いで帰った方がいいよ。ここの結界を破った時から、微妙に地面が揺れてるから!!」

 スコーンの声に頷き、私が先頭に立ってマッピングした道を引き返し、ビーチのヘリにたどり着いた。

 急いで全員飛び乗って、アリスとビスコッティの操縦でヘリはゆっくり上昇をはじめた。

 上空からみると、島の輪郭がぼやけたりはっきりしたり、よく分からない状態になっていた。

 アリスはヘリを集落跡上空に向け、その合図でビスコッティが箱状のスイッチのレバーを捻った。

 ここまでとは思ったが、ド派手な大爆発が起きてオーブが粉々に散ると、島の輪郭が大きく歪んで忽然と姿を消してしまった。

「うわ……」

 私は思わず声がでた。

「やっぱり、取り残された空間だったね。実は、上陸した時に微かに変な魔力を感じていたんだよ。気のせいだと思っていわなかったけど」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そっか……。それにしても、不思議体験しちゃったな」

 私は笑った。

「まあ、変な魔法は作らない事だよ。私も研究はするけど、没にした魔法はいくつもあるよ」

 スコーンが笑った。

「師匠は変な魔法好きですからね。また教えて下さい」

 ビスコッティが笑った。

 こうして、収穫がないといえばなかった遺跡調査だったが、それでも嫌な気はしなかった。


 アリスとビスコッティの操縦で夕暮れの空を飛び、ヘリが家の庭に着陸すると、いつも留守番を頼んでいるお隣のトロキさんが出迎えてくれた。

「お疲れさまです。すぐにでもお風呂に入れるようにと、湯張りしてあります」

 トロキさんは笑顔で頭を下げ、自分の家に帰っていった。

 家の中に入ると、夕食の支度が終わっていて、あとは食べるだけという状態になっていた。

「よし、みんなまずはお風呂にしよう。なにか、体中が痺れているというか、痒いんだよね」

 私は苦笑した。

「あの昆虫たちの体液でしょうね。まとめて治療しましょう。集まって下さい」

 ビスコッティが笑顔を浮かべ私たちが集まると、青い光りが全身を覆い、痒みのようなものが消えた。

「これでいいでしょう。さて、お風呂に入って食事にしましょうか」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私たちはお風呂に入った。


 食事も終わって日が暮れて、外はまだ夏の暑い空気だったが、エアコンが効いている室内は快適だった。

 アリスの希望でこの家の窓は全てはめ殺しで防弾ガラスになっているため、エアコンは必須の装備だった。

「みんなで花火でもやる?」

 まだ早い時間だったので、私はマーケットで買ってきて置いてある花火セットを手に取った。

「やる!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 他のみんなも休憩中だったので、全員でそろそろと庭に出て夏の思い出作りをはじめた。

「はぁ、今回の冒険はなんだったんだろうね」

 私は花火を片手に呟いた。

「うん、時間なんか弄っちゃダメって事だよ。もし魔法を作ったら、私かビスコッティに確認してね!!」

 スコーンが笑った。

「分かった。それにしても、島ごと消えるなんて……」

 私は苦笑した。

「まあ、実は変な島だとは思っていたんだよ。デカい昆虫はともかく、鳥が一羽もいなかったでしょ。あれだけ木があって日当たりもいいのに、鳥がいないなんておかしいなって思っていたら、鳥の目には島なんて見えていなかったんだろうね。あるいは、危険だって感じたか」

 スコーンが笑った。

「そういえばそうだね。気が付かなかったよ」

 私は笑みを浮かべた。

 花火は八セット買っておいたので、一人一セット。

 それぞれが楽しみ、夏の夜は過ぎていった。


「それでは、いってきます」

 さすがに精霊だけあって、開けられないにもかかわらず、ユイが窓の隙間を通って外に出ていった。

 目的地は町の酒場で、新たな迷宮情報を仕入れるためだった。

 僅かに玄関扉を開けて待っていると、ユイが手ぶらで戻ってきた。

「今日は情報屋さんがいませんでした。酒場のマスターが、ビスコッティさんのツケを払ってくれといっていましたよ」

 ユイが笑った。

「あっ、そうですね。この前の祠で……」

 ビスコッティが自分の財布を取り出し、中身を数えて玄関から出ていった。

 一応、ルールとしては冒険で得た収入はみんなで山分けだったが、実際のところは共有財産のように扱っていて、みんなが納得する使い方なら、誰も文句をいわなかった。

 実際、この前の強制的に買い取られた黒いオーブには、数百万クローネの値段がついたので、みんなで分けても十分な金額だった。

「それじゃ、花火も終わったし、ビスコッティが帰ってきたら寝ますか……」

 私は笑みを浮かべ、過ぎていく夜を楽しんだのだった。

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