第188話 暗殺王と朱雀

 エド城の攻防戦が繰り広げられている間。


 2階ではテーブルに美味しそうなお菓子や紅茶が沢山並んで、それらを優雅に食べている美しい女性が目の前の美男子――――ルリを舐めるように眺めていた。


「意外に先制攻撃はしてこないわね」


「…………いくら敵だとしても、そのような事はしない」


「ふうん~? 貴方――――暗殺者のくせにそんなくだらないプライドを持っているんだね?」


 全て見透かしたかのようなセリフにルリの瞳が彼女に向いた。


 恐らく彼女もまた――――暗殺者である事は、この階に着いた時には既に知っていた。


 だからこそ、彼女の相手は自分が引き受けるべきだと思っていた。


 そして、彼女が自分を指定してくれたおかげで、それは容易く決まったのだ。


「ねえ、どうして知っていてそれらを食べるの?」


「…………レディーから出されたモノは拒まない方がいいと、ソラ兄さんが言っていたからな」


「レディーというのは貴方達の言葉で淑女だったかしら~良いわね~! 実は私も淑女に憧れていたの」


「でしょうね。このテーブルや向こう・・・のお菓子が並んでいますからね」


 ルリが一番感じた違和感である。


 恐らくここで暮らしている連中は、封印の大陸の事は知らないはずだ。


 だが、目の前の綺麗な和服を身に包んでいる彼女は、封印の大陸のお菓子を並べているのだ。


「ふふっ。あの子から教えて貰えたの」


「そういう事だったんですね」


「それに淑女についても色々教えて貰ってね」


「という事は、彼女はここである程度正気を保っていたんですね」


「ええ。だって万能ではないわ。あの子が逃げようとしたりしない限りは、ここで自由に過ごしていたはずよ」


 あの子と彼という言葉だけで誰を指すのか読み切ったルリは、あの子がここでひどい目にあってない事に安堵の息を吐いた。


「それにしても、まさか知っていても普通の食べるなんてね~それ、結構入って・・・いるわよ?」


「もちろん知っています」


「……ふふっ。貴方。本当に優秀なのね。どう? 私の配下にならない?」


「お断りします」


「そんな~きっぱり断られると傷つくな~」


「…………勧められた食べ物にこれだけ致死量の猛毒を仕込まれたら断るでしょう」


 ルリが現在口にしているお菓子や紅茶一つ一つに巨大な魔物すら一瞬で倒せる猛毒が仕込まれていた。


 それをいとも簡単に食べるルリくんに彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。


「それに、貴方だって・・・食べているじゃないですか」


 ルリが指摘した通り、彼女も猛毒が入った食事を続けていたのだ。


「そうね。はぁ、できればこのまま倒れて欲しかったのよね」


「でしょうね。戦ったら間違いなく――――死にますよ?」


「そんな事くらい知っているわよ。私も長年暗殺を生業にしてきたけど、戦いは得意じゃないの。それ以外での殺しが専門だからね。でも仕方ないの。ここは私が守らないといけないから」


 戦いは恐らく一方的なモノになると見切っているルリは、悲しそうな表情を浮かべる。


 それを感じ取った彼女も苦笑いを浮かべた。


「敵に同情してくれるなんて――――優しいわ!」


 手を伸ばせば手が届く距離。


 彼女は言葉が終わると共に、両手の袖に隠していた大きな針をルリに刺しこんだ。


 ルリに針が刺さった瞬間、その姿は朧のようにその場から消え去る。


「速いわね……」


「これでもソラ兄さんからは大陸最強の暗殺者の称号を頂いてますからね」


 それはルリにとって最も誇らしい事であった。


 双子の妹と並んで大陸最強の暗殺者として、『銀朱の蒼穹』を支える一人として。


「羨ましいくらいだわ!」


 戦闘が得意ではないと話していた彼女だが、それは普通のレベルと比べての事であり、ルリに追いつけるだけの速度で追いかけられた。


 だが、攻撃が当たるはずもなく、ルリの見えない攻撃に全身に少しずつ傷を増やしていく。


 傷が付けられた場所からは暗器が地面に落ち始める。


「戦っている間に、そこまで見切れるなんて、さすが最強暗殺者ね。でもここは一緒に死んでも負けられないわ!」


 彼女は着ていた服を脱ぎ捨てる。


「なっ!?」


 あまりに突然の行動にルリが呆気に取られる。


 次の瞬間、彼女の身体から赤いオーラが溢れ鎧の形を成して、今まで以上の速度で動き始める。


 呆気に取られていたルリの腹部に彼女の小さな短刀が刺さった。


「冥土の土産として私の裸で満足してちょうだい。ちょっとずるかったけど、私にはこうするしか貴方には勝てないから」


「……ええ。暗殺者らしく素晴らしいと思います」


「まだ話せるの!? 刺さっただけで絶命するはずの劇毒なのだけれど…………」


 彼女が話し終えるが、ルリからの返事は返ってこない。


 慈悲に満ちた瞳で短刀を抜くと、ルリの身体は力なくその場に倒れ込んだ。


「まさかここまで強いなんてね…………『銀朱の蒼穹』。その名前は覚えておくわ」


 ルリの死体を前に彼女が悲しそうに話したその瞬間。身体が一瞬で腐り落ちた。


「なっ!? こ、これは!?」


 驚く彼女の後方から優男の声がする。


「実態を持つ幻影。それが俺の最後の力。どうです? 本物そっくりだったでしょう?」


「ば、バカな! 本物と同じ感覚だったわよ!?」


「ええ。そう作っておりますから。ちなみに、最初から貴方が相手していたのは、俺が作った『蜃気楼』と呼ばれる実態を持つ幻影です。できれば取っておきたかったのですがね」


「……くっ!」


 彼女はまたルリに飛び込む。


 だが、その身体は全く動く事なく、ただ目を見開く。


「貴方はもう俺の術中の中。動く事はできません。動けば――――全身が千切れます」


「…………やっぱりあんた強いわね」


「降参するつもりは……「ないわ」」


 間髪入れず答える彼女の瞳には覚悟の色が灯っていた。


「最後にお名前をお聞きしても?」


「…………朱雀すじゃく


「その名。覚えておきます。中央大陸の最強暗殺者であり、美しい一輪の花として」


 そして、朱雀の意識は途切れた。

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