第3話 次の冒険へ
シャワールームを出ると、ララが朝食の準備をはじめていた。
いい香りが漂ってきたとき、インターホンがなった。
「はい」
『パステルさん。トロキです。ご飯を作りすぎてしまって、お裾分けにきました』
それは、料理上手なお隣さんの声だった。
「いつもありがとう。門を開けて入ってきて」
『はい、では』
しばらく待つと、玄関の扉がノックされたので、私は解錠して扉を開いた。
すると、お下げが可愛いトロキさんが、大鍋を持って笑みを浮かべた。
「煮物です。よろしかったら……」
「いつもありがとう。大したものはないけど、よかったら一緒にどうぞ」
私が笑みを浮かべると、トロキさんが入ってきた。
今日のメニューはご飯、味噌汁、キュウリのぬか漬け、玉子焼きだったが、それに煮物が加わった事で、さらに食卓が楽しくなった。
特に食べ盛りというわけではないが、仕事で不在のビスコッティとアリスを除いても六人いる大所帯である。
朝食がはじまると、ダイニングに集まったみんなで楽しい食事がはじまった。
「おっ、だし巻き玉子ですね。これ、難しいです」
トロキさんが玉子焼きを一口食べ、小さく笑みを浮かべた。
「ララの玉子焼きは美味しいからね。あっ、この煮物美味しいです」
程よくだしが効いた煮物は、トロキさんの得意料理である事は知っていた。
「今日は鶏肉も入れてみました。よく合うはずです」
トロキさんが笑みを浮かべた。
「そうだね。美味しい!!」
私は笑った。
トロキさんが鍋を持って帰ったあと、私はリビングのソファに座って新聞を読みながら、ちょっとした情報収集していた。
大抵は下らないニュースだったが、広告欄に『G13型トラクター商談に応ず』と書かれていたので、私は笑みを浮かべた。
「おっ、なんか釣れたな」
これは、付き合いのある情報屋とのサインだった。
人と直接会う事を嫌うので、私はユイを呼んだ。
「ユイ、いつもの情報屋だよ。いってくれる?」
私は肩の上でゲームボーイアドバンスをやっていたユイに声をかけた。
「はい、分かりました」
ユイはゲームボーイアドバンスを放り投げ、私の肩から窓の隙間を抜けて飛んでいった。
人と会うのはイヤだけど、目立たないユイならいい。
つまり、そういう事だった。
私は窓を開け、ユイの帰りを待った。
しばらくして、ユイが黒い封筒を持って帰ってきた。
「交換条件です。今夜、この町で禁止薬物の裏取引をやるという情報が入ったようで、対処して欲しいそうです。仕事が終わったら、新しい迷宮の情報を教えるとか……」
ユイが黒い封筒を渡してくれたので開けてみると、差出人は国王だった。
「あれ、確かに国家認定ライセンスは持ってるけど、国家指定冒険者ライセンスはないんだけど……」
冒険者ライセンスといっても色々あって、クラスがゴールド以上になると自動的に国家認定冒険者になる。
私のパーティは全員ゴールド以上なので、当然そういう事になるのだが、黒封筒で国王直々の命令となると、通常は国家指定冒険者の仕事になるはずだった。
「変なの。まあ、いいや。えっと……」
そこには予想される取引場所と日時が記されていた。
「あそこの廃ビルか。時間は午前一時頃。敵の規模までは分からないか……」
実はこういった町の自警団からなら、たまにこういう依頼がくる事がある。
しかし、宛名は『パステルと愉快な仲間たち』とお茶目な書き方をされているし、こういう時に率先して仕事をするビスコッティとアリスは不在である。
「……ユイ。情報屋の様子がおかしくなかった?」
私は命令書を眺めて、何の気なしに問いかけた。
「はい、いつも通りシブいオジサンでした。でも、微かに怯えているような……」
ユイが私の肩に乗った。
「……ふーん。怯えているか。分かった、ありがとう」
私は命令書をランプの明かりに透かしてから、小さく笑みを浮かべた。
「これ、偽物だよ。本物なら国章の透かしが入ってるから。甘いよ!!」
私は紙を封筒に戻し、ポケットに入れた。
「みんな、盗賊狩りにいくよ。いい加減、しつこいっての!!」
私は笑みを浮かべた。
……まあ、目が笑っていればいいけど。
味方は多い方がいいと、事情を話して町の自警団で手空きの方々を家に集め、粛々と準備を進めていると、エンジンの重低音を響かせながら一気の黒いヘリコプターが庭に着陸した。
ヘリコプターから降りてきたビスコッティが、不思議そうな顔をして近づいてきた。
「こんなに大軍を集めて、なにをする気ですか?」
私は黙ってポケットにしまっておいた黒い封筒を差し出した。
「いつもの情報屋から新聞にサインがあったから、ユイに情報を聞きに行ってもらったら、迷宮情報と交換条件でそれだって。透かしもないし偽物だよ」
私は笑った。
「……いえ、これは本物です。紙は一般的な便せんですが、封筒に国章が刻まれていて、これは一般では手に入りません。それで、この大軍ですか?」
ビスコッティが苦笑した。
「えっ、てっきり盗賊団の仕業かと。罠に乗るのも面倒だから、さっさと退治にしいこうと集まってもらったんだけど……」
私は頭を掻いた。
「早く解散して下さい。こんなものを託された情報屋さんもさぞ緊張したでしょうし、交換条件でもお釣りがくるくらいに思っているはずですよ。さて、また面倒な仕事ですね。アリスが降りてきたら、相談してみます」
ビスコッティが笑った。
結局、私の早とちりに終わったこの話だったが、せっかく集まったのだからと自警団は出陣し、昨夜の戦闘で主力が壊滅していた盗賊団のアジトは、脆くも陥落して生存者は全員捕縛されたとの事だった。
国王から命令を受けた私たちは、ビスコッティとアリスを中心に今夜の禁止薬物の裏取引現場を押さえる作戦を立てていたが、バックアップとして私たちも配置されることになった。
ユイが上空から偵察してきた周辺状況をマップに落とし、それぞれに配置地点を決め、突入はビスコッティとアリス。監視と万一の狙撃に備えてシノが通りを挟んで反対側のビル屋上。ここに、周辺監視といざという時の魔法攻撃に備えてスコーンも配置され、他は要所要所の通りにさりげなく立ち、車両や人の動きを監視するという事に落ち着いた。
ビスコッティが普段は使わない高性能デジタル無線機を全員に配り、連絡を密に取るようにと指示した。
「さて、リーダーからは?」
ビスコッティが笑った。
「特にないけど、みんな気を付けてね。これが終わったら、新しい迷宮情報がもらえるかもしれないし」
私は笑みを浮かべた。
それぞれ配置につくのは暗くなってからということで、私たちは装備の点検を終え、一息ついていた。
「パステル、これが国家指定冒険者です。こんな裏仕事、やってられないでしょ?」
ビスコッティが笑った。
「そんな事はないよ。これも冒険だから」
私は笑った。
「そんないいものじゃないよ。これが狙撃だったら、私はちょっと嫌だな」
アリスがテレビを観て、お尻を掻きながら笑った。
「な、なんか、リラックスしてるね。これから危ない事するのに」
「うん、慣れてるし。リラックスしないと、仕事の時に神経が持たないんだよ。迷宮だってそうでしょ。ガチガチに緊張してたら、話にならない」
アリスが笑った。
「それはそうだけど……。すごいな」
私は苦笑した。
時計は夜八時過ぎを指し、それぞれ配置につくのは一時間前の午前0時という話である。 夕食はしっかり取ったがお酒はなし。
お酒好きのビスコッティでさえ、飲もうとはしなかった。
「あの、緊張します」
剣を鞘から抜いたり戻したりしているララが、なにかソワソワしながら苦笑した。
「まあ、私も落ち着かないけどね。どっしりしているビスコッティとアリスをみていると、さすがだなって思うよ」
私は笑みを浮かべた。
もはや必需品になりつつある黄金のヤカンからお茶を出し、静かに飲んでいるビスコッティが小さく笑った。
「そう緊張しないで下さい。バレますよ」
「そ、それは分かっているのですが……」
ララが近くに置いてあったカップを取り、お茶をがぶ飲みしはじめた。
「ビスコッティ、自警団には段取りは伝えてある?」
アリスがニマッと笑みを浮かべた。
「もちろん終わっています。私たちが邪魔者を始末したあと、残されたお金と薬物を回収する手はずです」
ビスコッティとアリスが頷いた。
「よし、時間をまとうか」
私は笑みを浮かべた。
なにせ、小さな町の事。
夜中になれば、人の往来はほとんどなくなる。
全員が配置につき、私は割り当てられた目抜き通りから路地に入る交差点で、さも外で煙草を吸いながらボンヤリしている酔っ払いのフリをして、さりげなく無線機を片手に立っていた。
現在時刻は深夜0時半。そろそろ動きがあってもいい時間だった。
『こちらD地点。怪しい古い軽自動車が路地に進入。ナンバーは5963』
無線からリナの声が聞こえてきた。
「……考えたな」
私は小さく笑みを浮かべた。
こんな町の深夜に高級車などに乗ってきたら、目立ってしまう。
古い軽自動車なら、まさか……となるはずである。
「さて……」
私が三本目の煙草に火をつけた時、警戒監視に当たっているシノから無線連絡が入った。
『軽自動車から大きな袋を持った三人組が廃ビル内の三階に入った。袋には薬物が入っているものと推測する』
暗号化されているとはいえ、無線は最低限の使用に制限されているため、私は応答しなかった。
そのまま煙草を吹かしながら、腕時計をちらっとみると0時45分。
なにげなく通りをみていると、いかにもボロい軽自動車が私の前を通り過ぎて路地に入っていった
「こちらP地点。怪しい軽自動車進入。ナンバーは・893」
『了解』
無線からビスコッティの声が聞こえ、腕時計をみると午前1時少し前に派手な銃撃戦の音が聞こえた。
『目標制圧。アリスが軽症』
ビスコッティの落ち着いた声が聞こえ、自警団のトラックが路地に入っていった。
「さて、これで終わりだね。やれやれ」
私は苦笑した。
薬物は自警団が没収し、お金は報奨金という名目で全額私たちが受け取り、アリスがかすり傷を負ったくらいで仕事が終わった私たちは、家に帰ってそのまま休む事にした。
「仕事が終わった事と、交換条件だった迷宮の情報を手に入れてきます」
基本的に眠る事のない風の精霊であるユイが、いつもの情報料に少し上乗せしたお札を持って、開けたままの玄関扉から出ていった。
しばらく待ってすぐに帰ってくると、ユイは重そうに大きな封筒を持ってきて、私の手に乗せた。
「ありがとう、お疲れさま」
リナが玄関扉を閉じて施錠し、私は封筒の中に入っていた紙とマップを広げた。
「今度は絶海の孤島か……。迷宮じゃなくて遺跡だね。これはこれで貴重な発見かも……」
私は笑みを浮かべ、ここからどうやって島にいくか考えた。
最初は漁船のチャーターを考えたが、船で近づいても上陸出来る場所があるか疑問だった。
「うーん、アリス。これ飛べる?」
ボロいとはいえヘリはヘリ。
空から近づくのがベターと考えたのだ。
「どれ……」
近づいてきたアリスが、私の手にあった地図を見た。
「うん、飛べるよ。少し時間はかかるけど」
アリスが笑みを浮かべた。
「じゃあ、お願い。出発は明日の朝にして、今日は休もうか」
私は笑みを浮かべたのだった。
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