第195話 舞い降りる一輪の花

「フィリア。待たせてごめんな」


「ううん…………私……あの人に勝てると思ってた。でも……あの人の中にある悲しみに勝てなかった…………」


「フィリアの両親の事も聞いたんでしょう?」


「うん…………あの人の中にいる時、記憶を覗いてしまって……」


「それならやっぱりいつもの優しいフィリアで俺は嬉しいな」


 俺の胸に抱かれているフィリアの頭を優しく撫でる。


 久しぶりのフィリアの感触と匂いに泣いてしまいそうになるけど、仲間達が戦っている間だから、フィリアとの時間は後にしなくちゃな。


「フィリア。今でも仲間達が戦ってくれているよ。フィリアを助けた事が分かれば、みんなも元気になると思う。だから――――行こう」


 フィリアは嬉しそうな笑みを浮かべて、小さく「うん」と頷いて俺の右手と手を繋いでエド城の最上階の窓際に向かった。


【みんな! ただいま~!】


 フィリアの念話がみんなに伝わっていく。


 顔は見えないけど、みんなから喜びの声が響き渡る気がした。


「俺達も行こう。この戦いを終わらせよう」


「うん! って、私ってレベル1になってしまったんだけど…………」


「ああ。そうだった。ごめん」


 急いでフィリアに新しい力を授ける。


 レベル10になって、自分しか使えない経験値タンクが、サブマスターにも渡せるようになった。


 フィリアに経験値を渡してレベルを10にする。


「えっ!?」


「これなら、フィリアも好きなようにやれるだろう?」


「そっか。ソラってもっと強くなったんだね」


「もちろん。フィリアを助け出すのに弱いままじゃ、あの男には勝てないと思ったから」


「えへへ~でも! ここからは私の出番ね!」


 いつもの元気いっぱいのフィリアに戻ってくれた。


 自信に満ち溢れている彼女は、『銀朱の蒼穹』を導く存在だ。


「ラビ~」


「ぷう!」


 フィリアの声に答えるかのように一気にフィリアの顔に突撃するラビ。


 思う存分もふもふし始める。


「ラビ。下に降りたいけど、手伝ってくれる?」


「ぷう!」


 ラビが届かない手で敬礼をすると、風魔法を発動させてフィリアの身体が少し浮いた。


「ソラ。行ってくるね」


「ああ。行ってらっしゃい」


 フィリアの両手にいつもの双剣が現れると同時に、地面に向かって飛び降りた。




 ◆エド城前戦場◆




 エド城の外側から攻める銀朱の蒼穹と神田家、神宮寺家の連合軍。内側から守るは、アマテラスの配下の中央軍が激戦を繰り広げていた。


 上空から飛竜による大魔法が城に降り注ぎ、それを神術で消して迎撃を繰り返す両陣営の圧倒的な火力の攻撃が止まる事なく続いた。


 魔法と神術がぶつかり合う事で上空には大きな花火にも似た爆発が至る所に起きて、遠くから眺める者は美しいとさえ思える程の光景が続いた。


 そんな戦場に美しい一輪の花が降り立つ。


 黄金色に輝く美しさと共に、右手には真っ黒い刀身に赤い筋が目立つ剣が、左手には白銀の美しい刀身の剣が握られている。


 中央軍の後方に降り立つ美しい絶望は、ゆっくりと中央軍に近づいていく。


 誰一人彼女を止める事なく彼女は中央軍の中心部に立った。


 そして、小さく微笑んだ彼女は――――――両手に持った双剣を振るう。


 たった一閃。


 その一閃が空間を切り裂き、その場にいた多くの中央軍の兵がその場に倒れ込んだ。


 たった一瞬。


 その一瞬で凄まじい轟音が鳴り響いていた戦場が、一気に沈黙が訪れた。


 ゆっくりと城壁に立つ一輪の花は双剣を柄に戻す。


 柄についている包帯――――否、天女の羽衣となり美しく空を舞う。




「ただいま!」




 彼女の言葉で沈黙がひっくり返り、戦場は歓声に包まれた。


「みんな! ここまで迎えに来てくれて本当にありがとう! ただいま!」


 彼女には無数の「おかえりなさい」という声が届いた。

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