第190話 伯爵と青龍
エド城の攻防戦が繰り広げられている間。
4階では静かな雰囲気から闘気溢れる青年と、それに対峙する真っ赤な髪と瞳を持つ男が対峙する。
「…………我は青龍」
「うむ。俺はリアム・リントヴルム伯爵である」
「大貴族か」
「如何にも」
伯爵の答えに青龍の瞳は憎悪の色に染まっていく。
それだけで青龍が立っている地面の周囲に亀裂が走る。
「ふむ……貴族は嫌いか?」
「…………ああ。大嫌いだ」
青龍の背中に掛けられている長い太刀を抜き、伯爵に襲い掛かる。
伯爵も新しく『銀朱の蒼穹』から譲り受けた黒炎竜の剣を抜いた。
真っ黒な刀身と赤い柄の色合いに、伯爵の手から炎が燃え移っていく。
二つの武器がぶつかり合う。
ただ剣を合わせただけで赤い炎と青い炎が周囲に広がる。
「偶然だな。お前も炎使いか」
「ああ。だが俺の炎は普通の炎を
青龍の青い炎が伯爵の赤い炎を飲み込んでいく。
一旦後ろに大きく飛んで距離を取る。
だがそれに間髪の暇も与えず、青龍の攻撃が続く。
お互いに洗練された剣術の応酬が続く。
美しいと思える剣術がぶつかり合う度に周囲に綺麗な金属の音を鳴り響かせ、爆炎同士がぶつかり合い爆音を鳴り響かせる。
数分に及ぶ剣戟の応酬も答えを導き出せないまま、二人は距離を取る。
「中央大陸から侍というやらがやってきた時に思ったのだが、その長い剣を器用に扱うのを見た。いずれその剣の達人と剣を交えるのを楽しみにしていたぞ」
「…………神桜流剣。中央大陸で最も広く教えられる剣術であり、最強の剣術である」
「だが、戦いは剣術だけでは勝てないぞ?」
「それはどうかな」
青龍が太刀を左腰に持っていく。鞘はないが、まるで鞘に入れられたような格好である。
「神桜流剣。五ノ型。龍閃!」
鞘はないが太刀を抜く仕草から、圧倒的な速度の剣戟が放たれる。
それは龍の姿にも見えるが、超高速の剣戟で姿を目で取られる事すらできない。
一瞬の出来事に伯爵は体を大きくねじって避けるが、剣戟が左太ももを斬りつけた。
「…………なるほど。剣術に神術とやらを乗せるのか。理にかなっている技だな」
「ただの技ではない。剣術はその場面に適した攻撃ができる型を持つのだ」
「そうか。できれば、中央大陸の剣術とやらを学んでみたかったな」
「……貴族なのに剣術をたしなむのか?」
青龍が不思議そうに伯爵を見つめた。
「ふふっ。お前と剣を交えた俺の剣はどうだった?」
「…………まさか封印の地にこれ程までに洗練された剣術を持つ者がいようとは思わなかった」
「それが答えだ。俺は自分の領民を守るために手を抜いたことは一度もない。そして『銀朱の蒼穹』の一員となったいまなら尚更だな」
「…………お前程の者がこっちでもいたら、世界は変わっていたかも知れないな」
「そうか。お前が貴族を嫌う理由は何となく分かった」
伯爵の言葉に青龍の顔が怒りに染まる。
「くっ! 俺達の悲しみなんて分かるものか!」
青龍の全身に青い炎が溢れる。
「神廻解放! 青龍!」
先程とは比べられないほどの速度で青龍が伯爵に襲い掛かる。
数合剣を交えるが青龍の圧倒的な攻撃に、伯爵が後方に大きく吹き飛んだ。
「貴様が領民を大切にするのは理解できた! だが俺達の苦しみを知るはずもない! 下手な同情などいらん!」
怒りが込められた言葉が広間に響き渡る。
憎悪が込められたその言葉は、多くを失くした者だけが言える言葉であった。
しかし、その言葉を痛いほど知っているのも伯爵であった。
「
伯爵の小さい声が、しかし、くっきりと広間に響いていく。
その澄んだ声に青龍の怒りが一瞬伯爵に見とれてしまう。
「そうだな。下手な同情か。ああ。知っているとも。何故なら――――俺もこの十五年。ずっとそう思っていたからな」
――――深紅。
それは赤よりも紅く、炎を超えた先にある紅い炎である。
伯爵を包むのは、誰をも包み込み一瞬で灰にする祝福の深紅の炎。
その美しさに青龍は見とれてしまった。
「青龍とやら。確かに俺にお前の悲しみを図る事はできない。だが俺もずっと後悔に苛まれてきた身だ。それが――――自分の弱い意志によって招かれた結果だったと気づくのに十五年も掛かった」
「なにを!」
「何故お前は立ち上がらなかった。貴族に向かう勇気がなかった? なら、今のお前はなんだ。それが答えだ」
「ふざけるな! 俺は――――」
「必死に強くなったんだろう。守るために。失くして初めて分かるモノがある。命の大事さだ。俺も妻を亡くし、息子と離れ離れになったが、それも全て己が弱かったせいだ。青龍。お前だってそうだ。だから、お前の悲しみを理解できる」
「お前なんかに理解できるものか!」
青龍の美しい青い炎が伯爵に襲い掛かる。
しかし、伯爵は小さく笑みを浮かべて迎え入れた。
「お前の覚悟。しかと受け取った」
青龍の美しいとも思える青い炎を、深紅に染まる炎が飲み込んでいく。
飲み込むモノを祝福するかのように一瞬で灰に変える深紅の炎の美しさに青龍はいつの間にか見惚れいた。
そして、流れる涙と共に深紅の炎に染まっていった。
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